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第1章
17秘密基地
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「なんだ? こりゃぁ!!」
祖父の言いつけ通り、いずみは食後に湧を“お社”に案内した。
“お社”とは、水無月家にとって裏稼業のいわば心臓部だ。
どんなに親しくなっても、滅多に人を招く場所ではない。
それだけ重要な場所に湧を案内しろというには、何か重大な話があるのだろう。
さすがにいずみもその程度の事は察しがついた。
けれど“お社”に行くには、大砲塚神社の裏にある空手道場から専用通路を通らなくてはならない。
その通路は道場の神棚の下にある壁がどんでん返しになっていて、その先がいよいよ裏稼業エリアになる。
湧はどんでん返しの時は大して驚きもしなかったが、通路を進むに従って明らかに目の色が輝きだした。
その様子を見ていて、いずみも何となく嬉しく、気分が高揚してきた。
いくつものトラップをスルーし(いずみはICカードを持っているのでトラップは作動しない)、最後のシールド扉を開けたところでとうとう湧が絶叫したのだ。
目の前には高さ20m、幅も奥行きも20m程の巨大な空間が現れ、向かい側の壁に半ば埋もれる様に、能舞台のような日本建築物が設えてあった。
「すごいっ! こんな物が本当にあったなんて!!」
湧は歓喜の余り、手すりを乗り越えて飛び降りんばかりだ。
しかし、今二人がいるのは天井に近いキャットウォークの様な通路で、床まで約15mほどの高さがある。
いずみは身を乗り出した湧を必死で抑え付けた。
「だめっ! ここは飛び降りたらマズイのっ!」
「大丈夫だよ、この位の高さなら…」
湧は早くお社に行きたくて仕方ないようだ。
「ここには最後のトラップがあって、いくら私たちでも即死確実なのよっ!」
と、叫びつつ床を指差す。
その指を追うように、湧も床を覗き込み…。
「…なに? あれ…」
そこには無数の直剣が華道の剣山よろしく、刃を上に向けてビッシリと据え付けられていた。
「しかも飛び越えようとしても、特殊なシールドで必ずあそこに落ちる様になってるの」
といずみは言いながら、何故か壁の穴に置かれていたリンゴを“ぽいっ!”っと、お社目掛けて投げた。
リンゴは空中で見えない壁の様なものに当り、真下に落ちた。
刀に刺さった途端、“ぱしゅっ!”を音を立てて爆発する。
「え? なんで?」
湧が驚いて、いずみを振り向き説明を求める。
「あの刀は物が触れると超音波振動をして、何でも爆発させちゃうの。人なんて原型留めないほどグチャグチャになっちゃうらしいわ」
恐ろしい事をサラっと言って、いずみは冷や汗を流す。
「…マジ?」
つい“素”で問い返す湧。
「本気、本気…。だから大人しく階段で降りてね(汗)」
「り、了解…」
と、言っていずみに続いて階段を降り始めた。
降りながら、湧はお社の見事な造りに目を奪われていた。ここが地下だとは信じられない。
単なる秘密結社程度の規模では、これだけの建造物を造ることは不可能だ。
湧は水無月家の秘密に肉薄してる事を実感した。
「あの…さ、水無月さん。ここって何か結界みたいな物張って無い?」
湧にも確信が持てないほどの結界は珍しいようだ。
「張ってるよ。でも結界じゃないの。何でも重力子磁場シールドとかいうもので、霊や怪異はこの地下空間に近づけないらしいわ」
いともあっさり肯定したが…
「重力子磁場? 何それ?」
「私もよく解らないけど、霊って一種のエネルギーの固まりで、電磁力にも反応するらしいけど、それ以上に重力に影響され易いらしくて、電磁力を使って重力の変動を抑えるんだってさ」
誰かからの受け売りらしく、説明がおぼつかない。
