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1章、人が生きる世こそ地獄ではないか
5話、この世こそ地獄 前編
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この状況が理解できない。
意味がわからない。
信じることなど出来るか?
2人は実の親子なんだぞ?
アルザスの裏切りによって父上が討たれたと聞き、僕の心は激しく動揺する。不安と動揺で心がぐちゃぐちゃになってしまって、平衡感覚を失ってしまったかのように足元はふらついてしまう。
なぁ、誰か教えてくれよ。
血の繋がりや家族の絆とは、そんなに容易く断ち切れるものなのか?
僕は、自問自答を繰り返す。
彼にとって、家族にとって、父フランツは良き父親であったはずだ。家族の絆は確かにあったはずなんだ。決して、こんな悲しい結末を迎えさせてよい人ではない。
どうすればこうなると言うんだ?
僕の脳裏に、冷たく笑うアルザスの顔が浮かんだ。
もはやそれは、僕の中で残酷な裏切りの象徴へと変貌していた。
愛する父を失った悲しみ。そして、弟に裏切られた怒りが、僕の心を激しく揺さぶりシェイクする。
そしていつしか僕の心は、悲しみと激しい怒りで塗りつぶされていった。
「若、逃げなされ」
エイブラムの言葉に、僕は思わず声を上げる。
「なっ!? 何を言うんだエイブラム!」
皺が深く刻まれた顔を、苦々しく歪ませて彼は僕に告げた。
「フランツ様が亡くなったのが事実なら、若は死んでも生きねばならぬ」
なんて言う事を言うんだ。
父上が亡くなったという知らせを、僕は完全に信じた訳じゃない。それなのに、父を置いて逃げろと?
こんな状況だからこそ、我が家の重鎮でもあるエイブラムの言葉は重かった。父は本当に討たれていて、ここで万が一僕まで討たれれば、ローゼリア家は大変な事となってしまう。それはわかっている。ただ、理性に感情が追い付かないんだよ。
「儂はここで敵を食い止める。よいかヴァイス、ホルガー、そなたらは周辺の兵を率い背後の敵に突撃せい。包囲に穴を開け血路を開くのだ。騎士なら命よりも名を惜しめ、よいな!」
「はっ」「はいっ」
「オスヴァルト、アイリーンは何があっても若の側を離れるな。決して若を死なせるでないぞ!」
「承知!」「お父様っ!」
「アイリーンしっかりせい! 儂なら大丈夫じゃ。時が惜しい、行けっ」
↓ 老騎士エイブラムの挿絵です ↓
押し返され始めた前線に、背後から襲いかかる敵。
それだけでも絶対絶命の状況と言えるのに、戦場へ飛び交うは父の死と弟謀反の報。
大混乱から、崩壊の一途を辿る軍の惨状を前に、危機感を募らせたエイブラムは、ローゼリア家を救うために僕の麾下の従騎士へ脱出を命じる。
「父上や長く仕えてくれた皆を、置いて僕に逃げろと言うのか! アイリーンにとっては其方も父だろうに!」
エイブラムは答えない。
だが、これは僕の失言だったと思う。
娘を愛する父でもあるエイブラムが、覚悟を持ってここへ残ると言っているのに、そんな彼に娘の事を切り出すなんて……。必ず、必ず生きて戻ってこいエイブラム。その時はどうか謝らせて欲しい。
後方が俄かに騒がしくなる。
敵がいよいよ近いのかもしれない。
「アレクス様、もう悩んでいる時間はありません。敵がすぐそこまで来ております。私とホルガーで血路を開いてみせます。決して離れませんよう」
コクコクとヴァイスの横で頷き、肯定の意を示すホルガー。
僕にはもう、悩む時間さえ残されていないらしい。だが、父上が戦死したという報は、我々を動揺させるための敵の策の可能性もある。虚報かもしれない。こんな状況であってさえ父上の生存確認は優先すべき事項だ。
「わかった。だが、出来れば途中父上の本陣近くを通りたい。もし、虚報であれば大変な事になる。頼めるかな? ヴァイス」
