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第1章

18能力者

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 「あれ? 水無月さん、どうして300歳以上って判ったの?」
 湧がふと気付いて、いずみに問いかけた。
 仮に湧が言った様に200年程前に書かれたとしても、アルフの年齢まで想定するのは困難だ。
 「あ…(汗)」
 いずみは“しまった!”という顔つきで、恐る恐る兼成の顔色を伺う。
 「うむ…。今後の事もある。如月君には、話しておいた方が良いだろう」
 咎める口調ではないが、そう言った兼成自身も不安げな表情を見せた。
 「え? 俺何かまずい事…聞いた?」
 「ううん。そうじゃないの…、う~ん。どういう風に言ったら判り易いかな?」
 いずみは中空に視線を彷徨わせながら、しばらく考えてみた。
 「そうそう、例えばこの2冊の書物って、よく見るとかなり違うわよね?」
 「ん?」
 いずみは2冊の書物を湧が見やすい様に並べた。
 「おじい…、宗主のものは、良くある古文書の様に楷書できっちり書かれてあるよね?」
 「あ、本当だ」
 「それで、如月君のものは行書まで崩してはいないけど、かなりラフな文字だよね?」
 「なるほど。本と言うよりは、メモに近い雰囲気だね」
 湧は書物の内容ばかりに意識が集中していて、他の書物との違いなどには気付いていなかったようだ。
 「なので、気になってちょっと尋ねてみたら…」
 「尋ねる? 誰に?」
 いずみを見上げると何かもじもじしながら小さく言った。
 「文字に…」
 「? へ?」
 湧は返す言葉が無く、手元の書物に視線を移した。
 表紙には相変わらず意味の分からないタイトルらしきものが書かれているだけだ。
 「…文字って… これ?」
 「あ~だからあまり知られたくないのよぉ(涙)。まるで廚二病みたいに見られるんだもん」
 いずみは真っ赤になりながら嘆いた。
 「はっはっはっ! 如月君。いずみでは要領を得ないので、儂が言おう」
 兼成がいずみの様子に胸を痛め、助け舟を出した。
 こういう所が孫に甘いと言われる所以なのだが、確かに現状では兼成が説明した方が効率がいいのは確かだった。
 兼成の説明では…、
 水無月家は代々、文字と共にその地位を保持してきた。
 文字に関わる能力は様々だが、いずみの場合は一言でいえば、文字に刻み込まれた記憶を読み取るというもの。
 手書きの場合は、書き手のその時の心情、欲求、書き手の性格などかなりの部分を読み取れる。
 印刷されたものは、文章から書き手の想いなどがイメージとして伝わってくる。
 つまり、今回の様に手書きの方がかなり詳細に読み取ることができるのだ。
 「ということは、今いずみさんが言ってた事はここに書かれている文字に教えてもらった…と、いうことですか?」
 「その通りじゃ。だが、問題はその能力は気力体力を極限近くまで消耗するのだ」
 「それって、命がけってことじゃないですか!」
 「そうじゃ。だから普段は意識を持って行かれない様に注意している。まあ、封印していると言った方が近いかも知れん」
 いずみを見ると何やら、ブツブツ言いながら奇妙な微動を繰り返していた。
 「宗主! いずみさんが!」
 「注意してよく聞いておきなさい。いずみが文字のメッセージを伝えてくれる」
 兼成の言葉通り、いずみは寝言の様な呟きから徐々にハッキリした言葉に変化してきた。
 (…)

 いずみは両手で書物の両側を握りしめた。
 湧への説明は祖父がうまくこなしてくれるだろう。
 自分の役割は全力でこの書物から何らかの手掛かりを得ることだ。
 雑念を振り払い、意識を表紙に集中して書物以外のものは視界から排除する。
 やがて表紙の文字が蠢き、準備が完了したことを知る。
 (さあ、始めるわよっ!)
 自分自身に喝を入れ、ページをめくった。
 視界が暗転し、意識が拡散して行くのが判る。

