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1章、人が生きる世こそ地獄ではないか
10話、4人の両親に誓う
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目を覚ました当日は毒の影響でまだまだ体が弱っているだの、内臓に負担が……など、何かしら理由を付けられスープしか食すことができなかった。
ここ数日の食事らしいモノと言えば、退却中の休息で食べた固い干し肉と昨夜のスープのみだぞ? 食にうるさい方ではないがさすがにもう無理だ、限界だろう。
朝の用事をさっさと済ませると、待ちに待った朝食目指して食堂へと急ぐ。
「え?」
料理の配膳がわずか2皿で終わってしまう。
は? いやいや、これはおかしい。絶対におかしい。
「アンネマリー、麦がゆと野菜のスープしかないんだけど?」
魚料理は? 肉料理は? 前菜様はどこにいかれた? 出陣中か?
「あ、アレクス様は病み上がりですから……、ごめんなさい」
と本当に申し訳なさそうに頭を下げられる。
何なら私よりも悲しそうな表情に見えるほどに……。
あんな顔を見たらもう何も言えないじゃないか……、さらば肉よ、魚よ。
アンネマリーを怒っても仕方がないのはわかってる。
大方ハーマンあたりの指示だろ、どうせ。
とはいえ麦粥が薄すぎやしないか? ただの黄色っぽい汁じゃないか。
あぁ固形物が食べたい、肉汁滴るステーキが食べたい。
いま世界で一番飢えた貴族は私だ、断言できる!
薄い粥とスープを2、3口啜ったところで、食堂の雰囲気がいつもと違う事にふと気づく、この立派な家族用食堂に私1人しかいないのを。
弟アルザスや父が居ないのは仕方ないにしろ、母の姿さえ見当たらない。
そういえば母上への挨拶がまだだったな、後で伺うとするか。
そう決め席を立つと、ちょうど良い所へハーマンがやって来たので愚痴を言ってやろうと、こちらから声を掛ける。ふふ、食い物の恨みは恐ろしいのだ。
「ハーマンおはよう。朝食美味しかったよ、ちょっと薄すぎる気もするがね」
「若様、おはようございます。よろしゅうございましたなぁ、昨晩は良くお休みになられましたか?」
↓ ハーマン挿絵です ↓
ニコッと笑顔で返された。
全く動じていない様子に、逆にこちらがたじろぐ始末だ。
これが年の功というやつか?
「お食事も終わりましたようですし、昨日申し上げました通りご報告したき事がございます。この後のご都合をお伺いしても?」
父上の事、アルザスの事、レーヴァンツェーンとの今後など、此方も聞きたい事は山ほどあったので丁度良かった。
「今でも構わないが?」
「いえ、では半刻後に。そうですなフランツ様の執務室をお借りしましょう」
「父上の? わかった」
「そうだハーマン、アンネマリーはあれからずっと私に付いているだろう? そろそろ休ませてあげたいのだが」
彼女はずっと私の側に控えてくれていた、当然夜中もだ。
多少うとうととすることは出来ても、まともな睡眠はとれていないはずだ。
「それと、今日から私の世話は通常通りに戻してくれて構わん。夜通し付く必要はない、食事もな!」
最後は特に大事だぞハーマン。
「本当に大丈夫なのですか?」
「ああ、問題ない」
「わかりました」
「ではアンネマリー、今日1日休みなさい。若様に感謝するように」
喜んでくれるかな? と思いきや、逆に少し戸惑った表情を見せる彼女。
「私なら大丈夫ですから、アレクス様のお世話をさせて頂けませんか?」
疲れてるはずなのに、それでも私の世話をしたいと申し出てくれている。
彼女は昔からそうだった、何事も一生懸命なのだ。
本当に有難い事ではあるが、アンネマリーの体の為にもここは休ませるべきだな。
「体を壊したらどうするんだ? 今日はゆっくり休むこと、いいね?」
嬉しそうであり悲しそうでもある様な、なかなかに複雑な相反する表情を見せたあと、 彼女は一礼し渋々と下がっていった。
↓ アンネマリー挿絵です ↓
約束の時間に父の執務室へ向かうと、既に何名かが席に座り議論を初めていた。
「すまない、待たせてしまったか」