「お任せください」
「それからエイブラム、必ず生きて戻れ。絶対だぞ!」
エイブラムは一瞬振り返ると、力強く頷いた。
「撤退する! みな2人に続けー!」
撤退を決断したアレクスは、号令を発す。
混乱と絶望に死が渦巻く戦場の中、アレクスと従騎士達4人は、周辺の兵士のみを率いて後方への退却を開始した。
元は400名に満たない程の軍勢であったが、裏切りによる奇襲で隊列は崩壊し、指揮、命令系統は機能を失っている。戦場は前線へ進もうとする者、後方へ逃げ惑う者、パニックに陥る者、それぞれの思惑が交錯し、統制が取れない状態だった。そこを退却するのは容易なことでは無い。
「アレクス様、こちらへ!」
ヴァイスが、敵の包囲網の薄い箇所を見つけたようだ。
オスヴァルトやアイリーンに私の警護を頼むと、ヴァイス、ホルガーの両名は迷わず突撃し、行く手を阻む敵兵を次々と斬り伏せていく。
後方へ向けて懸命に退却する中、アレクス達一行は父フランツのいた本営付近の様子を探ろうと、本営へ少しでも近しいルートを選び進んでいく。だが、ローゼリア家の紋章を掲げた旗は未だ1本すら、その姿を確認することができないのだ。
進むにつれ敵の数は増え、味方の数は減っていく。その有様に父上生存の望みは絶たれ始める。
「父上……」
戦場で大声を出したせいか、潰れてしまった喉で呟く。
父上がいるはずの場所には、既に敵兵がひしめき合っている。もはや、そこに近づくことすら叶わない。
「ヴァイス、ホルガー、父が居たあたりはもう無理だ。手薄な所へ行こう」
アレクスは苦渋の決断を下す。無謀な突撃は、父上の生死を確認するどころか、大事な味方の命を晒す危険な行為だからだ。
「ここで全員が死ぬわけにはいかない……」
唇を噛みしめ、流れ出ようとする涙をこらえる。父上の生死すら確かめる事が出来ない。なんて現実は残酷なんだろう。
ヴァイスが気迫の声をあげ、無数の敵兵を薙ぎ払うと、ホルガーもまた槍を振り回し、敵を真っ二つにしていた。二人の従騎士は、まるでアレクスの矛となるかのように、獅子奮迅の活躍を見せる。
「アレクス様を守れ!」
オスヴァルトやアイリーン達もまた二人の姿に奮起し、力を振り絞って戦う。槍と槍がぶつかり合う音に、悲鳴や怒号が激しく入り乱れる中、皆が必死に槍を振るい馬を走らせた。
みんな……すまない。
感謝と申し訳なさが、ないまぜになった感情が込み上げる。
彼らの命を懸けた戦いのおかげで、アレクス達一行は包囲網の突破に成功しつつあった。
包囲網を突破した先で、僕は予想外の光景を目にする。そこには少数の兵を引き連れ、後方でじっと戦況を見守る男がいた。見覚えのあるあの顔。あれは間違いない! 我が弟アルザスだ。
その姿を視界に納めた瞬間、僕は怒りに我を忘れ体を支配されてしまう。まさに憤怒とはこういう状態なのだろう。
「アルザス、貴様ッ!」
怒りのあまりに自分を押さえる事が出来ない僕は、単騎、馬を走らせアルザスへ切り掛かる。武芸が大嫌いな僕にこんな苛烈な一面があるとは思いも寄らなかった。
「父上をどうしたッ」
「兄上?」
アルザスは一瞬驚いたあと、ニタァと嫌らしく笑う。
僕は思わずゾッとする。あれが人間の、肉親へ向ける笑みであろうかと……。そしてあの悍ましい笑みで僕は悟る。父上はもういないと……。
「アレクス様!」「いけません!」
背後でヴァイスやホルガーらの叫び声が聞こえた。だけど止まれないんだ。怒りが全身を駆け巡り、アルザスの姿以外はもう何も目に入らない。
「この裏切り者め!」
叫びながら、アルザスめがけて渾身の力で槍を振り下ろす。アルザスもまた、槍を構えて僕を迎え撃つ。戦場へ激しい金属音が響き渡り、激しく火花が散った。
「くっ…!」
僕は全身全霊で槍を振るうが、アルザスはそれを軽々と受け止める。
力の差は歴然だった。
何食わぬ顔で親兄弟に会い。
戦闘が始まれば背後より急襲し、親を背から討つのかお前は?
