恋してしまった、それだけのこと

雄樹

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第四章【未来13歳/沙織25歳

第39話 告白。【未来13歳/沙織25歳】

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 7月7日。文化祭当日。
 雲ひとつない晴天だった。夜までこの調子ならば、ミルキーウェイを渡って織姫と彦星が1年ぶりのデートを楽しむことができることだろう。

(早く午後にならないかな)

 私はそう思いながら、手元のスマホをみた。沙織さんからのメッセージを読み返す。

『お仕事終わらせたら急いで向かうね。たぶんお昼少し回ったくらいになると思う』

 自然と、顔がにやけてくる。周りから見たら変に思われてしまうかもしれない…けれど、どうしてもとめられない。今日、私、この人に…告白するんだ。

「未来ちゃん、顔にやけてるよ」
「あ、美月、おはよう」

 ツインテールの親友が、こちらは少し緊張した顔つきでやってきた。その手は絵具のあとで赤と緑に汚れている。

「美月、いつまで描いていたの?」
「今日が本番だからね…ずっと美術室にこもっていたよ」

 私たちのクラスの文化祭の出し物は、小劇場と喫茶店。
 実際に劇をするのはお昼前で、それまでは普通の喫茶店を行うことになる。今は開店前だから落ち着いているけど、前売りしたチケットはけっこうな数がはけたということだから、いざ本番が始まったらドタバタすることだろう。

「美月、頑張りすぎだよ」

 私は教室の壁一面に描かれた舞台背景を一瞥すると、素直な感想をのべる。劇に使う小道具から背景まで、そのほとんどすべてを美月一人で作成していた。美月は、相変わらず天才肌だなぁ、と思う。天才で、努力家だ。私も見習わなければいけないな…と思いつつ、家の机の引き出しに入れっぱなしにしてある書きかけの原稿を思い出すと、私はまだまだ全然だめだと実感する。

「…絵を描いている方が気がまぎれるし」

 美月はそういうと、頬をぱんっと手でたたいた。

「今日が本番、だからねっ」
「…うん、そうだね」

 私も、美月をじっと見つめる。
 今日が本番。
 文化祭本番。
 …告白の、本番。

「がんばろうね」
「お互いにね」

 私たちふたりは、今日、文化祭終わりにそれぞれ好きな人相手に告白をする。
 美月は、颯真に。
 私は、沙織さんに。
 告白が成功するかどうかは分からないけど、それでも、一歩先に踏み出すことはできるはずだった。
 
 そのはず、だった。


■■■■■


 開店と同時に、すごい数の人が喫茶店と化した教室内へとなだれ込んできた。
 まだ朝早いし、劇が始まるのはお昼前だから、私もその接客に追われることになる。

 …というより、私目当てのお客さんが一番多かった。

「星野先輩、ジュリエットされるんですよね!」
「私たち、チケット買ってますから、一番前でじっくり見させていただきますっ」
「すっごく楽しみ!」

 1年生の女の子たちに囲まれて私があわあわとしていると、クラスのみんなが「おーい、星野、ファンに囲まれて嬉しいのは分かるけど、ちゃんと接客はしてくれよー」とはやし立ててくる。

「分かってるよ…いらっしゃいませ、お客様、本日は3名様のご来店ですか?」
「はいっ!星野未来ファンクラブ1号から3号までの3名ですっ」
「…こちらへどうぞ」

 テーブルへと案内して、注文をとる。
 私は劇が終わって午後になったら接客から解放される予定になっているので、その分、午前中は働かなければいけなかった。忙しいけど、その分気がまぎれるから動いているのは気持ちがいい。

「星野、またお前目当てのお客さんがきているぞ」
「すぐ行く!」

 自分で言うのもなんだけど、私、けっこう、人気あるんだな…
 綺麗な顔立ちに産んでくれたお母さんに感謝する。お母さんにも文化祭に来て欲しかったな、と思ったら、少しセンチメンタルな気持ちになる。
 今はもういないお母さん。でも、大事にだいじにしてもらった思い出だけは色あせることはない。お母さんのことを思っていたら、私も、周りの人を幸せにしたいな、と改めて思った。

「よーし、頑張るかっ」

 私は気持ちをあらたにして、またにっこり笑いながらお客さんのところへと向かった。


■■■■■


「…のはよかったんだけど」

 さすがに、つかれた…
 スマホの時計を見てみると、11時前だった。
 接客の仕事はひと段落して、いよいよ劇の時間が近づいていた。
 私は準備室にはいって着替えをすませると、そのまま少し、その場に腰をかけて休んでいた。

