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第1章

11バトる?

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 「ところで! 如月君なんだけど」
 いきなりさくらの襟首を引っ張り、後ろの席からいずみが小声で囁いた。
 「ひゃぁひぃ~」
 訳の判らない悲鳴で応えるさくら。
 何故か顔が真っ赤になっていた。
 「あれ? さくら熱でもあるの? 顔赤いよ?」
 「驚いただけよっ! で、何?」
 さくらは不機嫌そうに唇を尖らせた。
 しかし、驚いたというより何かを誤摩化しているとか思えない。
 ここまで挙動不審なさくらも珍しいことだ。
 こういう時、深く追及するとさくらは激怒するから、いずみは気付かないフリで自分の話題に振った。
 「昨夜、如月君と家の近所で会ったんだけど、何か様子がおかしいのよね」
 「何時頃?」
 「午前1時過ぎだったかな?」
 「確かにおかしいわね? 彼の家は桜川公園のすぐ横だから、買い物だとしてもわざわざ遠くのいずみのお母さんの店に行かないだろうし…」
 さくらが言う店とは、いずみの母親が経営するコンビニのことで、自宅のマンション一階にその店舗がある。
 父親は『大砲塚神社』という、この付近ではかなり大きめの神社の神主。
 祖父は神社の隣で表向きは空手道場を営んでいる。いわゆる一家総出の多角経営なのだ。
 しかし、湧の暮らしているアパートは新大橋通りの傍で、すぐ近くには5件もコンビニがある。
 わざわざ300m以上離れた、いずみの母親のコンビニに行く必要はないのだ。
 「で、よくよく考えたら、如月君のあの頑丈さは人間を超えてるよね」
 「あんたは人のこと言えないと思うけどぉ~」
 さくらも自分のことはどこかに置き忘れている。
 「でもさ、私たちの力っていわゆる験力(げんりき)と方術のおかげで、普通に暮らしてる時は全くの常人だよね?」
 「いずみ以外はね。私や曳舟先輩はまともな一般人だよ~」
 「そうですか。私は改造人間とでも?」
 いずみは指をポキポキしながら笑顔でさくらに詰め寄る。
 「わ、判ったから。ごめんごめん。で、何がおかしいんだっけ?」
 「だから如月君の頑丈さが…」
 「それは日々の鍛錬の成果だ!」
 「「わきゃ!」」
 すぐ横で湧が胸を張って応えた。二人は心臓が飛び出そうな程の悲鳴を上げた。
 「人の話しを立ち聞きするな! すけべ! 変態!」
 「二人があまりに大きな声で話していたから、答えた方が親切だと思ったのだが?」
 全くワルぶっていないところが、湧らしかった。
 「こんのぉ、いつもいつも目障りなっ! 今日も落とされたいのかっ!」
 「何を言う。既に朝から5回もジャンプして、新必殺技がまもなく完成できるのだ!」
 湧は胸を張っていずみに近づいた。
 <ポイっ!>
 まるで紙くずを投げる様に、ノーリアクションで湧を窓の外に投げ捨てた。
 さすがに3回目となると慣れたものだった。
 「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ…」
 湧は叫びながら落ちて行く。
 しかし、即座に姿勢を変えて着地に備えるところは、練習の成果だと言うべきだろう。
 もっともどんな着地をしても、ノーダメージなので要は見た目だけの違いなのだが…。
 湧が着地した半秒後、周りの地面が陥没した。
 「おおっ! 落下のエネルギーを地面に移したっ! 高度なエネルギーコントロールだ!」
 赤塚が格闘技の解説者の様な口調で説明する。
 「無駄なエネルギーを放出した如月湧は、即座に臨戦態勢を整えるため校庭中央に向けて猛ダッシュする!」
 あらかじめ打ち合わせでもしていた様に、湧の行動をギャラリーに解説する赤塚。
 クラスメートたちはその解説に聞き入りながらも、湧から目を離さない。
 「臨戦態勢って何よっ! まるで私が悪役みたいじゃない。むしゃくしゃするから、ちょっとシバいてくるわ」
 そういう行動が悪役として利用されているのに、抑えが利かない。即座にいずみも窓からダイブした。
 「おいこら、いずみっ! またパンツみられるぞっ!」
 「だいじょうぶ!~~~今日はスパッツはいてきたからぁ~」
 落下しながら親指を立てて、合図を返すいずみ。
 「お~そうかい! じゃあがんばれ~」
 とさくらは匙を投げた。

