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第8章
8-08事情聴取
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最初、いずみは自分の役割が全く理解できていなかった。
ただ横で如月博士の話を聞いて、感想を述べればいいものだと思っていたのだ。
そのある種、他人事のような、または単なる観測者的思考は、その部屋に入ったところで打ち砕かれた。
ルイーナが部屋のキースキャナーにICカードをかざし、ロックナンバーを押し始めた頃には現実感が薄らぎ、目に見えるもの以外の世界が唸りを上げていずみに迫ってきた。
まるで嵐の海に浮かぶ流木のように揉まれ、情報の波に翻弄される。
が、現実の身体は全く普段通りにルイーナに続いて部屋の中に歩んでいた。
過去に幾度か、命がけの能力行使をした時でも、ここまで明確な情報の圧力は感じたことがなかった。
それでも不思議と恐怖感はない。
逆に心地よさを感じている自分に気付く。
(何? この圧倒的な…てきな…気持ちよさ?)
目には事情聴取が行われる少し薄暗い部屋が映っている。しかし、それとは別に様々な景色が、あるいは幾何学模様が次々と現れている。
例えば、監視センターの壁にいくつも埋め込まれたモニターに、様々な映像が映っているのを眺望するのとは違う。
全てが境目なく、しかも重なっているのに、鮮明に見える。
こんな経験は初めてだった。
ふと如月博士がいずみを注視していることに気付いた。
その表情は非常に穏やかで、とても湧が話していたような冷酷な人物には思えない。
「いずみ? どうかしましたか?」
ルイーナに声をかけられて、いずみは現実に引き戻された。
あたりを見回すと、いずみは部屋に入ったところで立ち止まっていたらしい。
「あ? あれ? 私どのくらい突っ立ってた?」
「? 私に続いて、部屋に入ったところで立ち止まったから声をかけただけですよ? 時間にしたら3秒も立ってませんよ?」
「え”?」
あれだけの情報が、たった3秒足らずの間にいずみにもたらさせたらしい。
しかも、その全てを鮮明に記憶できているのだから、驚き以外の何物でもない。
心を落ち着けて、テーブルを挟んで如月博士に対面しているルイーナの横に立つ。
「失礼しました。私の名はルイーナ・ラルゴ。アメリカ軍特殊戦術部隊に所属する大尉です。作戦遂行上、詳しい部隊名や階級をお教えできないことをお許しください」
「! ルイーナって大尉だっ……えっ?」
大尉と聞いて口を挟みかけたが、睨まれてすぐに口を噤む。
よくよく考えたら、ルイーナの素性はいずみも未だに知らなかったのだ。
「こちらは参考人と申しましょうか、多分、如月博士とアルフのことに関して、一番理解できる人物だと思い、同席させました。ご了解ください」
ルイーナは簡潔にいずみを紹介した。
「いやいや解ってますよ。あなたが来る前にアルフから教えてもらいました」
そう言ってにこやかにいずみを見た。
「アルフがいずみを?」
「いずみさんと言うのですか。素敵なお名前ですね」
「え? 今、博士はいずみのことをアルフに教えてもらったとおっしゃったのは?」
ルイーナは眉間に皺を寄せて聞き返した。
「ああ、そうか。名前や経歴など私たちの世界の情報は何一つ教えてもらうことはできません。ただ、どういう容姿で、どういう性格なのか、そういう思念に関係することだけです。アルフが私に教えてくれるのは…」
「は? つまり名前や住所や電話番号のような個人情報ではないのですか?」