おそらく僕も討つつもりだったんだろ?
だからあの時お前は嬉しそうに笑ったんだ。兄上がいると、な。
さっきの悍ましい笑みもそうだ。
なぁ、お前は人間か? およそ血の通った者の所業とは思えない。
そんなお前と、目前で対峙した僕の怒りがどれ程かわかるか?
怒り? いやそんなものでは生ぬるい。憤怒や激憤、悔恨に嘆きと、およそ肉親に持たざる感情の全てを槍へと乗せ、渾身の力で叩きつける。僕の全てをッ!
「うおおおお」
ギィィン!
僕の全てを乗せて放った一撃は、無常にもあっさりと受け止められる。
わずか数メートルが届かない、この槍はなぜ届かないんだ!
僕は父の仇も討てないのか? なんて情けない息子だ……。
そして力が無いとは何て悲しく、惨いのだ。
あぁ神よ、我に、我に力を。ただ非道を正すだけの力でいい。僕にください。
「もらった!」
「くっ」
僕の槍を軽く跳ね上げ一瞬できた空隙に、アルザスの槍が襲い掛かる。
物凄い速度で迫る槍の穂先が、僕の喉をまさに貫かんとするその刹那、眼前で激しい金属音と共に火花が散った。ヴァイスの槍がアルザスの槍を払い、直前で軌道を変えられたアルザスの槍は激しく空を突いていた。
ヴァイスに既の所で命を救われたのだ。
「貴様ぁ、良いところで邪魔を!」
アルザスの槍が正に僕を貫かんとしたその刹那、 ただひとり間に合ったヴァイスが、アルザスの前に大きな壁となり立ちはだかる。
「遅くなりました」
「そんな事は無いさ、ありがとうヴァイス」
「クハハハハッ、これは傑作だ。こんな所で愚昧と会おうとはな」
僕を守るように馬を前へ滑り込ませたヴァイス、その前にはアルザスが対峙している。そのアルザスの後ろから、新たに数騎の騎兵がこの場へ現れたのだ。
先ほどの嘲笑は、どうやらその男から放たれたようだった。
「あ、兄上?」
その人物は心底冷めた、氷のような冷たい目で僕達を見ている。
「レ、レーヴァンツェーン家のアウグスト殿?」
僕が問いかけるも返事はない。見ようともしない。
「そこをどけ、そこな嫡子に用がある」
「なぜ兄上がここに? 此度の事、レーヴァンツェーンが関与しているのですかっ!」
レーヴァンツェーン現当主の妹は、父上の第2婦人だぞ!?
アルザスの母でもあるんだ。そんなバカな……。
「貴様に話す筋合いはない、退け、この愚昧がッ」
↓ アウグスト挿絵です ↓
アウグストと思われる男が、怒気を込めた槍をヴァイスへ振り下ろすが、ヴァイスはそれを難なく退ける。
「其奴、なかなかの腕前ゆえ助勢いたす」
アルザスがそう発し2者の戦いへと加わると、ヴァイスは2対1の状況に追い込まれる。そして間が悪い事に、道中あれほどの強さを見せたヴァイスは、まるで別人のように精彩を欠いていた。
兄や実家の関与を知り狼狽えているのだろう。信じたくない気持ちが、ヴァイスの心をかき乱す。心が乱れれば剣筋は鈍り、足取りは重くなるものなのだ。今やヴァイスは2人の攻撃を捌くのが精一杯で、反撃の糸口すら掴めない。
意味がわからない。
信じることなど出来るか?
