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2章:幽霊少女の願い
人生の役割。
しおりを挟むこの世界は残酷なことはよく知っていた。
争って奪い合って、権利を持てば人を見下す。『誰もがそんな人間ではないよ』なんて聞き飽きて嫌になる。
人には役割がある。それは第三者から求められ続けるもの。
大人は子供のように未熟ではいけなくて、子供は子供としての明るさを求められる。オタクはどこまでいってもオタクとして見られ、うちもまた、『教室の端で独り本を読むメガネ』なんてイメージでまとめられる。
うちの存在はうち独りでは決められず、変わるものを周囲は許してくれない。
だから例えば、うちがイメージチェンジとして腰まである長い黒髪をバッサリ切り落としたとして、それは今のうちではなくなってしまう。
変わろうとしたのは自分だったけれど、別にうちという人間自体が変わったわけではない。それなのに、以前までのうちは否定されてしまったように跡形もなく消えていく。
そうやってうちの世界は創造され続けてきた。うちの世界に本当の小鳥遊春という人物はどこにもいない。
自分のことがこの世で1番理解できない。
「小鳥遊·····さん?」
呼ばれて振り返ると、そこには見知った顔があった。
安城和人だ。
「おはよう、ございます」
律儀に礼をしてしまう。同じマンションに住んでいる学生同士なのだから出会ってしまうのは分かっていたけれど、動揺が抑えられない。
「小鳥遊さんの学校って同じ方向だっけ?」
この人はいつまで経ってもおっとりとした性格だ。目尻が落ちていて、優しく微笑んでくる。優しいお兄ちゃん、という雰囲気だ。
「途中までは同じ方向です」
今1番会いたくない人に出会ってしまうなんて、ついてないのかもしれない。
「それじゃあ一緒に歩こうか」
そういって、安城さんは歩き始めた。返事はせずとも、うちもその一歩後ろを歩いていく。
沈黙が続いた。全く会話を交わさないけれど、それが小鳥遊春と安城和人という関係には自然に感じられた。
安城さんの妹━━━━安城秋さんがこの世を去ってから、1年がたった。
時は以外にあっという間に流れたせいで、うちの記憶には昨日のように鮮明に蘇るものがある。
昨日、それを思い出してしまったように。
そういえば、用意した朝食をゆうきちゃんは食べてくれただろうか。
見た目は中学生くらいだろうけど、どのような経緯で白い猫と一緒にあんな公園にいたのだろう。
なぜ、泣いていたのだろう。
不思議な女の子だ。
不可解なことが多すぎるはずなのに、あの細く小さな体をみると、事情を聞かずとも何かしてあげたくなってしまう。
寝床を貸しただけだけど、うちは本当にあの子の力になってあげられたのか。
「小鳥遊さん、大丈夫?」
ふと落ちていた目線を上げると、安城さんがうちの顔に手をかざしていた。
「あ、ごめんなさい、ぼーっとしちゃって」
安城さんは手を口に当ててクスクスと笑う。
「小鳥遊さんでもそんなことがあるんだね」
「うち·····わたし深く考えすぎること多いらしくって」
あははと笑い飛ばすうちに、安城さんもつられて笑う。
「本当に似ているね、妹と」
その言葉を聞いた途端、笑いが込み上げたのではなく、笑ってくれていたことにうちは気づいた。
安城さんの声は低く、冷たく、諦めがこもっていたように感じた。
うちは反応に困って、「あはは」と苦笑いをしたが、そのせいでまた会話は途切れてしまった。
いつの間にか、安城さんの高校とうちの高校の分かれ道に入ってしまう。
「じゃあ、俺はこっちだから。気をつけていってね」
「あ、はい。ありがとう、ございます」
自分が硬い表情をしていることは鏡で見なくても想像できた。
安城さんの背中が見えなくなったところで、うちは大きく息を地面に落とす。
「なんで秋の名前を出すのよ·····」
独り言をボヤいて、自覚する。うちが全ての根源であることを。最大の過ちは、一朝一夕には消すことができない。
暗い気持ちで学校について、本物ではない笑顔を作って、疲れが溜まっていくことに苛立ちを覚えながら、一日が終わった。
下校中にも安城さんの姿が遠目に見えて、コンビニに立ち寄ることで帰る時間を大幅にずらした。
それほど、安城さんとは話していたくない。
「白猫さん白猫さん! これ全部本なの!? すっこーい」
可愛らしい声がコンビニの窓ガラスを挟んで聞こえてきた。
自分の大声など気にしないように話す少女は、うちの部屋に泊めたはずのゆうきちゃんだった。
近寄って話しかけてみると、ゆうきちゃんはまた大声ではしゃぎ回る。
「春さんではありませんか! 偶然だね」
言葉遣いが独特だね、なんていいたくなってしまった。
「なにしてるの」うちが尋ねる。
「白猫さんとこの『こんびに?』ってところに来たの!」ゆうきは初めてコンビニに来たような口ぶりでいう。
窓ガラスに移る自分でさえも反射させてしまうようなゆうきの瞳に吸い込まれ、体がぎょっとする。
華やかな表情であるはずなのに、とこか冷たい。
「何を買うつもりなの?」
平成を装ったうちの顔はおそらくひきつっていることだろう。
ゆうきちゃんは首を左右に振った。
「春さんを迎えに来たんだよ!」
無邪気な瞳の奥に隠れる黒い感情か垣間見えた気がした。
「コンビニに来たかったって言わなかった?」
ゆうきちゃんはまた首を左右に振って、声を高くして答える。
「コンビニに来たけど、それは春さんを待つためだよ! 実は春さんに聞きたいことがあるの」
彼女の笑みに、反射的に体がまた固まってしまう。聞かれる質問を、うちは心当たりがある。
昨夜、ゆうきちゃんか泣いていたことを知っている。声がふたつ聞こえたので、だれかと電話でもしていたのだろう。
聞かれることがわかっているのに、「なに?」と尋ねることはできなかった。
「春さん、2人っきりになれるところがいいな」
そういって、うちの手を引いていく少女。うちは無理やり足を止めたが、ゆうきちゃんは不思議そうな顔で「どうしたの?」なんて軽々と聞いてくる。
なんとも答えられないうちを見計らって、ゆうきちゃんはまた、うちの手を引いて走る。
嫌だと言わなきゃいけない。でも、うちにその権利があるのだろうか。
秋のことを話す権利もなければ、話さない選択もうちには与えられないような人間が小鳥遊春という人間ではないか。
そんなことを考えているうち、たどり着いたのは人気のない、団地だった。マンション裏の、小さな小さな団地。
━━━━恐ろしいものを見た。
白く輝くそれは、淡い光を纏ってこの世のものでは無いことを証明するように、異彩を放っている。
世界が彼女の存在を許さないように、異物感がそこにあった。
「ハルちゃん·····」
安城秋がそこにいた。
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