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第六章【未来15歳/沙織27歳】
第75話 ホームパーティ、あれやこれ。【未来15歳/沙織27歳】
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夕方になると、吹いてくる風の中にもほんの少しの冷たさが混じっているような気もしてくる。
私は未来の家の前に立つと、胸に手を当てた。
今日の私は、淡い青のブラウスに白いスカート。気合も入りすぎているわけでなく、かといってラフすぎもしない、ちょうどいい心持ちの格好だと思う。
チャイムを押す前に一呼吸する。
(よし、行くか)
そう決意して、指をそっとチャイムにあてる。
押す。
中からぱたぱたと走ってくる足音がする。その足音を聞くだけで、誰が出迎えてくれるかが分かった。
「沙織さんっ!」
ほらね。
勢いよく開いた扉から、私の大事な彼女…未来の顔が現れた。私の顔を見た瞬間、未来の表情がぱぁっと明るくなるのが分かる。嬉しそうで、でも少しだけ照れているようなその笑顔。
(私も今、同じような表情しているんだろうな…)
そう思いながら、胸がきゅっと締まるのを感じる。
「待ってました!もうみんなほとんど集まってくれてますよ」
「…うん。あ、おめでとう、未来」
「おめでとうはお父さんに言ってあげてください♪」
未来はそう言うと、玄関前に一歩出てきてくれた。
その距離が妙に近くて、未来の香りが届いてくる。心臓がどくんとなるのが分かる。
「もう茜先生も待ってくれてますし、どうぞ入ってください…っ」
そして、自然に手が差し伸べられてくる。
未来の手。白くて、可愛い。
私もその手を握り返そうとして…止まる。
(手…私…)
思い出してしまう。
数刻前まで、ベッドの上で、私は、今目の前にいてほほ笑んでくれている姪っ子のことを想像しながら…恋人のことを想いながら…
(ううん。ちゃんと洗ったから、大丈夫…)
未来の目を見つめる。未来はじっと黙ったまま、嬉しそうに、私の目を見返してくれる。その瞳の中に私の姿が映りこみ、未来の中に今、私がいるんだな、と思ってしまう。
「…うん」
私はそっと手を差し伸べると、指先でそっと未来の手に触れ、そして、そっと握った。
手の平から未来の体温が伝わってきて、私の身体の奥からじわっとした熱が再び灯りだしてくる。
(気づかれて…いないよね)
胸の高鳴りをどうにか抑えながら、未来を見つめる。未来は私と手を握れていることが純粋に嬉しそうで、そのにこにこしている顔を見ていると、あんなことをしていた私の手を、綺麗なままの未来が握ってくれていることにある種の悦びを感じてしまい、私の心の中のざわつきが大きくなってくる。
(私、やっぱり、駄目だなぁ…)
そう思いつつ、手をぎゅっと握り返す。
未来もまた、同じように、ぎゅぎゅっと握り返してくれる。
この手のつながりが、心のつながりと連動しているようで、私はそのまま未来にひきつられてパーティ会場である未来の家の中へと入っていった。
■■■■■
「浩平さん、このたびはおめでとうございます」
「有難うございます…いや、恥ずかしい」
そう言いながら頭をかいている浩平さんは、照れながら笑顔を返してくれる。その瞳の色は未来と同じ色をしていて、血がつながっている親子なんだな、と感じ取れてしまう。
(そのあなたの娘さんと、私、お付き合いさせてもらっています)
口に出せるわけはないので、心の中でそう思う。
今日は未来との関係を告白に来たのではなく、浩平さんと新しい奥さんとの門出を祝いにきたのだから、当たり前のことだけども。
