ローゼンクランツ王国再興記 〜前王朝の最高傑作が僕の内に宿る事を知る者は誰もいない〜

神崎水花

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1章、人が生きる世こそ地獄ではないか

6話、この世こそ地獄 中編

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 振り返れば、単騎飛び出した僕に呼応して、いち早く馬で駆けたヴァイスだけがこの場に間に合い、数瞬遅れた他の皆はレーヴァンツェーン近習の攻撃を受けていた。アイリーンが敵の攻撃を華麗に躱しては、急所めがけ槍を突き刺す。女性ゆえパワーは劣るも持ち前の速度を生かした攻撃を見せ、オスヴァルトは皆の死角を埋めるよう周りを良くフォローし、敵を確実に減らしていく。
 ホルガーはその大きな体躯に相応しい、凄まじい膂力りょりょくで武器を振り回し、無数の敵を吹き飛ばしていた。一度暴れ始めると手が付けられない、まるで暴風のようだった。

 僕が我を忘れてアルザスと数合打ち合ったせいで、軍は完全に勢いを失い、アルザス・アウグストの近習に取り囲まれてしまう。個々の強さは我々が圧倒していたけど、いかんせん数で大きく劣る我らは苦しい。
 これは、怒りに我を忘れてしまった僕の失態だ。
 みなごめん、本当にごめん。
 皆を危険に晒してしまった事は、本当に申し訳ないとは思うが、反省の気持ちは微塵もない。それ程にやつが許せなかった。
 
「ヴァイス! 父上は殺され、今やらねば僕らも全滅だよ。それでいいの?」
 僕はヴァイスへ向けて叫んだ。ありったけの声で。
 父や兄が敵側にいるんだ。本来なら彼をも疑うべきで、必ずしも味方とは言えない状況なんだろう。他人はそう言うかもしれないな。でも、子供の頃から共に過ごした時間が、思い出が、と僕を確信へと至らせる。

「僕は誰よりも君を信じているよ」
 この広い世界で、たった2人。弱さに嘆きあった僕達。
 唯一、素の自分で付き合えた間柄。裏切る訳がないだろうが。
 そして、こんな所で討たれるような君じゃないだろ。
 
「こういう時の為に、頑張って来たんだろう?」
 雨の日も、風の日も……。
「……申し訳ございません」
 ヴァイスは、謝罪と共に馬を数歩下がらせると、間合いを取り直し、一瞬、目を瞑った。それは、戦場で逡巡しゅんじゅんした自分への後悔と、今この瞬間に全てを懸ける決意の表れに見える。
 そんな彼が再び目を開いた時、彼の瞳には、静かな闘志が宿っていた。
 幼い頃から愚直なまでに続けてきた鍛錬と、彼に生まれながらに備わった才が、今、見事に融合し、昇華する。
 その瞬間、彼の全身から武の奔流がほとばしる。それは、まるで心の奥底で燻っていた小さな炎が、一瞬にして全てを焼き尽くす業火へと変貌を遂げたかのように、猛々しくも、気高く美しい。
 
 自分を取り戻したヴァイスに、この2人ではもう勝負にさえならなかった。
 2対1など不利でもなんでもない。それ程までに圧倒的で純粋な武。

 あれは僕が望んでも、終ぞ手に入らなかったもの。
 ああ、そうか、僕から抜け落ちた分はヴァイスへ行ったのかもしれない。
 むしろそうであってほしい。その方が余程救いがある。
 
 先ほどまで、互いに激しく火花を散らしていた打ち合いは、まるで嘘のようにあっけなく終焉を迎えた。ヴァイスの凄まじい速さの一撃は、アルザスの槍を弾き飛ばし、その勢いのまま彼を馬上から吹き飛ばす。そして、返す槍の石突きに、胸を豪打されたアウグストは苦悶の表情を浮かべて武器を落としてしまった。
 そこへ槍を軽やかに旋回させて、アウグストの頭上へと振り上げる。もう迷わないヴァイスの一撃は、確実に、兄であるアウグストの命を絶つだろう。

 ヴァイスの槍が、アウグストの頭上に振り降ろされようとする刹那、僕は叫んだ。
 「殺さないで! 出来れば生け取りたい、出来る?」

 僕の声は届いた。
 ヴァイスは振り下ろした槍の刃ではなく、根本の逆輪さかわ部分でアウグストの鎖骨付近を剛打した。強烈な衝撃音と共にアウグストは崩れ、馬上に上半身を伏せたようになっている。おそらく何ヶ所か骨折しているのではないか? 
 アウグストが動けないと見るや、ヴァイスは彼が騎乗する馬のくつわを取り、向きを変え、槍の石突きで馬の尻を叩く。

