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第2章

2-05さなぎ

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 紫外線照射による殺菌は、254um付近の紫外線を瞬間的に当て、皮膚表面の数ミクロンを雑菌ごと焼却する。
 肌には悪影響を及ぼす可能性が高いものの、クレゾール石鹸などでは消毒殺菌に時間がかかりすぎるために、急いでいる場合は紫外線照射が使用されていた。
 照射後は、白い粉の様になった焼却された皮膚をシャワーで洗い流し、薬液の温浴を行う。
 一般的には一度照射したら、一週間ほど間を空ける決まりだが、水無月/柳瀬川家の血統は1日に3度までは許可されていた。
 「…ったく、いくら丈夫だからって、さすがに2回目だとお湯がしみるわ…」
 さくらはシャワーの後の温浴で、少し赤みがかった肌をさすりながら文句を垂れた。
 全身に薬用ローションを塗り、どうにか肌のほてりも収まったので、新しい高度衛生服を着込んでレベル3のエントランスを通り抜けた。

 「それじゃあ200cc程採血させてもらうわね」
 「あれ? 葉山さん?? いずみの方はいいの?」
 検査室で待っていたのは、葉山よう子だった。
 「あ~、如月湧くんが“さなぎ”から出て来て、塩なみれなので清拭せいしきたのまれて…。
  久しぶりにレベル3に来たけど、やっぱり殺菌が面倒くさいよね」
 「それを今日、2回もやった私は何ていえばいいのでしょうか?」
 と、頬を膨らませていう。
 さくらがこんな表情をするのは、葉山の前だけだった。
 「それはそれはお疲れさま。まあ採血中は暇だからゆっくり寝てていいわよ」
 「あ~、葉山さんの顔見たら安心したから、ゆっくり寝られそう」
 さくらに懐かれるのがうれしいのか、葉山も機嫌が少し直った。
 (あ、そうだ…いずみの…こと…聞くの…、……)
 この一週間さくらはまともに眠っていなかったこともあり、採血ベッドに横になった途端、深い眠りに落ちた。

 ―――― ◇ ―――― ◇ ――――

 さくらは朝の教室でぼんやりと窓の外を見ていた。
 今日から中学生になったが、この付近の中学校は区立銀座中学校しかないので、自宅からは2km以上の道を歩かなくてはならなくなった。
 窓の外には首都高速脇の木々の葉が青々として、大分、春っぽくなってきた。
 桜の木が少ないのがさくらには寂しく感じたが、都心のさらにど真ん中でもこの辺りにはまだ緑があることを感心すべきなのだろう。
 制服なので、気分的にも大人びた思考を心掛けていた。

 が…、

 「豪弓戦隊ムネンジャー! 推参!」
 <ごちん!>

 さくらは脱力して、おでこを机の天板に思いっきりぶつけてしまった。

 「ごおぉ~らぁ~! 如月湧! 中学生になってもそれかい!」
 さくらは思わず“地”で叫んでしまった。
 「おお! 同志柳瀬川! お前も参戦せよっ!」
 湧はうれしそうに「JOIN US!」とか宣った。
 さくらはつかつかと近づき、脳天にチョップを叩き込んだ。
 湧は「うがが!」などと痛がって(全く利いていないのだが…)、
 「おのれ、偽物を送り込んできたのかっ!」
 と、叫んでクラスメート(小学校からの友達)数人と校内のパトロールが必要だとか言って、逃げていった。
 残されたさくらは、新しいクラスメートたちの生暖かい視線と“柳瀬川チョッパー”という称号を拝命した。

 湧は小学校6年になった時、クラスメートの一人がいじめにあっていた事を知る。
 その児童に一日中貼付いて、いじめるヤツから守り抜いた。
 強制的に仲直りのきっかけをつくり、本当に仲良くなるまで目を離さなかった。
 それが今の湧の特撮ヒーローオタグループなのだ。
 そして湧は校内の犯罪抑止のための“正義のヒーロー”となったのだ。

 その時のさくらにとっては、湧が何を考えているのかどうでもよかった。
 『気になる男の子』ではあったが、さくらは自分の使命を考えると、これ以上湧に関わる訳にはいかないことを充分に理解していたのだ。
 もっともそれ以上に頭が痛い案件がある。
 「ねえねえ、これ素敵じゃない? 折角近いんだから帰りに見に行こうよ」
 いずみだった。しかも“これ”というのが、特撮ヒーロー番組のグッズを扱っている店のリーフレットなのだ。
 「…近いったって、これ汐留のTV局のキャラクターショップでしょ?」
 「そだよ。4月からの新番組のグッズも発売してるんだってさ。ねぇさくらぁ~いこうよぉ~」
 いずみは祖父の関係で、特撮ヒーロー番組の制作スタッフとの交流がある。
 そのために幼稚園時代から特撮ヒーローの大ファンであり、小学校になった頃からはよりディープに特撮ヒーロー番組のファンとなった。
 湧との違いは架空のヒーローに憧れるのではなく、特撮ヒーローや特撮スーパー戦隊などの番組制作のファンであり、俳優やデザインなどのクリエイティブ系のファンなのだ。
 そして…、いずみはそんな二人に振り回される“ある種の被害者”なのだ。