「ははは、それはルイーナさんでしたか? あなたの方がよくご存じでしょう。それに、既にいずみさんにはアルフから直接、必要な情報は伝達済みです」
「はい? そ、そうなの?」
ルイーナは戸惑った声でいずみに確認を取る。
「あ~、もしかして…さっきの…が?」
いずみは自信なさげに如月博士に尋ねる。
「そうですよ。私が人間の言葉にしてお伝えするより、あなたが今知り得た情報をあなたの言葉で皆さんにお話した方が有意義だと思いますが」
始まって…いや、まだ事情聴取は始まってもいなかったのに、既に必要な情報をいずみに伝えたというのが、驚きだった。
ルイーナは、如月博士が嘘やごまかしで言っているのではないと確信はしている。
けれど、あまりに呆気なく事情聴取が終わってしまったことに戸惑いを覚えた。
さらに6次元人の自分でさえ、感知できなかった情報伝達というのが納得できない。
「あの、それでは如月博士のことについてご質問させていただけないでしょうか?」
ムカムカする気分を強引に押し隠し、かろうじてそれだけ言うことができた。
「構いません。なんでもお答えしますので、どうぞ」
如月博士は別に横柄な態度を見せたわけではない。けれど、この余裕に満ちた態度にルイーナは嫌悪感を感じていた。
「では、まず基本的なところからお伺いします。最初にアルフとコンタクトを取ったのはいつのことでしょうか?」
「明確にいつとはお答えできないのですが、アルフという思念が私の中に存在していることは、大学院時代に研究室でエネルギーの制御実験をしている時でした。多分24歳頃だったと思います」
前もって用意していたようにスムーズに返答する如月博士。
ルイーナにはそれが芝居掛かって見えた。
「明確ではないと言いながら、随分はっきりと覚えてらっしゃいますね?」
「それはアルフがその時のイメージを見せてくれたからです」
「い、いまですか?」
「そうです。アルフとの交感は時間的経過なしに行えますから」
その言葉でいずみはさっきの情報の嵐を連想していた。
多分、如月博士のいう通り、伝達は一瞬で行われるのだろう。
「いずみは感じた?」
「う~ん。なんか暗い部屋の中でビカッって光ったようなイメージを…」
確かにほんの一瞬頭の中にイメージが浮かんだ。
(そうかっ! ルイーナはこのことを知ってて、私に立ち会わせたんだ!)
やっと自分の立ち位置に気付くいずみ。
予想していたより、遥かに重大な役割だ。
その後もルイーナの質問に対して、明瞭なイメージが頭をよぎる。
しかも、その回数を重ねる度により鮮明なイメージになってゆく。
いずみは今更ながらアルフという存在に恐怖心を抱き始めていった。
「博士は奥様に実験の…、」
さすがに口ごもるルイーナ。
「遠慮せずにストレートに言っていただいても構いませんよ。私は今までやってきたことが非人道的だったことは充分理解しています」
顔面が蒼白になったルイーナに、博士の方から話を続ける。
「実験台だと言われても止むを得ません。今となっては何も隠す気はありません。息子もここに来ているようですが、私は息子に殺されても文句を言える立場ではないのです。しかし欲を言わせていただければ、アルフの願望を叶えるまで待っていただきたい」
「アルフの願望? 人類の殲滅ですかっ?」
さすがに看過できない要求だ。ルイーナは、博士に掴みかからんとする勢いで、思わず腰を上げだ。
「ルイーナっ! 待って待って!」
監視員より先にルイーナを抑えたのはいずみだった。
「いずみっ! こんな暴挙は許されません」
「あ、ごめん。あんまりすごい形相だったから、つい抱きついちゃった」