「未来、大人気だったな」
「…颯真だって」

 颯真が、衣装の袖を直しながら声をかけてきた。ロミオの格好をした颯真は、普段の何割増しかに凛々しくみえる…この姿を美月がみたら、また惚れ直しちゃうんだろうな、と思った。

「颯真目当てのお客さん、すごく沢山きていたよ」
「俺目当て、ねぇ」

 颯真はため息をついて「別にモテたいわけじゃないんだけどな」と愚痴をこぼす。

「あー。そんなこと言うんだー。やれやれ、これだからモテる男は違うねー」
「…冗談じゃねぇよ」

 颯真の声。小学生の頃と違って、だいぶ低い声になっている。声変わりもして、身体も大きくなって…ずいぶん変わってきたな、と思う。一言でいえば、男、に近づいてきたんだろうな。

「俺がモテたいのは…」
「ん?」
「…なんでもないよ」

 私をちらりと見た後、颯真は視線をそらした。
 変な沈黙が流れて、私はその場を取り繕うためにスマホを見る。

 メッセージが来ていた。

『思ったより早く終わったから、もしかしたら、未来ちゃんのジュリエット姿、見れるかも?』

(わぁ…)

 心に温かいものが湧き上がってくる。私は自分の服装を見つめる。ジュリエットの服装。綺麗な服装。この姿を、沙織さんに見てもらったら…

(私のこと、お姫様って思ってくれるかな…私のこと、好きになってくれるかな)

 胸が高鳴る。心臓の音が耳にまで届いてくる。私のこの鼓動、隣にいる颯真にも聞こえているかな?

(午後になったら、沙織さんとデートだ)
(いろんなところまわって、いろんなお店にいって)
(それから…告白するんだ)
(だから、今からの劇は…そのための前哨戦みたいなものだ)
(ちゃんと、最後までやりきらなくっちゃ)

 そう思って、こぶしを握り締める。
 私は前だけを向いていた。私の前には、未来の沙織さんの姿だけが映っていた。

「…」

 だから、私は。
 隣にいる颯真の、なぜか寂しそうな視線に気づくことがなかったんだ。


■■■■■


「愛してはいけないの。分かっているのに、心が言うのよ…っ」

 私は手を伸ばして、必死に記憶したジュリエットの台詞を口にした。
 少しでも気をぬいたら、全部の台詞を忘れてしまいそうだ。必死になって、脳細胞を振り絞る。
 教室内のカーテンは全てしめられ、薄暗くなっている。
 客席は人で一杯で、座り切れなかった人は教室の後ろで立ち見をしている。

(沙織さん…いてくれるかな)

 演劇をしながら、目で客席を見る。
 そこに沙織さんの姿はない。結局、間に合わなかったのかもしれない。

(残念だなぁ)

 そう思いつつ、ジュリエットの台詞を言う。

「ああ、ロミオ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの」

 有名な台詞。ロミオとジュリエットをよく知らない人でも、この台詞だけは知っているだろう。
 今回の台本は凛が書いてくれたんだけど、さすがにこの台詞を削ることはなかったみたいだ。
 私の視線の先には、ロミオ…颯真がいた。

「どうして私達は出逢ってしまったの?どうして…愛し合ってしまったの…」
「後悔しているのか?」
「いいえ…でも私たちは今、こんなに近くに立っているのに…2人の間には、どんな山よりも高く険しい壁がある」
「そんな壁、乗り越えて見せる!ジュリエット、君さえいれば、ボクは荒れくるう嵐の中だろうと、陽の光すら届かない暗闇の森だろうと、燃え盛る炎の中だろうと、飛び込んでみせる!」

 颯真が台詞を口にするたび、観客席から黄色い声援がとびかっていく。
 本当に、大人気だ。
 …私が台詞をいうときにも同じくらい黄色い声援が浴びせられるのだけど…私のことは、まあ、べつにいいよね。

 でも、演技しながら、それでもふと思うことがあった。

(2人の間にはどんな山よりも高く険しい壁がある?)
(壁…)
(私と沙織さんの間にある、壁)
(女同士)
(叔母と姪)
(年齢差)
(…はは。私と沙織さんの間にある壁って、ロミオとジュリエットの間にある壁よりも高いんじゃないかな…)

 いま、私の目の前にはロミオが…颯真がいるのに、私の心の中には沙織さんしかいなかった。台詞を口にしながら…私の言葉は、颯真に届いていたのだろうか?
 颯真はまっすぐ私を見ている。
 颯真は…私の中にジュリエットを見ている?

