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最終章【未来17歳/沙織29歳】
第106話 【閑話休題⑮】生徒会長選挙前夜②
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■ 朝比奈樹里愛の場合 ■
「あたし、生徒会長選挙に、立候補しますっ!」
そう宣言すると、あたしは生徒会室で胸をはった。みんなぽかんとした表情であたしを見つめている。ふっふっふ、ここまでは想定の範囲内(難しい言葉をつかってみた)。
みんな、あたしが生徒会長やれるだなんて思ってもいなかっただろうから。
あたしだって思っていなかった。あたしみたいな馬鹿が生徒会長目指そうとするなんて、そんな無謀な事、考えもしなかった。
(でも)
遼くんが、あたしの背中を押してくれたんだ。
そもそも、あたしが生徒会長に立候補しようと思ったのは、決意したのは、遼くんとデートしている時だった。
楽しいね、と言いながらデートして、でも、生徒会が解散したら寂しいね、って言っていたら、「…朝比奈さんなら…できると思うよ」って言ってくれたんだ。
(あの時、目の前がぱぁって明るく光ったような気がした)
今思い出しても、胸が熱くなる。
諦めて、寂しがっているだけじゃ、何も変わらない。
自分で行動しないと、何も変わらない。
…自分で行動すれば…何かを変えることができる。
(そもそも、あたしが最初、文芸部に入ろうと思ったのは、ラブレターを書きたかったからだ)
水瀬先生が黒板に書かれている文字を見て、綺麗だな、私も書きたいな、って思って。それで、入部して、頑張って、結局文芸部は生徒会になっちゃったけど、その生徒会の仕事も頑張って、そして、
(ラブレターを、書いて)
隣の遼くんを見る。あたしの大事な彼氏。
頑張って書いたラブレターで…気持ちを伝えた、あたしの恋人。
(それに、会長だって)
あたしの憧れの人。
好きな人に笑ってほしい、ただそれだけの理由で文芸部を捨てる決意で生徒会長選挙に立候補して…神美羅先輩のおかげで会長一人きりになることは無かったけど、でも、そこまでの覚悟を持って立ち上がった人。
覚悟して、行動されたから、周りを変えることができた人。
(あたしだって、変わりたい…あたしだって、変えたい)
だから、あたしは、変えるんだ。
「あたし、生徒会長選挙に、立候補しますっ!」
あたしはもう一度そう宣言すると、会長に向かって手を伸ばした。
「会長はあたしの憧れです。あたし、会長みたいになりたいんです。あたし、頑張りいます。絶対に、会長のあとをついで、素敵な生徒会を残します…っ。だから、だから会長に、あたしの…」
息を吸い込む。目を閉じる。頑張れ、がんばれ、あたし。
あたしは目を開けて、想いを告げる。
「応援演説を、お願いしたいんですっ」
あたしは会長に手を伸ばす。
そして、今まで何度もなんども、あたしを助けてくれた手を待つ。会長から差し伸べられるのを待つ。
待って、まって、時間がたって。
あたしの差し出した手は掴み返されることはなく、会長はたんたんと、しかし、はっきりとあたしにこう告げたのだった。
「朝比奈さんの気持ちは分かった。けどね、私は朝比奈さんに協力することは…できないわ」
■白鷺凛の場合■
朝比奈さんは可愛い。