2人は実の親子なんだぞ?
アルザスの裏切りによって父上が討たれたと聞き、僕の心は激しく動揺する。不安と動揺で心がぐちゃぐちゃになってしまって、平衡感覚を失ってしまったかのように足元はふらついてしまう。
なぁ、誰か教えてくれよ。
血の繋がりや家族の絆とは、そんなに容易く断ち切れるものなのか?
僕は、自問自答を繰り返す。
彼にとって、家族にとって、父フランツは良き父親であったはずだ。家族の絆は確かにあったはずなんだ。決して、こんな悲しい結末を迎えさせてよい人ではない。
どうすればこうなると言うんだ?
僕の脳裏に、冷たく笑うアルザスの顔が浮かんだ。
もはやそれは、僕の中で残酷な裏切りの象徴へと変貌していた。
愛する父を失った悲しみ。そして、弟に裏切られた怒りが、僕の心を激しく揺さぶりシェイクする。
そしていつしか僕の心は、悲しみと激しい怒りで塗りつぶされていった。
「若、逃げなされ」
エイブラムの言葉に、僕は思わず声を上げる。
「なっ!? 何を言うんだエイブラム!」
皺が深く刻まれた顔を、苦々しく歪ませて彼は僕に告げた。
「フランツ様が亡くなったのが事実なら、若は死んでも生きねばならぬ」
なんて言う事を言うんだ。
父上が亡くなったという知らせを、僕は完全に信じた訳じゃない。それなのに、父を置いて逃げろと?
こんな状況だからこそ、我が家の重鎮でもあるエイブラムの言葉は重かった。父は本当に討たれていて、ここで万が一僕まで討たれれば、ローゼリア家は大変な事となってしまう。それはわかっている。ただ、理性に感情が追い付かないんだよ。
「儂はここで敵を食い止める。よいかヴァイス、ホルガー、そなたらは周辺の兵を率い背後の敵に突撃せい。包囲に穴を開け血路を開くのだ。騎士なら命よりも名を惜しめ、よいな!」
「はっ」「はいっ」
「オスヴァルト、アイリーンは何があっても若の側を離れるな。決して若を死なせるでないぞ!」
「承知!」「お父様っ!」
「アイリーンしっかりせい! 儂なら大丈夫じゃ。時が惜しい、行けっ」
↓ 老騎士エイブラムの挿絵です ↓
押し返され始めた前線に、背後から襲いかかる敵。
それだけでも絶対絶命の状況と言えるのに、戦場へ飛び交うは父の死と弟謀反の報。
大混乱から、崩壊の一途を辿る軍の惨状を前に、危機感を募らせたエイブラムは、ローゼリア家を救うために僕の麾下の従騎士へ脱出を命じる。
「父上や長く仕えてくれた皆を、置いて僕に逃げろと言うのか! アイリーンにとっては其方も父だろうに!」
エイブラムは答えない。
だが、これは僕の失言だったと思う。
娘を愛する父でもあるエイブラムが、覚悟を持ってここへ残ると言っているのに、そんな彼に娘の事を切り出すなんて……。必ず、必ず生きて戻ってこいエイブラム。その時はどうか謝らせて欲しい。
後方が俄かに騒がしくなる。
敵がいよいよ近いのかもしれない。
「アレクス様、もう悩んでいる時間はありません。敵がすぐそこまで来ております。私とホルガーで血路を開いてみせます。決して離れませんよう」
コクコクとヴァイスの横で頷き、肯定の意を示すホルガー。
僕にはもう、悩む時間さえ残されていないらしい。だが、父上が戦死したという報は、我々を動揺させるための敵の策の可能性もある。虚報かもしれない。こんな状況であってさえ父上の生存確認は優先すべき事項だ。
「わかった。だが、出来れば途中父上の本陣近くを通りたい。もし、虚報であれば大変な事になる。頼めるかな? ヴァイス」
「お任せください」
「それからエイブラム、必ず生きて戻れ。絶対だぞ!」
エイブラムは一瞬振り返ると、力強く頷いた。
「撤退する! みな2人に続けー!」
撤退を決断したアレクスは、号令を発す。