「でも…沙織さんに来ていただいて、嬉しいです」
浩平さんはそう言いながら、部屋に飾っている写真の方を見た。
私の部屋にも、同じ人の写真が飾ってある。
(姉さん…)
私の大好きな姉さん。私が愛して、手に入れられなかった姉さん。目の前の男の人のものになった姉さん。そして、もうこの世にはいない、姉さん。
「そう、ですね…」
この人は、私の中にあった姉さんへの想いに、たぶん気づいている。気づいていながら、それでもちゃんと、まっすぐに私に向き合ってくれて、何も隠さずに全部吐露してくれている。
(私とは、違うな)
私なんて、言えない秘密ばかりなのに。
そう思いながら、乾いた口調で言葉をかえした。
「姉さんもきっと、喜んでくれていると思いますよ」
「ならいいのですが…」
浩平さんは少しだけ物思いに沈んだ後、顔をあげ、晴れやかな表情になって、私に料理をすすめてきた。
「せっかくのホームパーティなので、大したもてなしはできませんが、どうか楽しんでいってください」
テーブルには所狭しとたくさんの料理が並んでいる。そのどれもが美味しそうで…そのどれもが、姉さんの作ってくれた料理とは少しずつ違っていた。
(新しい家族に、なるんだな)
と思うと、どうしても寂しい想いが湧いてくる。こうやって姉さんは、生活の一部から思い出の一部へと変わっていくんだろうな。
「はじめまして、沙織先生」
物思いにふけっていた私を現実へと引き戻したのは、キッチンから出てきたエプロン姿の女性だった。
見るからに柔らかい雰囲気の人で、活発だった姉さんとは趣が180度ほど違って見える。家の空気と雰囲気をかえているこの女性が、本日のもう一人の主役である浩平さんの新しい奥さんだった。
「はじめまして…今日は本当に、おめでとうございます」
「有難うございます。沙織先生のことは、玲央からよく聞いています。いたらない息子ですが、息子ともども、どうか宜しくお願いします」
「玲央くん、学校でもいい子ですよ」
そう言いながら、(でも、金髪に三連ピアスは…うちの学校でもちょっと浮いてますけど)とは続けることができなかった。
私は高校教師で、私の受け持っているクラスには未来も玲央くんも所属している。
(未来は…私の恋人で、姉の旦那の娘で姪っ子で)
(玲央くんは…姉の旦那の再婚相手の連れ子で)
(そして二人とも、私の受け持ちの生徒…)
なんか、複雑な関係だ。
そんなことを考えていたら、すっと手首をつままれた。
「沙織さん、こっちに座ろうよ。茜先生の作ってくれた料理、すごく美味しいよ」
「…未来ちゃん、私のこと、茜先生じゃなくって、お母さん、って言ってくれていいのよ」
「うん。分かった、茜先生!」
まったく分かっていない未来が楽しそうに笑いながら、私の腕を引いていく。
茜先生はそれでもにこにこ笑っている。本当に、優しい人だ。
「早くはやくー」
未来のこの態度が嬉しくて、くすぐったくて、でも少しだけ、胸の奥にちくんと突き刺さる。
(今の私と未来の関係は、恋人同士じゃなくって、叔母と姪っ子なんだから)
周囲にバレないようにしないといけない。
バレてしまったら一巻の終わりだ。
この和やかな再婚を祝うホームパーティの雰囲気が、とたんに南極の冬になってしまうだろう。
ひやひやしている私とは裏腹に、楽しそうな未来。
私はテーブルの方へと連れていかれる。
その途中で、部屋の片隅に所在投げにたっている男の子の姿が見えた。
金髪で、耳に三連ピアスをしていて、先ほど話題に出た男の子。
藤原玲央…今はもう、苗字が変わって星野玲央になるのか。
私の受け持ちの生徒でもあるその玲央くんは、私と未来を見て、ほんの少しだけ戸惑っているように見える。
(なんだろう?)