 尻を突かれた馬は驚き、戦場を駆け出した。

「アレクス様行きましょう」
 なるほど、進行方向にアウグストと馬を駆けさせ追いかけるのか。
「皆、戦闘をやめ離脱せよ! 駆けよ! 続けーっ」
 駆けるアウグストの馬を追うように僕達は駆けた。
 皆が付いて来ているか不安になり、上半身を捩じり後ろを確認する。見れば全員無事脱出できたようで安堵する。ホルガーが殿しんがりをかって出てくれたようだった。
 ホルガー、危険な役目を引き受けてくれてありがとう。
 
 逃げる僕達に追う敵軍、戦っては逃げ、追いつかれては戦う。こんな事が幾度となく繰り返されるうちに、すっかり日は沈み夜となってしまう。
 暗闇のなか月明りを頼りに懸命に駆け、走る我々を、遂に捕捉出来なくなったのか、敵の襲来がピタリと止んだ。ここが休息どころと判断した僕は手を挙げオスヴァルトを呼び寄せる。

「そろそろ休息が必要だと思う。良いところはないかな?」
「もう少し進んだ先に漁村があったと思います」
「では迷惑をかけないよう、漁村を外れたあたりで休息するとしようか」

 暗い中を1刻ほど進むと確かに小さい集落があった。
 こんな時間に兵で押し掛け、騒ぎになれば敵に感づかれてしまう恐れもあり、また後々僕達との関与を疑われば追手に乱暴される可能性もある。集落へ極力迷惑をかけない為には、出来るだけ痕跡を残さないようにせねばならず、ここよりもう少し離れた村の外れでひっそりと休息するべきだろう。
 
 僕の意を皆へ伝え、村から少し離れた場所でそっと休息を取る事にした。
 各々が適当な場所に腰を降ろし、水筒から水を飲み、干し肉を食む。追われる身であるから火具や灯具の類は使えない、月明かりだけが頼りなのだ。
「アレクス様」
「何だい? オスヴァルト」
「現状飼葉は無く、馬用の水も我らの水筒の分しかありません。ここから先は、馬に無理はさせぬ方が宜しいかと」

 馬は人に従順で大人しく大変重宝する生き物だが、大量の飼葉と水が必要である。
 突然の裏切りにより何も持たずに離脱した我々は、腰に下げた僅かな食料と水しか持っておらず、馬の餌である飼葉や、水を出す恵具などを持ってる筈が無い。
 
「水は村の井戸から拝借するとしても、飼葉はないだろうね。わかったそうしよう」

 自然と僕の周りには3人が集まっていた。
 残してきた皆のその後や、確認出来なかった父上の安否。
 レーヴァンツェーンの関与が疑われることもそうだろう。
 皆言いたい事に、聞きたい事が山ほどあるだろうけど口に出せずにいた。
 だから、皆の代わりに僕が一言だけ紡ごう。

「皆無事と信じるしかない」
 3人は静かに頷く。
 普段は穏やかで陽気なホルガーさえ神妙にしていた。
「それと、ヴァイスありがとう」
 僕は万感の想いを込めてヴァイスに礼を言う。
 ヴァイスは語らず、ただ笑顔でのみ返してくれた。
 
 話を変えようと少し離れた位置で横たわるアウグストと、その彼の見張りに付いているアイリーンを見つめながら問いかける。
「ところでアウグスト殿の様子は?」
「気を失っているようです」
 オスヴァルトが簡潔に答える。
「命に別状はない?」
「鎖骨から肩にかけて重傷のようですが、命までは大丈夫かと」
 この厳しい状況の中、彼を確保したのには狙いがあった。
 それを実行するまでは死なれては困るし、何があっても逃がす訳にはいかない。
 

「僕に考えがあるんだ、だからどうしても彼は連れて帰りたい」
「今のまま彼を運ぶのは少々無理があります。漁村から荷車を借りて馬に繋ぎ、それで運んでは?」
「ならば、荷台にはアイリーンを同乗させてはどうでしょう」
 オスヴァルトが発案し、ヴァイスが補足する。
「結局村に力を借りる事になり申し訳ないが、荷車で運ぶ方がずっと安全か……」
 皆が同調し、コクコクと頷いていた。