「え? ああ、そっちじゃないです。博士のことですよ」
「へ?」
如月博士は二人のやり取りを黙って見ていた。そして、
「人間の情報伝達方法では、今のあなたたちのような行き違いが多々起こります。アルフはその原始的な、物質的なコミュニケーションを理解できないのです」
と、ひどく残念そうに告げた。
「何が言いたいのですか? 無闇な発言は不利になりますよ?」
ルイーナは苛立ちを抑えずに吐き捨てるように言った。
「落ち着いてください。私はもう逃げ隠れしません。ああ、私が妻にしたこと…ですね。お話ししましょう」
博士があまりに冷静なので、ルイーナの方がバツが悪くなり、しぶしぶ座り直した。
如月博士の話は湧が生まれる前から始まった。
ルイーナといずみは、一語一句聞き漏らさない様に注意して話を聞いた。
湧の母親は元々病弱気味で、出産には命懸けで挑まなくてはならないことが判明した。
出産しても母子ともに生存できる可能性は20%以下だ。
博士は危険を冒してまで出産することに否定的だった。
しかし、湧の母親は頑なに出産を望む。
博士にはなす術がない。絶望感から研究に没頭する。
まるで現実から逃避するように。
ある時、大気中に微量に含まれる“エーテル”というものに興味を持つ。
それは現代科学でも解明されていない媒体で、一般的には光を伝達する媒介、または神智学で魂の体と言われている奇妙なものだ。
たまたま放電現象を起こすため、研究室ではそれを“エーテル”と呼んでいた。
電気圧力をかけないのに勝手に発光するため、エネルギーとして利用できるのでは? と何気なく思った。
博士はそれから研究室に入り浸り、エーテルの研究に没頭した。
そして、運命の日。
博士は放電現象の光の中に様々なイメージを見る。
それが幻覚なのか、実体なのか、もはや区別がついていなかった。
自分はきっと頭がおかしくなったんだ、とぼんやりと思いはしたが、頭の中のイメージがどんどん鮮明になってゆく。
それはインドのマンダラに似ていたり、遥か宇宙の彼方の超新星爆発のようなものだったり、または原始時代の恐竜が跋扈している風景だったりした。
そして、飛鳥時代だろうか? 人体を押さえつけて、両腕に何かを差し込んでいるイメージが浮かぶ。それは人体実験らしい。
術後にその人物は腕を刀で切り裂かれるが、すぐに傷がふさがって、傷跡一つなくなる。
博士はそのイメージに固執した。すると関連したイメージがもっと詳しく浮かび上がる。
新たなエネルギーを開発するという本来の研究からは逸脱するが、見るからに不死身の身体が作られるイメージが博士を魅了した。
詳細な方法・手順はそのイメージからいくらでも得られた。
そして、その実験を自らの身体で行った。
「そう、あなた方がアルファブラッドと呼ぶ、不死身の身体をもたらす血液です」
「それって、博士が開発した実験装置なんですか?」
「いや、私はイメージ通りに組み立て、順に作業を進めただけだ。なぜそんな知識を得られたのか、その時はどうでもいいことだった。妻を丈夫な…不死身の身体にできれば、出産も安心だと…そんな風に考えた。そして実行した」
「倫理的な配慮は一切なかったのですか? それで奥様が亡くなっていたらどうしたんですかっ!」
再び叫び出すルイーナ。
抱いて抑えつけるが、いずみは怒る気になれなたった。
何故ならいずみは一度“死”を経験しているからだ。
身体が破壊されてゆく痛みより、無力に自分の心が徐々に冷えてゆく恐怖の方が耐えられなかった。
「ルイーナ落ち着いて! 博士だって追い詰められて止む無く…」
