恋してしまった、それだけのこと

雄樹

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第七章【未来16歳/沙織28歳】

第94話 本を作ろう【未来16歳/沙織28歳】

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 8月に東京で行われる「東京ファンマーケット」
 そこに参加するのが、私たち文芸部…ううん、生徒会の目的だった。

 サークルとして参加するのだから、必要になるものは、配布物。私たちの場合は、もちろん、本。いわゆる同人誌を製作しなくてはならない。

(…楽しい)

 私は、本を読むのも、本を書くのも大好きで、しかも今回は、それをみんなで持ち合って一冊の本にするのだから、いつもよりも何倍も楽しかった。
 ついつい、筆がのり、長編になってしまいそうになる。
 個人で出す本ならともかく、今回はみんなで出す本なのだから、私だけが多くのページ数を使うわけにはいかない。考えて、調整して、また書き始めて。

(楽しい楽しい楽しい)

 文字を書くのって、頭の中にある妄想を形にするのって、どうしてこんなに楽しいのだろう。
 私は小学校の頃からずっと使っている万年筆をにぎると、思いのたけを原稿用紙の上で形にしていく。
 まるで文字が躍っているようで、楽しくて、放課後生徒会室にいったら、

「…うわぁ」

 朝比奈さんと、葵が机の上に突っ伏していた。

「…何にも思い浮かびません…」
「凛は…やっぱりすごいな…」

 考えてみれば、普段小説を書いている私や凛とは違って、今まで経験したことがない人にとってみれば、物を書く、という行為自体が難しいものなのは明白だった。

「あはは、楽しんでいるみたいだね」

 部屋の片隅に自分のスペースを作って横たわっていた神美羅先輩が、嬉しそうにそう言った。もう7月に入り暖かくなってきたので、さすがに毛布は畳んでしまってある。今は薄いブランケットをかけている。

「楽しい…あたしは苦しいですけど…」
「その苦しさが、楽しいってことだよ」

 神美羅先輩は本当に嬉しそうだ。ちなみに神美羅先輩はすでに原稿を提出していて、その中身は吸血鬼とヒバゴンがアルプスの山頂で中身に餡などを入れた円盤状の焼き菓子の命名権をかけてオセロで勝負するという、いつも通りのぶっとんだ内容だった。

「はい、みんな、同人誌制作も大事だけど、今は目の前にやることが山積みなんだから、先にそっちを片付けましょうね」

 生徒会長の凛が、手にした資料をぱたんと閉じて、そのまま朝比奈さんや葵に声をかける。朝比奈さんは、普段の活発な彼女からは想像もできないような、まるでゾンビのように緩慢に立ち上がると、思わず弱音を吐きだした。

「これに加えて生徒会の仕事もなんて…大変さ2倍どころか、3倍くらいになってません?」
「それがいいんだよ♪」

 働け若人~、と茶化す神美羅先輩が、いつも通り楼蘭先輩に軽く叩かれて、その音を合図として生徒会の業務が始まる。
 7月の生徒会の業務は思ったよりもたくさんある。
 たとえば、夏休み前の準備…終業式関連の書類準備や、イベントの告知。それに2学期に行われる文化祭の準備や、生徒総会のための資料作成。他にもアンケートで集めた生徒の声をまとめたり、その他もろもろ、あげていけばもうきりがない。

「物語考えるより、こっちの方が何倍も楽だよ…」

 葵はそう言いながら、てきぱきと動いている。凛の役にたてるのが嬉しいみたいで、本当、生き生きとしているから、見ているこっちも頑張らないと、という気分にさせてくれる。

 私と雪原くんは主に書類整理を頑張って、朝比奈さんは広報活動や他のクラブへの連絡などを積極的にやってくれている。
 分からないことができたら楼蘭先輩か葵に相談して、みんながうまく動けるように凛が的確に指示をだしてくれている。

 神美羅先輩はたいてい寝たり遊んでいたりしているように見えるんだけど、気が付いたら一番成果を残しているので、この人だけは本当によく分からない。

「みんな、お疲れ様」
「どんな感じかしら?」

 そう言いながら部屋に入ってきたのは、顧問の結城先生と、沙織さん。
 沙織さんは追加の資料を持ってきていて、結城先生はビニール袋の中にジュースをたくさん詰めてきてくれている。