「それに有紀さんも言ってたけど、霊体って思念エネルギーの固まりなんでしょ? 肉体が重力に捕われてるみたいに、霊体も影響されるんじゃないの?」
「ふむ…。いや、さっきから有紀と交信できないから何かあるのかなと思ってさ…結界にしては感触が違うから…」
「あ、そうか。有紀さんはここに入れないよね? ごめんね。先に言っておけばよかった」
「大丈夫だよ。有紀には後で説明しておくから…」
「私も後で謝るわ」
いずみの何気ない一言に、湧は目を見開く。
「水無月さんはすごいね。本当にすごい。霊などにも全然先入観持たないんだね。そこまで公平な人初めて会ったよ」
「え? そんなにおだてないでよぉ、私はただの身勝手な特撮ヒーロー番組ファンだってば」
諸手を挙げて絶賛されることに全く免疫のないいずみは、だらしない顔で苦笑いをした。
その眩しい笑顔に湧はしばらく見蕩れていたが、誤摩化すようにお社に目を移した。
「それにしてもすごいね。これだけのものを極秘で造れるなんて…」
「そうよね。でもここは造られてから既に50年経ってるらしいわ」
「ええっ! そんなにぃ?」
見渡しても決して古びたところは微塵も無い。せいぜい10年程だと思っていたようだ。
掃除が行き届いてるというレベルではない。
何もかもが磨き上げられている。
「遅いぞ、いずみ」
“お社”の台座の上、神棚の前には既に祖父兼成が胡座をかいて待ちわびていた。
「ご、ごめんなさい」
「真剣味が足りん! なんだその誤り方はっ!」
「申し訳ございません」
余程待ちくたびれていたのだろう。兼成の口調はとても厳しかった。
いずみは台座前で正座し、平身低頭謝罪する。
「さて、如月湧君。うちのバカ孫娘がえらく世話に…いや迷惑をかけた。真に申し訳ない」
兼成は正座し直して湧に向かい、頭を垂れた。
「と、とんでもございません。いずみさんにはいつも励まされていてとても助けられています」
(…迷惑かけられてる事は否定しないんだ。…)
湧の後ろでいずみが呟いていたが、湧はスルッとスルーした。
「ははは、そんなに庇いだてしなくとも良い」
兼成は湧に足を崩す様に言い、自分も胡座に戻った。湧も同じ様に胡座をかいた。
それを見て、いずみも…と、
「いずみはそこで正座しとれっ!」
間髪入れずに怒鳴られる。
湧は兼成は単なる好々爺ではなく、身内であっても厳しい人物なのだと知った。
「さて、時刻も時刻なので手短に話そう。良いかな? 如月君」
確かにもう22時を廻っていた。
「はい。よろしくお願いいたします」
「うんうん、君はきちんと育ってくれたな…うれしく思うぞ」
兼成の言い方に、湧ばかりかいずみも妙な違和感を感じた。
「まず最初に君に話しておかなければならない事がある」
兼成はひどく難しい顔をして湧を見つめた。
「如月君。君の事は君の母上の事件の頃から陰ながら見守らせてもらった」
「! はい?」
全く予測していなかった事態に湧は戸惑った。
湧の母親の件は確かにいずみには話した。そしてそれ以外は誰も知らないことだ。
大体、事件になっていないのだから、湧の母親が殺されたとは警察すら考えていない。
それを兼成は確かに“事件”と言った。
「…それは…どういう…?…」
「実はな…君の叔父上、神代直哉は儂の弟子でな。直哉から妹の結婚相手が、何か得体の知れない所があると相談されたのだ」
「叔父さんが? ここの門下生? そんな話しは一度も伺ってませんが…」
確かに叔父には不明なところがあるが、まさかここの門下生だとは考えてなかった。
「いや。空手の方ではない。しかも直哉は空手は全く心得がない」
「は?」
「いずみから概略は聞いておるだろう。いわゆる裏稼業の方じゃよ」
兼成はいたずらっぽくいうその“裏稼業”こそ、水無月家の本業なのだ。
「ということは、除霊師という意味ですか?」