この場合の「可愛い」というのは、文字通りの見た目が可愛い、という意味もあるけど、それ以上に全身から漂ってくる雰囲気や行動から受ける印象が可愛い、と言う方が大きかった。
(この子は、愛される子だ)
私とは違って、と思う。
私はクールとか落ち着いているとか言われることがあるけど、それはただ単に、私が他人にあまり興味を抱いていないから、というのが原因だと思う。
私にとって一番大切なのは未来の幸せを願うことだけで、次点は葵の事、それから先は十把一絡げで等しく平等に無価値なものだった。
(…そう。無価値、だったんだ)
今では、私も少し変わってきたと思う。変えてくれたのは未来であり、葵や神美羅先輩であり、私に関わってくれたいろんな人たちだ。
(今の私は、昔の私より、人が好きだ)
もちろん依然として優先順位というものは残っているけど、それでもその他全てを無価値だと思うことはなくなり、世界の中に私がいてもいい、と思えるようになってきた。
(たぶん、いいことなんだろうな)
いい風に変われたんだろうな、と思う。
特に、生徒会長になってからは、より自分は変わっていけたと思う。
氷のロボットみたいだった私は、その表面をみんなの暖かさで溶かされて、中からむき出しのまだ人には慣れていないけど、それでも慣れていこうとしている自分、というものがおそるおそる顔をだしてきていると思う。
朝比奈さんを見る。
私に手を伸ばしている朝比奈さん。私に応援演説を頼んでいる朝比奈さん。
(思えば)
去年の生徒会長選挙の時、私が応援演説をお願いしたのは神美羅先輩だった。あの時、私が神美羅先輩を頼ったのは、それが一番、選挙に勝てる方法だと思ったから。選挙戦当時、人気という点で葵に劣っていた私が選挙に勝つためには、神美羅先輩というより人気のある人を味方に引き込む必要があると思ったから。
(ひどいな、私。お世話になった先輩を、ただ利用しようとしていただけだったんだもの)
でも、神美羅先輩は私のそんな目論見を全部理解した上で引き受けてくれて、そしてそれ以上に、
(私を、救ってくれた)
私のことを思って、どうすれば私にとって一番いいのかを考えてくれて、神美羅先輩は行動してくれた。
もう一度、朝比奈さんを見る。
差し出した手が震えている。緊張しているのが分かる。この子は可愛い。この子は純粋だ。
この子が私に応援演説を頼んできたのは、純粋に好意からだと分かる。去年の私とは違う。私の場合は計算で、この子の場合は本心だ。
(だからこそ)
あの時、神美羅先輩が私にしてくれたように、私もこの子に対して…一番、この子が助かる道を考えてあげなくてはならない。
「朝比奈さんの気持ちは分かった。けどね、私は朝比奈さんに協力することは…できないわ」
そう告げる。
私の場合と、この子の場合とでは取り巻く環境が違う。
去年の私には、何の後ろ盾も無かった。だからこそ神美羅先輩に助けてもらって、私は選挙戦を勝ち抜くことができた。
けれど、朝比奈さんの場合はどうだろう?
この子は一年間、私の下で生徒会として頑張ってきた。それは誰もが認める実績だ。でも、だからこそ、私が応援演説に入ったとしたら、
(私の跡を、彼女が継ぐだけになる…彼女自身が勝ち取ったのではなく、ただたんに、譲られただけになる)
それが彼女の為になるのだろうか?
与えてもらった地位に価値などあるのだろうか?
私たちが継いでいかないといけないのは、立場などではなく、精神なのではないだろうか?