 教室付近が騒がしいので気付いたのだろう。湧が振り向くのが判った。
 いずみは着地と同時に前方へ跳ねる。
 落下のエネルギーをスピードに利用して、一足飛びに湧に接近する。
 まるでカンガルーの様な跳躍を繰り返し、湧の数倍のスピードで追いついた。
 「でやぁ~~~っ!」
 掛け声とともに再び高々とジャンプし、両足を揃えてドロップキックを放つ。
 ヒット寸前に後ろを振り向いた湧が、驚いた様な表情を浮かべながらも横に逸れた。
 何となく予測通りだったので、いずみは驚きもせずに着地して次の攻撃に移ろうとした。
 が、速度が速過ぎて止まらずに盛大な土煙があがる。
 煙幕の如く視界を遮った煙は、湧に次の攻撃から逃れる時間を作ってしまう。
 いずみは、湧がさっきまでいたポイントにはいないと読み、素早く右から回り込んだ。
 これはいずみの利き足が右のため、軸足を相手側に向けておいた方が攻撃が繰り出し易いからだ。確かにそれは定石だったが、湧には利かなかった。
 いずみは人影を確認したと同時にキックを繰り出す。
 しかし、何故か湧はいずみの右側に現れ、空振りした直後に羽交い締めにされた。
 「なかなかやるなぁ。見直したぞ」
 「ひゃん!」
 突然耳元で囁かれ、いずみは急に腰の力が抜けた。
 そのまま前のめりで地面に崩れかけるが、意地になって湧を背負い投げた。
 肩を抑えられていたため、いずみも一緒に前転してしまう。
 「ぐえっ!」
 結果的には湧の上に落下して、地面に叩き付けることになった。
 「うおおおおお! 如月ダウン! 水無月1勝だ!!」
 赤塚が歓声とともに喧伝した。
 「水無月ぃ! グッジョブ!」
 「ナイスファイト!」
 などと、声援が聞こえてきたいずみは、今自分がどんな状況なのか、不意に気付いた。
 「きゃわわわっ~っと!」
 慌てて湧の上から飛び退いた。
 「お、重かった…」
 しかし、湧はあまりに率直な感想を口にしてしまった。
 「ば、ばかっ! そんなに重くないわよっ!」
 怒りに任せて湧の腹を踏みつける。
 「ぐえっ!」
 「もう! いつもいつも失礼なっ!」
 再び踏みつけ直そうと足を上げた時、湧はスルリと抜け出した。
 「こら! 素直に踏まれろっ!」
 何とも理不尽な言い草だった。そもそもいずみの方からが勝手に仕掛けたのに…だ。
 さすがに湧もこれ以上付き合ってられないとばかりに逃走を始めた。
 「こんのぉ~逃げるなぁ~!」
 ここからは単なる鬼ごっこだった。
 逃げる湧、追いかけるいずみ。
 本人たち(もっぱらいずみだけだが…)は、未だ戦闘状態なのだが…。
 「おい、赤塚~。あの二人って付き合ってるのか?」
 「さあ? 俺は何も聞いてないけど…仲良さそうだね」
 <ガタンっ!>
 さくらが慌てて窓際にかじりつく。
 「ん? 柳瀬川何か知ってる?」
 赤塚が何気なくさくらに声をかけつつ、顔を覗き込む。
 「な、に、を?」
 さくらの返答と同時に赤塚は地獄を見た気がした。
 いや、実際にさくらの暗拳で、その時には既に意識を失っていた。
 「あらら? 赤塚君どうしたのぉ~?」
 わざとらしい悲鳴で赤塚を心配し(葬っ)た。