 (中学に入ってもコレなのか…)
 さくらは窓の外の緑を眺めながら…涙した。

 実際に涙がこぼれて、目を覚ましたさくらは現状を認識できなかった。
 「あれ? ここどこ?」
 採血用のベッドは簡易ベッドだったらしく、さくらが上体を起こすと<ギシッ>と軋んだ。
 「あ、起きた?」
 見知らぬ看護師が試験管を持ったまま、首だけまわしてさくらに声をかけた。
 「…あ、そうか。採血してたんだ…私…」
 「気分はどう? 気持ち悪くない?」
 試験管をラックに戻して、さくらの方に近づいて来た。
 「あ~そか。私はこの一週間ほど如月君の様子を見ている監察医の坂戸です。よろしくね」
 「初めまして…え~と、柳瀬川さくらです。その…」
 さくらはここにいる理由をどう説明したらいいのか悩んだ。
 「いいのよ。院長から聞いてるから…うふふ」
 最後の“うふふ”が何に対してなのか、嫌なほど理解してしまった。
 あの院長からの説明だから、きっと…。
 「いえ、あの如月君とは同級生で、他にもちょっとした縁があって…」
 「いいからいいから。若いっていいわねぇ」
 そういう坂戸もまだ20代だと思われるのだが…、さくらは敢えて突っ込まなかった。
 「あの…ところで、如月君のところに行ってもいいですか?」
 「大丈夫じゃないかな? 特に変化があったとは連絡がないし…」
 ぱぁ! とさくらの顔がほころぶ。
 こういう表情を見たら、誰だって恋人だと思うことだろう。

 湧は“さなぎ”から出たとはいえ抵抗力などが未知数なので、大事をとって新生児が入る保育器の様な形の大きなケースに入れられていた。
 ガラス越しとはいえ、顔が見られるのが救いだった。
 さくらはホッと息を吐き出して、湧の傍にひざまづいた。
 自発呼吸はしているので、本当に微々たる変化だが、胸が上下していた。
 (生きているのよね…、湧くん。よかった…)
 やっと一心地ついたらしく、さくらはそっと微笑んだ。
 「初めてあなたに会った時は、私かなり嫌ってたのよね…」
 つい語りかけるように話し出してしまう。
 湧がいるのは40畳くらいの割と大きな部屋で、規則正しい電子音だけが響いていた。
 当直の看護師は隣の部屋で、モニター越しに状態チェックしていて、さくらの声は届かない。
 「変なヤツって思ってたけど……、やっぱり私の印象は正しかったのね。だってこんなに変なことばかり起きるんだもん。やっぱり変なヤツなんだね、あなたは…」
 湧に出会ってから早くも5年が過ぎていた。
 思い返してみるとさくらはいつも湧に突っかかっていた。…様な気がする。
 けれど、チョップを叩き込もうが、ビンタで叩こうが、暴言を浴びせようが…(思い出すだけで冷や汗が出て来た)、湧は決して手を上げず、さくらに対していつも穏やかに応えていた。
 もっともそれが余計に癇に障り、エスカレートしていたのだが…。
 「ほんっとうに変なヤツ! …、で、でもね…帰ってきて…早く…。また奇声あげても、変なダンス踊ってもいいから、いつものガキっぽい明るくて元気な姿を見せてよ!」
 さくらの瞳から涙が溢れ出した。
 「…私の…私の傍にいて…よ…、湧くん……好き…です…」
 とうとう堪えきれずケースに縋り付き、嗚咽を漏らした。

 「!」

 その声が届いたと思うのは出来過ぎだろう。
 しかし、湧の瞼が微かに震えた。

 医師団が駆け付けてくるまで、さくらは必死に湧に呼びかけた。
 けれど、湧には聞こえていないらしい。
 だが徐々に開いた瞼からは、焦点が定まらない瞳が見えてきた。
 医師団がケースを外すと同時に、さくらは部屋から追い出されてしまった。
 さくらは通路側のガラスに貼付いて、湧の姿が見える場所を探す。
 しかし湧の姿は医師団に囲まれて、なかなか見えない。
 診察を始めて、点滴の針を刺そうとしたところ…、

 「ゴッドスパイラルアロー!」
 「へ?」
 さくらをデジャヴが襲う。
 「ゆ! 湧くん!?」
 うれしかった。あの小学5年の夏の会合。
 湧はみごとに蘇ってきた。
 さくらは歓喜の余り部屋に飛び込み、あっけに取られていた医師団をかき分けて、湧に近づいた。
 湧の焦点がさくらを捕らえる。そして、
 「ただいま。さくらさん」
 と、しっかりした声でさくらを呼んだ。
 「ゆ…う…くん!」
 さくらは、湧に抱きつき号泣した。
    <続く>
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