違和感を感じる。
優しい目つきなのだけど、その中に動揺が隠されているようにみえる。
静かで透明な視線。
その奥に、なにか理解しきれない感情が混じっている。
(…大丈夫、だよね。私、うまい具合にやれてるよね)
姪っ子に手を引かれる叔母の姿なんて、別に普通の姿と思う。確かに、年の割には少し親密すぎるようにみえるかもしれないけど…十分、普通の範囲内のはずだ。
テーブルについて、私の隣に当然のように未来が座る。
衣擦れの音がして、料理の匂いと未来の匂いが混じりあって私の中に入ってきて、心臓が高鳴るのが分かる。
「これとこれ、とっても美味しそうだよ」
未来はてきぱきと小皿に料理を取り分けると、私の前に置いて、そして唇を私の耳元に近づけてきた。
そして、そっと、囁く。
「…ごめんね、沙織さん。私たちの事…玲央に話しちゃった」
手にしたスプーンを落としてしまった。
からん、と音がして、スプーンが床に転がる。
動揺したまま、私はテーブルの下へと身をおろした。未来も一緒に、テーブルの下に潜り込む。
「話したって…あの…なにを…どこまで…」
「…私と沙織さんが付き合っているって…全部」
この子は。
まったく、この子は…。
ごめんなさい、と目を閉じて謝ってくる未来に対して、怒る気にはなれない。やばいなぁ、と思うことはあっても、私が未来に対して悪い感情を抱くことなんでできるはずがないのだ。
(そう考えれば)
先ほどの、玲央くんの態度にも合点がいく。
(そうか…知られちゃったか…)
知られたというか、自らバラしてしまったみたいだけど。
どんな堅固なダムだって、ほんの小さなひび割れからすべてが崩壊することだってある。
私と未来との関係は、ガラスの橋だ。
見た目は綺麗でキラキラ輝いているけど、その実、脆くて壊れやすい、渡るには危ない繊細な橋だ。
私と未来はその上をスキップしながら歩いていて、後ろから聞こえてくるガラスの割れる音には気づかないふりをしているだけに過ぎないのだろう。
ごめんなさい、と、また小さく謝ってくる未来を見て、私はそっと手を伸ばした。
ここはテーブルの下。
いったいどれだけ長い時間、スプーンを拾っているのだろうと思われてしまうかもしれない。しかも、2人で。
でも、まぁ、そんなことは関係ない。
大事なのは、いま、私の恋人が震えているということだけだ。
(いいのよ、未来)
私は小さくそう伝えると、未来の頬を撫でた。白絹のようなきめ細やかな肌。27差の私とは違う、15歳の瑞々しい若さ。
全てが愛おしい。
私の中に、この子を責める気持ちなんて1ミクロンも存在しない。
私はこの子のためなら…何を捨ててもかまわない。
私がこの子との関係を周囲に知られるのを恐れているのは、私が失うのが怖いからではなく、そのせいでこの子との関係が終わってしまうのが、壊れてしまうのが怖いからだ。
(大丈夫)
なにが大丈夫かは分からないけど、そう言って、私は落ちていたスプーンを拾いあげた。
テーブルの下から元いた場所に戻る。
ざわめき、人の声、キャンドルの光、料理の匂い。
視線を感じる。
確かめるまでもない、玲央くんの視線だ。
隣に、未来が戻る。
可愛い私の恋人。
(もう…この子には、バレているんだよね)
そう思うと、まぁいいか、と思ってしまう。
私はテーブルの下で、左手で、未来の右手をぎゅっと握った。
その手は誰にも見られていない。テーブルの下、隠れた場所。
「…沙織…さん…」
少し顔を赤らめ、うつむく未来。可愛い。
もうちょっと手をいじっちゃおう。すりすり。
ぞんぶんに未来を堪能した後、私は私を見つめている玲央くんを見つめ返した。
そして、にっこり笑うと、未来の手を握っていない右手をあげて、玲央くんに手をふる。
(あはは)
何やってるんだろうね、私。
玲央くんは問いかけもせず、責めるような顔もみせず、逆に所在なげにちょっと混乱しているようにも見える。
さて、これからどうしようか。
とりあえず今は未来の手の平の感触と未来の反応を楽しむことにする。
