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第3章

3-10ガチ勢

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 「アニメと特撮ぅ?」
 数秒の空白の後、いずみは叫んだ。
 「そうです。私は日本の文化をより深く学ぶために、テーマにアニメと特撮を選択したのです」
 「…よく、それで留学認められたわね…」
 「日本人は心が広いです」
 ルイーナはにこやかに言ってのけた。
 「……」
 いずみも初美も二の句が告げなかった。
 「じゃあ、ルイーナさんは“オタク”希望なんだ」
 クラスメートの一人でお調子者の赤塚だ。
 <ぐしゃぁ!>
 「お前は黙っとれ!」
 いずみは即座にチョップを叩き込んで、沈黙させた。
 「おお! これが“ボケ”と“ツッコミ”ってやつですねぇ!」
 ルイーナが嬉しそうに呟いた。
 「ちゃうわ! …私…この娘と関わっていく自信なくなったわ…」
 いずみは初美に耳打ちした。
 初美は両手を上げて、
 「私はとっくに投げさせていただきました。お後はオタク同士、いずみにお願いします」
 「げ! 何よそれ! って、私はオタクじゃぁないィ! こらっ! 初美ぃ!」
 いずみの訴えを聞かずに、初美は脱兎の如く逃げ出した。

 いずみがルイーナに振り回されている間、湧は一人で中央区の地図を睨んでいた。
 いずみにとっては生まれ育った土地なので、変化が激しいものの区内の隅々まで掌握している。
 それだけに湧が地図に見入ってる姿が何とも滑稽に思えた。
 湧が何で今更、地図とにらめっこしているのかは、昨日大介に聞いていたから口を出したりしないが、そんなことお構いなしの台風娘が湧に接近しつつあった。
 「YOU! キアイジャーのロボって、CGなんですか?」
 いきなり声をかけられても慌てることなく、ごく自然に地図をたたむ。
 湧のこういうところは、なかなか肝が座っていて頼もしい。
 いずみは、最近の湧の変わりように素直に驚いていた。
 逆になんだか距離ができたみたいで、少し寂しさも感じていた。
 「あ、大武将ブシンクロ? 変形シーンはフルCGだけど、戦闘シーンはスタントマンが入ってるよ」
 「あれでいわゆる着ぐるみなんですか? モーチョンキャプチャーでCG合成してるんじゃなくて?」
 「ああ、そうかハリウッドの超人ものはそういう方法でリアリティーを出してるよね」
 人型の場合はプロポーションを重視するあまり、タイツのような素材にポインターをつけて、アクションシーンを撮影する。
 後で動きを解析して、ポインターの動きを基準にキャラクターのコスチュームをCG合成するのだ。
 この方法だと、スタジオ内で安全に撮影できるし、カメラアングルもほぼ制限がない。
 ただ衝突判定がCG上で行われるため、昔のように対戦シーンで重みがある激突が難しい。
 「日本の特撮ヒーローは人が入っていることがお約束なので、ロボやアンドロイド的な機械的動きはあまり好まれないんだ」
 「え? でもマスコットキャラはたくさんいますよね?」
 「それも人との対比で、ロボや人外は特別な役割が与えられているからなんだ」
 「役割?」
 「つまり敵の陰謀を防ぐためのメッセンジャーとか、古代の巨大ロボを起動させるためのキーになっているとか…ね」
 「ああ、だから親しみやすいデザインが多いんですね?」
 「だって、子供向けの番組だから敵は怖く、味方は可愛く、弱々しいイメージの方がウケがいいんだ」
 湧は嬉しそうに語る。ルイーナも意外な答えが得られて満足そうだった。
 「でも最近はメカトロニクスが発展して、パワードスーツも実用化されているから、昔のようにゴツゴツしたデザインは使えなくなってきたんだ」
 「それでブシンクロはまるっきり人の形をした本体に、色々なオプションパーツがついているんですね?」
 「まるで剣道の防具や弓道の胸当て、みたいなものもあるね」
 「ああ、そうですね。武術がテーマですもんね」
 ルイーナは何気なく言ったつもりだったが、湧は目を見開いて硬直した。
 「武術? ルイーナ! 君は武術を知っているのか?」
 「はい? だってさっきから武闘戦隊のはなしを… …ぁ!」
 現代では武道・武闘などはよく口にするが、武術は別だ。
 なぜなら武術は殺し合いの技術であり、生死をかけた戦いだからだ。
 「あれ? 湧が真顔になってる…」
 いずみは何気なく言ったつもりだったが、初美は目を見開いて硬直した。
 「ゆう? へえ~いつの間にか、如月君をそんな風に呼ぶ仲になってたんだぁ~」
 「がっ! え? え~と、だって“き・さ・ら・ぎ・く・ん”って言いにくいじゃない」
 「ヘェ~ 今までずっと“如月!”って言ってたくせにぃ~」
 「うぐっ!」
 ここで言葉を詰まらせたら負けだと判っている。
 しかし、言い訳を考えれば考えるほど、“アノ”ことが鮮明に蘇ってくる。
 どんどん顔が火照ってきて…、
 「あらら、いずみもそんな顔できるんだ。ごめんごめん。もう、からかわないから」
 「初っ美のぉバカァ!」
 ごまかしついでに叫んだが、なんか懐かしい…というより、デジャブった。
 (あ、そうか。前はよくこうやって、さくらにからかわれてたっけ)
 とはいえ、いずみも湧のことが気になっていることは否定できない。
 ただ、さくらのことを考えると…。
 「…まさか…ね」
 【なぁ~にが、まさかなのかなぁ~?】