湧はなるべく言葉を選び、問い返すが…、
「…殺人…プロの殺し屋稼業だ」
兼成はストレートに言い切った。
(殺人?…)
いずみは口の中で呟く。
今までいずみは、人の世に害をなす人外の退治が水無月家の稼業だと信じていた。
「いずみは知らなんだ様だから、二人に我が家系の真実を話すとしようか…」
いずみだけでなく、湧も緊張し正座し直す。
その話しは深夜まで続いた。
兼成の話しでは、水無月家は平安時代に初代水無月兼成が、駒に“歩”や“馬”などの文字を書き込み、戦略のための解説を行った事を朝廷が高く評価した。
今で言うシミュレーションなのだが、当時は文字に言霊が宿ると思われていたため、書き込む文字の形が重要視された。
その文字こそが平成の世にまで伝えられる“水無瀬文字”なのだ。
兼成はその後朝廷の命を受け、様々な困難を克服する。
その頃、人外に対する都の防御は陰陽寮が一手に担っていたが、有力な人材不足と派閥争いなどで、本領を発揮出来なくなっていた。
朝廷は兼成に新たな実行組織の結成を命じた。
そして、兼成が結成したのは“名を持たぬ部隊”、派閥も権力争いもできない仕組みを造り出したのだ。
「“名を持たない部隊”って名前なの?」
「……」
「……」
いずみのツッコミに兼成も湧も絶句した。
「君の苦労が今ので多少は理解できた…」
兼成は残念そうに呟いた。
「はは…(汗)」
「な、なによう二人とも!」
いずみが文句を言うが、敢えて何も言わずに兼成は続けた。
「人外を相手に闘うと言っても、その殆どは人が根源となり、呪をかける」
生身の人間が人外を呼び寄せ、その魂や呪いを糧に人外は力を得る。
「結局、最終的には根源となる人間を抹殺することが要求されるのだ」
「それで、殺し屋…だと?」
「そういうことじゃ。そして、直哉の正体を晒す訳にはいかない。そこで、諜報活動が本業の柳瀬川家では弓道を隠れ蓑にしていたので、そこの弓道教室に君を預けたのだ。その後は人外のこともあるので、密かに見守らせてもらった」
「! そういうことですか!」
さすがに自分の身辺が裏側でそんな扱いをされていたことに驚いた。
「本当にすまなかった…」
「あ、いえ、そういう事ではないんです。俺…私は叔父以外の人間とは関わりを持たず、迷惑をかけない様に心掛けてきました。他人から意識されることなく、母の敵を討つ事だけを生き甲斐にしてきたんです」
「!」
突然の湧の告白に、いずみは今こそ湧の行動の全てを理解した。
(この人、今まで自分をひたすら隠して生きてきたんだ。特撮ヒーローおたくも自分の本心を悟られない様に? そしていつか、お母さんの敵を討つつもりだったのね)
「叔父さんだけじゃなく、宗主にも気にかけて頂いていたとは知りませんでした」
「そうではない。君の身辺で起こっていた事件について我々はあまりにも無力だった。君の母上が亡くなる直前どこで何をしていたのか、それさえも掴めなかった」
湧の母親が亡くなった後、一番最初に湧の前に現れたのは叔父の直哉だった。
その後のことを湧は覚えていない。
気がつくと警察署で事情聴取されていた。
目の前で母親が塩の結晶になって砕けたと何度も話したが、全く取り合ってもらえなかった。精神錯乱と恐怖から作り話をしていると決めつけられた。
ただ一人叔父の直哉だけが湧の話しを信じてくれた。
そして、湧の生活を守る為に母親の捜索願を警察に提出し、父親は養育義務を放棄したとして、直哉が後見人になった。
「後見人になる以上、区役所の定期的監査に対応しなくてはならず、直哉の安定収入のために会社の役員に据えた」
「それがあのYACですか?」
YACというのは、八重洲アクションクラブといって特撮専門のアクションスタントチームだ。
湧が特撮ヒーローおたくとなったのは、この叔父の多大な影響を受けていた。