混乱と絶望に死が渦巻く戦場の中、アレクスと従騎士達4人は、周辺の兵士のみを率いて後方への退却を開始した。
元は400名に満たない程の軍勢であったが、裏切りによる奇襲で隊列は崩壊し、指揮、命令系統は機能を失っている。戦場は前線へ進もうとする者、後方へ逃げ惑う者、パニックに陥る者、それぞれの思惑が交錯し、統制が取れない状態だった。そこを退却するのは容易なことでは無い。
「アレクス様、こちらへ!」
ヴァイスが、敵の包囲網の薄い箇所を見つけたようだ。
オスヴァルトやアイリーンに私の警護を頼むと、ヴァイス、ホルガーの両名は迷わず突撃し、行く手を阻む敵兵を次々と斬り伏せていく。
後方へ向けて懸命に退却する中、アレクス達一行は父フランツのいた本営付近の様子を探ろうと、本営へ少しでも近しいルートを選び進んでいく。だが、ローゼリア家の紋章を掲げた旗は未だ1本すら、その姿を確認することができないのだ。
進むにつれ敵の数は増え、味方の数は減っていく。その有様に父上生存の望みは絶たれ始める。
「父上……」
戦場で大声を出したせいか、潰れてしまった喉で呟く。
父上がいるはずの場所には、既に敵兵がひしめき合っている。もはや、そこに近づくことすら叶わない。
「ヴァイス、ホルガー、父が居たあたりはもう無理だ。手薄な所へ行こう」
アレクスは苦渋の決断を下す。無謀な突撃は、父上の生死を確認するどころか、大事な味方の命を晒す危険な行為だからだ。
「ここで全員が死ぬわけにはいかない……」
唇を噛みしめ、流れ出ようとする涙をこらえる。父上の生死すら確かめる事が出来ない。なんて現実は残酷なんだろう。
ヴァイスが気迫の声をあげ、無数の敵兵を薙ぎ払うと、ホルガーもまた槍を振り回し、敵を真っ二つにしていた。二人の従騎士は、まるでアレクスの矛となるかのように、獅子奮迅の活躍を見せる。
「アレクス様を守れ!」
オスヴァルトやアイリーン達もまた二人の姿に奮起し、力を振り絞って戦う。槍と槍がぶつかり合う音に、悲鳴や怒号が激しく入り乱れる中、皆が必死に槍を振るい馬を走らせた。
みんな……すまない。
感謝と申し訳なさが、ないまぜになった感情が込み上げる。
彼らの命を懸けた戦いのおかげで、アレクス達一行は包囲網の突破に成功しつつあった。
包囲網を突破した先で、僕は予想外の光景を目にする。そこには少数の兵を引き連れ、後方でじっと戦況を見守る男がいた。見覚えのあるあの顔。あれは間違いない! 我が弟アルザスだ。
その姿を視界に納めた瞬間、僕は怒りに我を忘れ体を支配されてしまう。まさに憤怒とはこういう状態なのだろう。
「アルザス、貴様ッ!」
怒りのあまりに自分を押さえる事が出来ない僕は、単騎、馬を走らせアルザスへ切り掛かる。武芸が大嫌いな僕にこんな苛烈な一面があるとは思いも寄らなかった。
「父上をどうしたッ」
「兄上?」
アルザスは一瞬驚いたあと、ニタァと嫌らしく笑う。
僕は思わずゾッとする。あれが人間の、肉親へ向ける笑みであろうかと……。そしてあの悍ましい笑みで僕は悟る。父上はもういないと……。
「アレクス様!」「いけません!」
背後でヴァイスやホルガーらの叫び声が聞こえた。だけど止まれないんだ。怒りが全身を駆け巡り、アルザスの姿以外はもう何も目に入らない。
「この裏切り者め!」
叫びながら、アルザスめがけて渾身の力で槍を振り下ろす。アルザスもまた、槍を構えて僕を迎え撃つ。戦場へ激しい金属音が響き渡り、激しく火花が散った。
「くっ…!」
僕は全身全霊で槍を振るうが、アルザスはそれを軽々と受け止める。
力の差は歴然だった。
何食わぬ顔で親兄弟に会い。
戦闘が始まれば背後より急襲し、親を背から討つのかお前は?
