恋してしまった、それだけのこと

雄樹

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第六章【未来15歳/沙織27歳】

第78話 【閑話休題⑨】それぞれの秋

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~ケース① 凛と葵の場合~


 夏休みが終わって一か月が過ぎた。
 まだ残暑は厳しいのだけど、それでも吹いてくる風の中に秋の訪れを感じることができる。
 私は手にしていた本を閉じると、部屋の中で大きな背伸びをした。

(…思えばこの本が、私と未来との最初のつながりだったんだよね)

 表紙を見る。黒い背景にどこか遠くを見つめているような男の姿。スティーブン・キングの名著「デッドゾーン」だった。

(キングの本の中でどれが一番好きかって話をして…それで二人とも、おんなじ題名を言って…あの日が初対面だったのに、なんかすごく嬉しくて…)

 そして私は、恋をしたんだ。

「未来」

 ここにはいない、好きな人の名前を口に出す。自分が出した言葉が、自分の耳に入ってきて、心がぽわっと暖かくなる。
 やっぱり、好き。
 未来が好きな人が私じゃないって分かっている。
 分かっているけど、でも、好きな気持ちはとめられない。

「好き…」

 ぽつりと、つぶやく。
 もちろん、返事はないのだけど。

 がらん、と、部屋の扉が開いた。
 光が差し込んでくる。
 未来…が来るわけがない。姿を現したのは、私のふたご、葵だった。

「凛、ただいま」
「葵、おかえり」

 私と違ってショートカットでまとめている葵は、いつも明るくてクラスの人気者で…そして、家で2人きりの時は、自然な姿に戻る。

「…まだ、諦められないの?」
「諦められたら楽なんだけどね」

 葵は、私が未来のことが好きだって知っている。むしろ、私より知っているくらいかもしれない。私と葵はふたごだから、昔から同じ顔、同じ感情、同じ未来を持っていた…のだけど。
 最近、だんだんと私たちは変わってきている気がする。

 ちょっと前まで、部屋の中も綺麗に二等分されていた。
 私は几帳面で片づけていて、葵はわりと煩雑に物がちらかっていた。
 最初は努力して違いを出していたのだけど、その最初のずれがだんだんと大きく広がってきて、今はもう…私たち、そういえばふたごだったんだよね、ってふと思い出すくらいには変わっている気がする。

「葵、好きな人いないの?」
「凛が好き」
「…ふふ。相変わらずね」
「私が凛を好きなのは本当だよ」
「私、好きな人がいるのよ」
「知ってる。分かってる。でも、だからといって、例えば凛、私が未来のこと諦めてって言ったら、諦めて他の人好きになれる?」
「…無理ね」
「でしょう。私だって、おんなじだよ」

 部屋の中、椅子に座っている私。葵は私の足元にちょこんと座ると、私を見上げてきた。

「好きって、気持ち悪いね」
「…なによ、葵。哲学的なこと言って」
「もやもやする。凛には幸せになってもらいたいんだけど、なら凛と未来が付き合って幸せになっているところを想像したら、そんなの嫌だ、壊しちゃいたいって思っちゃう」
「安心して。私と未来が付き合う未来は…ないから」

 言ってて寂しくなるけど、事実だから仕方ない。
 そして、だからと言ってこの恋心を消すことができないことも、仕方がない。

「本音を言ったら、凛が文芸部にいるのも嫌なんだよ?だって未来とずっと一緒にいるじゃない。凛、嬉しそうなのに…苦しそうなんだもん」
「…私はこれでいいのよ」

 少しでも好きな人の近くにいれれば、それだけで、いい。

「ふーん…そうか」
「そうよ」
「実らない恋、してるね」
「それはお互い様でしょ?」
「違いないね…」

 葵は床に座ったままで、私の足に頬ずりをしてきた。私は黙ってそれを受け入れる。いつもの事だったからだ。
 しばらくそうした後、葵がぼそっとつぶやいてきた。

「凛、小説書いて」
「…いつも書いてるわよ」
「それは知ってる。私のリクエストの小説、書いてほしい」
「いいわよ。どんな話」
「禁断の恋に溺れる姉妹の話」
「…」
「主役の名前は葵。ヒロインは凛」
「あなた、ねぇ」
「いいじゃない、妄想するくらい」