 さくらはしっかりと聞いていた。
 いずみの心の声を…。
 〈な、なんでもない!〉
 とはいうものの、さくらを試してみることにした。
 〈さくらぁ、初美と湧って仲いいの?〉
 【え”? ど、ど、どうして?】
 さくらは予想外の質問に不自然に慌てた。
 〈なに慌ててるの?〉
 【べ、別にぃ…】
 〈怪しい…、やっぱり何か隠してるな?〉
 いずみはさくらを視覚化した。
 こういう時、いずみにはさくらを強制的に召喚する権限がある。
 もっとも、つい最近覚えたのだが、
 【きゃぁ~なにをいきなりっ! えっちぃ!】
 さくらはごまかすように両手で自分の身体を抱きしめた。
 なぜなら、いずみは視覚化の際にさくらを全裸に剥いていたからだ。
 もっとも教室内で見えるのは、いずみだけだから全く問題はない。
 <ガタッ!>
 「ん?」
 大きな音がしたので見てみたら、湧が真っ赤な顔をして立ち上がり、次の瞬間に横を向いたままいずみの方にやってきた。
 「(いずみさん! なんでさくらさんを裸にしてんの?)」
 湧はいずみにだけ聞こえるように、小声で伝えながら通り過ぎて行った。
 「あ、湧にも見えるんだ」
 いずみはつい声を出してしまった。
 【いやぁ~~! いずみのバカァ!!】
 そう叫んで、さくらの姿は教室を飛び出すようにして、消えてしまった。
 いずみは呆気にとられていたが、大失態だ。
 「ご、ごめん。言わないほうが良かったね」
 ポリポリと頬をかきながら、湧は戻ってきた。
 「どうしよう…あの調子だと呼んでも当分出てきてくれそうにないわ…」
 いずみは別の意味で困惑した。
 しかし、事態はそれどころではない。
 「いずみさん。アレアレ…」
 と、湧が真顔でルイーナを小さく指差した。
 「げっ! もしかして…」
 カエルが潰されたような音を出して、いずみがわなないた。
 「その可能性が高い…ね」
 ルイーナは、さくらが飛び出していった教室の後ろ側の扉を真剣に見つめていたのだ。
 「(まずい! さくらが見えていた?)」
 いずみはアイコンタクトで湧に問いかけた。
 「《その可能性は高いね。彼女も能力を持ってると思える》」
 湧がルイーナのことを話そうとしたところ…
 「何が見えていたんですか?」
 ルイーナが全く邪気のない顔で聞いてきた。
 緊迫した空気に二人が言い淀む。
 「そういえば昨日、佃大橋のところで隅田川に何か浮かんでるのが“見えた”って、たくさんの人が話してました。あれのことですか?」
 「? 昨日? 昨日はあんた休んでたじゃない」
 「ええ、DVD観てる時に外がやたらとうるさくて、ベランダから見てみたんです。あ、私の部屋は3階なんで、たまに歩道で話してる人の声が聞こえるんです」
 「へえ、で?」
 いずみはつい問いかけてしまった。
 「なにかが隅田川に浮かんでたって、警官に話してました」
 「何が浮かんでたんだろ?」
 「そこまでは私にも…ただ、黒くて毛玉のようなもので、犬かもしれないって…」
 いずみはルイーナのその言葉に動揺が隠せなかった。
 確かに“怪異”の可能性は高い。
 しかし近いとはいえ、学校からは佃大橋のあたりまで300メートルほど離れている。
 「え~と、ルイーナ? 何で今その話を?」
 「さっき生徒指導室で反省文を書いている時、私も黒くて毛むくじゃらの何かが裏の公園の草むらにいたのを見ました」
 「は?」
 裏の公園とは築地川公園といって、その昔は運河だったところだ。
 首都高速を建設した時に暗渠になり、築地ランプ(今のインターチェンジではない)として、晴海通りまでの連絡通路が作られた。
 その上部に作られた人工地盤が築地川公園なのだ。
 「それ、誰かに話した?」
 ドキドキしながら聞きなおしてみる。
 「先生に言ったら、真面目に反省文を書くように言われました」
 「だ、だろうねぇ」
 「あれが怪人なら素晴らしい出来です!」
 ルイーナが別の意味で興奮して叫んだ。
 「(湧、どう思う?)」
 「《後で大介さんに連絡しておく。いずみさんはルイーナを一人にしないようにしてくれ》」
 湧とのアイコンタクトでは、ある程度会話ができる。
 フレンズとの会話に近い感覚だ。
 「お二人とも見つめ合ってどうしました?」
 ルイーナが訝しげに聞いてきた。
 「ルイーナ、放課後大事な話があるの。ルイーナの家に行ってもいい?」
 「え? あ~、そ、それはちょっと待ってください」
 そう言って、スマホでどこかにメールを打った。
 「あれ? ルイーナって一人暮らしじゃなかったっけ?」
 「え? そうですよ。一人です」
 ルイーナは手のスマホを見て、合点した風に続けた。
 「ああ、今、アポをキャンセルしたところです」
 「あ、約束あったんだ。ごめんね、気づかなくて」
 「大丈夫です。じゃあ掃除が終わったら一緒に行きましょう」
 ルイーナは機嫌よくいうと、さっさと掃除しましょうと言って掃除用具を取りに行った。
 「(湧、ルイーナに怪異について、最低限のことは話しておくね)」
 「《頼む。でも…》」
 「(わかってるって、巻き込むわけにはいかないもんね。水無月のことは気付かれないように注意するから)」
 「《俺も大介さんと付近の調査に向かうから、家から出さないようにしてくれ》」
 「(了解!)」
 そうして、湧は教室を飛び出していく。
 ルイーナが無表情にその姿を目で追っていた。
    <続く>
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