入室すると皆が礼をしようと一斉に立ち上がるが、無用と、そのまま座らせ一番前の席へ向かう。以前までならここは父上の席だった。
私が座る日が、こんなに早く訪れようとはな。
ここ数日色々とありすぎた。
当家で働く使用人が数名職を辞したそうだ。
この状況では見限られても文句は言えまい。
比較的軽い内容の報告が終わり、より重要な内容へと話は移っていく。
「アウグスト殿から聞き出した情報はこれで全てです」
私がいない間、アウグストを尋問し得た情報を要約するとこうだ。
父上はやはり亡くなっていた。
アルザスもさすがに直接の親殺しは躊躇ったようで、アウグストの軍勢が父上に止めを刺したらしい。
続いてレーヴァンツェーンとアルザスが手を組んだ事は確定情報であり、あの野盗のような者どもはレーヴァンツェーンの兵が扮する擬兵で、森の中には我らとそう変わらない数の伏兵が伏せてあったそうだ。道理で巻き返される訳だ。
「大変申し上げにくいのですが、別で報告したき事が……」
ハーマンが苦汁に満ちた表情を浮かべ、こちらを伺う。
「父上が討たれた事より言い辛い要件などそうあるまい? よい、言ってみよ」
「では……、御母上様が、マリア様がゾフィー様の者の手にかかり亡くなられました」
これには驚きのあまり思わず立ち上がり、その衝撃で椅子が倒れてしまった。
「母上が? 嘘だろう? ちょっと待て、この会合が終われば部屋へ挨拶に伺おうと思っていたところだぞ」
ハーマンの首が虚しく振られる。
「母上は居ないの、か?」
「……」
「弟は裏切り、非道にも我らの背を襲い」
「──父上が討たれ、そのうえ母上も殺められただと? お前達は何を言っている? 一体何をしていた!」
誰も何も言い返すことが出来ない。
みな頷いたまま、時だけが虚しく過ぎていく。
アレクスとアレクシアだった頃の記憶は混ざり1つになっている。
ゆえにアレクスとアレクシアは2人で1人のようなものだ、そして人にはそれぞれ紡いできた歴史があり繋いできた想いがある。アレクスの両親は今や私の両親でもあるのだ!
前世でも家族を失い、今世もだと!?
──フッ何が神か、馬鹿馬鹿しい。
この行き場の無い怒りと悲しみに、魂が震え慟哭していた。
心は痛みで打ちのめされ、苦悶のうめき声をあげるが父母は戻らない。
人が生きる世とはなんと惨たらしいのか……。
人が生きる、この世こそがまさに地獄ではないか。
救いが無さ過ぎるではないか!
神? 神が一体人間に何をしてくれると言うのだ。
「理由は?」
刺々しく言い放つ、彼らには悪いが今は相手の事を思いやるまで至れなかった。
「フランツ様が討たれ、若様は生死をさまよい、ここでマリア様が亡くなれば必然とローゼリア家は我が子アルザスのものになろうと……」
「早計だ! 愚かすぎる!」
思わずテーブルを握りこぶしで叩く。
「はぁはぁ」
「悪いが、1人にしてくれ」
意を汲んだ皆が部屋を去り、父上の執務室だった部屋に1人佇む。
会議用テーブルに配された椅子から立ち上がり、奥にある父上用の立派で豪奢な両袖机の椅子に腰を沈めた。
幼少のみぎり執務中で忙しい父に無理を言い、膝の上に乗せて貰った記憶が蘇る。
父上の困ったようで優し気な顔を思い出し、自然と涙が頬を伝う。
この時代貴族の妻は子が出来ると育児は人任せな者も多いが、アレクスの母はそうではなかった。元は貴族の子女ゆえ出来る事は少なかったが、我が子の子育てに関わろうと必死であった。
出陣前の母の不安そうな顔を思い出し、止めどなく涙が溢れて止まらない。
「母上……」
この世の何と惨たらしいことよ……。
悪鬼羅刹どもめ。
「父王に父上、母后に母上よ。あなた達は私には勿体ない、誠に良き親であった」
「どうか、安らかにお眠りください」
誰もいなくなった執務室で、今は亡き両親たちへ告げる。心中では届かない気がしたから、あえて声に出すのだ。
せめて、せめて父母隣同士で眠らせてあげたい。
先祖が眠るこのローゼンハーフェンで、安らかに……。
王太子だった頃、私は神童と呼ばれ育った。
お世辞やおべっかも多分にあったとは思うが、何でもすぐに出来た。
あの頃を思い出せ、頭を使え! 絞り出すんだ!