(私が、神美羅先輩に救われたように)
私が神美羅先輩から引き継いだものは、他者を思える力であり、そのおかげで私は少し変わることができた。
だから私が彼女に出来ることは…
「朝比奈さん、あなたを応援するのに一番ふさわしい人は、私じゃない。他にいるでしょう?あなたのことを、一番大事に考えてくれている人が?」
そう言うと、朝比奈さんの隣に座っている、背の低い男の子を見る。
小さくて目立たないけど、でもその瞳の中に強い意志を秘めている子…私なんかより、自分の方がふさわしいんだと…込める想いを持っている子。
「雪原くん。あなたが」
私はほほ笑んだ。
大丈夫だ…この子たちなら、大丈夫だ。
「朝比奈さんの応援演説を、やりたいんでしょう?」
■雪原遼の場合■
会長が僕を見て、僕の名前を呼んだ。
見透かされた気がした。
気がした…のではなく、見透かされていた。
(応援演説)
生徒会長立候補者を支える演説。
選挙戦の結果に直結する…大事な役割。
(会長が朝比奈さんのバックアップにはいってくれたら、絶対に選挙に勝てる)
僕はそう思っていた。
だから、朝比奈さんに、「生徒会長選挙に立候補するなら、会長に演説を頼むのがいいと思うよ…会長は優しいから、絶対に引き受けてくれると思うから」と告げていた。
…告げながら、少し心の中がじくじくとしていた。
(本当は僕が一番役に立ちたい)
朝比奈さんの役に立ちたい。
大事な彼女の…役に立ちたい。
朝比奈さんは、僕の彼女だ。生まれて初めての彼女で…そして僕を優しく暖かく照らしてくれる太陽だ。
あの日。
朝比奈さんから呼び出されて、手紙を渡された日。
僕の人生は変わったんだ。
生まれて初めてもらったラブレター。
人の気持ちって、あんなにまっすぐに心の中に入ってくることができるんだ。届けることができるんだ。
僕の彼女はすごい。
僕は彼女に変えられた。
僕が文芸部に入った理由を思い出す。
僕はもう卒業されてしまった、自由奔放に生きている神美羅先輩に憧れて文芸部に入った。自分を変えたい、と思って入部した。
(…まさか、文芸部から生徒会に所属が変わることになるとは、夢にも思っていなかったけど)
その奔放さもまた神美羅先輩のすごいところで、憧れはより強くなっていた。
僕は、変わりたいと思っていた。
でも、今の僕はどうだろう?
神美羅先輩に変えてもらって、朝比奈さんに変えてもらって、まわりのみんなに変えてもらって…
(僕が自分自身で変えていることなんて、何もないんじゃないか?)
正直な話、僕は頭がいい方だと思う。テストではいつも学年トップだし、勉強で分からないことや詰まることなんて今まで何もなかった。
僕は偉い。
僕は賢い。
偉くて賢いから、この選挙戦でも恋人の朝比奈さんが勝つために一番いい方法を模索することができるし、こうして影の軍師として動くことが一番僕の性に合っているし、一番朝比奈さんの役に立っている。
僕は偉くてクールで賢いから、会長が笑って口にした
「朝比奈さんの応援演説を、やりたいんでしょう?」
という馬鹿げた提案を、理論立ててうまく否定して会長に朝比奈さんの応援演説を引き受けてもらうように行動しなくてはいけない。
だから、僕は。
ニヤリと、冷静に、きわめて的確に、いかにも想定の範囲内だったという風にクールに会長の言葉を否定しながら言論をつづけなければ…
「…当たり前じゃないですか」
あれ?
何を言っているんだ、僕?
はいはい、やり直し。
口が滑っちゃった。ここは冷静になって、会長に朝比奈さんの応援演説をお願いしなくては…
「会長なんかに、まかせるわけにはいきません…朝比奈さんに…朝比奈さんの応援をするのに一番ふさわしいのは…僕なんだっ」
馬鹿。何いってるんだ、僕。
冷静になれ。熱くなってどうする?
それが朝比奈さんの為になるとでも思っているのか?