 闇の中に細かい光の点が見え出した。
 (ここは? まるで宇宙空間みたい…でも…)
 いずみは、何も無い空間に浮かんでいた。
 しかし、息が苦しくないので現実ではないと気付く。
 宇宙空間であることは確かな様だが、見慣れた星が見当たらない。
 どうやら地球、それも太陽系内ではないようだ。
 近くに恒星がないため、強い光がない。
 全ての方向に無数の星が散りばめられていて、上下左右が定まらなかった。
 しかもその星は、意志を持っているかの如く光り、全てがいずみを見つめているような嫌な感触がある。
 (う~、気持ち悪い。何なのよこの敵意は…)
 いずみが無数にある星の一つに意識を集中しようと試みたら、突然後方に引っ張られる様に凄まじい勢いで光の点が凝縮し始めた。
 (うぐぐぐ…、凄い力で引っ張られてるみたい…)
 その間にもその宇宙空間は凝縮して行く。
 そして間もなく巨大な銀河が視界一杯に広がる。いずみはあの銀河から飛び出してきたらしい。
 さらに加速し。次々と銀河が凝縮していく。
 意識上の光景だと観念し、いずみは成り行きを見守る事にした。
 (ああ! これっ! 確か宇宙の大規模構造とかいうやつだっけ?)
 眼前にはパンの切り口の様な、又は大きな泡の様な光景が広がっている。
 さらに遠ざかって行くが、大規模構造の泡の様な模様も判然としなくなった頃、全体が黒い球体の様に見えてきた。
 (げ、これ? もしかして宇宙の果て? って私はどこまで飛ばされるの??)
 意識の中とはいえ、その臨場感は恐ろしいほどだった。
 黒い球体はさらに左右奥と無数に現れた。
 けれど今度の球体はきちんと整列していて、遥か彼方まで並んでいた。
 (あ~なんなのこれ…いい加減疲れてきたわ…)
 宇宙の彼方まで飛ばされ、挙げ句にこんな黒い玉の大群を目の当たりにして、この書物が何を伝えたいのか…それとも書物にからかわれているのか判らなくなってきた。
 (もうなんなのよっ! 私はこんな景色をみるために…! …)

 いずみは絶句した。

 ただの黒い玉だと思っていたソレは、巨大な黒いガラスの様な光沢があり、中に人影が見えた。
 その人影は…そしてこの風景は!
 (曼荼羅?? インドの神様? なんで?)
 まさに仏教の曼荼羅の様だが、色は白黒で人型の何かだけでなく、獣や昆虫の様な形もある。
 その全てが無表情にいずみを見つめていた。
 (う、ぎゃああああああああああああ~)

 プチっ!

 そんな音が聞こえてきそうな位、唐突に視界が暗転した。
 現実世界でいえば、気を失ったようなシチュエーションなのかもしれない。
 けれど、ここではすぐに次の景色が現れた。
 いずみの精神力は既に尽きかけていたが、容赦なく流れ込んでくる。
 (はぁはぁ、今度は何?)
 真っ暗な景色だが、開けた場所の様だ。
 やがて真ん中付近に真っ赤な光が灯った。
 血の様なそれは液体の様にしたたり、いずみに向けて流れてくる。
 (? え? ええっ! 溶岩っ!)
 凄まじい速度で溶岩流がいずみを襲ってきた。
 (な、なんなのよぉー!)
 無意識に逃げ出そうとするが、身体がないので当然その場から移動はできなかった。
 真っ赤な溶岩は容赦なくいずみを飲み込み、真っ赤な世界に時々黒い人が流されて行く。
 (あ、これ人じゃなくて、人の霊じゃない! しかもこんなに大勢…)
 溶岩に飲み込まれた人間が、瞬間的に燃え尽きた身体から投げ出された霊体らしい。
 霊体からは恐怖心しか感じとれない。
 いずみは過去に起こった火山の噴火に巻き込まれた人の記憶だと気付いた。
 (あれ? この書物って約200年前に書かれたんだよね。これだけの大規模な噴火って…、富士山? でも雰囲気が違うわね?)
 いずみが考えを巡らせ、意識が途切れかけた時、山の中腹から赤い塊がゴロゴロと転がってきた。
 赤い塊はもちろん溶岩だが、何かの生き物みたいだ。
 (わあ、まるで赤鬼の軍団ね)
 そこまで考えて気が付いた。
 (そうか! 浅間山の大噴火! あれは鬼押出しだわ!)
 天明3年(1783年)7月8日、その年の4月頃から断続的に火山活動が続いていた浅間山が大噴火を起こした。
 午後4時頃から火砕流などが激しくなり、麓の鎌原の集落などを飲み込んだ。
 (これがこの書物に関係してるの?)
 あちこちから断末魔が聞こえ、いずみは、いずみの意識はブラックアウトした。