「わー、飴と鞭がいっぺんにきたー」

 朝比奈さんがそう言ってぺたんと椅子に座りこむ。

(飴と鞭…沙織さんが来てくれたから、飴と飴と飴だよ)

 心の中で、そう思う。そして、思いながら沙織さんを見る。沙織さんは少し頬を赤らめて、あえて私の視線を逃した…のがしたのだけど、耳の後ろまで真っ赤になっている。あぁ、今、私、沙織さんと同じ部屋の中にいるんだぁ、と思うと、それだけで心が7月の陽射しの暖かさを超えて、真っ赤に色づいていく。

「楽しいねぇ」

 神美羅先輩が、もう一度いった。
 わちゃわちゃしている生徒会室。やることは山積みで、仕事が一つ終わったかと思うと、机の上に新しい仕事が二つ載ってくる状態。
 みんな何かしら動いていて、しかもこの仕事がひと段落したら、今度は文芸部としての同人誌制作という活動が待っていて。
 それだけじゃなく、もうすぐ期末テストも始まる。

 あまりにも忙しくて、あまりにもバタバタしていて、あまりにも…

(うん、楽しい、かも)

 なんていうか、使い古された言葉かもしれないけど、それでも、今の私たちを一言で表すとしたら、私たち、今、最高に「青春」していた。



■■■■■


 そんな慌ただしい時間はあっという間に過ぎて行って。
 昼間の太陽の位置もどんどんと高くなってきていて。
 暖かい、というより、暑い、という時期になり、太陽の光の表現もギラギラ、に変わる。

 期末テストが始まり、期末テストが終わった。

 かえってきた成績を見て、

「…ふっ」

 思わず、へんな笑い声が出てしまった。
 私は頑張った。できるだけの頑張りはしたと思う。
 けど、今回は掲示板に私の名前は載っていなかった。上がるのは一歩一歩ゆるやかだったのに、落ちる時は一瞬だな、と世間の厳しさをこの歳で知ることになってしまった。

(にもかかわらず)

 成績優秀者の一番トップに書いている名前は、「白鷺凛」

(凛が一番忙しいのに、いったいいつ勉強しているんだろう?)

 そう思うけど、凛がずっと頑張っているのを見ているし知っているから、素直に誇らしくなる。私の親友は…すごい。
 すごいといえば、掲示板に書かれた1年生の成績トップのところには「雪原遼」、そして3年生の成績トップは「神美羅由良」と、もはやおなじみになった名前が書いてあった。
 やっぱりすごいなぁ…神美羅先輩にいたっては、試験期間中に68×48のマス内に777個の爆弾が仕掛けられているマインスイーパーをクリアしたって喜んでいたくらいなのに…いや、あの人、本当にいつ勉強しているの!?

「よーし、頑張るぞー!」

 私は両手をあげて、大きな声をあげた。
 周りにいた人がびくっとして私を見るのが分かる。えへへ。少しだけ恥ずかしいけど、まぁ、いいや。

 私はまるでスキップでもするかのような足取りで、もはや自分の居場所となった生徒会室へと向かったのだった。



■■■■■


「…これでみなさんの原稿すべて集まりました…本当、お疲れさまでした」

 厚くなった原稿用紙の束を机の上でとんとんとしながら、沙織さんがそう言ってくれた。
 生徒会室の中に、ほっとした空気が流れる。

「終わった…の?」
「編集作業や印刷所への連絡など、まだまだやることはたくさんありますけどね」

 沙織さんはにっこり笑う。げーっとした顔をする朝比奈さんが、一周回って可愛くて仕方ない。
 ちなみに、一番苦労していた朝比奈さんの出した原稿の内容は、流行に左右されないオシャレの心構え、というエッセイだった。

(物語なんてかけませんー!)

