30 / 33
30話
しおりを挟む
教会に戻り、与えられた部屋でリネットは小さく息を吐いた。
ジゼルの葬儀に参列――とまでは言えなくても見送れてよかったとは思う。だけど、家族として参列できなかったことが、娘としてジゼルを見送れなかったことが、そしてこれまでの仕打ちがなかったかのように泣くアメリアと、それに寄り添うエイベルの姿が、胸の奥底に沈んだ澱のように沈んでしまっている。
「……どうして」
罪の意識がどうこうと、言われなくてはいけないのか。罪を意識を抱くのも、悔い改めるのも、リネットではないはずだ。
「お母さまが死なないといけなかったの。なんであの人たちは、平気そうにしているの」
自分がいなければ、と何度も考えた。自分のせいで、と何度も嘆いた。
だけど、葬儀にいた人の誰も、リネットのように嘆き、悔み、涙を流す人はいなかった。アメリアにいたっては、自らを心優しい継子に見せるための振る舞いしかしていなかった。
これまで、考えないようにしていた。ジゼルが亡くなるまでは、どうにもならないからと蓋をして、ジゼルが亡くなったあとも深く考えないように別のことに意識を向けて。
「……お母さま、私、私……」
だけど葬儀で見た光景が、受けた仕打ちが、これまで考えないようにしていたことが、一人になったとたん溢れ出してくる。
「あの人たちが、許せない」
父親も、アメリアも、蔑み見下してきたすべての人が、どうしようもなく許せない。
ジゼルが起きてきたときを考えて、心配かけないように、これ以上ジゼルが嫌な思いをしないように、我慢して従順に振る舞ってきた。だけどもう、ジゼルはいない。もう二度と笑うことも、リネットに話しかけてくることもない。
「ねえ、お母さま。私は……どうすればいいの」
だけど、リネットに彼らを断罪する力はない。魔力がないリネットでは、彼らに一矢報いろうとしても傷ひとつ負わせることはできないだろう。
そして何もなせないまま罪状だけが積み上げられ、罰を受けることは目に見えている。
「……なんで私は、こうなんだろう」
どんなに憎くてもやり返す力すらない。いやそもそも、力があればもっと大切にされていただろう。
何を思おうが、願おうが、結局は無意味だ。憎しみを自覚してしまったからこそ、無力な自分が情けなくて、どうしようもなく涙が溢れてくる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……お母さま。私が、無力なせいで……」
だからただ、謝罪だけが積み重なっていく。
ごめんなさい、と何度も何度も繰り返される部屋の中に、こんこん、と控えめなノックの音が響いた。
「リネット様。少しよろしいでしょうか」
続いて聞こえてきたのは、ローレンスの声。リネットはうわ言のように呟いていた言葉をぐっとこらえ、代わりに「どうぞ」と短く返した。
「失礼します。……大丈夫ですか?」
「私は、大丈夫です。だけどこんな見苦しい姿を見せて……申し訳ございません」
泣いていたのがわかったのだろう。心配そうな顔をするローレンスに、リネットは静かに微笑んでから小さく頭を下げた。
「そんなことはありませんよ。ただ……あなたの魔力がほとんどないという体質について話に来たのですが……もう少し落ち着いてからにしましょうか?」
「……いえ、今、お願いします。私なら大丈夫ですので、どうか教えてください」
少しでも、別のことを考えていられるならそうしたい。
リネットは涙で濡れる頬を拭い、ローレンスをじっと見つめる。その視線にローレンスが少し悩むような顔をするが、すぐにいつもと変わらない微笑みを浮かべて部屋にある椅子に腰を下ろした。
「……ほとんど魔力がなく、それでも永らえていた者についての文献が見つかりました。あなたも同じ、とは限りませんが……おそらく、似たような体質である可能性が高いです」
そこで一度言葉を切ると、ローレンスは小さく息を吐いてから言葉を続けた。
「稀に、特異な体質を持つ者が生まれることがあります。たとえば魔眼……魔力が瞳に集中し、通常の方法では魔法を発動できない代わりにその瞳を通して特殊な力を使うことができる者、眼に限らず手や足……変わったところでいけば魂なんかに力が宿る者もいるのですが……あなたの場合はより特殊な体質といえるでしょう。それこそ百年に一度……いえ、千年に一度、現れるかどうかの。だから、誰も気づかなかったのでしょう」
ローレンスの唇が弧を描く。穏やかで、優しく、安心できるような笑みなのに、なぜか不安になる。
聞いてはいけないような、知らないほうがいいような、そんな予感がする。
「魔力食い。あなたは他者の魔力を食らうことによって、永らえています」
ジゼルの葬儀に参列――とまでは言えなくても見送れてよかったとは思う。だけど、家族として参列できなかったことが、娘としてジゼルを見送れなかったことが、そしてこれまでの仕打ちがなかったかのように泣くアメリアと、それに寄り添うエイベルの姿が、胸の奥底に沈んだ澱のように沈んでしまっている。
「……どうして」
罪の意識がどうこうと、言われなくてはいけないのか。罪を意識を抱くのも、悔い改めるのも、リネットではないはずだ。
