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第2章

2-06覚悟

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 意識が回復したからといって、それですぐに元通りの生活に戻れる訳ではない。
 むしろ一度は死亡確認されてしまい、司法解剖の手続きまで進んでしまったことが足枷になった。
 検死が出来なかっただけでなく、何の治療も行われていない状況で全治したとは、間違っても公表できない。何らかの言い訳が必要なのだ。
 如月湧の現状をどのように報告(宮内庁に対してのみだが)すべきか、医師団は頭を抱えていた。
 「…と、いうわけで精密検査が終わらないと退院どころか、面会すら許可出来ないということらしい…」
 湧が珍しくうんざりした表情でグチった。
 「しかたないでしょ? 私が駆け付けた時は、湧くんは既に“さなぎ”状態になってて、何がどうなってるのか誰も解らなかったもの」
 医師団が混乱するぐらい非常識な状況では、誰もさくらへの説明が出来るはずがなかった。
 さくらはなるべく意識しないようにしているものの、“湧くん”という呼び方はまだちょっと恥ずかしい。
 湧自身がどう感じているのか判らないが、特に何も言われないところをみると、受け入れてくれた? と勝手に解釈している。

 現状では湧の扱いはとても微妙だ。
 水無月宗主の指示で人間として、状況観察に徹することになっている。
 しかし検査が進み、明らかに人間と異なると判明した場合はその限りではなくなるだろう。
 さくらもその辺りは理解している。が、どんな状況になっても湧を“怪異”として対応する事は絶対にできないだろう。
 「とにかく退院して、普通の生活に戻っても大丈夫だと判るまでは我慢しなきゃ…ね」
 まるで女房の様な言い方に、湧の方が赤面してしまう。
 「そうだね。…でも…、さくらさん、一つお願い出来ないかな?」
 学校では見た事の無い真剣な顔で、真っすぐにさくらを見つめる湧に胸が高鳴る。
 「な、な、なに…かな? 私に出来る事ならなんでも…」
 しどろもどろに返答するのがやっとだった。
 「水無月宗主と二人だけで話しができないかな?」
 (あう~、やっぱりそっちか…)
 さくらは気付かれない様に息を吐き、
 「実はね、今私たちがいるこのエリアって厳重な無菌状態で“レベル3”と呼ばれているの。入室するには約2時間ほどかけて殺菌消毒処理を行わなくちゃいけなくて、時間的に宗主には無理だと思う」
 「え~。そんなに大変な場所なんだ…。あれ? ってことはさくらさんは、毎日その大変な殺菌消毒をして来てくれてたんだ。ありがとう。そして、ごめん」
 湧は全く気負いなく言い、さくらに頭を下げた。
 こうもストレートに礼を言われると、さくらの思考は一気に吹っ飛び頭から湯気が出そうだった。
 「あ、あ、だ、だからっ!…、私が勝手にしてることだから…そんなに気にしないでっ!」
 湧もさくらの気持ちを知ってしまった以上、全く意識しないではいられない。
 二人はお互いに目を逸らして、言葉に詰まった。
 「あ、そうだ。ガラスで仕切られた控え室からならマイク越しで話しができる…けど…」
 「でも、それじゃ会話を録音されるよね? それはちょっと…ね」
 湧の言いたい事はさくらにも充分に理解出来る。
 とはいえ、さくらが仲介する訳にもいかない。メモ類は持ち込みは勿論、持出しも厳禁なので不可能。電話等も先日の様に“レベル2”まで行かなくてはならない。
 「やっぱり、検査を早く終わらせてせめて“レベル2”エリアまで出ないと無理…ね…」
 「そうか…。一刻も早く伝えたい事が沢山あるんだけど…なら…」
 湧は少し考え、優先順位を模索しているようだ。
 「さくらさん。2、3言付けお願いできないかな? 勿論さくらさんに危害が及ばない範囲での情報なので、万一襲撃されても大丈夫だから」
 「え? 襲撃? それって湧くんを襲ったや…!」
 湧が慌ててさくらの口を手で塞いだ。
 「口にしちゃだめだ。ヤツらのことは考えないでくれ!」
 大きく瞳を開いたまま、さくらは頭を上下して“了解”の意思表示をする。
 「言霊って判るだろ? あれは人類が思っているほど軽々しいものじゃないんだ。だから、心で思ってもすぐに口にしてはいけない。いいね?」
 再び頭を上下するさくら。
 「ゴメン。驚かせて…」
 湧が手を離すと“ぷはぁ”とさくらは息を吐いた。
 「なんでそんな事を湧くんが? あ、いいの。い、今は何も聞きません」
 今回の異常事態がなかったら、また“特撮ヒーローおたく”が…とか笑っていたのかもしれない。
 でも、湧は自分たちと同類なのだろうと知ってしまった今は、素直に受け入れ…るべきだろう。
 「とにかく理解出来なくていいから、一字一句間違えない様に伝えてほしい」
 と言って、湧は呪文の様な言葉をさくらに託した。