 と嘆いていた彼女に対して、凛が「難しいこと考えなくていいのよ。自分の得意なことをいかせばいいの。私に出来なくて、朝比奈さんならできることってあるでしょう?私は、それが見たいわ」とアドバイスをした結果できた作品だった。
 読んでみたら、すごく面白かった。面白いと思ったから、朝比奈さんに伝えたら顔をふにゃふにゃにして喜んでくれていた。

「えへへ…星野先輩にそう褒められると嬉しいですねーまた書こうかな」

 なんて言ってくれたのが、私も、とても嬉しい。

「それにしても…」

 原稿に目を通しながら、沙織さんが笑った。

「本当に、みんな、いろいろ書いてきたわね」

 見事に、みんな書いてきたジャンルはバラバラだった。
 神美羅先輩はくだんのヒバゴンと吸血鬼の話を書いてきて、それに楼蘭先輩の書いた緻密なイラストが添えられていた。
 点描画で書かれたヒバゴンと吸血鬼の姿は、もはやシュールさを通り越して一種の芸術作品のように感じられた。

 朝比奈さんがエッセイを書いたのに対して、同じ1年生の雪原くんが書いてきたのは俳句だった。

「結局、僕はなんか制約があった方が書きやすいみたいです」

 雪原くんはそう言いながら謙遜していたんだけど、それを読んだ朝比奈さんが「すごいよ雪原くん、なんかこう、えーっと、すごいよ!」と独特の感性でほめたたえていて、それを聞いた雪原くんは顔を真っ赤に染めていた。嬉しかったんだな、すごく。

 凛が書いてきたのは、得意とする百合小説で、全員の文章全てを合わせたよりも多くの分量の大作だった。出来上がる本の半分くらいは凛の小説になりそう。中身は、報われない恋心に燃やされる女の子の話。読んでいて、なぜか凛のことを感じて、胸が締め付けられる。
 そして葵が書いてきたのは…

「生徒会長観察日記」

 みんなが書いてきた作品の中で、唯一ボツをくらった作品だった。

「えー、ひどい」
「…なに考えているのよ、葵」

 普段温厚な凛が、額に青筋立てて怒っているのを初めて見たかもしれない。
 ちらりと見えたその原稿には、生徒会長…凛の普段の生活のこまやかなところが赤裸々に書かれていた…トイレに行った回数まで記録しているのは、さすがにやりすぎだとは思う…

 そして、私が書いたのは、童話だった。
 水色のゾウさんが、ピンクのカバさんとお話する話。
 つぐみと話ながら、つむぎが喜んでくれた、他愛もない話だった。けど、読んだ凛はすごく嬉しそうで、「これを巻頭にしよう」と言ってくれた。

「それにしても、みんな、すごいわね」

 生徒会室の端っこにたっていた結城先生が、素直に私たちを褒めてくれる。その単純な賞賛が、なにより本当の感想に感じられて、嬉しくなる。

「それじゃ、みんな、もうすぐ夏休みに入るけど、生徒会はやることがたくさんあるし、夏の合宿に向けての準備もまだまだ残っていますから、油断せず、乗り切っていきましょうね」

 沙織さんがそう言う。
 すらっとしたスーツ姿で、正しくて、しゃきっとしていて、もう頭のてっぺんからつま先の先まで、完璧に教師していた。

 トントントン。

 沙織さんは右耳を人差し指で3回たたいた。
 私の胸が、ぽぅっと暖かくなる。

 入学前から決めている、私と沙織さんだけの、秘密の挨拶。
 いまでも時折、沙織さんがしてくれる、ずっと続いている、2人だけの、秘密。

(右耳を人差し指で3回たたくのは)
(愛してる)
(っていう、秘密の挨拶)

 好き。
 大好き。
 ずっと、ずーっと、好き。


 もうすぐ夏休み。
 もうすぐ合宿。

 …沙織さんと、一泊。
 まわりにみんなはいるけど…でも、それでも。

 いつもと違う場所で、もっと、沙織さんと。

 深いこと、したい。

 私はそっと、唇に手を触れた。
 そして、沙織さんの唇を見る。

 あ。

 沙織さんも、私、見てる。

 見られちゃった。
 唇見てるとこ…唇、触っているところ。

 顔、真っ赤。
 沙織さんの顔、真っ赤。

 たぶん、私の顔も真っ赤。


 まるで、私たち2人の間にだけ、夏を通り越して秋が来たみたいだった。
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