「げ、YAC知ってんのぉ??」
「いずみ…」
兼成がギロリと睨むといずみはスゴスゴと2歩分遠ざかった。
「まあ、そのようなわけで君の身辺警護を兼ねていたが、この5年間は特に目立った怪異は現れなんだ」
「それがこの前の八丁堀商店街での…」
「察しがいいな。その通りじゃよ」
先日の大規模結界は、湧も知覚していた。そして結界内に入り調べていたところにいずみたちが飛び込んできたのだ。
結局は湧が気転を利かせて、気絶寸前のいずみに指弾を当てて正気を取り戻させたのだ。
「ところで、最近再び怪異の活動が活発になってきたようじゃ。そこで、君の力も貸してもらいたい」
「私の力…ですか?」
今までの話しから兼成は湧の能力を熟知しているようだ。
湧は動揺を隠せない。いずみから見てもそれは明らかだった。
「君に見せたいものがある。少し待ってておくれ」
兼成は湧の決断を促進する為に、最後の切り札を用意する。
それは…。
「あ! それはっ」
いずみが思わず叫んだ。
「いずみも知っておるようじゃな」
そう言って、湧に一冊の本を手渡した。
「その中に“或る夫”というものが、幾度も書かれておる。どうやら人外の様じゃが、どうにもはっきりしない所がある」
「私も父親の書棚からこの様な本を見つけました」
湧も背負っていた鞄から、さっきいずみに見せた本を出した。
「これにも“アルフ”という言葉が頻繁にでてきます。もしかすると同一人物かも知れません」
「でも、同じ人だとすると300歳以上になっちゃうわよ!」
いずみは絶叫した。とてもあり得ない。
それだけで充分に人外だ。
湧といずみは顔を見合わせた。
<続く>
祖父の言いつけ通り、いずみは食後に湧を“お社”に案内した。
“お社”とは、水無月家にとって裏稼業のいわば心臓部だ。
どんなに親しくなっても、滅多に人を招く場所ではない。
それだけ重要な場所に湧を案内しろというには、何か重大な話があるのだろう。
さすがにいずみもその程度の事は察しがついた。
けれど“お社”に行くには、大砲塚神社の裏にある空手道場から専用通路を通らなくてはならない。
その通路は道場の神棚の下にある壁がどんでん返しになっていて、その先がいよいよ裏稼業エリアになる。
湧はどんでん返しの時は大して驚きもしなかったが、通路を進むに従って明らかに目の色が輝きだした。
その様子を見ていて、いずみも何となく嬉しく、気分が高揚してきた。
いくつものトラップをスルーし(いずみはICカードを持っているのでトラップは作動しない)、最後のシールド扉を開けたところでとうとう湧が絶叫したのだ。
目の前には高さ20m、幅も奥行きも20m程の巨大な空間が現れ、向かい側の壁に半ば埋もれる様に、能舞台のような日本建築物が設えてあった。
「すごいっ! こんな物が本当にあったなんて!!」
湧は歓喜の余り、手すりを乗り越えて飛び降りんばかりだ。
しかし、今二人がいるのは天井に近いキャットウォークの様な通路で、床まで約15mほどの高さがある。
いずみは身を乗り出した湧を必死で抑え付けた。
「だめっ! ここは飛び降りたらマズイのっ!」
「大丈夫だよ、この位の高さなら…」
湧は早くお社に行きたくて仕方ないようだ。
「ここには最後のトラップがあって、いくら私たちでも即死確実なのよっ!」
と、叫びつつ床を指差す。
その指を追うように、湧も床を覗き込み…。
「…なに? あれ…」
そこには無数の直剣が華道の剣山よろしく、刃を上に向けてビッシリと据え付けられていた。
「しかも飛び越えようとしても、特殊なシールドで必ずあそこに落ちる様になってるの」
といずみは言いながら、何故か壁の穴に置かれていたリンゴを“ぽいっ!”っと、お社目掛けて投げた。
リンゴは空中で見えない壁の様なものに当り、真下に落ちた。