「同乗させるならアイリーンが1番軽そうだもんね。おまけに強いし」
 何気なく男4人がアイリーンを見つめると、視線を感じたのだろうか?
 アイリーンが僅かに手を振り、笑顔で返してくれた。

「はぁ、あれでもう少し胸が大きかったらな。無さすぎるだろう」
 やれやれとでも言いたげなポーズと共に、オスヴァルトが言い放つ。
 聞こえた周囲の皆が「違いない」と、陽気に首を縦にふり笑いあう。なぜかホルガーだけが、顔を少し赤らめ俯いていた。
 今迄は僕がいると周りが遠慮する事や、立場的な違いもありに混ざる事は無かったんだよ。これが男同士の会話ってやつなんだろうな。
 貴族として育った僕には新鮮な光景だった。

 心なしか怒ってるような気がするけど、気のせい……だよね?

↓ アイリーン挿絵です ↓

 
 アウグスト殿を荷車へ乗せ、僕達は出発する。
 敵がどれくらいの規模で追手を放ってるか分からない今は、少しでも早く前に進みたい。静寂の闇の中、月明りを頼りに僕達一向は黙々と進む。
 領都まであと1刻程というところまで迫るも、後方から聞こえて来る馬のいななきや蹄の音が敵の来襲が間もなくである事を告げる。
 新たな敵の追手だ。
 その騒がしさからも、かなりの数である事が予測される。
「敵も必死ですね」
 肩のあたりで揃えられた、美しい赤い髪をふるふると揺らし、赤が強めの赤褐色の瞳とその整った顔立ちを『勘弁してくれ』とでも言わんばかりに歪めていた。
 幼い頃から接していたからもう見慣れてしまったが、世間一般ではアイリーンは美人と評されるのだろう。オスヴァルトに言わせると『良い女だが絶壁すぎて無理』らしいけど……。
 
「もう領都が近いですから」
 ヴァイスの言う通りだった。
 レーヴァンツェーン側も嫡男を人質に取られてる以上必死なはずだ。
 取り戻せなければ側に仕えていた者はどうなるか、想像するのは難くない。

「領都との距離を考えると、敵もこれが最後の機会だろう。アイリーンの荷車を中心に防御陣形をとりつつ迎え撃て」
 夜のとばりの中、最後の戦闘が始まった。
 敵は二十数騎と思われる。
 味方が勇猛果敢に戦うなか何も出来ない自分がもどかしい。
 諦めず、挫けずにもっと槍の稽古しておくのだったと、ひとしきり後悔した後、1騎、また1騎と敵の騎兵が倒れていく。追い詰められ焦った敵の数騎が暗闇のなか苦し紛れに何かを投じたようだった。
 月明りをほんの一瞬反射したその煌めきは、ナイフの類だろうと思われる。
 迫る気配を感じた僕は身を倒し、何と、躱す事に成功するのだ。自慢じゃないが、同じ事をもう1度しろと言われたらもう無理だと思う。
 小さな奇跡だった。
 
 15騎ほど討ち倒したあたりで退却をし始める敵勢。
 僕と、アイリーンが乗る荷車は距離が近いせいか、異変に気が付いたようだった。
「アレクス様、頬から血が」
「血? ああ、投げナイフがちょっとかすったみたいだね。それよりもアイリーンとアウグスト殿は無事かい?」
 念のため、大事な捕虜に投げナイフなどが刺さっていないか確認するアイリーン。
「無事のようです」
「よかった」

 最後の襲撃をからくも脱した僕達は、再び領都へ向けて歩みだす。
 この辺りまで進むと散り散りとなっていた味方の兵士や、戦場から無事逃げおおせた小勢も現れ始め、次々と僕達との合流を果たし、その数は当初の何倍にも膨れ上がっていた。これだけいれば敵の追撃部隊も迂闊には手を出せまい。
 
「見えた! 領都が見えたぞ!」
 敗走した軍を迎え入れるために灯具が集め照らされ、暗闇のなかに領都北門が煌々と浮かび上がっていた。皆ここまで夜通し歩き続け、食事も碌に取れていないはずなのに自然と足が早まる。

 ガガガ、ギギィ
 僕達を確認した北門は、大きな音を立ててゆっくりと上へ上へ上昇して行く。
 僕たちはようやくローゼンハーフェンへの帰還を果たしたのだ。
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