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第9話

「あの日の川越線_01」

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 俺が鉄道ファンになったのはいつ頃だったろうか?
 はっきりと“趣味”として自覚した時期が判らない。
 ただ、きっかけがカメラだということはわかっているんだ。
 なぜなら小学4年生の時、父がいきなり
 「このカメラをやろう。好きに使って構わない」
 と、言ってフィルム式の一眼レフカメラを手渡された。
 俺の父は写真が趣味で、たまには撮影に同行もしていた。
 しかし俺はカメラという機械に多少の興味はあったものの、それで何かを撮影するという気にはなれなかった。
 その原因も父にあったんだけどね。
 何しろ父の写真テーマが全く解らなかったからだ。
 ある時は花を、またある時は山を、海を、車を…。
 しかもその全てがどこかで見たような画角ばかり。
 被写体をど真ん中に置く…、いわゆる“日の丸構図”なのだ。
 子供心にも本心を言ったら父が傷つくと思い、口にできなかったけどね。
 そんなだから、一緒にいても決してシャッターを押す気になれなかったのだ。

 ーその父がデジタルカメラに目覚めてしまった。ー

 と言うより、単に新し物好きなのだと、その時確信した。
 カメラも、レンズセットなら高額買取してくれる店も多かったが、本体のみでは最新機種でない限り二束三文だ。
 デジタルカメラと言っても、メーカーやシリーズが同じなら、交換レンズはそのまま利用できる。
 なので、最初は本体だけで済むために、意外とあっさりデジタルデビューしてしまったんだ。父親は…。
 けれど、フィルムや現像器具セットなどの一番金のかかるものは、デジタルでは不要なのだが、下取りは不可能だし管理そのものも大変なのだ。
 要するにアナログとデジタルの両方を維持してゆく金銭的余裕がないから、“アナログはお前に任せる!”と身勝手に押し付けてきたのだ。
 まあ、機械的な興味はあったから、フィルムの現像やプリントが自宅でできるのはとっても勉強になったけどね。

 最初は父と同じように、家の近所を散策して花や猫などを撮っていた。
 しかし、すぐに飽きて動きのあるものを被写体にした。
 それは図鑑的な写真しか認めなかった父への反発だったかもしれない。
 バスや自家用車、電車を撮ってるうちに、ふとあることに気付いた。
 現像・プリントしてみると、毎回色味が違っていたのだ。
 塗装された工業品だから、その現物の色が正解なはずなのに、その色が再現できない。
 特に小田急線のロマンスカーが赤すぎたり、青すぎたり、EXEという金色の車体などはドス暗かったり、黄色っぽかったりでまともに写っていなかった。
 悔しくなって、ほぼ毎日撮影していた。
 大量にもらったフィルムが、底をつくまであまり時間がかからなかった。

 フィルムが無くなると、わざわざ買ってまで撮影する気が無くなり、しばらくは写真から離れてしまった。

 「そうかぁ、君は悪い写真の始め方をしちゃったんだね…」
 奈美さんがちょっと哀れむような声で呟いた。
 「写真ってね、今でこそスマホで気楽にパシャパシャ撮れるし、気に入らなきゃすぐに削除できるけど。15~6年前まではデジタルでも気軽に撮ることはできなかったんだよ?」
 「デジタルでも? だって結果はすぐに見られるし、気に入らなきゃ消去できるじゃないですか?」
 少し斜め上を見上げて考えるような仕草で、
 「おもちゃみたいなカメラはいいんだけど、一眼レフはそうはいかなかったのよ」
 「そうなんですか? よくわからないけど??」
 「まずメモリーの容量ね。その頃は100MB程度のカードしかなくて、しかも高いのよ。値段が…」
 「あ、そうか気軽に撮ってたらすぐに一杯になっちゃうから、何枚もメモリーカードを用意しておく必要があるんですね」
 「次にレスポンス。カメラにはメモリーカードに記録する速度の上限があって、それは本体のCPUの性能によって雲泥の差があるの」
 「記録速度? そんなのあるんですか?」
 「へ? あるんですか? って今もあるわよ。スマホに使えるメモリーカードってクラスが決められてるじゃない」
 「最近はGB単位で、書き込み速度が昔の比じゃないから、意識してる人いないけど、一眼タイプは今も結構シビアに選ばれてるわ」
 「そうなんですか? でも書き込み速度はメッチャ早くなったんでしょ?」
 「今は“連写”スピードに直結してるのよ。カメラ本体の処理速度を大きく上回っていないと、秒間連写がスペック通りに撮れないの… …あ、機械的な話はいいから…」
 奈美さんは自分で脱線しておきながら、話題を戻しにかかった。
 「つまりデジタルになって、画素数や、画角、焦点距離、撮像素子の大きさ、メモリーカードの個体差など、機械的にもアナログカメラにはなかった問題が出てきたの。その上で、撮影場所の照度によってはシャッターが下りないとか、強制的に撮ると大量のノイズで画面が埋め尽くされたりとか、商業写真はとても難しくなってた時があったのよ」
 「大変だったんですねぇ…。俺はデジタルは本腰入れなかったんで、コンパクトタイプしか使ってませんから知りませんでした」
 カードタイプのコンデジすら、今では20倍ズームで16Mピクセルなどという、最初期のデジタル一眼レフの10倍程度の性能が当たり前の時代だ。
 言い換えれば、俺みたいに本格的な商業写真を必要としなければ、これでも充分すぎるのだ。
 「ああ、そうか。だからあなたは写真を本格的にできなくなったのね」
 「へ?」
 奈美さんが突飛なことを言い出した。
 「本格的? って?」
 「つまり私のように、どういう作品を描きたいか? そういうことを考えながら撮影しなくなったでしょ?」
 「あ、そういう意味ですか。確かに目で見えるものを記録しておこうとしてしか、撮影するときに考えてないかも…です」
 編集部の仕事上、何があったかを視覚的に伝える意味でしか写真を撮らなくなっていた。
 「ただ、中学で写真部に入って、もう一度基礎から勉強しようかな? と思ったんですが…」
 「? が?」
 「俺が通っていた中学は貴重品の持ち込みが禁止されていて、自前のカメラを使えなかったんです」
 「中学校じゃ仕方ないわね。カメラって今でこそ誰でも気軽に持てるけど、それでも一眼レフじゃ貴重品扱いなのは変わってないだろうしね」
 「まあ、それはやむなしとしても、学校の備品じゃ先輩が最優先で使うので、1年生などは触ることすらできなかったんですよ」
 「それじゃあ、撮影できないわよね」
 「その時の活動で、針穴写真機作ったのは面白かったけど、お遊びでしかないから結局部活さぼって自宅で研究してました(笑)」
 「私も似たような経験があるわ」
 「へえ、奈美さんもですか? 悩みなんかなくて、撮りたいもの撮ってるぞぉ! って思ってましたが…」
 「あのね。あなたは私が何も考えてない極楽とんぼとでも思ってるんじゃない?」
 「そんなことは…、…」
 「は?」
 「ごめんなさい。ちょっと思ってました(笑)」
 「ひ、ひっどい! 私も落ち込んで、写真なんてやめてやる! って何度も思ったことあるわよっ!」
 涙ぐみながら訴える奈美さん。
 こういう表情も…可愛いです。
 からかうつもりはないけど、なかなか本心を見せてくれないから、ついついいじりたくなるんです。ごめんなさい。

 しかし、そんな奈美さんの経験談を聞いているうちに、俺は窮地に陥って行った。

 あ、いや。

 運命的なもの?  …かな?

 いずれにしても、俺の大失態を晒さなくてはならない事態に突き進んでいった。
    <続く>
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