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前世からの恋

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「七賢者からアストラル魔法を直接教えられたのは、アルカディア公爵家。その後継者であるわたしこそ、アストラル魔法の本家本元よ。あなたみたいなにわか習得者に負けたりはしないわ」

 ソフィアが王太子エドワードに言うと、エドワードは薄く笑った。

「どうかな。こちらは短期間とはいえ、優秀な魔導師……つまり聖女アリアの手を借りて、アストラル魔法の効率化を図っている。行くぞ!」

 王太子の剣が青く輝いた。同時にソフィアは黄金の銃を抜き、引き金を引く。
 アストラル魔法が激しくぶつかりあう。

 俺とルシア、マクダフは、ソフィアを守るように、宮廷魔導師たちを倒していく。ソフィアは、アストラル魔法を用いて、通常のエーテル魔法を反射する防御壁を張っているが、万一にも破られないようにしないといけない。

 敵の宮廷魔導師や近衛騎士たちは戦意は低いようだった。それは当然だ。宮廷魔導師からしてみれば、かつての団長のルシアや副団長の俺はもともと仲間だ。近衛騎士にしても、マクダフは尊敬すべき英雄だった。

 いくら王太子の命令といっても、あまり気が進まないのが本音だろう。
 人数では劣っているとは、俺たち三人は大戦の英雄だった。

 ルシアが杖を振り下ろした。

 敵の周囲が、真紅の光で染まる。宮廷魔導師や近衛騎士は、その次の攻撃を悟ったのか、悲鳴を上げて、逃げ出した。

 エーテルがルシアの魔法と反応し、炸裂する。

「あの者たちに、赤き雷槌を!」

 ルシアの叫びとともに、宮廷魔導師たちに真紅の炎の奔流が襲いかかる。かなりの人数が巻き込まれた。……威力を調整しているはずだから、死んではいないと信じたい。
 彼らももともとは仲間なのだ。

 俺も反回復アンチヒールで敵を薙ぎ払っていく。
 一方、ソフィアは王太子相手に有利に戦いを進めていた。ソフィアも戦闘経験が浅いが、王太子も同様だ。

 王太子エドワードは、額に汗をかき、苦しげな表情で隅に追い詰められていく。
 直に戦いは俺達の勝利で終わるだろう。所詮、王太子自身の力も、王太子が動かせる力も大したことはないのだ。

 だが、これは油断だった。俺は楽観視しすぎていた。
 もう一つ。大事なピースを忘れていたのだ。

 ほとんどの宮廷魔導師が戦意を喪失し、一段落がついたと思ったその時。
 一筋の緑色の光が稲妻のように走り、ソフィアの胸を貫いた。

 ソフィアは何が起きたかわからない、という様子で美しい青い目を大きく見開いていた。
 そして、胸を押さえると、その場に倒れ込んだ。

 ソフィアの防御魔法壁を一撃で破ったということは、つまり、アストラル魔法ということだ。
 けれど、王太子の攻撃ではない。そうだとすると……。

「苦戦なさっているようですね、王太子殿下」

「遅かったな、アリア」

 聖女アリアが、建物の入口に立っていた。爆風で黒い髪が揺れている。
 しまった。アリアがこのタイミングで登場するとは思わなかった。

 俺は相手の動きを警戒しつつ、ソフィアに駆け寄る。
 ソフィアはぐったりとしていて、俺が彼女を抱き起こすと、鮮血が流れていた。

「クリス、ごめんなさい……わたし、もう……」

「喋っちゃダメだ!」

 ソフィアは儚げに微笑み、かすかに首を横に振った。重傷だ。出血量も多い。このままだと……。
 ソフィアは死ぬ。

 いや、王太子はソフィアたち悪役令嬢を生きたまま捕らえようとしていたはずだ。
 それがなぜ……。

「死んでから時間が経っていなければ、その肉体を捧げれば『完全なるフロース』が生成される。生きたままの方が理想的だったが、やむをえないだろう」

 王太子は冷たく言う。
 俺はかっと頭が熱くなるのを感じた。元婚約者の、何も罪を犯していないソフィアを、どうしてこれほど冷たく扱えるのか。

「もともと私は、完璧すぎるこの婚約者が嫌いだったのさ」

 まるで俺の心の中の問いに答えるかのように、王太子は言う。

 いや、今はそんなことはいい。ソフィアを救う手立てを打たないと。ソフィアは貴重な戦力だ。だが、それ以上に……一緒に旅をしてきた大事な仲間だった。

 ソフィアがそっと俺に手を伸ばし、頬に触れる。

「わたし……前世の乙女ゲームでね、あなたが一番のお気に入りだったの。そして、きっと今も、あなたに恋をしている。だから……最後に……」

 ソフィアは、かがんだ俺にそっとその小さな唇を重ねた。その唇は、燃えるように熱かった。
 ソフィアのキスもソフィアの告白も、俺はどこか遠くのことのように感じていた。

 幸い、王太子とアリアの相手は、ルシアたちがやってくれている。ルシアとマクダフの実力をもってすれば、すぐには敗れない。

 そして、俺は大量のエーテルを集め、ソフィアの胸にそっと手を触れた。

 白いまばゆい光がソフィアを包み……次の瞬間、ソフィアの傷はすべて治っていた。
 ソフィアはきょとんとした表情で自分の体を見つめていた。血でドレスが濡れているが、しかし、怪我はまったくない状態に戻っているはずだ。

「うまく治癒魔法が効いて良かったよ」

「え、えええええ!? わたし、たぶん肺とか大事な部分がやられていたでしょう!? なんで治せるの!?」

「俺はこの国で一番優秀な白魔道師だよ。戦闘するだけが能じゃない」

 俺が微笑むと、ソフィアは唖然とした様子で、それからみるみる顔を赤くした。

「あ、あのまま死ぬと思って、わたし、恥ずかしいことを言ったわ。それに、キス……!」

 思い返してみると、たしかに俺も恥ずかしくなってくる。俺は、ソフィアの知る前世の物語の登場人物だったという。そのときから、ソフィアは俺のことを好きだと言っていた。
 それはちょっと照れくさく、嬉しいことだった。
 
 ソフィアは早口で言う。

「そ、そんなことより、王太子たちを倒さないと!」

「ああ、ソフィアを殺そうとした王太子を、許すわけにはいかないな」

 俺はソフィアに手を差し伸べ、ソフィアはその手をつかむ。

 ソフィアは顔を赤くしたまま「ありがと」と俺にささやき、そして、立ち上がる。
 
 ふたたび、俺は杖を、ソフィアは銃を手にとった。
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