 そして、見上げてくる。
 私と同じ顔…同じだった顔。最近はだんだんと変わってきた、私の大事なふたごの顔。
 やれやれ、と私はため息をついた。

「…まぁ、今は読書の秋、だしね」
「そうそう、それそれ」
「短い話でいい?」
「うん…凛、大好き!」

 私はノートを広げて、ペンを手に取る。
 葵は立ち上がって、嬉しそうに私の背中に覆いかぶさってくる。邪魔。書きにくいじゃない。

 でもまぁ…こんな日があっても。
 たまには、いいかな。



■■■■■

~ケース② 颯真と美月の場合~


 リフティングをする。
 白と黒のボールがくるくる回っている。
 グラウンドの中、サッカー部員たちがせわしなく駆け回っている。

 俺はその中で、ずっと黙ってボールを見つめながら足を動かしていた。

「颯真ー!こっちにボール回してくれ!」
「…はいよっと」

 蹴る。
 ボールは俺の想像した通りの放物線を描いて、声をかけていたチームメイトの方へと飛んでいった。

「ナイス!」
「まぁな」

 風を感じる。
 秋の風。
 夏のインターハイはいいところまで行ったけど、結局負けてしまった。
 俺はサッカーの特待生としてこの学校に入学したから、もっといい結果を出したかったな、とも思う。
 まぁ、今はまだ高校1年生。残り2年間も高校生活は残っている。

「その間に…結果を出せば、いいか」

 飛べるような晴天。雲一つない空。

 俺にはサッカーさえあればいい…そう考えたら、単純な人生、なのかもしれない。
 単純になろうとしているだけかもしれないけど。

 夏はほとんどサッカーだけで終わってしまった。
 朝から晩まで、白黒のボールを追いかけるだけの日々。それは単純化された幸せでもあったのだけど。

(美月には悪いこと…したかな)

 恋人の美月。
 小学校からの幼馴染で、ずっとずっと一緒にいて…そして高校は離れ離れになってしまった大切な人。

 離れていても、心はつながっている…はず、だけど。
 日々の忙殺の中で、ふと、美月の存在を忘れてしまっている瞬間を感じることがある。
 毎日メッセージはしている…けど、その頻度も、少しずつ、少しずつ減ってきているような。

(ちゃんと好き、なんだけどな)

 でも、とも思う。
 俺は昔、未来のことが好きだった。でも失恋してしまい…失恋というか、未来は最初からずっと他に好きな人がいたから、そもそも勝負の場にすら立てていなかったのだけど。
 それで結局、美月と付き合うことになった。
 そして美月のことが好きになった。
 恋心って、永遠のものじゃないかもしれない。
 変わっていくものなのかも。
 いま、美月のことが好きだけど、この気持ちだって変わるかもしれない。

(結局、最後まで変わらず俺の傍にいてくれるのは、サッカーだけなのかな)

 白と黒の入り混じったボールを見つめる。
 ボールを追いかける。

 走る。
 前へ。前へ。

(だから…)

 この先に、美月に、会いに行こう。
 次の休みにでも、部活休んで会いに行こう。

 何もしないと変わっていくなら…何かをしよう。
 行動しよう。

 あいつの笑顔を…見に行こう。



■■■■■

~ケース③ 玲央とつむぎの場合~


 バスケットボールを転がす。
 それをつむぎが追いかけていく。

「れおにー!とったー!」
「おー、えらいぞー」

 今日は日曜日。
 母さんも浩平さんも家にいる。
 浩平さんのこと…まだなかなか親父とはいえないけど、そのうち慣れてくるのかな。

 未来は出かけている。
 出かける時、嬉しそうな顔していたから…たぶん、好きな女のところに会いにいっているんだろうな。
 好きな女…

(水瀬先生、か)

 なんて不条理なことしている女なんだろう、わが義妹は。
 女同士で、12歳も歳が離れていて、叔母と姪っ子で、教師と先生なのに。

(でも)

 あんなに人を愛することって、できるもんなんだな。
 好きな人がいない俺には分からない。
 まっすぐに突き進むあのパワーは、あの小さい体のどこに潜んでいるのだろうか?