刀に刺さった途端、“ぱしゅっ!”を音を立てて爆発する。
「え? なんで?」
湧が驚いて、いずみを振り向き説明を求める。
「あの刀は物が触れると超音波振動をして、何でも爆発させちゃうの。人なんて原型留めないほどグチャグチャになっちゃうらしいわ」
恐ろしい事をサラっと言って、いずみは冷や汗を流す。
「…マジ?」
つい“素”で問い返す湧。
「本気、本気…。だから大人しく階段で降りてね(汗)」
「り、了解…」
と、言っていずみに続いて階段を降り始めた。
降りながら、湧はお社の見事な造りに目を奪われていた。ここが地下だとは信じられない。
単なる秘密結社程度の規模では、これだけの建造物を造ることは不可能だ。
湧は水無月家の秘密に肉薄してる事を実感した。
「あの…さ、水無月さん。ここって何か結界みたいな物張って無い?」
湧にも確信が持てないほどの結界は珍しいようだ。
「張ってるよ。でも結界じゃないの。何でも重力子磁場シールドとかいうもので、霊や怪異はこの地下空間に近づけないらしいわ」
いともあっさり肯定したが…
「重力子磁場? 何それ?」
「私もよく解らないけど、霊って一種のエネルギーの固まりで、電磁力にも反応するらしいけど、それ以上に重力に影響され易いらしくて、電磁力を使って重力の変動を抑えるんだってさ」
誰かからの受け売りらしく、説明がおぼつかない。
「それに有紀さんも言ってたけど、霊体って思念エネルギーの固まりなんでしょ? 肉体が重力に捕われてるみたいに、霊体も影響されるんじゃないの?」
「ふむ…。いや、さっきから有紀と交信できないから何かあるのかなと思ってさ…結界にしては感触が違うから…」
「あ、そうか。有紀さんはここに入れないよね? ごめんね。先に言っておけばよかった」
「大丈夫だよ。有紀には後で説明しておくから…」
「私も後で謝るわ」
いずみの何気ない一言に、湧は目を見開く。
「水無月さんはすごいね。本当にすごい。霊などにも全然先入観持たないんだね。そこまで公平な人初めて会ったよ」
「え? そんなにおだてないでよぉ、私はただの身勝手な特撮ヒーロー番組ファンだってば」
諸手を挙げて絶賛されることに全く免疫のないいずみは、だらしない顔で苦笑いをした。
その眩しい笑顔に湧はしばらく見蕩れていたが、誤摩化すようにお社に目を移した。
「それにしてもすごいね。これだけのものを極秘で造れるなんて…」
「そうよね。でもここは造られてから既に50年経ってるらしいわ」
「ええっ! そんなにぃ?」
見渡しても決して古びたところは微塵も無い。せいぜい10年程だと思っていたようだ。
掃除が行き届いてるというレベルではない。
何もかもが磨き上げられている。
「遅いぞ、いずみ」
“お社”の台座の上、神棚の前には既に祖父兼成が胡座をかいて待ちわびていた。
「ご、ごめんなさい」
「真剣味が足りん! なんだその誤り方はっ!」
「申し訳ございません」
余程待ちくたびれていたのだろう。兼成の口調はとても厳しかった。
いずみは台座前で正座し、平身低頭謝罪する。
「さて、如月湧君。うちのバカ孫娘がえらく世話に…いや迷惑をかけた。真に申し訳ない」
兼成は正座し直して湧に向かい、頭を垂れた。
「と、とんでもございません。いずみさんにはいつも励まされていてとても助けられています」
(…迷惑かけられてる事は否定しないんだ。…)
湧の後ろでいずみが呟いていたが、湧はスルッとスルーした。
「ははは、そんなに庇いだてしなくとも良い」
兼成は湧に足を崩す様に言い、自分も胡座に戻った。湧も同じ様に胡座をかいた。
それを見て、いずみも…と、
「いずみはそこで正座しとれっ!」
間髪入れずに怒鳴られる。
湧は兼成は単なる好々爺ではなく、身内であっても厳しい人物なのだと知った。
「さて、時刻も時刻なので手短に話そう。良いかな? 如月君」