 劇は進んでいき。
 いよいよ終盤が近づいてきた。

 ジュリエットは仮死の薬を飲んで横たわり、しかしその計画を知らなかったロミオはジュリエットが本当に死んでしまったと誤解してしまい、絶望して服毒自殺をしてしまうシーン。

 私は目を閉じて横立っていた。
 床が冷たい。背中から体温が奪われていくような気がする。
 薄眼をあけて、観客席を見る。

(あ)

 沙織さんが、いた。
 最後の最後、ぎりぎりになって、やってきてくれた。
 心に温かいものがともる。ふわぁって、いとおしさに包まれる。
 いま、私は演劇上ではジュリエットとして死んでいこうとしているのに、本当の私は沙織さんを見て心が溶けて生き返ろうとしていた。

 ロミオが毒を掲げている。

(颯真がこの台詞を言い終えたら、劇は終わる)
(劇が終わったら私は自由になって)
(沙織さんと…デートするんだ…)

「死んでもいい。お前を…愛している」

 颯真の声が震えている。
 観客が息を飲む。
 ラストシーン。
 全てがここで終わる…

 と、その時。


「待って、ロミオ!!!!」

 舞台袖から、一人の少女が飛び出してきた。
 従者の衣装のその少女は、まっすぐにロミオの元へ近づいてくる。
 こんなの、台本にない。
 何が起こっているの?

 葵だった。

 従者役で、ここまで目立たず、出番が終わったはずの彼女が…
 なぜか今、飛び出してきて、観客の視線を一身に集めている。

 何が起こったのかは分からない。
 けれど、何かが起こっているのは分かった。

 ライトが葵に向けられる。
 まるで…最初から葵が、この場面で飛び出してくることが分かっていたかのように。

 ライトを操作しているのは…凛だった。
 闇に溶け込むような黒髪で、無言で、その表情は見えず。
 葵を照らし続けている。

「本当に、それでいいの?」

 葵はそう言いながら、ゆっくりとロミオ…颯真に近づく。
 その一挙手一投足が、凛としたたたずまいで、目を離すことができない。
 葵は…この場を支配していた。

 観客は何が起こっているのかも分からず、成り行きをじっと見つめている。
 これは演出だと思っているのだろう。
 違う。
 こんな演出、予定にない。
 みんな、事態を把握することができず、そのぶんだけ、全員の視線と集中が葵だけに収束されていく。

「あなたの愛は、死んでしまった」

 葵が私を指さす。凛と伸ばした指が、私の心臓を正確に指示している。

「ううん違う…死んでしまったんじゃない…最初から、生まれてすらいなかった」

 葵が、一歩あるく。
 颯真に近づく。
 颯真の顎に、そっと手を近づける。

「報われない愛になんの意味があるの?」

 葵がほほ笑む。
 見る者すべてを魅了せざるを得ない…圧倒的な微笑み。力。

「見せつけてやりましょうよ、未来に」
「知らしめてやりましょうよ、みなに」
「解放させてあげましょうよ…あなたの心を」

 顔を近づける。

 目を閉じる。
 目を開ける。

 その場にいるものすべての視線が集まる。

「私はジュリエットじゃない。私は従者でもない。私は、何者でもない」

 葵は、颯真に向き合って。

「私は…白鷺葵。ただの、白鷺葵です」

 手を伸ばす。

「佐藤颯真くん…あなたのことが、好きです」

 白い手。
 伸ばされた手。
 綺麗な指。

「私と…付き合ってください」

 観客がざわめく。
 これは演劇?それとも本当に…告白しているの?

 颯真の目が泳いで、そして。
 一瞬だけ、私を見た。
 その瞳は寂しそうで。
 宿っていたのは謝罪でも驚きでもなく。
 まるで…何かを諦めたかのような、哀しいものを含んでいたようにみえた。

 颯真は、ゆっくりと、葵を見つめた。
 口が開く。

「…はい」



 一瞬の静寂の後。

 悲鳴のような拍手が教室内に広がり、舞台と現実が混ざり合い、熱狂と焦燥と喧騒が渦を巻いてかけあがる。

 何が起こっているのか分からない。
 頭の中が真っ白になって、目の前の光景がこの世のものとは信じられなかった。

 颯真と葵は衆人環視の中抱き合い、お互いに手を回しつつ、そのまま、
 口づけをかわしていて。
 割れんばかりの拍手が祝福と怨嗟を巻き起こし。

 舞台袖で美月が膝から崩れ落ちて。

 
 凛が涙を流しながら、拍手をしているのが、みえた。
 
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