落ち着け、落ち着け、落ち着け…
「ごめん、朝比奈さんっ。僕が最初に言い出したことなのに、でもやっぱり、嫌だ。嫌なんだ。君が前に出る時、その隣に立っているのが僕じゃないのは…嫌なんだ」
馬鹿。
馬鹿。
ばーか。
本音を言うなんて、僕の、馬鹿。
「会長が応援演説に入ってくれたら、この選挙、絶対に勝てる。絶対、絶対だよ。100%だ。でも、僕なんかが応援しても、君は勝てないかもしれない…君は負けるかもしれない…だから、君のことを想うなら、会長にまかせるべきだんだ。でも、でもね。応援させてほしい。精一杯頑張るから、だから、僕に、君のことを…」
見つめる。
生徒会室にいるみんなではなく、隣に立っている人を。
僕の彼女を。
僕の一番大事な人で…僕が想う、この学校で一番、次期生徒会長にふさわしいと思っている人を。
「僕に、君の応援演説をさせてほしいんだ」
一瞬、きょとんとする朝比奈さん。
ギャルの朝比奈さん。
メイクもばっちり決まっていて、派手でキラキラしていて、そして誰よりも…優しい朝比奈さん。
そんな朝比奈さんが、顔をくしゃくしゃにしながら、せっかく整えたメイクをぐしゃぐしゃにしながら、泣いていた。
僕が…泣かせた。
「…嬉しいよぅ」
えづきながら、朝比奈さんが言う。
「遼くんに応援してもらえるの…一番…嬉しいよぅ…」
朝比奈さんの鳴き声は普段の明るい彼女とはまるで違ってよわよわしいのに、けれど、どんな大きな声よりもはっきりと僕の胸に突き刺さってきた。
こんな僕たちを見ながら。
僕たちの目標である会長は…いたって冷静でクールで…あるように見せながら、でもその表情の中に柔らかな優しさをにじませながら、言った。
「…ほら、やっぱり君は…最高の応援演説をするじゃないか」
やっぱりまだ僕は、この人にかなわないなぁ。
■篠宮ひかりの場合■
「新聞部の篠宮ですっ!今回生徒会長選挙に立候補された朝比奈樹里愛さんに、突撃インタビューさせてもらっていますっ!」
自分で自分を客観視するような言葉をいいながら、私は手帳をてにしたまま朝比奈さんの前に立っていた。
朝比奈さんはクラスは違うけど、私と同学年、2年生だ。
正直、朝比奈さんが生徒会長に立候補するとは思ってもみなかった。
そりゃぁ、たしかにこの一年間、生徒会で頑張っていた姿は見ていたけど…けれど、あの神美羅先輩や現会長の白鷺凛先輩と比べて、悪い言い方だけど、一段劣っている人材だと思っていたからだ。
(能力的には、普通。白鷺会長のバックアップを受けて、やっと戦えるっていうところかな)
それが、まさか、応援演説を白鷺会長に頼まないとは夢にも思っていなかった。
現生徒会メンバーであるというアドバンテージをかなぐり捨ててくるなんて、がぜん興味がわいたので直撃インタビューをしてみた、というわけだった。
「このたび、どうして生徒会長に立候補されようと思ったんですか?」
定番の質問をしてみる。
たぶん、この一年間生徒会で培ってきた経験をいかしてとか、よりよい学校を作りたいからだとか、そういう返事が返ってくるんだろうな、と想定しての質問だった。
朝比奈さんは私の質問に、まっすぐと答えてきた。
その答えは、私の想定の範囲外だった。
「あたしが、一番生徒会長に相応しいからです」
見た目はギャル。
口調もギャル。
なのに…この醸し出す雰囲気は…いったいどこから来ているのだろう?