「仕方なかったで済まされない問題ですっ!」
「それは博士だって分かってるわよっ!」
「いずみ? なんでそんなに博士の !…!」
いずみは号泣していた。博士に同情したわけじゃない。
頭の中に荒れ狂うイメージは、悲しくて悲しくていずみには耐えられなかったのだ。
多分博士はこの何十倍も悲しかったと思う。
善悪の問題じゃない気がした。
「いずみさん。あなたは本当に優しい人だ。アルフのイメージを正しく認識してくれる。私はこの悲しみを他の人が少しでも理解してくれるとは思ってなかった」
「…博士…。でも、なんで湧のお母さんは、湧を殺そうとしたのですか?」
「それは…」
如月博士が初めて言い淀む。
「…妻は…、出産後も健康そのもので怪我はもちろん、病気にすらならなかった。
しかし、息子はアルファブラッドの第二世代。完全な第二世代だったら問題はなかったろう。しかし、妻がアルファブラッド化したのは妊娠後だ。つまり息子はごく普通の血液にアルファブラッドが混じり合った状態で生まれた」
「あ、そういうことかっ!」
「いずみ? 何か思い当たることが?」
「そういうわけじゃないんだけど…、私が…あっ! 何でもない」
いずみが新生したのはトップシークレットだ。
アメリカ軍施設内とはいえ、口外していいものじゃない。
今更そのことに気付いた。
「いずみさんが言いたいことは分かりました。ここでは口に出さない方がいいでしょう」
如月博士の方が逆に納得している。ルイーナは益々不機嫌になっていった。
「息子の中の普通の血液であるはずの成分が、アルファブラッドに反応して活性化したのです。つまり、癌化です。それも凶悪なほどの…」
「癌? YOUがですか? そんな印象はなかったのですが」
「最初は3歳の血液検査で判明しました。医師からは白血病だと言われました」
「それが…原因ですか? お母様が湧を殺そうとしたのは…」
「そのようです。苦しむ姿を見たくないと言ってました。私はアルファブラッドが癌を駆逐してくれると思って…願ってました。しかし…」
「一向に治らなかった…と?」
「その通りです。そのうち妻は精神的に異常をきたし、息子が5歳の時にとうとう…、しかし何故か妻が亡くなりました」
その時の様子を博士は知らないのかもしれない。
友紀の存在も。
「アルファブラッドはご存知の通り、賢者の石、もしくはエリクサーという錬金術の万能薬と同じものですが、表向きは架空の物質です」
「それは私たちの調査と分析で解明しています。ただ、現代科学では未だ解析はできません」
「ほう。ということは、やはりあなたはこの世界の人ではないのですね」
ルイーナを羨望の眼差しで見つめる博士。
「おっしゃる通り、私は6次元から来ました。アルフを追って…」
ルイーナはついに核心に迫る話題に飛び込んだ。
<続く>
ただ横で如月博士の話を聞いて、感想を述べればいいものだと思っていたのだ。
そのある種、他人事のような、または単なる観測者的思考は、その部屋に入ったところで打ち砕かれた。
ルイーナが部屋のキースキャナーにICカードをかざし、ロックナンバーを押し始めた頃には現実感が薄らぎ、目に見えるもの以外の世界が唸りを上げていずみに迫ってきた。
まるで嵐の海に浮かぶ流木のように揉まれ、情報の波に翻弄される。
が、現実の身体は全く普段通りにルイーナに続いて部屋の中に歩んでいた。
過去に幾度か、命がけの能力行使をした時でも、ここまで明確な情報の圧力は感じたことがなかった。
それでも不思議と恐怖感はない。
逆に心地よさを感じている自分に気付く。
(何? この圧倒的な…てきな…気持ちよさ?)