確かにもう22時を廻っていた。
「はい。よろしくお願いいたします」
「うんうん、君はきちんと育ってくれたな…うれしく思うぞ」
兼成の言い方に、湧ばかりかいずみも妙な違和感を感じた。
「まず最初に君に話しておかなければならない事がある」
兼成はひどく難しい顔をして湧を見つめた。
「如月君。君の事は君の母上の事件の頃から陰ながら見守らせてもらった」
「! はい?」
全く予測していなかった事態に湧は戸惑った。
湧の母親の件は確かにいずみには話した。そしてそれ以外は誰も知らないことだ。
大体、事件になっていないのだから、湧の母親が殺されたとは警察すら考えていない。
それを兼成は確かに“事件”と言った。
「…それは…どういう…?…」
「実はな…君の叔父上、神代直哉は儂の弟子でな。直哉から妹の結婚相手が、何か得体の知れない所があると相談されたのだ」
「叔父さんが? ここの門下生? そんな話しは一度も伺ってませんが…」
確かに叔父には不明なところがあるが、まさかここの門下生だとは考えてなかった。
「いや。空手の方ではない。しかも直哉は空手は全く心得がない」
「は?」
「いずみから概略は聞いておるだろう。いわゆる裏稼業の方じゃよ」
兼成はいたずらっぽくいうその“裏稼業”こそ、水無月家の本業なのだ。
「ということは、除霊師という意味ですか?」
湧はなるべく言葉を選び、問い返すが…、
「…殺人…プロの殺し屋稼業だ」
兼成はストレートに言い切った。
(殺人?…)
いずみは口の中で呟く。
今までいずみは、人の世に害をなす人外の退治が水無月家の稼業だと信じていた。
「いずみは知らなんだ様だから、二人に我が家系の真実を話すとしようか…」
いずみだけでなく、湧も緊張し正座し直す。
その話しは深夜まで続いた。
兼成の話しでは、水無月家は平安時代に初代水無月兼成が、駒に“歩”や“馬”などの文字を書き込み、戦略のための解説を行った事を朝廷が高く評価した。
今で言うシミュレーションなのだが、当時は文字に言霊が宿ると思われていたため、書き込む文字の形が重要視された。
その文字こそが平成の世にまで伝えられる“水無瀬文字”なのだ。
兼成はその後朝廷の命を受け、様々な困難を克服する。
その頃、人外に対する都の防御は陰陽寮が一手に担っていたが、有力な人材不足と派閥争いなどで、本領を発揮出来なくなっていた。
朝廷は兼成に新たな実行組織の結成を命じた。
そして、兼成が結成したのは“名を持たぬ部隊”、派閥も権力争いもできない仕組みを造り出したのだ。
「“名を持たない部隊”って名前なの?」
「……」
「……」
いずみのツッコミに兼成も湧も絶句した。
「君の苦労が今ので多少は理解できた…」
兼成は残念そうに呟いた。
「はは…(汗)」
「な、なによう二人とも!」
いずみが文句を言うが、敢えて何も言わずに兼成は続けた。
「人外を相手に闘うと言っても、その殆どは人が根源となり、呪をかける」
生身の人間が人外を呼び寄せ、その魂や呪いを糧に人外は力を得る。
「結局、最終的には根源となる人間を抹殺することが要求されるのだ」
「それで、殺し屋…だと?」
「そういうことじゃ。そして、直哉の正体を晒す訳にはいかない。そこで、諜報活動が本業の柳瀬川家では弓道を隠れ蓑にしていたので、そこの弓道教室に君を預けたのだ。その後は人外のこともあるので、密かに見守らせてもらった」
「! そういうことですか!」
さすがに自分の身辺が裏側でそんな扱いをされていたことに驚いた。
「本当にすまなかった…」
「あ、いえ、そういう事ではないんです。俺…私は叔父以外の人間とは関わりを持たず、迷惑をかけない様に心掛けてきました。他人から意識されることなく、母の敵を討つ事だけを生き甲斐にしてきたんです」
「!」
突然の湧の告白に、いずみは今こそ湧の行動の全てを理解した。