面白い。
「それは…どうしてそう思われるのですか?」
質問をする。
朝比奈さんは、胸に手をあてると、自信満々に、一点の曇りもない爽やかで輝く笑顔と共に、はっきりと答えた。
「あたしが一番信頼している人が、あたしを一番、応援してくれているからです!」
理由になっていない。
理由になんてなっていないけど…それがあまりにも堂々としていて、なぜか私も納得してしまい…
「あははっ」
面白さがこみあげてくる。
この人は…あの偉大な神美羅先輩とも、歴代最高の生徒会長ともいわれている現生徒会長の白鷺会長ともまったく違うけど、けれど、何かがある。
周囲の人をひきつけてやまない、何かが。
私は思わず、首にかけていた愛機のカメラを取り出すと、
「ちょっと一枚、いいですか?」
と尋ねた。
朝比奈さんは…生徒会長立候補者は…このギャルは…
「もちろんっ」
というと、満面の笑顔で、ギャルピースをしたのだった。
「あたし、生徒会長選挙に、立候補しますっ!」
そう宣言すると、あたしは生徒会室で胸をはった。みんなぽかんとした表情であたしを見つめている。ふっふっふ、ここまでは想定の範囲内(難しい言葉をつかってみた)。
みんな、あたしが生徒会長やれるだなんて思ってもいなかっただろうから。
あたしだって思っていなかった。あたしみたいな馬鹿が生徒会長目指そうとするなんて、そんな無謀な事、考えもしなかった。
(でも)
遼くんが、あたしの背中を押してくれたんだ。
そもそも、あたしが生徒会長に立候補しようと思ったのは、決意したのは、遼くんとデートしている時だった。
楽しいね、と言いながらデートして、でも、生徒会が解散したら寂しいね、って言っていたら、「…朝比奈さんなら…できると思うよ」って言ってくれたんだ。
(あの時、目の前がぱぁって明るく光ったような気がした)
今思い出しても、胸が熱くなる。
諦めて、寂しがっているだけじゃ、何も変わらない。
自分で行動しないと、何も変わらない。
…自分で行動すれば…何かを変えることができる。
(そもそも、あたしが最初、文芸部に入ろうと思ったのは、ラブレターを書きたかったからだ)
水瀬先生が黒板に書かれている文字を見て、綺麗だな、私も書きたいな、って思って。それで、入部して、頑張って、結局文芸部は生徒会になっちゃったけど、その生徒会の仕事も頑張って、そして、
(ラブレターを、書いて)
隣の遼くんを見る。あたしの大事な彼氏。
頑張って書いたラブレターで…気持ちを伝えた、あたしの恋人。
(それに、会長だって)
あたしの憧れの人。
好きな人に笑ってほしい、ただそれだけの理由で文芸部を捨てる決意で生徒会長選挙に立候補して…神美羅先輩のおかげで会長一人きりになることは無かったけど、でも、そこまでの覚悟を持って立ち上がった人。
覚悟して、行動されたから、周りを変えることができた人。
(あたしだって、変わりたい…あたしだって、変えたい)
だから、あたしは、変えるんだ。
「あたし、生徒会長選挙に、立候補しますっ!」
あたしはもう一度そう宣言すると、会長に向かって手を伸ばした。
「会長はあたしの憧れです。あたし、会長みたいになりたいんです。あたし、頑張りいます。絶対に、会長のあとをついで、素敵な生徒会を残します…っ。だから、だから会長に、あたしの…」
息を吸い込む。目を閉じる。頑張れ、がんばれ、あたし。
あたしは目を開けて、想いを告げる。
「応援演説を、お願いしたいんですっ」
あたしは会長に手を伸ばす。
そして、今まで何度もなんども、あたしを助けてくれた手を待つ。会長から差し伸べられるのを待つ。
待って、まって、時間がたって。
