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第5章

5-06跳躍

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 心を鎮めて、暗闇の中にイメージが浮かび上がってくるのを待つ。
 間もなく淡い光が灯り、急速に広がっていった。
 「(あれ? この感じは前にもどこかで…)」
 いずみの集中が弱まると、光も弱まってしまった。
 「(いけない、いけない。集中集中!)」
 強く念じると、再び光に包まれた。
 「(準備いいか?)」
 大介だ。
 「(…いつでもOKです)」
 即座に湧が応えた。
 「(こちらも大丈夫です)」
 「(…なんとかいけそうです)」
 坂戸や大山が続く。
 が、
 「(いずみ? どうした?)」
 「(… …う、う~~、大丈夫)」
 どうにか間に合った。
 「(よし! さっき開けた穴に全力で指弾を叩き込め!)」
 『(了解!)』
 6人は一斉に指弾を繰り出し、肉壁に叩き込んだ。

 <フッ!>

 「(ええっ!)」
 「(そんな、もう対応してくるなんてっ!)」
 ルイーナが状況を分析し始める。
 「(それより一度リンクを解いて、周りを見てよっ!)」
 いずみの悲鳴に似た思念が叫んだ。

 「な、なんだ? いつの間に?」
 「こりゃあ、確かにまずい状況ですね」
 「う~、きしょい~~~~」
 「こんなことって、位置がバレないように高次元経由でリンクしてたのに…」
 リンクを解いた5人が目の当たりにしたものは…、周囲を囲む巨大な肉壁だった。
 しかも物質化が進んでいるらしく、その質量で下の方が潰れ気味だった。
 高さは約5mほどもあり、かなりの重量感を感じる。
 もはや壁というより、小山のように上の方が丸くなっている。
 「湧、これってだんだん寄ってきてない?」
 「ああ、少しずつ包囲が狭められている」
 「エネルギー体として認知されたようです。このままでは完全に捕食されてしまいます」
 ルイーナは意識的に事務的な口調で告げた。
 「ぎゃあ! きしょぃぃぃぃっ!」
 いずみがさらに悲鳴をあげる。
 その顔は蒼白になり、目は焦点が定まっていない。
 「いずみ? !ま、またか?」
 「どうした? いずみが何か?」
 と言って振り向いた大介が見たものは、地面にへたり込み湧に支えられて中空を眺めているいずみの姿だった。
 「大介さん。いずみはトラウマで恐怖体験が蘇ってしまったらしいです」
 「トラウマ? あ! さっき庭木に埋もれた時も…」
 「その上、あの肉の塊が、死亡体験の時の耐え難い苦痛を思い起こさせてしまったようです」
 ルイーナが補足した。
 自分の身体が骨ごと肉塊にされてゆく恐怖は、単に死亡を体験するのとは訳が違う。
 ましていずみは常人ならば、優に10回以上は即死する苦痛に耐え、魂を身体に留めていたのだ。
 思念によって、自分の身体が完全に生命活動を停止する直前まで、その耐え難い光景を観ていたために、心に強い恐怖心が刻まれてしまった。
 「でもさっきよりはマシですが、あの肉壁をいずみの目から遮らないと…」
 「そうは言っても、表面には亜空間ゲートが展開されているし…」
 <バリバリバリ…>
 肉壁(→もはや単なる肉塊)が手前の家屋に接触し、亜空間ゲートに取り込まれ始めたため、建物が崩れ始めた。
 「仕方ない! 防壁を展開してみます」
 そう言いながら湧が地面に手をつき、
 『アイシクルウォール!』
 と叫ぶと、肉塊の手前の地面から分厚い氷の壁が立ち上がった。
 同じように6人を囲むように氷の壁を立ち上げる。
 「これでしばらく持つでしょう。とは言っても、進行速度はあまり変わらないと思いますが…」
 「いや、助かる。見えにくくなるだけで、精神的に余裕ができる」
 大介も胸の疼きを我慢していたようだ。
 「念のため、俺も防壁を展開しておこう」
 『はっ!』
 湧の氷の壁の内側に補強するように岩の壁が立ち上がる。
 これで肉塊は完全に6人の視界からは見えなくなった。