(とりあえず明日にでも、玲央くんを指導室にまで呼び出そうか)
(いろいろ話をしないといけない…だろうし)
あはは。
職権乱用だぁ。
(駄目教師)
(色ボケ教師)
(ばーかばーか)
そんな事を思いながら、ふと、また別のことを思い出す。
いま、未来の手のひらを楽しんでいる、私の左手。
この手は。
(今朝…いろいろと…)
しちゃった、手、だった。
とたんに、顔が真っ赤になる。
そんな手で、未来を、触って、いま、あは。
あの時濡れていたのとは違う液体が手のひらに滲んでしまう。汗、かいてる。未来も、おんなじ。二人とも、手汗が、混じって、あれ、これ。
(やばい、なぁ)
ホームパーティはこの後つつがなく終わり、私は無事に?一日を終えることができたのだけど、残った思い出はこのテーブルの手の平のことだけだった。
明日からどうなるか分からない。
道がどこに続いているのかも分からない。
ガラスの橋はもう壊れているのかもしれない。
もしかして、もう堕ちている最中なのかもしれない。
けれど、私は。
未来の残滓を残した手のひらをそっと胸に押し当てて。
ただ、幸せを感じていた。
私は未来の家の前に立つと、胸に手を当てた。
今日の私は、淡い青のブラウスに白いスカート。気合も入りすぎているわけでなく、かといってラフすぎもしない、ちょうどいい心持ちの格好だと思う。
チャイムを押す前に一呼吸する。
(よし、行くか)
そう決意して、指をそっとチャイムにあてる。
押す。
中からぱたぱたと走ってくる足音がする。その足音を聞くだけで、誰が出迎えてくれるかが分かった。
「沙織さんっ!」
ほらね。
勢いよく開いた扉から、私の大事な彼女…未来の顔が現れた。私の顔を見た瞬間、未来の表情がぱぁっと明るくなるのが分かる。嬉しそうで、でも少しだけ照れているようなその笑顔。
(私も今、同じような表情しているんだろうな…)
そう思いながら、胸がきゅっと締まるのを感じる。
「待ってました!もうみんなほとんど集まってくれてますよ」
「…うん。あ、おめでとう、未来」
「おめでとうはお父さんに言ってあげてください♪」
未来はそう言うと、玄関前に一歩出てきてくれた。
その距離が妙に近くて、未来の香りが届いてくる。心臓がどくんとなるのが分かる。
「もう茜先生も待ってくれてますし、どうぞ入ってください…っ」
そして、自然に手が差し伸べられてくる。
未来の手。白くて、可愛い。
私もその手を握り返そうとして…止まる。
(手…私…)
思い出してしまう。
数刻前まで、ベッドの上で、私は、今目の前にいてほほ笑んでくれている姪っ子のことを想像しながら…恋人のことを想いながら…
(ううん。ちゃんと洗ったから、大丈夫…)
未来の目を見つめる。未来はじっと黙ったまま、嬉しそうに、私の目を見返してくれる。その瞳の中に私の姿が映りこみ、未来の中に今、私がいるんだな、と思ってしまう。
「…うん」
私はそっと手を差し伸べると、指先でそっと未来の手に触れ、そして、そっと握った。
手の平から未来の体温が伝わってきて、私の身体の奥からじわっとした熱が再び灯りだしてくる。
(気づかれて…いないよね)
胸の高鳴りをどうにか抑えながら、未来を見つめる。未来は私と手を握れていることが純粋に嬉しそうで、そのにこにこしている顔を見ていると、あんなことをしていた私の手を、綺麗なままの未来が握ってくれていることにある種の悦びを感じてしまい、私の心の中のざわつきが大きくなってくる。
(私、やっぱり、駄目だなぁ…)
そう思いつつ、手をぎゅっと握り返す。
未来もまた、同じように、ぎゅぎゅっと握り返してくれる。
この手のつながりが、心のつながりと連動しているようで、私はそのまま未来にひきつられてパーティ会場である未来の家の中へと入っていった。
■■■■■
「浩平さん、このたびはおめでとうございます」
「有難うございます…いや、恥ずかしい」
そう言いながら頭をかいている浩平さんは、照れながら笑顔を返してくれる。その瞳の色は未来と同じ色をしていて、血がつながっている親子なんだな、と感じ取れてしまう。