父上の遺体を取り戻し、必ずや仇を討つ。
叶うのであればあの男の残した家も……、そして民には安寧と平和を。神などでは無い。亡き4人の両親に固く、強く誓うのだ。
どれだけの時間が過ぎただろう。
執務室の窓から外を伺うといつの間にか落陽し、その身の下半分は既に地へと隠れつつあった。
呼び鈴を鳴らし、主だったものを集めるよう手配する。
数刻ののち、家令ハーマン、政務官代表としてフーベルト、メイド長は母を庇い亡くなり空席だ。軍属として従騎士ヴァイス、オスヴァルト、アイリーン、ホルガー、他はユリシスなど数名が出席している。
「忙しい中、集まってくれた事に感謝する。現在判明している事、今後の我が家の方針について述べる。担当の者は本方針に沿って速やかに行動してもらいたい」
集まった皆がうやうやしく頭を下げ、私の発言を見守っている。
まずは事実の周知と当家の方針から述べよう。
「先だっての戦闘で父上が身罷られた。皆の知る通りアルザスが裏切り、奴の背後にはレーヴァンツェーンがいる」
「続けるが、アルザスの母ゾフィーの手にかかり母上が身罷り、メイド長も亡くなった」
殆どの者がある程度察していた内容ではあったが、改め言葉にされると衝撃が大きいのだろう。嗚咽を漏らすものも現れる。
「これについてまずは述べる。弟ではあるが、アルザスの継承権は剥奪とする。今後は敵として扱え、アルザスとレーヴァンツェーン共に必ず討つ。当家の主敵と心得よ」
「続いて先だって捕らえたアウグスト、ゾフィーの2名を材料に、レーヴァンツェーンと交渉を始めたい」
この発言に皆が一斉にざわついた。
明らかに反対を唱える者や怒気を孕む者まで現れたが、反対意見を抑え込むような大きな声で続ける。
「ただし条件がある。1つ、父上の亡骸の返還」
これには賛意を示すものが多数を占めるも、いまだ強硬に反意を示すものも依然として数名いたが構わずに進めていく。
「2つ、3か月の停戦。これは軍備を整えるための時間だ、和平を望むものではない」
「3つ、ヴァイスの母、ホーリーの身柄引き渡しだ」
母を抑えられてはヴァイスは身動きが取れなくなる。戦力として必要だが、何よりも私自身そうしてやりたかった。
アルザスより余程私にとっては弟と言える存在だったから。
「4つ、先に返すのはゾフィーのみだ。アウグストは2つ目の期限が来るまでは絶対に渡さん」
自然とざわつきは止み、熱心に廻りの者と協議し始めていた。
アウグストはレーヴァンツェーンの嫡男で次子はいない。彼に何かあれば、いずれ家は途絶えるのである。
余程の事でない限り奴等は受け入れざるを得ないだろう。
仮に奴らが約束を破り、我が領に侵攻したその時は、アウグストを血祭りにあげ我が軍の気勢をあげれば良いだけだ。心理的に奴を返すことが許せない以外にデメリットは何一つ無い。
「このように進めよ、但し! 父上の亡骸が辱められていた場合は、即時交渉打ち切りで構わん。その時は目にモノを見せてやる」
亡骸を辱められるとは斬首やさらし首の事を表す。
これは断じて許せるものでは無い。
これを聞き、自然と皆の目が決意を秘めた目に変わった。
新たな方針に向け家中の気持ちが1つになったようだ。
「次、本日をもって父上の後を継ぎローゼリア伯となる。帝国にその旨伝えよ」
「なお本日を持って改名し、」
先ほどまでの決意を秘めた眼差しで溢れた広間がきょとんした雰囲気に変わる。
「ごほん、アレクス改め、アレクシスとする」
フランツ様が付けられた名前を良いのですか?