 「いずみ。もう大丈夫だ。ゆっくり目を開けて深呼吸してごらん」
 湧はいずみを支えながら立ち上がり、優しく耳打ちした。
 「…ほ、ほんとに?」
 「もちろん」
 湧の言葉を聞きながら、いずみはそっと頭を上げて様子を伺う。
 視界の先に岩のような壁が立ちはだかってるのを確認して、ホッと息とついた。
 「いずみ。これ以上は精神的にも無理です」
 ルイーナが少し厳しく告げた。
 「な、何言ってるの? 私が…やらなくちゃ…いけないのよ」
 弱々しいがいずみははっきりと言い返す。
 「俺も本心ではこれ以上やらせたくないが、脱出もできない以上いずみにも全力で戦ってほしい」
 「大介さん」
 ルイーナは非難しようとしたが、大介は背水の陣で挑んでいたことを思い出す。
 「(そうよね。いずみだけでなく、みんなが無事に戻れる保障はないんだもの…)」
 「とにかくまずはここから脱出することを…」
 <ズズズズズズズズズズズズ…>
 大介の言葉を遮るように地響きが起こった。
 「な、なんだ?」
 「今度は何が?」
 見上げると大介が現出させた岩の壁の上に、大量の煙が立ち上がった。
 「煙? いや、あれは水蒸気です」
 坂戸が見上げながら報告する。
 「水蒸気?」
 大介が復唱するように口ずさむ。
 「あ! そういうことなの?」
 ルイーナが何かに気づいたように叫んだ。
 「え? どういうことだ?」
 「YOUのアイシクルウォールは純粋な氷です」
 ルイーナが解説を始める。
 純粋な氷は水分子が非常に安定した状態だ。
 そこにエネルギーを吸収しようとする亜空間ゲートが接触する。
 ここの亜空間ゲートは物質もエネルギーに変換しようとするため、氷は圧迫されて瞬間的に加熱され、水蒸気爆発を起こした。ということだ。
 「…理屈は解るが、そんなことで水蒸気爆発が起こせるのか?」
 「普通の物質で圧縮した場合は、時間経過によって水分子の結合が解かれ、砕けるか溶けるんですけど…」
 「亜空間ゲート表面は時間経過がないから、瞬間的に水分子の結合が強制的に説かれてしまうのか」
 大介が何かを考えながら呟いた。
 「それにしてもすごい水蒸気だねぇ」
 いずみがのんびりと言う。そして…、
 「なんか乗れそうなほどフッカフカなのね」
 などと、とんでもないことを言い出した。
 「どのくらいの温度かわからないけど、間違いなく大やけどするぞ」
 湧が呆れながら答えた。
 「そうかなぁ? 私や湧なら通り抜けるぐらいなんとかなりそうだけど…」
 いずみが如何にも当たり前のことのように呟いた。
 「ん? ああ、そうか」
 湧も何かに思い当たったらしい。
 「大介さん、岩の壁に階段状の通路を形成できますか? 上まで行けば、いずみの言うように向こう側に抜けられるかもしれません」
 「それはできるが…」
 「上まで行って、水蒸気の幕を一部だけ防げば向こう側が見えます。そこで肉壁の向こう側にスロープを展開すれば、脱出も可能ではないかと」
 「向こう側がどういう状況になっているか判らないが、他に方法がないか…」
 大介が苦々しく同意した。
 「時間がありません。すぐにお願いします」
 「わかった!」
 水蒸気で見えなくなる前に確認できた肉壁の高さは5mぐらいだが、潰れ気味なので、幅はどのくらいあるかは実際に見てみないと判らない。
 それまでは高さに変化がなかったので、これ以上は高くできないようだ。
 「よし! いくぞ」
 湧が先陣を切った。
 5人が続く。
 壁の頂点近くに来たところで、湧が頭上に霧のシールドを展開する。
 「行きますよ。向こう側が確認できたら、すぐにスロープを展開します」
 『了解!』
 「アイスボードガーター!」
 湧の眼前に氷のオーバーハングが形成され、下から吹き上げる水蒸気を遮った。
 その先には肉壁が踏み潰した瓦礫の山ができていた。
 「あの瓦礫の少ないところにスロープを作ります。みんなあそこまでジャンプしてください!」
 湧は目の前に幅広い氷のスロープを築いた。
