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第1章

15キス

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 「さあ如月君、今日こそキッチリ、ハッキリ説明してもらうわよ」
 いずみは部屋に入るなり、湧を壁際に追いつめた。
 「私にも相応の覚悟があるから、これ以上の隠し事はナシにしてね」
 そう凄みながらグイグイと押し付ける。
 「わ、わかった。水無月さん。わかったから、ちゃんと説明するから…」
 さすがにいずみ程度の凄みでは動じない湧も、さっきから胸に当たってるものにはタジタジだった。
 それでもいずみは疑いの目で睨みあげている。
 「あ、あたってる。当たってる。そんなに押し付けないで…」
 いわゆる“逆壁ドン”状態なのだが、身長が175cmの湧より15cm程低いから、いずみが壁に手を付けられるわけもない。
 ハタから見るとキスをせがんでるようにしか見えない。
 最もここには二人しかいないので、そんな勘違いするものは…

 <湧に何するのよッ?>

 …いた!

 有紀が突然二人の間に現れて、いずみを押しのけた。
 「きゃっ!」
 反動でベッドに弾き飛ばされたいずみ。
 逆さになったまま叫ぶ。
 「んもぉ! 有紀さん! あなたがちゃんと話してくれないからでしょ!」
 <だって湧にキスしようとしてたじゃない!>
 涙目で訴える有紀。
 「へ? キスぅ?」
 思ってもいなかった反撃を浴びて、つい昨日の出来事が蘇る。
 「な、なんてこと言うんだ有紀っ!」
 意外にも湧の方が反応が早かった。
 いずみはその湧の唇を見て、また茹であがってしまった。
 <湧? あれ? いずみ? え? え? 何この雰囲気?>
 有紀は混乱し、意識が途切れたために消えてしまった。

 物音を聞きつけていずみの母親が様子を見に来た時には、いずみも何とか普通に会話できるようになってはいた。
 しかし、母親の目は誤摩化せない。
 妙に含んだ言い方で、今日こそは夕食を食べて行く様に命令される湧。
 意固地になって反感を買うよりは良いと考え、いずみにアイコンタクトで了解と伝える。
 いずみも“仕方ないわね”と手のひらを見せた。
 その代わり重要な話があるからしばらく来ない様に言うと、いずみの肩に手をかけて『がんばってね』などと含み笑いで部屋から出て行った。
 「なに言ってんのよっ!」
 母親の後ろ姿に罵声を浴びせ、扉を激しく閉じた。

 「この話しを聞いたら、もう後戻りはできない。多かれ少なかれ水無月さんを危険に巻き込んでしまう」
 「なんだか大げさね…。でも冗談や好奇心から関わるつもりはないわ」
 いずみも口ほど気楽に考えてはいない。それどころかお務めのことを考えれば、逆に湧を巻き込んでしまうことを恐れていたのだ。
 「先に一つ確認させて。あなたのあの指弾は験力によるもの?」
 いずみは意を決して、手札を開いた。
 「修験道の法力だね。根本的には同じだけど、全く違うゾーン力だよ。どちらかと言うと陰陽師の基になった力というべきかもしれない」
 学校では決して見せない真面目な面持ちで湧は語りだした。

 湧の話しは確かに複雑で、いずみにも理解できないことが多かった。
 しかし、一番驚いたのは言い方や習得の方法こそ違うものの、湧の力はいずみたちが駆使している方術も含まれるもののようだ。
 湧が口にした“ゾーン力”とは、大げさに言うと宇宙の大部分を構成している“ダークエネルギー”の一部だという。
 「意識というのはエネルギーそのもので、それが揺らいである程度の固まりになると精神体として分離する事ができる。有紀がその精神体そのもので、人間として生まれることはなかったけど、それは物質体としての身体がないだけなんだ」
 「ないだけって、それじゃ個体として成り立つの?」
 いずみにはその辺りがどうしても実感できない。まだ霊体といわれた方が解り易いのだ。
 「単にエネルギーとしてなら、より強いエネルギーに取り込まれてしまうけど、意識がエネルギー自体を制御できるようになると、“自我”を確立することができるらしいんだ。…と言っても、俺も有紀から説明されただけなので、実感がないけどな(笑)」
 「でも有紀さんは実体化できるよね? 私触ったもん。てか、さっきは吹っ飛ばされたし(笑)」
 苦笑いしていずみは言う。
 「あれは実体化じゃないよ。エネルギーをコントロールして、そんな風に振る舞っただけだよ。触ったような感触も電気的エネルギーでそう思わせてるだけなんだ。…そうだな。パワーグローブ付けてVR(バーチャルリアリティ)のアイテムを触ったようなものと言えば解るかな?」
 「あ~そうか。擬似的な感触なんだね?」
 「さすがに“特撮ヒーロー番組”のファンだね。水無月さんは理解が早くて助かるよ」
 真正直に褒められていずみはお尻がムズムズした。趣味のことでここまで評価されたのは初めてだったのだ。
 いつもいつも白い目で見られ、ついつい湿った感情に流されていたから余計うれしかった。
 そういう意味でも、いずみの中で“如月湧”というクラスメートの存在が大きくなっていた。
 「でもダークエネルギーって大げさじゃない? アレって宇宙空間の話しでしょ?」
 無限とも言える宇宙空間で、我々人類が解明できている物質などはたった4%程なのだ。
 残りは“ダークマター(暗黒物質)”と“ダークエネルギー(暗黒エネルギー)”と呼ばれる未知なる物質などだ。
 その中にはさまざまな特徴を持ったものが含まれるから、どういうものが“ダークマター”なのか? “ダークエネルギー”なのかは定義すらできない。
 「俺の父親がエネルギー開発の研究員だってことは昨日話したよね?」
 そうだ。湧のプライベートなことを聞いたのは、まだ昨日だった。
 この24時間で色々なことがあったので、もうかなり昔のように感じていた。
 その中にはもちろん“アノ事故”も含まれる。
 また顔が熱くなってきて、いずみは湧の話しに集中しようと努力しなければならなかった。
 「家にほとんど帰ってこなかったんだよね? それじゃあまり話しをした事がなかったんじゃない?」
 「うん。ほとんど記憶にないんだ」
 「あ、ごめんね。辛いこと蒸し返して…」
 「いや、いいんだ。それより、俺が言いたいのは父親が残していた本に関してなんだよ」
 そう言うと、湧は鞄から古くてボロボロになった日記の様なものを取り出した。
 「これは家にあったもので、手作りの本なんだけど…」
 「日記とかじゃないの?」
 日本古来の和紙を紐で綴じたものだった。