目には事情聴取が行われる少し薄暗い部屋が映っている。しかし、それとは別に様々な景色が、あるいは幾何学模様が次々と現れている。
例えば、監視センターの壁にいくつも埋め込まれたモニターに、様々な映像が映っているのを眺望するのとは違う。
全てが境目なく、しかも重なっているのに、鮮明に見える。
こんな経験は初めてだった。
ふと如月博士がいずみを注視していることに気付いた。
その表情は非常に穏やかで、とても湧が話していたような冷酷な人物には思えない。
「いずみ? どうかしましたか?」
ルイーナに声をかけられて、いずみは現実に引き戻された。
あたりを見回すと、いずみは部屋に入ったところで立ち止まっていたらしい。
「あ? あれ? 私どのくらい突っ立ってた?」
「? 私に続いて、部屋に入ったところで立ち止まったから声をかけただけですよ? 時間にしたら3秒も立ってませんよ?」
「え”?」
あれだけの情報が、たった3秒足らずの間にいずみにもたらさせたらしい。
しかも、その全てを鮮明に記憶できているのだから、驚き以外の何物でもない。
心を落ち着けて、テーブルを挟んで如月博士に対面しているルイーナの横に立つ。
「失礼しました。私の名はルイーナ・ラルゴ。アメリカ軍特殊戦術部隊に所属する大尉です。作戦遂行上、詳しい部隊名や階級をお教えできないことをお許しください」
「! ルイーナって大尉だっ……えっ?」
大尉と聞いて口を挟みかけたが、睨まれてすぐに口を噤む。
よくよく考えたら、ルイーナの素性はいずみも未だに知らなかったのだ。
「こちらは参考人と申しましょうか、多分、如月博士とアルフのことに関して、一番理解できる人物だと思い、同席させました。ご了解ください」
ルイーナは簡潔にいずみを紹介した。
「いやいや解ってますよ。あなたが来る前にアルフから教えてもらいました」
そう言ってにこやかにいずみを見た。
「アルフがいずみを?」
「いずみさんと言うのですか。素敵なお名前ですね」
「え? 今、博士はいずみのことをアルフに教えてもらったとおっしゃったのは?」
ルイーナは眉間に皺を寄せて聞き返した。
「ああ、そうか。名前や経歴など私たちの世界の情報は何一つ教えてもらうことはできません。ただ、どういう容姿で、どういう性格なのか、そういう思念に関係することだけです。アルフが私に教えてくれるのは…」
「は? つまり名前や住所や電話番号のような個人情報ではないのですか?」
「ははは、それはルイーナさんでしたか? あなたの方がよくご存じでしょう。それに、既にいずみさんにはアルフから直接、必要な情報は伝達済みです」
「はい? そ、そうなの?」
ルイーナは戸惑った声でいずみに確認を取る。
「あ~、もしかして…さっきの…が?」
いずみは自信なさげに如月博士に尋ねる。
「そうですよ。私が人間の言葉にしてお伝えするより、あなたが今知り得た情報をあなたの言葉で皆さんにお話した方が有意義だと思いますが」
始まって…いや、まだ事情聴取は始まってもいなかったのに、既に必要な情報をいずみに伝えたというのが、驚きだった。
ルイーナは、如月博士が嘘やごまかしで言っているのではないと確信はしている。
けれど、あまりに呆気なく事情聴取が終わってしまったことに戸惑いを覚えた。
さらに6次元人の自分でさえ、感知できなかった情報伝達というのが納得できない。
「あの、それでは如月博士のことについてご質問させていただけないでしょうか?」
ムカムカする気分を強引に押し隠し、かろうじてそれだけ言うことができた。
「構いません。なんでもお答えしますので、どうぞ」
如月博士は別に横柄な態度を見せたわけではない。けれど、この余裕に満ちた態度にルイーナは嫌悪感を感じていた。
「では、まず基本的なところからお伺いします。最初にアルフとコンタクトを取ったのはいつのことでしょうか?」
「明確にいつとはお答えできないのですが、アルフという思念が私の中に存在していることは、大学院時代に研究室でエネルギーの制御実験をしている時でした。多分24歳頃だったと思います」
前もって用意していたようにスムーズに返答する如月博士。
ルイーナにはそれが芝居掛かって見えた。
「明確ではないと言いながら、随分はっきりと覚えてらっしゃいますね?」
「それはアルフがその時のイメージを見せてくれたからです」
「い、いまですか?」
「そうです。アルフとの交感は時間的経過なしに行えますから」
その言葉でいずみはさっきの情報の嵐を連想していた。
多分、如月博士のいう通り、伝達は一瞬で行われるのだろう。
「いずみは感じた?」
「う~ん。なんか暗い部屋の中でビカッって光ったようなイメージを…」
確かにほんの一瞬頭の中にイメージが浮かんだ。
(そうかっ! ルイーナはこのことを知ってて、私に立ち会わせたんだ!)
