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第三章 プリンスエドワード島発、さよならカナダ

第27話 謎の少女 Lise と若い乞食

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 Lise と共にSouris と言う港町にやって来た。以前にレンタカーで4人で来たことのある町だ。バス車内での Lise の話によると、彼女はケベック出身で5年前からブリティッシュ・コロンビア州にある小さな島に住んでいるそうだ。
 マダレン島へのフェリーは午後の1便に間に合わず、この地で1泊する事になる。近くのホテルに入ったが、生憎とシングルルームがなく2人でツインルームに泊まる事になった。旅先で知り合った男女が相部屋にして宿泊料を浮かせるのは、日本と違ってごく普通の事らしい。”In Canada Do as Canadian do.” である。

 一息ついた後、2人で夕食に出かけた。レストランが見えた所で10分ほど前に見かけた乞食のような恰好をした若い男が Lise に話しかけてきた。フランス語なので、私にはさっぱり分からない。ケベック出身の Lise にはフランス語は問題ない。それにしても、男友達と歩いてる女性に話しかけ長々としゃべり続けるこの男の心理が理解できない。何となく、シャーロットタウンのショットバーで Janis に無礼を働いた酔っ払いを思い出すが、そんなハレンチな奴ではなさそうだ。
 Lise にしても、一緒にレストランに行こうとしている仲間をそこに残して、見ず知らずの男と立ち話をし続けるのは如何なものか⁉ 
 いつまでも馬鹿みたいに突っ立っている訳にもいかないので、彼女を残してレストランに入り1人で食べていたら、15分ほどして2人がやって来て先に乞食が同じテーブルに座り、続いて Lise も座った。そこでも2人は親しそうにフランス語の会話を続けていた。1人蚊帳の外にされた私は面白くなく、さっさと食事を済ませ1人で部屋に戻った。1時間ほどで彼女も戻って来た。
 何だか乞食の出現で気まずい空気になってしまった。明日からは1人で行動した方が良さそうだ。 
 ホテルにあったマダレン島のパンフレットで、翌日はフェリーが出ないのが分った。これならシャーロットタウンにもう一泊する方が良かった。 Lise も宿泊費の二重払いをしなくて済んだのに気の毒である。フェリーの運航スケジュールを確認してなかったのは初歩的な大失敗だ。
 この事を Lise に話したのをきっかけにして、彼女が真剣な表情で質問してきた。

「私の事、怒っているの?」
「何故、知らん顔してるの?」
「私は悪くないです」
「私は人と話をするのが好きです」
「何に立腹しているの? フレンチガイ?」

 立て続けに質問してきた。バンフでヒロに『社長は待つのが苦手だなあ。カナダ人は半日でも待ってるよ』と言われた事や Gary が同僚と仕事の打合せ中の鈴木さんにかなり長い間話しかけてたのが頭を過り、『これはカナダでは普通の事なのか⁉』とも思い気持ちが落ち着かず、「怒っていない。過去の出来事を思いだしただけ」と答えるにとどめた。
 英語で話すから、翌朝3人で教会に行こうと誘われたが、気まずくなりそうなので辞退した。

 翌朝、ゆっくり10時に起きたら、まだ Lise は眠っていた。1人でレストランに行き食べていたら又乞食がやって来た。10時にここで会う約束をしているが、彼女はどうしているか訊いてきたので眠っていると返事したら、ここで待っていると伝えてくれと言われ承知した。部屋に戻ってその旨伝えたが、その後の事は分らない。お国柄の違いによるズレはあるだろうが、乞食もたちの悪い奴ではなさそうだ。

 9月13日。
 Lise は朝私に視線を合わさずさっさと出て行った。すっかり馴染みになったレストランに朝食に行ったら、 Lise は乞食と一緒に居た。乞食はもう1人居た。何をしている連中だろう?
 午後1時前、Lise は私に見向きもしないで部屋を出て行った。1時過ぎに私も部屋を出た。宿のご主人が親切に港まで送ってくれた。待合室に Lise は居た。何故か、別の場所に2人の乞食は居た。船中での6時間、3グループは別行動だった。
 下船後、歩いているのは我々4人だけだ。乞食たちは郵便局をねぐらにするようだ。一方 Lise は下船時に私に一瞥した時、一瞬唇を歪めてからヒッチを始めた。Lise はどうして私に口をきかなくなったのか? 朝食時に乞食たちとの間に何かあったのか?
 一度は口をききたくないと思った Lise だが、彼女の心にも乞食たちの心にも悪気はないようなので全て水に流そうかなと思っていたら、今度は Lise の方から口をきかなくなった. Lise の心の中が全く掴めない。

 謎の少女だった。
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