 湧はしばらく本をみつめ、覚悟を決めた様にいずみに差し出した。
 「え? 見ていいの?」
 いずみが手に取ると、
 「大事なことなので、しばらく貸すから読みにくいと思うけどちゃんと読んでほしい」
 と付け加えた。
 「とりあえず、今はここを読んでみて…」
 湧が開いたところに目を落とす。
 「こ、これって! 筆で書いてあるの? 手書き?」
 「うん。どうやら二百年以上前に書かれたらしい」
 「に、二百年??」
 「調べた訳じゃないから正確には解らないけど、博物館で似た様な古文書と比べてみて、紙の感じからその位古いものかな? …と…」
 確かにフチは黄ばんでボロボロの感じから、かなり古いことは解った。
 「え? でもこれ…」
 文章を見て再び驚いた。
 そこには現代用語が散りばめられている。さっき湧が言った“ダークエネルギー”や“ダークマター”も、それどころか宇宙環境について、その時代の人が知るはずもなかった言葉も書かれていた。
 筆文字なので、読みにくいが…そう、湧が“読みにくい”と言ったのは文字のことで、内容ではなかったのだ。
 「俺が自分の能力について知ったのは、この本を読んだからなんだ」
 「でもこれって、どういう風に理解すればいいの? 下手な特撮ヒーロー番組の怪奇特集なんか比べ物にならない程……怖い…」
 全身に鳥肌が立つ。このページだけでここまで恐ろしいのだ。
 全部読み終わったら…、いずみは恐ろしさのあまり言葉を失った。
 湧が隣に座り直して、いずみの肩をそっと抱く。
 ガタガタと震え、いずみは縋る様に湧の胸にしがみついた。

 いずみが怯えるのも無理はない。
 何しろ二百年以上前に書かれたはずのその本には、今日の全世界の様子や最新技術、エネルギー環境、そして宇宙環境に関わる新発見などが詳細に書き込まれているのだ。
 「俺に関わると…って、言った意味が少しは理解してもらえたかな?」
 いずみはうんうん…と頭を上下に振る事しかできなかった。
 しばらくして落ち着きを取り戻すと、湧のシャツを握る手が緩んだ。
 湧は(水無月さんはやっぱり凄いな…)と改めて感心した。
 「ありがとう、如月君。もう大丈夫…」
 いずみはまだ青ざめた顔をしてはいたが、目には力が戻っていた。
 「で、如月君の力はこの“ダークエネルギー”の一部なのね」
 「まあ、そういうことだけど…水無月さんの力も精神力が変換されたものだから、元を正せば同じものだと思うよ」
 ガバッ! と上体を起こして驚いた様な顔で問い返す。
 「へ? そうなの?」
 その時のいずみのうれしそうな…ずる賢そうななんとも言えない顔を、湧は一生忘れないだろう。
 それほど、いずみは何かとんでもない事を思いついたようだ。
 「ところで…、この“アルフ”って何? ところどころに書いてあるけど…」
 「! …さすがだね…ビックリしたよ。俺、うれしくて涙が出てきた」
 本当に涙ぐんでいる湧を見て、いずみは呆然とした。
 「なんで泣くのよ。如月君らしくないわよ?」
 といういずみも何かの琴線に触れたように涙が溢れてきた。
 お互いに何かはまだ判らないものの、理解し合えた事だけはハッキリと実感できた。
 学校では“特撮おたく”とかバカにされるものの、恥ずかしがるどころか楽しんでさえいるように見えたお気楽男子高校生だと、誰もが思っているだろう。
 しかしその私生活は厳しく辛いものだったに違いなく、理解者だっていなかっただろう。
 かくゆう自分もその一人で、極度に湧を嫌っていたのだから申し訳できる立場にはない。
 いずみは贖罪と友愛とまだ認められない愛情をもって、湧を抱きしめ…
 唇を重ねた。
 今のいずみにはそれ以外の事は考えられなかった。
    <つづく>
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