 その日はそのまま宗主に会いに行くため、“レベル3”を出た。
 殺菌消毒室は入室は勿論、退出時もエリア外に細菌等が流出する危険を避けるために薬液温浴する必要がある。
 “レベル3”を出たところで、偶然葉山に出会った。
 「いずみが目を覚ましたから一度見舞いに行ってあげて…」
 「え? あ、そうか。……だけど…」
 さくらが言い淀むのを見て、葉山よう子は察した。
 「心配しなくても大丈夫よ。いずみにはまだ如月君の件は全く知らせてないから…、というより、検査が終わるまではいずみには内緒にしてね」
 さくらの気持ちを知っていながら、違う理由で湧の事を知らせるな、というのは葉山の思いやりだと気付く。
 少し気分が楽になったので、取り敢えずいずみの病室にむかった。

 ドアをノックしてスライドさせる。思えば手で開けるのは久しぶりのような気がした。
 (“殺菌消毒室”から先は全部自動ドアだもんね…)
 「あ、いずみ起きたのね。気分はどう? 何か飲む?」
 気付かれない様に一気に言葉を重ねた。
 「…へ? あ、ああ大丈夫…」
 訝しむようないずみの視線。直視できなくて、つい視線を逸らしてしまった。
 まだ点滴中のようで、ベッドに寝たままだったのが救いだった。
 逆にさくらの様子がおかしいことに気付いたようで…、
 「さくら…何かあったの? 大分疲れてるみたいだけど…」
 と、問われてしまった。
 (ダメだな私…、まだまだ父さんみたいにポーカーフェイスができない…)
 「…う、ううん。なんでもない…。私の事よりいずみこそ早く体力回復させなきゃ。いまは余計なこと考えるんじゃないわよ…」
 と、いいながらもいずみに視線を合わせられない。
 「あ、私、用事があるからもう行くね。何かあったら葉山さんにお願いしとくから…」
 それだけいうと踵を返し、病室のドアを閉じた。
 「さ、さくら…?」
 扉のむこうから戸惑ったようないずみの声が聞こえた。
 (ごめん。今はこれ以上…いずみごめんね…)
 さくらは、涙を流しながら病院を飛出した。