おそらく僕も討つつもりだったんだろ?
だからあの時お前は嬉しそうに笑ったんだ。兄上がいると、な。
さっきの悍ましい笑みもそうだ。
なぁ、お前は人間か? およそ血の通った者の所業とは思えない。
そんなお前と、目前で対峙した僕の怒りがどれ程かわかるか?
怒り? いやそんなものでは生ぬるい。憤怒や激憤、悔恨に嘆きと、およそ肉親に持たざる感情の全てを槍へと乗せ、渾身の力で叩きつける。僕の全てをッ!
「うおおおお」
ギィィン!
僕の全てを乗せて放った一撃は、無常にもあっさりと受け止められる。
わずか数メートルが届かない、この槍はなぜ届かないんだ!
僕は父の仇も討てないのか? なんて情けない息子だ……。
そして力が無いとは何て悲しく、惨いのだ。
あぁ神よ、我に、我に力を。ただ非道を正すだけの力でいい。僕にください。
「もらった!」
「くっ」
僕の槍を軽く跳ね上げ一瞬できた空隙に、アルザスの槍が襲い掛かる。
物凄い速度で迫る槍の穂先が、僕の喉をまさに貫かんとするその刹那、眼前で激しい金属音と共に火花が散った。ヴァイスの槍がアルザスの槍を払い、直前で軌道を変えられたアルザスの槍は激しく空を突いていた。
ヴァイスに既の所で命を救われたのだ。
「貴様ぁ、良いところで邪魔を!」
アルザスの槍が正に僕を貫かんとしたその刹那、 ただひとり間に合ったヴァイスが、アルザスの前に大きな壁となり立ちはだかる。
「遅くなりました」
「そんな事は無いさ、ありがとうヴァイス」
「クハハハハッ、これは傑作だ。こんな所で愚昧と会おうとはな」
僕を守るように馬を前へ滑り込ませたヴァイス、その前にはアルザスが対峙している。そのアルザスの後ろから、新たに数騎の騎兵がこの場へ現れたのだ。
先ほどの嘲笑は、どうやらその男から放たれたようだった。
「あ、兄上?」
その人物は心底冷めた、氷のような冷たい目で僕達を見ている。
「レ、レーヴァンツェーン家のアウグスト殿?」
僕が問いかけるも返事はない。見ようともしない。
「そこをどけ、そこな嫡子に用がある」
「なぜ兄上がここに? 此度の事、レーヴァンツェーンが関与しているのですかっ!」
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アルザスがそう発し2者の戦いへと加わると、ヴァイスは2対1の状況に追い込まれる。そして間が悪い事に、道中あれほどの強さを見せたヴァイスは、まるで別人のように精彩を欠いていた。
兄や実家の関与を知り狼狽えているのだろう。信じたくない気持ちが、ヴァイスの心をかき乱す。心が乱れれば剣筋は鈍り、足取りは重くなるものなのだ。今やヴァイスは2人の攻撃を捌くのが精一杯で、反撃の糸口すら掴めない。
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