(そのあなたの娘さんと、私、お付き合いさせてもらっています)
口に出せるわけはないので、心の中でそう思う。
今日は未来との関係を告白に来たのではなく、浩平さんと新しい奥さんとの門出を祝いにきたのだから、当たり前のことだけども。
「でも…沙織さんに来ていただいて、嬉しいです」
浩平さんはそう言いながら、部屋に飾っている写真の方を見た。
私の部屋にも、同じ人の写真が飾ってある。
(姉さん…)
私の大好きな姉さん。私が愛して、手に入れられなかった姉さん。目の前の男の人のものになった姉さん。そして、もうこの世にはいない、姉さん。
「そう、ですね…」
この人は、私の中にあった姉さんへの想いに、たぶん気づいている。気づいていながら、それでもちゃんと、まっすぐに私に向き合ってくれて、何も隠さずに全部吐露してくれている。
(私とは、違うな)
私なんて、言えない秘密ばかりなのに。
そう思いながら、乾いた口調で言葉をかえした。
「姉さんもきっと、喜んでくれていると思いますよ」
「ならいいのですが…」
浩平さんは少しだけ物思いに沈んだ後、顔をあげ、晴れやかな表情になって、私に料理をすすめてきた。
「せっかくのホームパーティなので、大したもてなしはできませんが、どうか楽しんでいってください」
テーブルには所狭しとたくさんの料理が並んでいる。そのどれもが美味しそうで…そのどれもが、姉さんの作ってくれた料理とは少しずつ違っていた。
(新しい家族に、なるんだな)
と思うと、どうしても寂しい想いが湧いてくる。こうやって姉さんは、生活の一部から思い出の一部へと変わっていくんだろうな。
「はじめまして、沙織先生」
物思いにふけっていた私を現実へと引き戻したのは、キッチンから出てきたエプロン姿の女性だった。
見るからに柔らかい雰囲気の人で、活発だった姉さんとは趣が180度ほど違って見える。家の空気と雰囲気をかえているこの女性が、本日のもう一人の主役である浩平さんの新しい奥さんだった。
「はじめまして…今日は本当に、おめでとうございます」
「有難うございます。沙織先生のことは、玲央からよく聞いています。いたらない息子ですが、息子ともども、どうか宜しくお願いします」
「玲央くん、学校でもいい子ですよ」
そう言いながら、(でも、金髪に三連ピアスは…うちの学校でもちょっと浮いてますけど)とは続けることができなかった。
私は高校教師で、私の受け持っているクラスには未来も玲央くんも所属している。
(未来は…私の恋人で、姉の旦那の娘で姪っ子で)
(玲央くんは…姉の旦那の再婚相手の連れ子で)
(そして二人とも、私の受け持ちの生徒…)
なんか、複雑な関係だ。
そんなことを考えていたら、すっと手首をつままれた。
「沙織さん、こっちに座ろうよ。茜先生の作ってくれた料理、すごく美味しいよ」
「…未来ちゃん、私のこと、茜先生じゃなくって、お母さん、って言ってくれていいのよ」
「うん。分かった、茜先生!」
まったく分かっていない未来が楽しそうに笑いながら、私の腕を引いていく。
茜先生はそれでもにこにこ笑っている。本当に、優しい人だ。
「早くはやくー」
未来のこの態度が嬉しくて、くすぐったくて、でも少しだけ、胸の奥にちくんと突き刺さる。
(今の私と未来の関係は、恋人同士じゃなくって、叔母と姪っ子なんだから)
周囲にバレないようにしないといけない。
バレてしまったら一巻の終わりだ。
この和やかな再婚を祝うホームパーティの雰囲気が、とたんに南極の冬になってしまうだろう。
ひやひやしている私とは裏腹に、楽しそうな未来。
私はテーブルの方へと連れていかれる。
その途中で、部屋の片隅に所在投げにたっている男の子の姿が見えた。
金髪で、耳に三連ピアスをしていて、先ほど話題に出た男の子。
藤原玲央…今はもう、苗字が変わって星野玲央になるのか。
私の受け持ちの生徒でもあるその玲央くんは、私と未来を見て、ほんの少しだけ戸惑っているように見える。
(なんだろう?)