 水無月兼成はさくらを伴ってお社に降りた。
 ここはいかなる部外者も進入できず、盗聴もできないからだ。
 「宗主、如月君からの伝言をお伝えいたします。一字一句そのままお伝えするように言付かってきました」
 「判った。続けたまえ」
 兼成は厳しい顔で応え、さくらの言葉を待った。
 「力は闇から訪れる。闇は空に広がり、闇は新たな星を生む」
 さくらはしばらく兼成の顔を見つめ、以上です。告げた。
 「…そうか。そう言う事なのか…。解った…さくらはもうその言葉を忘れなさい」
 「? …し、承知いたしました」
 と、いうものの、全く意味が判らない。きっと湧と宗主との間には符丁めいた何かがあるのかも知れない。
 「それでは私はこれで失礼いたします」
 さくらは礼をして、お社を出ようとした。
 ところが…、
 「さくら。もうしばらく学校へ行くのは止めなさい。…そうだな、あと5日いずみと共に病院に居る様に。手配は儂が行っておく。いいかい絶対に病院から出ないようにな」
 「宗主、それは…!」
 さくらは自分の行動を制限されるのが気に入らなかったが、兼成の顔を振り返った途端にそんな個人的問題では済まない“何か”に怯えている様に感じた。
 「承知いたしました。いずみの部屋にいればよろしいでしょうか?」
 「いや、さくらの部屋は用意する。ただ…、ただ注意して欲しいのは…夜は決して同じ部屋で寝ないように。いずみもさくらも毎晩違う部屋で寝る様に」
 「いずみに何かあるのですか? それともいずみを監視しろと?」
 兼成は目を大きく開けて、さくらが勘違いしてることに気付いた。
 「ああ、そういう意味ではない。いずみと同じ部屋でも構わんが、絶対に前夜と同じ部屋を使わないようにということだ。できればいつもいずみと一緒にいてほしい」
 「仰ってる意味がよく判らないのですが…それは、もしや襲撃に備えろ? ということですか?」
 如月湧のことでさくらがいずみに対して、ある種の感情を持っていることは既に知っていた。
 だから、今までみたいにいずみと一緒にとは言えなかったのが、返って誤解を招いてしまった。
 「済まないさくら、儂が変に気を使い過ぎたようじゃ。君の如月君に対する気持ちを思ってつい、柄にも無くおせっかいをしてしまった」
 宗主はいつもさくらといずみに公平だった。そのことを忘れて、さくらも宗主に悪感情を抱いてしまったことに気付く。
 「ご、ごめんなさい。私も意固地になりました。こんなことしてる場合じゃないんですね? 宗主がお心を痛めているのは、いずみだけじゃなく、湧くんや私に対しても…、何か危機が迫っていると仰りたいんですね?」
 さくらは泣きながら額を床に押し付けて謝った。
 「いいんじゃ。儂こそ済まなかった。頭を上げておくれ」
 さくらが顔を上げると兼成も目尻に涙を溜めていた。
 「さて、大事な話しじゃ。もうこれ以上黙っている訳にもいかんじゃろ。心して聞いてほしい」
 兼成はさくらに現状を…調査の上、今判っていることを話した。
 一番の問題は、湧を襲撃した“リッチ”と呼んでいる怪異だ。
 これは、いつどこに現れるか判らない。そのため厳重に警戒していたにも関わらず、湧たちは殺された。
 そして、宮内庁病院とはいえ、怪異に対しては万全の警戒ができない。
 ならば、湧といずみがいるところにさくらを置いておくことが望ましい、と兼成は考えた。
 そして、築地川高校の校長が怪異に操られているか、もしくは怪異になってしまったと考えられること。
 さらに、この数週間でに行方不明者が急増してることだった。
 「だから、もし大事があった場合、君たち3人で対処してもらいたい」
 「! そ、それは…宗主たちは? どうなさるおつもりですか?」
 さすがにさくらも気付いた。万一に備えて自分たちを避難させようとしているのだと…。
 「今、如月君からのメッセージで怪異についてのヒントをもらった。その辺りから対抗策を構築してゆく。ただし、如月君の身体が元通りになる前に襲撃されたら勝ち目はない…」
 「それです! 宗主、湧くんって…、あの…、何者なんですか?」
 とうとうさくらはこの10日間で一番の疑問を口にした。
 「そ…れは、…そうだな。さくらにも全て話すと決めたばかりだったな…」
 その言葉だけで、さくらは宗主がかなり前から湧を知っていたと悟った。
 「彼は…彼の母親は、怪異に殺された。如月君が10歳の時だ。しかも目の前で…塩の結晶になって砕け散った。その時に彼は能力を発揮して、怪異を撃退したのじゃ」
 「目の前で? しかも能力に目覚めた? ! だから…あの時…」
 『…俺に関わらない方が…、…君のためにも…』そう言ったのだ。
 しかも…。
 「! あっ! と言う事は私の父も知ってたんですね? 湧くんのことを!」
 「まあ、当然じゃな。もっとも儂が頼んだんじゃが…」
 兼成はいたずらっ子の様に舌を出す。
 (この爺様はっ!)
 「だから門下生にしようとしてたんですか?」
 「まあ、彼に素質があったからじゃがな。ちなみに彼の叔父は神代直哉じゃよ、YACの」
 「へ? 神代? YACの?? ……直哉叔父さんですかぁ??」
 さくらは心臓が飛出しそうなほど驚いた。何しろ直哉は父保の親友だ。さくらのもう一人の父親みたいな存在なのだ。
 「な、な、なんで? なんで一言も、てか、私に黙ってたんですかぁ!!」
 「そりゃさくらやいずみの素性はトップシークレットじゃ、一般人が関わると色々とマズいので、直系で無い限りは家族ぐるみでの交流は禁じておるからじゃ」
 さくらは今度こそ納得いかなかった。結局、湧も能力者じゃないか!と訴えた。
 「さくら、気持ちは判るがその時は全くその兆候がなかったんじゃよ」
 「…う、う、私、彼が転校して来た時、そんなこと知らずに酷い事ばっかり言って…、もう湧くんに会わせる顔がないわぁ(涙)」
 「その事も判っておる。如月君もさくらの気持ちはよく判っておるようじゃないか」
 兼成はそう言って“ガハハ”と笑った。が、目は笑っていない。
 「最悪の場合は3人で力を合わせて闘うのじゃ。肝に命じよ!さくらっ!」
 「はいっ!」
 つい反射的に返事をしてしまった。
 しかし、本当の闘いはこれからなんだ。とさくらは覚悟を決めた。
    <続く>
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