「れおにー!もういっかい!もういっかい!」
「よーし、ほら!」

 バスケットボールをまた転がす。
 つむぎが可愛い大型犬のように、とてとて歩いてそれを追いかけている。

「平和だなぁ…」

 母さんが淹れているコーヒーの匂いがする。浩平さんはそれを飲みながら、新聞を読んでいる。
 そんな浩平さんを、母さんはにこにこ眺めている。

「れおにー!とったー!えらいー!」
「おぉー、えらいぞー」

 満面の笑みで手を振るつむぎを見て、なんか、幸せを感じる。

 新しい家族。
 暖かい家族。

 この家族の中に、未来もいる。

 だから、俺は。
 あいつの事を…

 守ってやらなきゃ、いけないんだろうな。

 だって俺は、あいつの。
 義兄、だから、な。



■■■■■


~ケース④ 神美羅先輩と楼蘭先輩の場合~


「…うーん、蘭子…もう少し眠らせて…」
「はいはい、どれくらい寝るの」
「あと500年くらい…」
「永遠に寝ててもいいのよ?」

 秋の部室。
 今日は私と由良の2人しかいない。

 未来も凛も、顧問の水瀬先生も、みんな用事でもあるらしく部室には来ていなかった。

 そして私の前には部室に持ち込まれた毛布が転がっていて、その中でもぞもぞ動いているのが幼馴染と言う名の腐れ縁でつながった神美羅由良だった。
 誰が見ても美人というほかない優れた容姿を持つその彼女は、国宝級の美しさをほこる輝く銀髪を無駄に毛布にくるみつつ、惰眠を貪っていた。

「由良、あんたどうしていつもそんなに寝てるのよ」
「だって私、吸血鬼だから」
「はいはい、それはもう聞き飽きたわ」

 足を伸ばして、毛布をぐいぐいと蹴る。
 そのたびに、「うぎゃー」「しぬー」「へるしんぐー」と悲鳴があがるけど、ていよく無視することにする。

「今年の文化祭、どうするの?何かいいアイディアとかあるの?」
「まかせてー」
「本当にまかせて大丈夫?」
「タイタニック号にのった気持ちでまかせてー」
「沈む未来しか見えないわね」

 そう返しながらも、なんだかんだいって、由良が失敗した光景なんて見たこともないし、想像することもできない。

 この怠惰で惰眠な自称吸血鬼さんは、「容姿端麗」「成績優秀」という四字熟語もちゃんと合わせ持っている、なんだかんだで私の自慢の幼馴染でもあるのだ。

「蘭子がいるから安心だよ。ちゃんとサポートお願いね」
「はいはい」

 この子に頼られるのは、悪い気がしない。
 うん、訂正する。
 嬉しい。

 嬉しいけど、それを知られるとなんか腹が立ちそうなので、意味もなくもう一度毛布を蹴ってみた。

「ぎゃふん」
「…本当にぎゃふんっていう女、初めて見たわ…」

 秋の文芸部は、こんな感じ。




■■■■■


~ケース⑤ 結城美麗と結城綾奈の場合~



「何回、いった?」
「…数えきれない」

 ベッドの中で姉さんの指が動き、そのたびに私の頭が真っ白に溶ける。

 この指が、好き。
 吐息が、好き。
 濡れる身体の中が、好き。

「綾奈…」
「なに、美麗?」
「もっと…して」
「うん」


 食欲の秋。
 読書の秋。
 スポーツの秋。

 そして。

 性欲の、秋。


「あ」

 また、いきそう。

 秋の夜は長いから…

 あと何回、いかしてもらえるか、な。
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