なぜ今? とハーマンが目で訴えていた。
先だって両親を失いし報告を受けた時に気づいたのだ。
私はアレクスでありアレクシアでもあるが、アレクスでも無くアレクシアでも無い。
だから2人の名前を混ぜてみたのだ。
だがそれはここでは言えぬ。考えていた別の理由を述べるしかない。
「帝国の南方に広がるシュマリナ教国では、大人の事をアドゥルシスとも言うそうだ。もう私には父も母もいない。あの世へおわす両親に大人になったと安心して頂くために拝借した、異論は認めん」
「それと、昨年大公殿下と公爵閣下が交戦したとは言え、建前では帝国貴族同士の争いは禁じられている。帝国を敵に回す危険を承知で奴らが動くとも思えん、背後に協力者がいる可能性もある、調べておいてくれ。以上解散」
さて、今日から父上の執務室を使わせてもらう事にしよう。
領の収入に出費、軍の陣容と最大動員力に継戦能力、産業の把握、やらねばならぬこと、知らねばならぬ事が山ほどある。帳簿にも目を通していかねばならないな。
父の椅子に座り、束ねられた書類や本に目を通していく。
途中食事について聞かれたので、読みながら食べれるような軽食にしてもらった。
ぶっ続けで資料に目を通し少し疲れを感じた頃、ノックと共にユリシスが訪れる。
聖紋について何かわかったのだろうか?
ここ数日の食事らしいモノと言えば、退却中の休息で食べた固い干し肉と昨夜のスープのみだぞ? 食にうるさい方ではないがさすがにもう無理だ、限界だろう。
朝の用事をさっさと済ませると、待ちに待った朝食目指して食堂へと急ぐ。
「え?」
料理の配膳がわずか2皿で終わってしまう。
は? いやいや、これはおかしい。絶対におかしい。
「アンネマリー、麦がゆと野菜のスープしかないんだけど?」
魚料理は? 肉料理は? 前菜様はどこにいかれた? 出陣中か?
「あ、アレクス様は病み上がりですから……、ごめんなさい」
と本当に申し訳なさそうに頭を下げられる。
何なら私よりも悲しそうな表情に見えるほどに……。
あんな顔を見たらもう何も言えないじゃないか……、さらば肉よ、魚よ。
アンネマリーを怒っても仕方がないのはわかってる。
大方ハーマンあたりの指示だろ、どうせ。
とはいえ麦粥が薄すぎやしないか? ただの黄色っぽい汁じゃないか。
あぁ固形物が食べたい、肉汁滴るステーキが食べたい。
いま世界で一番飢えた貴族は私だ、断言できる!
薄い粥とスープを2、3口啜ったところで、食堂の雰囲気がいつもと違う事にふと気づく、この立派な家族用食堂に私1人しかいないのを。
弟アルザスや父が居ないのは仕方ないにしろ、母の姿さえ見当たらない。
そういえば母上への挨拶がまだだったな、後で伺うとするか。
そう決め席を立つと、ちょうど良い所へハーマンがやって来たので愚痴を言ってやろうと、こちらから声を掛ける。ふふ、食い物の恨みは恐ろしいのだ。
「ハーマンおはよう。朝食美味しかったよ、ちょっと薄すぎる気もするがね」
「若様、おはようございます。よろしゅうございましたなぁ、昨晩は良くお休みになられましたか?」
↓ ハーマン挿絵です ↓
ニコッと笑顔で返された。
全く動じていない様子に、逆にこちらがたじろぐ始末だ。
これが年の功というやつか?
「お食事も終わりましたようですし、昨日申し上げました通りご報告したき事がございます。この後のご都合をお伺いしても?」
父上の事、アルザスの事、レーヴァンツェーンとの今後など、此方も聞きたい事は山ほどあったので丁度良かった。
「今でも構わないが?」
「いえ、では半刻後に。そうですなフランツ様の執務室をお借りしましょう」
「父上の? わかった」
「そうだハーマン、アンネマリーはあれからずっと私に付いているだろう? そろそろ休ませてあげたいのだが」
彼女はずっと私の側に控えてくれていた、当然夜中もだ。
多少うとうととすることは出来ても、まともな睡眠はとれていないはずだ。
「それと、今日から私の世話は通常通りに戻してくれて構わん。夜通し付く必要はない、食事もな!」
最後は特に大事だぞハーマン。
「本当に大丈夫なのですか?」
「ああ、問題ない」
「わかりました」
「ではアンネマリー、今日1日休みなさい。若様に感謝するように」
喜んでくれるかな? と思いきや、逆に少し戸惑った表情を見せる彼女。
「私なら大丈夫ですから、アレクス様のお世話をさせて頂けませんか?」
疲れてるはずなのに、それでも私の世話をしたいと申し出てくれている。
彼女は昔からそうだった、何事も一生懸命なのだ。
本当に有難い事ではあるが、アンネマリーの体の為にもここは休ませるべきだな。
「体を壊したらどうするんだ? 今日はゆっくり休むこと、いいね?」
嬉しそうであり悲しそうでもある様な、なかなかに複雑な相反する表情を見せたあと、 彼女は一礼し渋々と下がっていった。
↓ アンネマリー挿絵です ↓
約束の時間に父の執務室へ向かうと、既に何名かが席に座り議論を初めていた。
「すまない、待たせてしまったか」
入室すると皆が礼をしようと一斉に立ち上がるが、無用と、そのまま座らせ一番前の席へ向かう。以前までならここは父上の席だった。
私が座る日が、こんなに早く訪れようとはな。
ここ数日色々とありすぎた。
当家で働く使用人が数名職を辞したそうだ。
この状況では見限られても文句は言えまい。
比較的軽い内容の報告が終わり、より重要な内容へと話は移っていく。
「アウグスト殿から聞き出した情報はこれで全てです」
私がいない間、アウグストを尋問し得た情報を要約するとこうだ。
父上はやはり亡くなっていた。
アルザスもさすがに直接の親殺しは躊躇ったようで、アウグストの軍勢が父上に止めを刺したらしい。
続いてレーヴァンツェーンとアルザスが手を組んだ事は確定情報であり、あの野盗のような者どもはレーヴァンツェーンの兵が扮する擬兵で、森の中には我らとそう変わらない数の伏兵が伏せてあったそうだ。道理で巻き返される訳だ。
「大変申し上げにくいのですが、別で報告したき事が……」
ハーマンが苦汁に満ちた表情を浮かべ、こちらを伺う。
「父上が討たれた事より言い辛い要件などそうあるまい? よい、言ってみよ」
「では……、御母上様が、マリア様がゾフィー様の者の手にかかり亡くなられました」
これには驚きのあまり思わず立ち上がり、その衝撃で椅子が倒れてしまった。
「母上が? 嘘だろう? ちょっと待て、この会合が終われば部屋へ挨拶に伺おうと思っていたところだぞ」
ハーマンの首が虚しく振られる。
「母上は居ないの、か?」
「……」
「弟は裏切り、非道にも我らの背を襲い」
「──父上が討たれ、そのうえ母上も殺められただと? お前達は何を言っている? 一体何をしていた!」
誰も何も言い返すことが出来ない。
みな頷いたまま、時だけが虚しく過ぎていく。
アレクスとアレクシアだった頃の記憶は混ざり1つになっている。
ゆえにアレクスとアレクシアは2人で1人のようなものだ、そして人にはそれぞれ紡いできた歴史があり繋いできた想いがある。アレクスの両親は今や私の両親でもあるのだ!
前世でも家族を失い、今世もだと!?
──フッ何が神か、馬鹿馬鹿しい。
この行き場の無い怒りと悲しみに、魂が震え慟哭していた。
心は痛みで打ちのめされ、苦悶のうめき声をあげるが父母は戻らない。
人が生きる世とはなんと惨たらしいのか……。
人が生きる、この世こそがまさに地獄ではないか。
救いが無さ過ぎるではないか!
神? 神が一体人間に何をしてくれると言うのだ。
「理由は?」
刺々しく言い放つ、彼らには悪いが今は相手の事を思いやるまで至れなかった。
「フランツ様が討たれ、若様は生死をさまよい、ここでマリア様が亡くなれば必然とローゼリア家は我が子アルザスのものになろうと……」
「早計だ! 愚かすぎる!」
思わずテーブルを握りこぶしで叩く。
「はぁはぁ」
「悪いが、1人にしてくれ」
意を汲んだ皆が部屋を去り、父上の執務室だった部屋に1人佇む。
会議用テーブルに配された椅子から立ち上がり、奥にある父上用の立派で豪奢な両袖机の椅子に腰を沈めた。
幼少のみぎり執務中で忙しい父に無理を言い、膝の上に乗せて貰った記憶が蘇る。
父上の困ったようで優し気な顔を思い出し、自然と涙が頬を伝う。
この時代貴族の妻は子が出来ると育児は人任せな者も多いが、アレクスの母はそうではなかった。元は貴族の子女ゆえ出来る事は少なかったが、我が子の子育てに関わろうと必死であった。
出陣前の母の不安そうな顔を思い出し、止めどなく涙が溢れて止まらない。
「母上……」
この世の何と惨たらしいことよ……。
悪鬼羅刹どもめ。
「父王に父上、母后に母上よ。あなた達は私には勿体ない、誠に良き親であった」
「どうか、安らかにお眠りください」
誰もいなくなった執務室で、今は亡き両親たちへ告げる。心中では届かない気がしたから、あえて声に出すのだ。
せめて、せめて父母隣同士で眠らせてあげたい。
先祖が眠るこのローゼンハーフェンで、安らかに……。
王太子だった頃、私は神童と呼ばれ育った。
お世辞やおべっかも多分にあったとは思うが、何でもすぐに出来た。
あの頃を思い出せ、頭を使え! 絞り出すんだ!
父上の遺体を取り戻し、必ずや仇を討つ。
叶うのであればあの男の残した家も……、そして民には安寧と平和を。神などでは無い。亡き4人の両親に固く、強く誓うのだ。
どれだけの時間が過ぎただろう。
執務室の窓から外を伺うといつの間にか落陽し、その身の下半分は既に地へと隠れつつあった。
呼び鈴を鳴らし、主だったものを集めるよう手配する。
数刻ののち、家令ハーマン、政務官代表としてフーベルト、メイド長は母を庇い亡くなり空席だ。軍属として従騎士ヴァイス、オスヴァルト、アイリーン、ホルガー、他はユリシスなど数名が出席している。
「忙しい中、集まってくれた事に感謝する。現在判明している事、今後の我が家の方針について述べる。担当の者は本方針に沿って速やかに行動してもらいたい」
集まった皆がうやうやしく頭を下げ、私の発言を見守っている。
まずは事実の周知と当家の方針から述べよう。
「先だっての戦闘で父上が身罷られた。皆の知る通りアルザスが裏切り、奴の背後にはレーヴァンツェーンがいる」
「続けるが、アルザスの母ゾフィーの手にかかり母上が身罷り、メイド長も亡くなった」
殆どの者がある程度察していた内容ではあったが、改め言葉にされると衝撃が大きいのだろう。嗚咽を漏らすものも現れる。
「これについてまずは述べる。弟ではあるが、アルザスの継承権は剥奪とする。今後は敵として扱え、アルザスとレーヴァンツェーン共に必ず討つ。当家の主敵と心得よ」
「続いて先だって捕らえたアウグスト、ゾフィーの2名を材料に、レーヴァンツェーンと交渉を始めたい」
この発言に皆が一斉にざわついた。
明らかに反対を唱える者や怒気を孕む者まで現れたが、反対意見を抑え込むような大きな声で続ける。
「ただし条件がある。1つ、父上の亡骸の返還」
これには賛意を示すものが多数を占めるも、いまだ強硬に反意を示すものも依然として数名いたが構わずに進めていく。
「2つ、3か月の停戦。これは軍備を整えるための時間だ、和平を望むものではない」
「3つ、ヴァイスの母、ホーリーの身柄引き渡しだ」
母を抑えられてはヴァイスは身動きが取れなくなる。戦力として必要だが、何よりも私自身そうしてやりたかった。
アルザスより余程私にとっては弟と言える存在だったから。
「4つ、先に返すのはゾフィーのみだ。アウグストは2つ目の期限が来るまでは絶対に渡さん」
自然とざわつきは止み、熱心に廻りの者と協議し始めていた。
アウグストはレーヴァンツェーンの嫡男で次子はいない。彼に何かあれば、いずれ家は途絶えるのである。
余程の事でない限り奴等は受け入れざるを得ないだろう。
仮に奴らが約束を破り、我が領に侵攻したその時は、アウグストを血祭りにあげ我が軍の気勢をあげれば良いだけだ。心理的に奴を返すことが許せない以外にデメリットは何一つ無い。
「このように進めよ、但し! 父上の亡骸が辱められていた場合は、即時交渉打ち切りで構わん。その時は目にモノを見せてやる」
亡骸を辱められるとは斬首やさらし首の事を表す。
これは断じて許せるものでは無い。
これを聞き、自然と皆の目が決意を秘めた目に変わった。
新たな方針に向け家中の気持ちが1つになったようだ。
「次、本日をもって父上の後を継ぎローゼリア伯となる。帝国にその旨伝えよ」
「なお本日を持って改名し、」
先ほどまでの決意を秘めた眼差しで溢れた広間がきょとんした雰囲気に変わる。
「ごほん、アレクス改め、アレクシスとする」
フランツ様が付けられた名前を良いのですか?
なぜ今? とハーマンが目で訴えていた。
先だって両親を失いし報告を受けた時に気づいたのだ。
私はアレクスでありアレクシアでもあるが、アレクスでも無くアレクシアでも無い。
だから2人の名前を混ぜてみたのだ。
だがそれはここでは言えぬ。考えていた別の理由を述べるしかない。
「帝国の南方に広がるシュマリナ教国では、大人の事をアドゥルシスとも言うそうだ。もう私には父も母もいない。あの世へおわす両親に大人になったと安心して頂くために拝借した、異論は認めん」
「それと、昨年大公殿下と公爵閣下が交戦したとは言え、建前では帝国貴族同士の争いは禁じられている。帝国を敵に回す危険を承知で奴らが動くとも思えん、背後に協力者がいる可能性もある、調べておいてくれ。以上解散」
さて、今日から父上の執務室を使わせてもらう事にしよう。
領の収入に出費、軍の陣容と最大動員力に継戦能力、産業の把握、やらねばならぬこと、知らねばならぬ事が山ほどある。帳簿にも目を通していかねばならないな。
父の椅子に座り、束ねられた書類や本に目を通していく。
途中食事について聞かれたので、読みながら食べれるような軽食にしてもらった。
ぶっ続けで資料に目を通し少し疲れを感じた頃、ノックと共にユリシスが訪れる。
聖紋について何かわかったのだろうか?
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枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
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