あたしの差し出した手は掴み返されることはなく、会長はたんたんと、しかし、はっきりとあたしにこう告げたのだった。
「朝比奈さんの気持ちは分かった。けどね、私は朝比奈さんに協力することは…できないわ」
■白鷺凛の場合■
朝比奈さんは可愛い。
この場合の「可愛い」というのは、文字通りの見た目が可愛い、という意味もあるけど、それ以上に全身から漂ってくる雰囲気や行動から受ける印象が可愛い、と言う方が大きかった。
(この子は、愛される子だ)
私とは違って、と思う。
私はクールとか落ち着いているとか言われることがあるけど、それはただ単に、私が他人にあまり興味を抱いていないから、というのが原因だと思う。
私にとって一番大切なのは未来の幸せを願うことだけで、次点は葵の事、それから先は十把一絡げで等しく平等に無価値なものだった。
(…そう。無価値、だったんだ)
今では、私も少し変わってきたと思う。変えてくれたのは未来であり、葵や神美羅先輩であり、私に関わってくれたいろんな人たちだ。
(今の私は、昔の私より、人が好きだ)
もちろん依然として優先順位というものは残っているけど、それでもその他全てを無価値だと思うことはなくなり、世界の中に私がいてもいい、と思えるようになってきた。
(たぶん、いいことなんだろうな)
いい風に変われたんだろうな、と思う。
特に、生徒会長になってからは、より自分は変わっていけたと思う。
氷のロボットみたいだった私は、その表面をみんなの暖かさで溶かされて、中からむき出しのまだ人には慣れていないけど、それでも慣れていこうとしている自分、というものがおそるおそる顔をだしてきていると思う。
朝比奈さんを見る。
私に手を伸ばしている朝比奈さん。私に応援演説を頼んでいる朝比奈さん。
(思えば)
去年の生徒会長選挙の時、私が応援演説をお願いしたのは神美羅先輩だった。あの時、私が神美羅先輩を頼ったのは、それが一番、選挙に勝てる方法だと思ったから。選挙戦当時、人気という点で葵に劣っていた私が選挙に勝つためには、神美羅先輩というより人気のある人を味方に引き込む必要があると思ったから。
(ひどいな、私。お世話になった先輩を、ただ利用しようとしていただけだったんだもの)
でも、神美羅先輩は私のそんな目論見を全部理解した上で引き受けてくれて、そしてそれ以上に、
(私を、救ってくれた)
私のことを思って、どうすれば私にとって一番いいのかを考えてくれて、神美羅先輩は行動してくれた。
もう一度、朝比奈さんを見る。
差し出した手が震えている。緊張しているのが分かる。この子は可愛い。この子は純粋だ。
この子が私に応援演説を頼んできたのは、純粋に好意からだと分かる。去年の私とは違う。私の場合は計算で、この子の場合は本心だ。
(だからこそ)
あの時、神美羅先輩が私にしてくれたように、私もこの子に対して…一番、この子が助かる道を考えてあげなくてはならない。
「朝比奈さんの気持ちは分かった。けどね、私は朝比奈さんに協力することは…できないわ」
そう告げる。
私の場合と、この子の場合とでは取り巻く環境が違う。
去年の私には、何の後ろ盾も無かった。だからこそ神美羅先輩に助けてもらって、私は選挙戦を勝ち抜くことができた。
けれど、朝比奈さんの場合はどうだろう?
この子は一年間、私の下で生徒会として頑張ってきた。それは誰もが認める実績だ。でも、だからこそ、私が応援演説に入ったとしたら、
(私の跡を、彼女が継ぐだけになる…彼女自身が勝ち取ったのではなく、ただたんに、譲られただけになる)
それが彼女の為になるのだろうか?
与えてもらった地位に価値などあるのだろうか?
私たちが継いでいかないといけないのは、立場などではなく、精神なのではないだろうか?
(私が、神美羅先輩に救われたように)
私が神美羅先輩から引き継いだものは、他者を思える力であり、そのおかげで私は少し変わることができた。
だから私が彼女に出来ることは…
「朝比奈さん、あなたを応援するのに一番ふさわしい人は、私じゃない。他にいるでしょう?あなたのことを、一番大事に考えてくれている人が?」
そう言うと、朝比奈さんの隣に座っている、背の低い男の子を見る。
小さくて目立たないけど、でもその瞳の中に強い意志を秘めている子…私なんかより、自分の方がふさわしいんだと…込める想いを持っている子。
「雪原くん。あなたが」
私はほほ笑んだ。
大丈夫だ…この子たちなら、大丈夫だ。
「朝比奈さんの応援演説を、やりたいんでしょう?」
■雪原遼の場合■
会長が僕を見て、僕の名前を呼んだ。
見透かされた気がした。
気がした…のではなく、見透かされていた。
(応援演説)
生徒会長立候補者を支える演説。
選挙戦の結果に直結する…大事な役割。
(会長が朝比奈さんのバックアップにはいってくれたら、絶対に選挙に勝てる)
僕はそう思っていた。
だから、朝比奈さんに、「生徒会長選挙に立候補するなら、会長に演説を頼むのがいいと思うよ…会長は優しいから、絶対に引き受けてくれると思うから」と告げていた。
…告げながら、少し心の中がじくじくとしていた。
(本当は僕が一番役に立ちたい)
朝比奈さんの役に立ちたい。
大事な彼女の…役に立ちたい。
朝比奈さんは、僕の彼女だ。生まれて初めての彼女で…そして僕を優しく暖かく照らしてくれる太陽だ。
あの日。
朝比奈さんから呼び出されて、手紙を渡された日。
僕の人生は変わったんだ。
生まれて初めてもらったラブレター。
人の気持ちって、あんなにまっすぐに心の中に入ってくることができるんだ。届けることができるんだ。
僕の彼女はすごい。
僕は彼女に変えられた。
僕が文芸部に入った理由を思い出す。
僕はもう卒業されてしまった、自由奔放に生きている神美羅先輩に憧れて文芸部に入った。自分を変えたい、と思って入部した。
(…まさか、文芸部から生徒会に所属が変わることになるとは、夢にも思っていなかったけど)
その奔放さもまた神美羅先輩のすごいところで、憧れはより強くなっていた。
僕は、変わりたいと思っていた。
でも、今の僕はどうだろう?
神美羅先輩に変えてもらって、朝比奈さんに変えてもらって、まわりのみんなに変えてもらって…
(僕が自分自身で変えていることなんて、何もないんじゃないか?)
正直な話、僕は頭がいい方だと思う。テストではいつも学年トップだし、勉強で分からないことや詰まることなんて今まで何もなかった。
僕は偉い。
僕は賢い。
偉くて賢いから、この選挙戦でも恋人の朝比奈さんが勝つために一番いい方法を模索することができるし、こうして影の軍師として動くことが一番僕の性に合っているし、一番朝比奈さんの役に立っている。
僕は偉くてクールで賢いから、会長が笑って口にした
「朝比奈さんの応援演説を、やりたいんでしょう?」
という馬鹿げた提案を、理論立ててうまく否定して会長に朝比奈さんの応援演説を引き受けてもらうように行動しなくてはいけない。
だから、僕は。
ニヤリと、冷静に、きわめて的確に、いかにも想定の範囲内だったという風にクールに会長の言葉を否定しながら言論をつづけなければ…
「…当たり前じゃないですか」
あれ?
何を言っているんだ、僕?
はいはい、やり直し。
口が滑っちゃった。ここは冷静になって、会長に朝比奈さんの応援演説をお願いしなくては…
「会長なんかに、まかせるわけにはいきません…朝比奈さんに…朝比奈さんの応援をするのに一番ふさわしいのは…僕なんだっ」
馬鹿。何いってるんだ、僕。
冷静になれ。熱くなってどうする?
それが朝比奈さんの為になるとでも思っているのか?
落ち着け、落ち着け、落ち着け…
「ごめん、朝比奈さんっ。僕が最初に言い出したことなのに、でもやっぱり、嫌だ。嫌なんだ。君が前に出る時、その隣に立っているのが僕じゃないのは…嫌なんだ」
馬鹿。
馬鹿。
ばーか。
本音を言うなんて、僕の、馬鹿。
「会長が応援演説に入ってくれたら、この選挙、絶対に勝てる。絶対、絶対だよ。100%だ。でも、僕なんかが応援しても、君は勝てないかもしれない…君は負けるかもしれない…だから、君のことを想うなら、会長にまかせるべきだんだ。でも、でもね。応援させてほしい。精一杯頑張るから、だから、僕に、君のことを…」
見つめる。
生徒会室にいるみんなではなく、隣に立っている人を。
僕の彼女を。
僕の一番大事な人で…僕が想う、この学校で一番、次期生徒会長にふさわしいと思っている人を。
「僕に、君の応援演説をさせてほしいんだ」
一瞬、きょとんとする朝比奈さん。
ギャルの朝比奈さん。
メイクもばっちり決まっていて、派手でキラキラしていて、そして誰よりも…優しい朝比奈さん。
そんな朝比奈さんが、顔をくしゃくしゃにしながら、せっかく整えたメイクをぐしゃぐしゃにしながら、泣いていた。
僕が…泣かせた。
「…嬉しいよぅ」
えづきながら、朝比奈さんが言う。
「遼くんに応援してもらえるの…一番…嬉しいよぅ…」
朝比奈さんの鳴き声は普段の明るい彼女とはまるで違ってよわよわしいのに、けれど、どんな大きな声よりもはっきりと僕の胸に突き刺さってきた。
こんな僕たちを見ながら。
僕たちの目標である会長は…いたって冷静でクールで…あるように見せながら、でもその表情の中に柔らかな優しさをにじませながら、言った。
「…ほら、やっぱり君は…最高の応援演説をするじゃないか」
やっぱりまだ僕は、この人にかなわないなぁ。
■篠宮ひかりの場合■
「新聞部の篠宮ですっ!今回生徒会長選挙に立候補された朝比奈樹里愛さんに、突撃インタビューさせてもらっていますっ!」
自分で自分を客観視するような言葉をいいながら、私は手帳をてにしたまま朝比奈さんの前に立っていた。
朝比奈さんはクラスは違うけど、私と同学年、2年生だ。
正直、朝比奈さんが生徒会長に立候補するとは思ってもみなかった。
そりゃぁ、たしかにこの一年間、生徒会で頑張っていた姿は見ていたけど…けれど、あの神美羅先輩や現会長の白鷺凛先輩と比べて、悪い言い方だけど、一段劣っている人材だと思っていたからだ。
(能力的には、普通。白鷺会長のバックアップを受けて、やっと戦えるっていうところかな)
それが、まさか、応援演説を白鷺会長に頼まないとは夢にも思っていなかった。
現生徒会メンバーであるというアドバンテージをかなぐり捨ててくるなんて、がぜん興味がわいたので直撃インタビューをしてみた、というわけだった。
「このたび、どうして生徒会長に立候補されようと思ったんですか?」
定番の質問をしてみる。
たぶん、この一年間生徒会で培ってきた経験をいかしてとか、よりよい学校を作りたいからだとか、そういう返事が返ってくるんだろうな、と想定しての質問だった。
朝比奈さんは私の質問に、まっすぐと答えてきた。
その答えは、私の想定の範囲外だった。
「あたしが、一番生徒会長に相応しいからです」
見た目はギャル。
口調もギャル。
なのに…この醸し出す雰囲気は…いったいどこから来ているのだろう?
面白い。
「それは…どうしてそう思われるのですか?」
質問をする。
朝比奈さんは、胸に手をあてると、自信満々に、一点の曇りもない爽やかで輝く笑顔と共に、はっきりと答えた。
「あたしが一番信頼している人が、あたしを一番、応援してくれているからです!」
理由になっていない。
理由になんてなっていないけど…それがあまりにも堂々としていて、なぜか私も納得してしまい…
「あははっ」
面白さがこみあげてくる。
この人は…あの偉大な神美羅先輩とも、歴代最高の生徒会長ともいわれている現生徒会長の白鷺会長ともまったく違うけど、けれど、何かがある。
周囲の人をひきつけてやまない、何かが。
私は思わず、首にかけていた愛機のカメラを取り出すと、
「ちょっと一枚、いいですか?」
と尋ねた。
朝比奈さんは…生徒会長立候補者は…このギャルは…
「もちろんっ」
というと、満面の笑顔で、ギャルピースをしたのだった。
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放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
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作者ツイッター: twitter/minori_sui
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