(この人、今まで自分をひたすら隠して生きてきたんだ。特撮ヒーローおたくも自分の本心を悟られない様に? そしていつか、お母さんの敵を討つつもりだったのね)
「叔父さんだけじゃなく、宗主にも気にかけて頂いていたとは知りませんでした」
「そうではない。君の身辺で起こっていた事件について我々はあまりにも無力だった。君の母上が亡くなる直前どこで何をしていたのか、それさえも掴めなかった」
湧の母親が亡くなった後、一番最初に湧の前に現れたのは叔父の直哉だった。
その後のことを湧は覚えていない。
気がつくと警察署で事情聴取されていた。
目の前で母親が塩の結晶になって砕けたと何度も話したが、全く取り合ってもらえなかった。精神錯乱と恐怖から作り話をしていると決めつけられた。
ただ一人叔父の直哉だけが湧の話しを信じてくれた。
そして、湧の生活を守る為に母親の捜索願を警察に提出し、父親は養育義務を放棄したとして、直哉が後見人になった。
「後見人になる以上、区役所の定期的監査に対応しなくてはならず、直哉の安定収入のために会社の役員に据えた」
「それがあのYACですか?」
YACというのは、八重洲アクションクラブといって特撮専門のアクションスタントチームだ。
湧が特撮ヒーローおたくとなったのは、この叔父の多大な影響を受けていた。
「げ、YAC知ってんのぉ??」
「いずみ…」
兼成がギロリと睨むといずみはスゴスゴと2歩分遠ざかった。
「まあ、そのようなわけで君の身辺警護を兼ねていたが、この5年間は特に目立った怪異は現れなんだ」
「それがこの前の八丁堀商店街での…」
「察しがいいな。その通りじゃよ」
先日の大規模結界は、湧も知覚していた。そして結界内に入り調べていたところにいずみたちが飛び込んできたのだ。
結局は湧が気転を利かせて、気絶寸前のいずみに指弾を当てて正気を取り戻させたのだ。
「ところで、最近再び怪異の活動が活発になってきたようじゃ。そこで、君の力も貸してもらいたい」
「私の力…ですか?」
今までの話しから兼成は湧の能力を熟知しているようだ。
湧は動揺を隠せない。いずみから見てもそれは明らかだった。
「君に見せたいものがある。少し待ってておくれ」
兼成は湧の決断を促進する為に、最後の切り札を用意する。
それは…。
「あ! それはっ」
いずみが思わず叫んだ。
「いずみも知っておるようじゃな」
そう言って、湧に一冊の本を手渡した。
「その中に“或る夫”というものが、幾度も書かれておる。どうやら人外の様じゃが、どうにもはっきりしない所がある」
「私も父親の書棚からこの様な本を見つけました」
湧も背負っていた鞄から、さっきいずみに見せた本を出した。
「これにも“アルフ”という言葉が頻繁にでてきます。もしかすると同一人物かも知れません」
「でも、同じ人だとすると300歳以上になっちゃうわよ!」
いずみは絶叫した。とてもあり得ない。
それだけで充分に人外だ。
湧といずみは顔を見合わせた。
<続く>
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前世の知識と物作りの才能を活かし、村の道具を次々と改良。
その発明は村の生活を豊かにし、アレンは周囲の信頼と期待を集め始める。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
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貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
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