「お母さまが死なないといけなかったの。なんであの人たちは、平気そうにしているの」
自分がいなければ、と何度も考えた。自分のせいで、と何度も嘆いた。
だけど、葬儀にいた人の誰も、リネットのように嘆き、悔み、涙を流す人はいなかった。アメリアにいたっては、自らを心優しい継子に見せるための振る舞いしかしていなかった。
これまで、考えないようにしていた。ジゼルが亡くなるまでは、どうにもならないからと蓋をして、ジゼルが亡くなったあとも深く考えないように別のことに意識を向けて。
「……お母さま、私、私……」
だけど葬儀で見た光景が、受けた仕打ちが、これまで考えないようにしていたことが、一人になったとたん溢れ出してくる。
「あの人たちが、許せない」
父親も、アメリアも、蔑み見下してきたすべての人が、どうしようもなく許せない。
ジゼルが起きてきたときを考えて、心配かけないように、これ以上ジゼルが嫌な思いをしないように、我慢して従順に振る舞ってきた。だけどもう、ジゼルはいない。もう二度と笑うことも、リネットに話しかけてくることもない。
「ねえ、お母さま。私は……どうすればいいの」
だけど、リネットに彼らを断罪する力はない。魔力がないリネットでは、彼らに一矢報いろうとしても傷ひとつ負わせることはできないだろう。
そして何もなせないまま罪状だけが積み上げられ、罰を受けることは目に見えている。
「……なんで私は、こうなんだろう」
どんなに憎くてもやり返す力すらない。いやそもそも、力があればもっと大切にされていただろう。
何を思おうが、願おうが、結局は無意味だ。憎しみを自覚してしまったからこそ、無力な自分が情けなくて、どうしようもなく涙が溢れてくる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……お母さま。私が、無力なせいで……」
だからただ、謝罪だけが積み重なっていく。
ごめんなさい、と何度も何度も繰り返される部屋の中に、こんこん、と控えめなノックの音が響いた。
「リネット様。少しよろしいでしょうか」
続いて聞こえてきたのは、ローレンスの声。リネットはうわ言のように呟いていた言葉をぐっとこらえ、代わりに「どうぞ」と短く返した。
「失礼します。……大丈夫ですか?」
「私は、大丈夫です。だけどこんな見苦しい姿を見せて……申し訳ございません」
泣いていたのがわかったのだろう。心配そうな顔をするローレンスに、リネットは静かに微笑んでから小さく頭を下げた。
「そんなことはありませんよ。ただ……あなたの魔力がほとんどないという体質について話に来たのですが……もう少し落ち着いてからにしましょうか?」
「……いえ、今、お願いします。私なら大丈夫ですので、どうか教えてください」
少しでも、別のことを考えていられるならそうしたい。
リネットは涙で濡れる頬を拭い、ローレンスをじっと見つめる。その視線にローレンスが少し悩むような顔をするが、すぐにいつもと変わらない微笑みを浮かべて部屋にある椅子に腰を下ろした。
「……ほとんど魔力がなく、それでも永らえていた者についての文献が見つかりました。あなたも同じ、とは限りませんが……おそらく、似たような体質である可能性が高いです」
そこで一度言葉を切ると、ローレンスは小さく息を吐いてから言葉を続けた。
「稀に、特異な体質を持つ者が生まれることがあります。たとえば魔眼……魔力が瞳に集中し、通常の方法では魔法を発動できない代わりにその瞳を通して特殊な力を使うことができる者、眼に限らず手や足……変わったところでいけば魂なんかに力が宿る者もいるのですが……あなたの場合はより特殊な体質といえるでしょう。それこそ百年に一度……いえ、千年に一度、現れるかどうかの。だから、誰も気づかなかったのでしょう」
ローレンスの唇が弧を描く。穏やかで、優しく、安心できるような笑みなのに、なぜか不安になる。
聞いてはいけないような、知らないほうがいいような、そんな予感がする。
「魔力食い。あなたは他者の魔力を食らうことによって、永らえています」
862
あなたにおすすめの小説
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。
紺
ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」
実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて……
「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」
信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。
微ざまぁあり。
王家も我が家を馬鹿にしてますわよね
章槻雅希
ファンタジー
よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。
『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる