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1章、人が生きる世こそ地獄ではないか
2話、ローゼリアとローゼンヌ
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父上に命じられてからずっと、留守番に回る方法を考えていた。
病を装う、怪我を偽る、様々な策が僕の頭をよぎる。
でも、そのどれもが、我が子を想う両親を相手にできる策ではなかった。
心配する両親、がっかりする父母の姿を見たい子などいないだろ。
実行できない策は無いのと同じだよ。
何も有効な手を打てないまま、無情にも時は過ぎ、夜が明けてしまう。
とうとう出陣の朝が来てしまった。
「アレクス、どうかご無事で。必ず戻って来てくださいね」
母上が、心配そうな目で僕を見つめる。その瞳には、息子を戦場へ送り出す母の悲しみと、送り出すのが僕ゆえの心配が見て取れた。母上は知っていたから……、僕が戦えないのを。
「はい母上、行って参ります」
僕は、精一杯の笑顔で答える。
心の中は不安で押しつぶされそうだったけど、母を安心させたい一心で平静を装う。
「ああ、アレクス……」
母上は、言葉にならない悲痛な声を漏らし、僕を強く抱きしめる。
「アレクス様、どうか、どうかお気をつけて。無事にお帰り下さい」
子供の頃から仕えてくれているメイドのアンネマリーも、涙を浮かべながら僕を見送る。彼女もまた心の底から、僕の身を案じてくれていた。
「ありがとう、アンネマリー行ってくるよ」
もうジタバタしても仕方がない。精一杯頑張って来るよ。
ローゼンハーフェン北門に集結した軍勢は、およそ380名。野盗相手に倍近い兵力を誇り、歩兵隊に騎兵隊、それに弓隊と隙のない陣容は、まさに『勝って当たり前』と揶揄されてもおかしくないほどだった。
この危なげなく隙の無い陣容に、もはや僕にとっての最大の関心ごとは鎧を身に着けたまま1日中の移動にどう耐えるか、という点に移っていた。
きっと辛いだろうなぁと、一人ため息を零す。
この体は、なぜこんなにも非力なんだ……。剣や槍の稽古に馬術の訓練、どれをとっても一向に上達しないこの体は、なぜか筋肉すら付きやしない。領主の子に武の才が無いなんて、もう悲劇を通り越して喜劇のようだよ。
嫡子アレクスを伴った、フランツ伯率いるローゼリア軍380名は、領都ローゼンハーフェンの北門から北へ真っ直ぐに伸びるローツェン街道を、隊列を組んで北上して行く。
↓ ローゼリア近郊図です ↓
進軍からしばらく、僕の体は既に悲鳴を上げ始めていた。
伯爵の子である僕は騎乗が許されている。
けれど、肌着の上にチェインメイルを纏い、肩部、腕部、脚部、脛部には金属製のプレートがしっかりと取り付けられ、胸からお腹にかけてはベスト状に仕立てられたレザーの裏地に薄く長方形の金属片を打ちつけた鎧を装着している。いや、着させられていると言った方が正しいかな。
この胴鎧はブリガンダインと言うそうだけど、これが特に重くて厳しい。
しかもコイツ、熱がこもるから堪らない。
重くて動きづらいくせに、蒸れて不快という、まさに苦の四重奏が僕を襲う。
鍛えても筋肉が付かない、この非力な体が恨めしいよ。
「アレクス様、大丈夫ですか?」
従騎士ヴァイスや、アイリーンが心配そうに僕を見つめる中、オズヴァルトはやれやれと毒づき、ホルガーはコロコロと笑っていた。この4人は僕専属の従騎士として幼少時より配属されていて、その付き合いはもうかれこれ5年に及ぶだろう。
付き合いが長いとあって、みんな僕のことをよく理解している。当然、僕も皆のことはよく理解しているつもりだ。オズヴァルトの毒づきに悪意は全くなく、彼の口癖のようなものだとわかるほどにね。そして実は優しい奴なのも知っていた。
「剣とか兜とか代わりに持ってよ、って言ったら怒られるだろうね」
「いざという時、手元に無いと困りますから」
とヴァイスが申し訳無さそうに返せば「ダメですよ~」とアイリーンが続く。
「そもそも僕に剣を持たせても意味がないだろうに……」
僕が自嘲気味に言うと、オズヴァルトは「それはそうなのですが……」と返す。
「それはひどくないかい? まぁ合ってるんだけどね」
「クスクス」「ハハハ」
僅かな時間、屈託なく笑い合う主従。
従騎士のみんなと軽口を交えつつ、僕はこの重さという難敵と悪戦苦闘していた。
しばらくすると、前方からなにやら騒々しい声が聞こえて来る。
「閣下、前方に小勢が見えます」
伝令の声に、父上が眉間に皺を寄せる。
「接敵するには早すぎるのではないか?」
父上の言葉には僕も同感だった。
何よりその数も少なすぎる。父上は即座に指示を飛ばす。
「急ぎ確認の者を出せ、何者か直ちに調べさせろ」
伝令が慌ただしく馬を走らせる。
父上や周囲の従者たちの顔には、緊張の色が浮かび始めていた。
それから少しの刻が過ぎて、小勢についての続報が届き始める。
「閣下! 小勢はご子息アルザス様ご一行のようです」
あの小勢が弟のものであると知ると、父上の表情は一瞬にして安堵の色へと変わった。
「アルザス? アルザスの伝令か?」
「いえ、アルザス様ご自身が直接参られたようです」
「おお、では進軍を停止し迎え入れる準備をせよ。すぐにでも敵の情報が欲しい。到着したらすぐここへ通せ」
父上の指示に、伝令は「はっ、承知いたしました」と力強く応え、踵を返した。
「皆のもの止まれ!」
「止まれ~」
「これより小休止であーる!」
進軍する部隊を停止させるべく伝令が数人、声を上げ駆けて行くと、進軍していた部隊が徐々に停止していく。アルザスの到着を待って、喫緊に軍議が開かれることになった。
これで少し休めそうだよ、ふぅ。
軍議中はブリガンダイン脱いだらダメかなぁ?
「ダメですよ?」
え? どういう事? なんでわかるの?
まるで心が読まれているみたいだ。
「なんでわかったの?」
「顔に書いてありますよ?」
えへん。とでも言いたげにアイリーンが無い胸を一生懸命に反らしていた。
やっと休めるなんて思った僕は愚かだった。心底愚かだった。
この後に、あんなことが起こるなんて一体誰が想像できただろうか……。
◆◆
北に大海を望み、帝国南部から北部へと滔々と海へ流れるアルトアーレ川。その豊かな流れは、西に分岐した支流のザルトーレ川と共に、広大な大地を潤し、巨大な中州を形作る。その中州の北部に位置するローゼンヌ家は、アルトアーレ川を挟んでローゼリア家と隣り合っていた。
非情によく似た名前を持つこの二つの家は、ローゼンヌとローゼリア。その繋がりは現帝国が誕生する以前の、ローゼンクランツ王国が栄華を誇っていた時代にまで遡る。
この世がまだ帝国暦ではなかったころ、この地を治めるはローゼンクランツ王国といい、人々は平和で豊かなその治世を謳歌していた。傍系ではあるものの、そのローゼンクランツ王家に祖を連ねる由緒ある2家なのである。
栄枯盛衰は世の習いとはいえ、時は移りてローゼンクランツ王国は露と消え、代わりに新たな帝国が誕生する。帝国の現摂政であるゲーベンドルフ公爵は、アルトアーレ川以西から帝都西を南北に貫くカイゼルシュトラーゼ大街道に囲まれた広大なエリアを『黄金の麦穂平野』と呼び、帝国の力の源泉と称えた。
この肥沃な大平野は、見渡す限りの地平線までを黄金色に輝く麦穂が波打ち、その光景は圧巻の一言であった。豊かな穀物の実りは帝国の人口を支え、その繁栄を約束する。
しかし、その一方で、この大平野を中心とした帝国の繁栄は、同時に格差と偏見を生み出すこととなる。大平野以外の地域は、帝国にとって取るに足らない存在とみなされ、辺境の地に住む人々は蔑まれ、その生活は苦しく、決して裕福ではなかった。これらの地域を「鶏肋」と呼び、まるで価値のないもののように嘲笑う貴族さえいたのだ。
この、帝国の力の象徴たる肥沃な大平野を、ほんの一端とは言え、先の王国に祖を連ねるローゼンヌ家に、アルトアーレ川以東と少し外れてはいるものの、帝国有数の大きな港をもつ地をローゼリアの所領と認めたのは、帝国にとって明確な意図があった。
まず一つは、ゴルドブリッツ帝家が帝国を興すは天意に基づくものであって、先の王家そのものに害意があったわけではないと万民に示すため。これは、新たな支配体制を正当化し、民衆の不満や反乱の芽を摘むための巧妙な情報操作である。
二つ目は、先の王家へ害意が無かった証拠として、肥沃な地の一部を与えること。これは旧王家へ連なる者に配慮を示すことで、旧王家を慕う商家や旧臣たちの心を掴み、帝国への忠誠を促す狙いがあった。
そして三つ目。先の王家に連ねるものを臣下とすることで、帝国の威信向上を図る。
これには初代皇帝の個人的な思惑も絡んでいた。旧王家に連なる者を臣下とし、目の前で何度も頭を垂れさせることで、彼は自らの権威を高め、自尊心を満たそうとしたのだ。
色々と思惑はあっても、結果存続を許されたのだから寛大な処置と言えるのでは? と考える者もいるかもしれないが、それは早計だ。実際には旧王国の血筋を完全に断絶させるための巧妙な罠でもあった。旧王家の直系は全て断絶、傍系のローゼンヌ家とローゼリア家のみ帝国の支配下に組み込まれ、その力と牙は、年月を掛けて削がれていくことになる。
かの地に所領を認めるに代わり、両家には重い義務が課せられた。
ローゼンヌ家は、帝国内を南北に縦断する二つの大河に掛かる大橋の管理と補修を、子々孫々、永代まで担うことを命じられた。この二つの大橋は、帝国の物流と交通の大動脈である。何か事が起こり、補修となれば莫大な費用が彼らを何代にも渡り苦しめた。
一方、ローゼリア家は、アルトアーレ川の河口に位置する港湾都市という地の利を生かし、他国からの交易を担うことを命じられる。しかし、その見返りとして、港から揚がる輸入品のうち、帝家が指定する珍品や嗜好品を、無償で献上しなければならなかった。珍しい香辛料や宝石、美しい工芸品など、海外から届く貴重な品々は、帝都の貴族たちの間で珍重され、彼らの虚栄心を満たすための道具となる。
こうしてローゼンヌ家とローゼリア家は、存続を許された代わりに、帝国の繁栄を支えるための重荷を背負い続けることになる。それは、まるで黄金で出来た豪奢な鎖のように両家を何代にも渡って重く縛り続けてきた。
病を装う、怪我を偽る、様々な策が僕の頭をよぎる。
でも、そのどれもが、我が子を想う両親を相手にできる策ではなかった。
心配する両親、がっかりする父母の姿を見たい子などいないだろ。
実行できない策は無いのと同じだよ。
何も有効な手を打てないまま、無情にも時は過ぎ、夜が明けてしまう。
とうとう出陣の朝が来てしまった。
「アレクス、どうかご無事で。必ず戻って来てくださいね」
母上が、心配そうな目で僕を見つめる。その瞳には、息子を戦場へ送り出す母の悲しみと、送り出すのが僕ゆえの心配が見て取れた。母上は知っていたから……、僕が戦えないのを。
「はい母上、行って参ります」
僕は、精一杯の笑顔で答える。
心の中は不安で押しつぶされそうだったけど、母を安心させたい一心で平静を装う。
「ああ、アレクス……」
母上は、言葉にならない悲痛な声を漏らし、僕を強く抱きしめる。
「アレクス様、どうか、どうかお気をつけて。無事にお帰り下さい」
子供の頃から仕えてくれているメイドのアンネマリーも、涙を浮かべながら僕を見送る。彼女もまた心の底から、僕の身を案じてくれていた。
「ありがとう、アンネマリー行ってくるよ」
もうジタバタしても仕方がない。精一杯頑張って来るよ。
ローゼンハーフェン北門に集結した軍勢は、およそ380名。野盗相手に倍近い兵力を誇り、歩兵隊に騎兵隊、それに弓隊と隙のない陣容は、まさに『勝って当たり前』と揶揄されてもおかしくないほどだった。
この危なげなく隙の無い陣容に、もはや僕にとっての最大の関心ごとは鎧を身に着けたまま1日中の移動にどう耐えるか、という点に移っていた。
きっと辛いだろうなぁと、一人ため息を零す。
この体は、なぜこんなにも非力なんだ……。剣や槍の稽古に馬術の訓練、どれをとっても一向に上達しないこの体は、なぜか筋肉すら付きやしない。領主の子に武の才が無いなんて、もう悲劇を通り越して喜劇のようだよ。
嫡子アレクスを伴った、フランツ伯率いるローゼリア軍380名は、領都ローゼンハーフェンの北門から北へ真っ直ぐに伸びるローツェン街道を、隊列を組んで北上して行く。
↓ ローゼリア近郊図です ↓
進軍からしばらく、僕の体は既に悲鳴を上げ始めていた。
伯爵の子である僕は騎乗が許されている。
けれど、肌着の上にチェインメイルを纏い、肩部、腕部、脚部、脛部には金属製のプレートがしっかりと取り付けられ、胸からお腹にかけてはベスト状に仕立てられたレザーの裏地に薄く長方形の金属片を打ちつけた鎧を装着している。いや、着させられていると言った方が正しいかな。
この胴鎧はブリガンダインと言うそうだけど、これが特に重くて厳しい。
しかもコイツ、熱がこもるから堪らない。
重くて動きづらいくせに、蒸れて不快という、まさに苦の四重奏が僕を襲う。
鍛えても筋肉が付かない、この非力な体が恨めしいよ。
「アレクス様、大丈夫ですか?」
従騎士ヴァイスや、アイリーンが心配そうに僕を見つめる中、オズヴァルトはやれやれと毒づき、ホルガーはコロコロと笑っていた。この4人は僕専属の従騎士として幼少時より配属されていて、その付き合いはもうかれこれ5年に及ぶだろう。
付き合いが長いとあって、みんな僕のことをよく理解している。当然、僕も皆のことはよく理解しているつもりだ。オズヴァルトの毒づきに悪意は全くなく、彼の口癖のようなものだとわかるほどにね。そして実は優しい奴なのも知っていた。
「剣とか兜とか代わりに持ってよ、って言ったら怒られるだろうね」
「いざという時、手元に無いと困りますから」
とヴァイスが申し訳無さそうに返せば「ダメですよ~」とアイリーンが続く。
「そもそも僕に剣を持たせても意味がないだろうに……」
僕が自嘲気味に言うと、オズヴァルトは「それはそうなのですが……」と返す。
「それはひどくないかい? まぁ合ってるんだけどね」
「クスクス」「ハハハ」
僅かな時間、屈託なく笑い合う主従。
従騎士のみんなと軽口を交えつつ、僕はこの重さという難敵と悪戦苦闘していた。
しばらくすると、前方からなにやら騒々しい声が聞こえて来る。
「閣下、前方に小勢が見えます」
伝令の声に、父上が眉間に皺を寄せる。
「接敵するには早すぎるのではないか?」
父上の言葉には僕も同感だった。
何よりその数も少なすぎる。父上は即座に指示を飛ばす。
「急ぎ確認の者を出せ、何者か直ちに調べさせろ」
伝令が慌ただしく馬を走らせる。
父上や周囲の従者たちの顔には、緊張の色が浮かび始めていた。
それから少しの刻が過ぎて、小勢についての続報が届き始める。
「閣下! 小勢はご子息アルザス様ご一行のようです」
あの小勢が弟のものであると知ると、父上の表情は一瞬にして安堵の色へと変わった。
「アルザス? アルザスの伝令か?」
「いえ、アルザス様ご自身が直接参られたようです」
「おお、では進軍を停止し迎え入れる準備をせよ。すぐにでも敵の情報が欲しい。到着したらすぐここへ通せ」
父上の指示に、伝令は「はっ、承知いたしました」と力強く応え、踵を返した。
「皆のもの止まれ!」
「止まれ~」
「これより小休止であーる!」
進軍する部隊を停止させるべく伝令が数人、声を上げ駆けて行くと、進軍していた部隊が徐々に停止していく。アルザスの到着を待って、喫緊に軍議が開かれることになった。
これで少し休めそうだよ、ふぅ。
軍議中はブリガンダイン脱いだらダメかなぁ?
「ダメですよ?」
え? どういう事? なんでわかるの?
まるで心が読まれているみたいだ。
「なんでわかったの?」
「顔に書いてありますよ?」
えへん。とでも言いたげにアイリーンが無い胸を一生懸命に反らしていた。
やっと休めるなんて思った僕は愚かだった。心底愚かだった。
この後に、あんなことが起こるなんて一体誰が想像できただろうか……。
◆◆
北に大海を望み、帝国南部から北部へと滔々と海へ流れるアルトアーレ川。その豊かな流れは、西に分岐した支流のザルトーレ川と共に、広大な大地を潤し、巨大な中州を形作る。その中州の北部に位置するローゼンヌ家は、アルトアーレ川を挟んでローゼリア家と隣り合っていた。
非情によく似た名前を持つこの二つの家は、ローゼンヌとローゼリア。その繋がりは現帝国が誕生する以前の、ローゼンクランツ王国が栄華を誇っていた時代にまで遡る。
この世がまだ帝国暦ではなかったころ、この地を治めるはローゼンクランツ王国といい、人々は平和で豊かなその治世を謳歌していた。傍系ではあるものの、そのローゼンクランツ王家に祖を連ねる由緒ある2家なのである。
栄枯盛衰は世の習いとはいえ、時は移りてローゼンクランツ王国は露と消え、代わりに新たな帝国が誕生する。帝国の現摂政であるゲーベンドルフ公爵は、アルトアーレ川以西から帝都西を南北に貫くカイゼルシュトラーゼ大街道に囲まれた広大なエリアを『黄金の麦穂平野』と呼び、帝国の力の源泉と称えた。
この肥沃な大平野は、見渡す限りの地平線までを黄金色に輝く麦穂が波打ち、その光景は圧巻の一言であった。豊かな穀物の実りは帝国の人口を支え、その繁栄を約束する。
しかし、その一方で、この大平野を中心とした帝国の繁栄は、同時に格差と偏見を生み出すこととなる。大平野以外の地域は、帝国にとって取るに足らない存在とみなされ、辺境の地に住む人々は蔑まれ、その生活は苦しく、決して裕福ではなかった。これらの地域を「鶏肋」と呼び、まるで価値のないもののように嘲笑う貴族さえいたのだ。
この、帝国の力の象徴たる肥沃な大平野を、ほんの一端とは言え、先の王国に祖を連ねるローゼンヌ家に、アルトアーレ川以東と少し外れてはいるものの、帝国有数の大きな港をもつ地をローゼリアの所領と認めたのは、帝国にとって明確な意図があった。
まず一つは、ゴルドブリッツ帝家が帝国を興すは天意に基づくものであって、先の王家そのものに害意があったわけではないと万民に示すため。これは、新たな支配体制を正当化し、民衆の不満や反乱の芽を摘むための巧妙な情報操作である。
二つ目は、先の王家へ害意が無かった証拠として、肥沃な地の一部を与えること。これは旧王家へ連なる者に配慮を示すことで、旧王家を慕う商家や旧臣たちの心を掴み、帝国への忠誠を促す狙いがあった。
そして三つ目。先の王家に連ねるものを臣下とすることで、帝国の威信向上を図る。
これには初代皇帝の個人的な思惑も絡んでいた。旧王家に連なる者を臣下とし、目の前で何度も頭を垂れさせることで、彼は自らの権威を高め、自尊心を満たそうとしたのだ。
色々と思惑はあっても、結果存続を許されたのだから寛大な処置と言えるのでは? と考える者もいるかもしれないが、それは早計だ。実際には旧王国の血筋を完全に断絶させるための巧妙な罠でもあった。旧王家の直系は全て断絶、傍系のローゼンヌ家とローゼリア家のみ帝国の支配下に組み込まれ、その力と牙は、年月を掛けて削がれていくことになる。
かの地に所領を認めるに代わり、両家には重い義務が課せられた。
ローゼンヌ家は、帝国内を南北に縦断する二つの大河に掛かる大橋の管理と補修を、子々孫々、永代まで担うことを命じられた。この二つの大橋は、帝国の物流と交通の大動脈である。何か事が起こり、補修となれば莫大な費用が彼らを何代にも渡り苦しめた。
一方、ローゼリア家は、アルトアーレ川の河口に位置する港湾都市という地の利を生かし、他国からの交易を担うことを命じられる。しかし、その見返りとして、港から揚がる輸入品のうち、帝家が指定する珍品や嗜好品を、無償で献上しなければならなかった。珍しい香辛料や宝石、美しい工芸品など、海外から届く貴重な品々は、帝都の貴族たちの間で珍重され、彼らの虚栄心を満たすための道具となる。
こうしてローゼンヌ家とローゼリア家は、存続を許された代わりに、帝国の繁栄を支えるための重荷を背負い続けることになる。それは、まるで黄金で出来た豪奢な鎖のように両家を何代にも渡って重く縛り続けてきた。
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