 「水無月さんっ!」
 湧は、何かで弾かれる様に飛び上がったいずみの身体を辛うじて受け止めた。
 「宗主! いずみさんがっ!」
 「大丈夫じゃ。自分で意識をシャットダウンしたようじゃ。これができないと引きずり込まれて救出が困難になるんじゃよ」
 と、いうものの、身体が飛び上がる程の拒絶はそうそう無い様だ。
 「そのままいずみを部屋まで運んでおくれ。この様子じゃ3日くらいは目覚めそうにないのでな」
 「判りました。…と、ところで抱えたままアノ階段を上がるんですか? ちょっと狭くて無理そうなんですが」
 「おお。そうか、心配することはない。こっちじゃ」
 兼成はお社の奥に案内した。
 そこには…
 「え? エレベーター? ですか?」
 「そうじゃよ。あ、いずみにはくれぐれも内緒でたのむぞ。まだ教えとらんのでな」
 「は? はい…」
 何やら合点の行かない湧を兼成は面白そうに眺めていた。
 「ところで、如月君。いずみが口にした言葉の中に何か思い当たるものがあったかな?」
 兼成は深刻そうな表情で湧に尋ねてきた。
 「曼荼羅という言葉は意外でした。しかし、それ以上に“鬼押出し”というのが…実は父親の書物の中に溶岩発電の研究に関するものがあって、まさにその浅間山の鬼押出しで行われたようです」
 「ほう、溶岩発電とな。仕組みは完成しとるのかな?」
 兼成にも何か気がかりなものがあるらしい。
 「はっきりとは判りません。ただエネルギー開発の初期段階から溶岩は候補に上がっていたようです。でも成功したかどうかは…」
 「うむ。何か気がかりじゃな。儂の方でも調べさせよう」
 「宗主、父親の資料が相模原の自宅にまだあると思われます。調べに行こうと思うのですが…」
 「一人では危険じゃ。あの家は今、柳瀬川に監視させておるが、この半年特に怪異の出現が多い」
 「怪異が? 俺…私はあの家を出てから一度も戻っていませんが…まさか…そんな事になっているとは…」
 湧は今まで、母親が殺された相模原の自宅へは決して近づこうとしなかった。
 叔父から強く止められていた訳ではない。
 湧自身、トラウマになっていたのかもしれない。
 しかしそれ以上に、有紀が悲しい思いをするのが堪らなかったのだ。
 「如月君。確かに君なら…今の君なら何らかの手掛かりを得られるかもしれん。柳瀬川の監視もある事じゃ。うちのものと一緒に行っておくれ」
 「ありがとうございます」
 湧は宗主の心遣いに感謝した。
 「明日、いやもう今日じゃな。7時に迎えに行く。準備しておいておくれ」
 「承知いたしました」

 湧はいずみをベッドに降ろすと、衰弱したいずみの青白い頬にそっと手を添えて、「ありがとうがんばろう」と言って水無月家を後にした。

 ………

 翌日、湧を含む水無月の従者たちは全滅した。
    <第1章終わりー第2章に続く>
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