 とはいうものの、オーバーハングの先から3mほど離れている。
 「踏み台が溶ける前に走れ!」
 大介に煽られて次々と走り出す。
 初美、ルイーナ、坂戸、大介と飛んだところで、とうとう踏み台の先が溶けて水蒸気のカーテンが閉ざされてしまった。
 「いずみっ! YOU!」
 スロープの下でルイーナが悲鳴をあげた。
 水蒸気は爆発的な勢いで吹き上げる。
 あっという間に二人の姿は見えなくなった。
 「ルイーナ! とにかく先に避難だ!」
 大介に手を引かれて瓦礫の中を這々の体で抜け出す。
 外側から見ると、肉壁から水蒸気が遥か上空まで、太い柱のように吹き上げていた。
 「いずみぃ! …YOUぅ!」
 ルイーナが振り返りながら嗚咽したその時、水蒸気の柱が割れた。
 「な、何?」
 大介が驚いて振り向く。
 敵が襲ってきたものと勘違いして、咄嗟にルイーナを背後にかばった。
 水蒸気の柱は、一部が何かに遮られるように完全に2つに分かれた。
 「どうしたんだ? いずみや如月君か?」
 大介がそう口にした瞬間、4人に向けて大きな氷の球が転がってくる。
 4人の少し手前まで来た時、氷の球は大きく崩れ、中からいずみと湧がもみ合いながら転がり出した。
 「いずみぃ! YOU!」
 ルイーナが歓喜のあまり二人に飛びついた。
 「ぎゃぁ~、な、なになに? ルイーナっ! 痛い~」
 「グエッ!」
 いずみとルイーナの下敷きになって、湧が呻き声を上げた。
 「二人とも無事か? よかった」
 大介が二人に抱きつくルイーナを引っぺがしながら、安堵の声を漏らす。
 「まあ、目の前が水蒸気で閉ざされた時は、正直言ってダメかと思いました。が…」
 「が?」
 「いずみが大介さんの壁を倒して、水蒸気を防いで二人でボール状になれば、転がって脱出できるって言い出して…」
 「それで試してみた? と?」
 大介が呆気にとられて、いずみを睨みつけた。
 「どうしてお前はいつも思いつきで…、で、でも、まあ助かったからいいか…」
 「えへへ…」
 いずみは照れ臭そうに微笑む。
 「でもよくそんな方法を思いつきましたね?」
 ルイーナが感心とも呆れとも取れる表情で質問した。
 「あ、実は前に学校で湧とバトった時に、二人の攻撃タイミングが重なって、二人車輪で校庭を転がったことがあって…」
 『はあぁ?』
 4人が一斉に頭の上に“?”を浮かべた。
 「あの時は校庭に盛大な走行跡をつけたんで、背中側に氷のタイヤを作れば痛くないかな? と…」
 「あの…、いずみが何を説明してるのか、全くわかりません」
 ルイーナがいずみの頭を心配するように覗き込んだ。
 「え~、だからぁ~」
 「俺が説明するよ」
 たまらず湧が代わりに説明をすることになった。
 「大介さんが築いた壁を倒して、瞬間的に通路を作り、俺たちが氷の球に入って転がっていこうってことになったんだよ」
 「そうそう。そういうこと」
 なぜかいずみが得意げに引き継ぐ。
 「ああ、君らは水属性だからか…、それで納得したよ」
 いずみも湧も能力の属性は“水系”だ。
 だから水蒸気でも氷でもある程度は思い通りに制御できる。
 「とにかく怪我とかなくてよかったです。でももう時間がありません。このまま湧の自宅に進撃しなくては…」
 「そうだな。リミットまであと30分。それが過ぎたら我々が脱出できる保障はない」
 大介が険しい顔で作戦の再開を宣言した。
 湧の自宅はもう目と鼻の先だ。
 「あの角を曲がって2軒目です。行きましょう」
 アルファクリーチャーの襲撃に備えて、再び3チームに分かれて道路を進む。
 角を曲がると、傾斜地に立つ湧の自宅が見えた。
 今の所はクリーチャーを確認できないが、前回湧が自宅内で襲撃されているので、全く油断はできない。
 そして、6人はやっと門の前まで辿りつく。
 予定時刻より既に1時間も遅れていた。

 これから本格的な死闘が始まると、皆、気持ちを引き締めた。
    <続く>
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