違和感を感じる。
優しい目つきなのだけど、その中に動揺が隠されているようにみえる。
静かで透明な視線。
その奥に、なにか理解しきれない感情が混じっている。
(…大丈夫、だよね。私、うまい具合にやれてるよね)
姪っ子に手を引かれる叔母の姿なんて、別に普通の姿と思う。確かに、年の割には少し親密すぎるようにみえるかもしれないけど…十分、普通の範囲内のはずだ。
テーブルについて、私の隣に当然のように未来が座る。
衣擦れの音がして、料理の匂いと未来の匂いが混じりあって私の中に入ってきて、心臓が高鳴るのが分かる。
「これとこれ、とっても美味しそうだよ」
未来はてきぱきと小皿に料理を取り分けると、私の前に置いて、そして唇を私の耳元に近づけてきた。
そして、そっと、囁く。
「…ごめんね、沙織さん。私たちの事…玲央に話しちゃった」
手にしたスプーンを落としてしまった。
からん、と音がして、スプーンが床に転がる。
動揺したまま、私はテーブルの下へと身をおろした。未来も一緒に、テーブルの下に潜り込む。
「話したって…あの…なにを…どこまで…」
「…私と沙織さんが付き合っているって…全部」
この子は。
まったく、この子は…。
ごめんなさい、と目を閉じて謝ってくる未来に対して、怒る気にはなれない。やばいなぁ、と思うことはあっても、私が未来に対して悪い感情を抱くことなんでできるはずがないのだ。
(そう考えれば)
先ほどの、玲央くんの態度にも合点がいく。
(そうか…知られちゃったか…)
知られたというか、自らバラしてしまったみたいだけど。
どんな堅固なダムだって、ほんの小さなひび割れからすべてが崩壊することだってある。
私と未来との関係は、ガラスの橋だ。
見た目は綺麗でキラキラ輝いているけど、その実、脆くて壊れやすい、渡るには危ない繊細な橋だ。
私と未来はその上をスキップしながら歩いていて、後ろから聞こえてくるガラスの割れる音には気づかないふりをしているだけに過ぎないのだろう。
ごめんなさい、と、また小さく謝ってくる未来を見て、私はそっと手を伸ばした。
ここはテーブルの下。
いったいどれだけ長い時間、スプーンを拾っているのだろうと思われてしまうかもしれない。しかも、2人で。
でも、まぁ、そんなことは関係ない。
大事なのは、いま、私の恋人が震えているということだけだ。
(いいのよ、未来)
私は小さくそう伝えると、未来の頬を撫でた。白絹のようなきめ細やかな肌。27差の私とは違う、15歳の瑞々しい若さ。
全てが愛おしい。
私の中に、この子を責める気持ちなんて1ミクロンも存在しない。
私はこの子のためなら…何を捨ててもかまわない。
私がこの子との関係を周囲に知られるのを恐れているのは、私が失うのが怖いからではなく、そのせいでこの子との関係が終わってしまうのが、壊れてしまうのが怖いからだ。
(大丈夫)
なにが大丈夫かは分からないけど、そう言って、私は落ちていたスプーンを拾いあげた。
テーブルの下から元いた場所に戻る。
ざわめき、人の声、キャンドルの光、料理の匂い。
視線を感じる。
確かめるまでもない、玲央くんの視線だ。
隣に、未来が戻る。
可愛い私の恋人。
(もう…この子には、バレているんだよね)
そう思うと、まぁいいか、と思ってしまう。
私はテーブルの下で、左手で、未来の右手をぎゅっと握った。
その手は誰にも見られていない。テーブルの下、隠れた場所。
「…沙織…さん…」
少し顔を赤らめ、うつむく未来。可愛い。
もうちょっと手をいじっちゃおう。すりすり。
ぞんぶんに未来を堪能した後、私は私を見つめている玲央くんを見つめ返した。
そして、にっこり笑うと、未来の手を握っていない右手をあげて、玲央くんに手をふる。
(あはは)
何やってるんだろうね、私。
玲央くんは問いかけもせず、責めるような顔もみせず、逆に所在なげにちょっと混乱しているようにも見える。
さて、これからどうしようか。
とりあえず今は未来の手の平の感触と未来の反応を楽しむことにする。
(とりあえず明日にでも、玲央くんを指導室にまで呼び出そうか)
(いろいろ話をしないといけない…だろうし)
あはは。
職権乱用だぁ。
(駄目教師)
(色ボケ教師)
(ばーかばーか)
そんな事を思いながら、ふと、また別のことを思い出す。
いま、未来の手のひらを楽しんでいる、私の左手。
この手は。
(今朝…いろいろと…)
しちゃった、手、だった。
とたんに、顔が真っ赤になる。
そんな手で、未来を、触って、いま、あは。
あの時濡れていたのとは違う液体が手のひらに滲んでしまう。汗、かいてる。未来も、おんなじ。二人とも、手汗が、混じって、あれ、これ。
(やばい、なぁ)
ホームパーティはこの後つつがなく終わり、私は無事に?一日を終えることができたのだけど、残った思い出はこのテーブルの手の平のことだけだった。
明日からどうなるか分からない。
道がどこに続いているのかも分からない。
ガラスの橋はもう壊れているのかもしれない。
もしかして、もう堕ちている最中なのかもしれない。
けれど、私は。
未来の残滓を残した手のひらをそっと胸に押し当てて。
ただ、幸せを感じていた。
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明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
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そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
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