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2章:幽霊少女の願い
信じたい手のひら
しおりを挟む私の世界はいつだって明るかった。
お兄ちゃんがいたから、この世界がずっと綺麗に思えた。
どれだけいじめられても、親友が亡くなっても、友達に裏切られても、お兄ちゃんの笑顔があるなら、耐えられた。
けれど、そんな幸せは束の間にすぎなかった。
ねえお兄ちゃん。
どうして私を家族だと思ってくれたの?
どうして私のことをそんなに考えてくれるの?
ちっぽけで何の価値もない私に人生をかけてくれるの?
妹だからとか家族だからとか、もう聞きあきたよ·····どうして、死にたいって思っちゃいけないの。
苦しいよ、お兄ちゃん。
でも私、知ってるんだ。
いつも私がお兄ちゃんに頼りっぱなしだから、本当に苦しいのはお兄ちゃんなんだよね。
本当にごめんなさい。
本当に、本当に·····
生きることを放棄してごめんなさい·····
今更になって気がついた。
私の1番大切なお兄ちゃんが、傷ついていることに、今更気がついた。
死にたいって思っちゃダメだったんだ。
私は大切な人を亡くす怖さを知っていたのだから。
「お兄ちゃんを助けてください!」
「安城和人を助けてください!」
「私のせいで、今すごく苦しんでいるんです」
「でも私には何もできないから·····」
「私の力じゃ足りないから」
「だから、お願いしますっ」
「誰か·····お願い、だよ·····」
私の声で、立ち止まる生徒はいなかった。
分かっている。
今更気がついたって私には何も出来ない。
なぜ私がこうして誰にもみられない存在になっているかは分からないけど、誰にも気づかれないのだったら、存在ごと消えてしまった方が楽だ。
私は自分で犯した罪を背負わなければいけない。
でも、その方法は私には無い。
お兄ちゃんになにめしてあげられなければ、どんな小さなものも私の手からすり抜けていく。
宙をふらふら、飛べるだけ。
こんな体になってしまっては、もう手遅れなんだ·····
「どうしたの? 何かあったの?」
白い猫を抱き抱えた小さな女の子が話しかけてきた。私に、私の目を見て、私の存在を肯定するように·····私が存在していることを、少女は証明してくれた。
信じられない。
私を見ることができるなんて。
「誰かを探しているの?」
動揺する私に、少女は優しく手をさし伸ばしてきた。
やっと、チャンスが来た。罪を償う機会を運命が与えてくれたのだと、私は縋る思いで少女の手をとった。
「あ、あの! おに·····じゃなくて、男の人を探してるんです!」
写真なんてない。
制服が違うから、多分この学校の生徒ではないだろう。
だから、お兄ちゃんの容姿を上手く伝えるしかない。
しかし、私はお兄ちゃんのイメージを言葉にすることが出来なかった。
少女の抱き抱えていた白い猫も私を見て違和感を感じ始めたようで、私から離れようと少女の胸から飛び降りた。
白猫と同じように、私も違和感を感じていた。
体温が感じられなかった。
どうやら私を見ることができれば実態として触れられるようで、香りも感触も人間のように伝わってくる。
しかし、少女の手を取ったとき、温かさを感じられなかった。
「ずっとこの人を一緒に探してくれる人を探しているんだよね! じゃあ、わたしにも手伝わせてよ」
逃げる猫を捕まえた少女は、私の動揺に構わず前のめりに話してくる。
「ごめんなさい、無理、なんです」
せっかくの細い糸を切られた気分だ。
「わたしには出来ないこと、なのかな」
この女の子が私を見ることが出来るということは、恐らくこの少女も私と似た存在なのだろう。
命を持たない少女にお兄ちゃんの力になることはできない。
「ごめんなさい! ·····私、大事な用があるので·····」
理由を作れるほど、私の中に余裕はなかった。
やっと掴んだ手のひらには何も残っていない。
私は一刻も早くお兄ちゃんを助けなければならないのに····というのも、烏滸がましいと思えてくる。
走って走って走り疲れて、 背中に壁を感じながら、私は胸を上下させる。
私の胸は動いていない。鼓動が感じられない。
私の中の体温も冷たいままだ。
荒れた息を整えて、周囲を見回す。
夕日に照らされて、影が暗く長く伸びている。私の影はない。
部屋の真ん中には大きなグランドピアノが置かれていた。
「音楽室に来てしまったのね·····」
一人、声が響く。
来た道を引き返そうと教室を出ようとすると、ドアがあかなかった。
鍵はかかっている訳では無いのに、外側から閉じ込められたようにピクトもしない。
もう片方のドアからも出ることはできず、階段を昇った覚えはないのに、窓の外は4階ぐらいの高さだった。
鈍感な私でも、ここまでおかしいことが重なれば分かる。
私が命を落としたあとも存在しているように、奇っ怪なことの渦中に私はいるんだ。
「気分はどうかな?」
どこからともなく、声が響いた。
「誰」と尋ねると、その声は不気味な笑いをしているわりに、「そんなつまらない質問に答えないさ」と言い出した。
「じゃあどんな質問をすればいいわけ?」
「質問するのは君じゃない。もともと俺が聞いているんだ」
声はやはり傲慢に笑いながら話している。
「気分はどうだ?」
「気分?」と私は聞き返した。しかし、この後この声の主の答えを私は知っていた。
「この窓の外の景色さ」
その言葉に、私の背筋が凍るようだった。
私は4階の高さから地面をみることにトラウマを感じている。人生で最大の過ちだから。
「なぜ、あなたがそれを知っているの」
当然の質問だと思う。しかし、この後の答えも私は容易に予想できた。
「お前をずっと見てきたから」
ああ、そうだ。
私は安城秋。
私が自ら命を断つという選択を悔やんでいる元凶。
「あなたはもしかして、遥?」
その質問をした途端、声がなりやんだ。
奇妙な部屋も跡形もなく消えて、私はただの音楽室に腰を抜かして座り込んでいた。教室のドアもいつの間にか空いていた。
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