 パンチや手刀を繰り出すが届かない。
 いずみはやむなく『神速』を使った。
 湧の襟元を鷲掴みにして、渾身の力で後方に投げる。
 その合間に左拳を叩き込むが、ヒットしている感触はない。
 (やっぱり腰が入らないと決まらないなぁ…)
 …などと、不満に思う。
 いずみ的には『正対して、技を出し合い、雌雄を決する』そんな見た目にも正々堂々とした勝負がしたかった。
 けれど、今のいずみの実力では祖父の道場では相手をできる門下生はいない。
 いずみの家系の事情から対外試合ではできない。
 まして、験力を使った超常的な技を使う訳にはいかなかった。
 が、今ここにはいずみが全力を出しても『死なない』対戦相手がいるのだ。
 いずみ自身は『気に入らない特撮ヒーローおたく』として嫌悪の対象と宣っているのだが、無意識では初めてのライバルとしてバトルを楽しんでいた。
 「あ! またっ!」
 後ろに投げられた湧はそのまま逆方向に走り出すので、いずみもターンして追いかける。
 追いつくためには再び『神速』を使わざるを得ない。
 いずみは『こっそり』のつもりで『神速』を使っているが、校舎の窓から見ているギャラリーには隠し様が無い。
 「水無月! その技みんなに見られてるぞ~」
 いいかげん『気付け!』とばかりに湧が注意した。
 「だったら大人しく敗北しなさい!」
 「正義に敗北はない!」
 どっちもどっちだった。
 しかし、親切心から湧が話しかけたことが勝敗を決するきっかけになった。
 気付いた時には目の前に校舎の壁が迫っていたのだ。
 湧は慌てて校庭側に側転して逃れた。
 (ちゃ~~~~んす!)
 いずみは一気に湧に飛び込み、湧の背中を抱き込む様に突撃した。
 「ぐえぇ~」
 予想外の無茶な攻撃に、さすがの湧も対処できない。
 そもそもこんな捕縛方法は自爆に近いのだ。いくら手段がないとはいえ、無茶苦茶だった。
 二人は絡み合いながら校庭をゴロゴロと、反対側の校舎の中まで転がっていった。
 「ふゅふゅふゅ~、はておろのらからら、ひょけはれあいえしょ~
 (ふふふ、建物の中なら避けられないでしょ!)」
 「………ろれつが回ってないぞ。大丈夫か水無月?」
 目が廻ってロクにしゃべれないいずみは、それでも闘志の炎は消えていない。
 そして、湧もきちんと解読していた。
 「あ~、俺の負けだ。だから保健室行ってしばらく休んできたほうがいい」
 「うゆしゃい! ひょうふはあらおあっれあい!(うるさい! 勝負はまだ終わってない!)」
 言うが早いかいずみは突進し、湧の鳩尾に掌底を叩き込んだ。
 湧は廊下の果てまで吹っ飛んでいった。
 「ういん!」
 いずみは勝ちどきを上げて、そのまま廊下にぶっ倒れた。

 「おい、こら起きろ!」
 <ぺちぺちぺち>
 「いたぁ~い! あ、あれ? さくら?」

 いずみの様子を見に来たさくらは、大の字になって倒れているいずみを見つけて慌てて駆け寄った。
 そしてだらしない笑顔で気を失っているのを見て… …ムカついた。
 多分廊下の果てまで飛ばされたらしい湧が、むっくり起き上がるところだった。
 こちらに気付いたらしく、困った様な笑顔で後頭部をかいている。
 「(ご! ごめん!)」
 さくらは声に出さずに、両手を合わせて必死に謝った。
 湧は軽く手のひらを見せると、笑顔のまま階段の方に歩いて行った。
 「(もう、この娘ったらほんとうに…)」
 さくらはいずみの頭を膝に乗せて、頬を両手で引っ張ったり、鼻をつまんでみた。
 全力を出し切って、気持ち良さそうな寝息を立てている。
 「(寝てるんかいっ!)」
 イラついたので、両頬を同時に叩いて起こした。

 「はいはい。先生が呼んでるからこのまま『生徒指導室』に行くからね」
 さくらは冷たく言い放った。
 「え~、何の用かな?」
 全く心当たりが無いと言わんばかりのいずみだった。
    <つづく>
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