やっと自分の立ち位置に気付くいずみ。
予想していたより、遥かに重大な役割だ。
その後もルイーナの質問に対して、明瞭なイメージが頭をよぎる。
しかも、その回数を重ねる度により鮮明なイメージになってゆく。
いずみは今更ながらアルフという存在に恐怖心を抱き始めていった。
「博士は奥様に実験の…、」
さすがに口ごもるルイーナ。
「遠慮せずにストレートに言っていただいても構いませんよ。私は今までやってきたことが非人道的だったことは充分理解しています」
顔面が蒼白になったルイーナに、博士の方から話を続ける。
「実験台だと言われても止むを得ません。今となっては何も隠す気はありません。息子もここに来ているようですが、私は息子に殺されても文句を言える立場ではないのです。しかし欲を言わせていただければ、アルフの願望を叶えるまで待っていただきたい」
「アルフの願望? 人類の殲滅ですかっ?」
さすがに看過できない要求だ。ルイーナは、博士に掴みかからんとする勢いで、思わず腰を上げだ。
「ルイーナっ! 待って待って!」
監視員より先にルイーナを抑えたのはいずみだった。
「いずみっ! こんな暴挙は許されません」
「あ、ごめん。あんまりすごい形相だったから、つい抱きついちゃった」
「え? ああ、そっちじゃないです。博士のことですよ」
「へ?」
如月博士は二人のやり取りを黙って見ていた。そして、
「人間の情報伝達方法では、今のあなたたちのような行き違いが多々起こります。アルフはその原始的な、物質的なコミュニケーションを理解できないのです」
と、ひどく残念そうに告げた。
「何が言いたいのですか? 無闇な発言は不利になりますよ?」
ルイーナは苛立ちを抑えずに吐き捨てるように言った。
「落ち着いてください。私はもう逃げ隠れしません。ああ、私が妻にしたこと…ですね。お話ししましょう」
博士があまりに冷静なので、ルイーナの方がバツが悪くなり、しぶしぶ座り直した。
如月博士の話は湧が生まれる前から始まった。
ルイーナといずみは、一語一句聞き漏らさない様に注意して話を聞いた。
湧の母親は元々病弱気味で、出産には命懸けで挑まなくてはならないことが判明した。
出産しても母子ともに生存できる可能性は20%以下だ。
博士は危険を冒してまで出産することに否定的だった。
しかし、湧の母親は頑なに出産を望む。
博士にはなす術がない。絶望感から研究に没頭する。
まるで現実から逃避するように。
ある時、大気中に微量に含まれる“エーテル”というものに興味を持つ。
それは現代科学でも解明されていない媒体で、一般的には光を伝達する媒介、または神智学で魂の体と言われている奇妙なものだ。
たまたま放電現象を起こすため、研究室ではそれを“エーテル”と呼んでいた。
電気圧力をかけないのに勝手に発光するため、エネルギーとして利用できるのでは? と何気なく思った。
博士はそれから研究室に入り浸り、エーテルの研究に没頭した。
そして、運命の日。
博士は放電現象の光の中に様々なイメージを見る。
それが幻覚なのか、実体なのか、もはや区別がついていなかった。
自分はきっと頭がおかしくなったんだ、とぼんやりと思いはしたが、頭の中のイメージがどんどん鮮明になってゆく。
それはインドのマンダラに似ていたり、遥か宇宙の彼方の超新星爆発のようなものだったり、または原始時代の恐竜が跋扈している風景だったりした。
そして、飛鳥時代だろうか? 人体を押さえつけて、両腕に何かを差し込んでいるイメージが浮かぶ。それは人体実験らしい。
術後にその人物は腕を刀で切り裂かれるが、すぐに傷がふさがって、傷跡一つなくなる。
博士はそのイメージに固執した。すると関連したイメージがもっと詳しく浮かび上がる。
新たなエネルギーを開発するという本来の研究からは逸脱するが、見るからに不死身の身体が作られるイメージが博士を魅了した。
詳細な方法・手順はそのイメージからいくらでも得られた。
そして、その実験を自らの身体で行った。
「そう、あなた方がアルファブラッドと呼ぶ、不死身の身体をもたらす血液です」
「それって、博士が開発した実験装置なんですか?」
「いや、私はイメージ通りに組み立て、順に作業を進めただけだ。なぜそんな知識を得られたのか、その時はどうでもいいことだった。妻を丈夫な…不死身の身体にできれば、出産も安心だと…そんな風に考えた。そして実行した」
「倫理的な配慮は一切なかったのですか? それで奥様が亡くなっていたらどうしたんですかっ!」
再び叫び出すルイーナ。
抱いて抑えつけるが、いずみは怒る気になれなたった。
何故ならいずみは一度“死”を経験しているからだ。
身体が破壊されてゆく痛みより、無力に自分の心が徐々に冷えてゆく恐怖の方が耐えられなかった。
「ルイーナ落ち着いて! 博士だって追い詰められて止む無く…」
「仕方なかったで済まされない問題ですっ!」
「それは博士だって分かってるわよっ!」
「いずみ? なんでそんなに博士の !…!」
いずみは号泣していた。博士に同情したわけじゃない。
頭の中に荒れ狂うイメージは、悲しくて悲しくていずみには耐えられなかったのだ。
多分博士はこの何十倍も悲しかったと思う。
善悪の問題じゃない気がした。
「いずみさん。あなたは本当に優しい人だ。アルフのイメージを正しく認識してくれる。私はこの悲しみを他の人が少しでも理解してくれるとは思ってなかった」
「…博士…。でも、なんで湧のお母さんは、湧を殺そうとしたのですか?」
「それは…」
如月博士が初めて言い淀む。
「…妻は…、出産後も健康そのもので怪我はもちろん、病気にすらならなかった。
しかし、息子はアルファブラッドの第二世代。完全な第二世代だったら問題はなかったろう。しかし、妻がアルファブラッド化したのは妊娠後だ。つまり息子はごく普通の血液にアルファブラッドが混じり合った状態で生まれた」
「あ、そういうことかっ!」
「いずみ? 何か思い当たることが?」
「そういうわけじゃないんだけど…、私が…あっ! 何でもない」
いずみが新生したのはトップシークレットだ。
アメリカ軍施設内とはいえ、口外していいものじゃない。
今更そのことに気付いた。
「いずみさんが言いたいことは分かりました。ここでは口に出さない方がいいでしょう」
如月博士の方が逆に納得している。ルイーナは益々不機嫌になっていった。
「息子の中の普通の血液であるはずの成分が、アルファブラッドに反応して活性化したのです。つまり、癌化です。それも凶悪なほどの…」
「癌? YOUがですか? そんな印象はなかったのですが」
「最初は3歳の血液検査で判明しました。医師からは白血病だと言われました」
「それが…原因ですか? お母様が湧を殺そうとしたのは…」
「そのようです。苦しむ姿を見たくないと言ってました。私はアルファブラッドが癌を駆逐してくれると思って…願ってました。しかし…」
「一向に治らなかった…と?」
「その通りです。そのうち妻は精神的に異常をきたし、息子が5歳の時にとうとう…、しかし何故か妻が亡くなりました」
その時の様子を博士は知らないのかもしれない。
友紀の存在も。
「アルファブラッドはご存知の通り、賢者の石、もしくはエリクサーという錬金術の万能薬と同じものですが、表向きは架空の物質です」
「それは私たちの調査と分析で解明しています。ただ、現代科学では未だ解析はできません」
「ほう。ということは、やはりあなたはこの世界の人ではないのですね」
ルイーナを羨望の眼差しで見つめる博士。
「おっしゃる通り、私は6次元から来ました。アルフを追って…」
ルイーナはついに核心に迫る話題に飛び込んだ。
<続く>
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この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
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