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11話

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 涙を振り払うようにその場から走り去り、馬車に向かう。
 会場まで送ってくれたとき、この馬車に乗っていたのは三人。私とセリーヌとシリルだ。
 だけど私ひとりだけが戻ってきたことに、御者席にいる男性がとまどったように私を見た。

「セリーヌはシリル様と一緒にいるそうなの。だから先に帰るようにと……」

 言っている意味がわかるでしょう? と涙で濡れた瞳を悲し気に細める。あの屋敷に私の味方はいない。だから当然、御者席にいる彼も私の味方ではない。
 屋敷の中で唯一のお姫様であるセリーヌがシリルとよい関係を築いているのだから、邪魔者である私を追い払う――もとい、家に帰らせるのに異論があるはずもなく。
 ゆっくりと馬車が出発する。


 そして当然のごとく、その日の晩のうちに父に呼び出された。帰ってきたセリーヌが泣きついたようで、怒りで肩を震わせている。

「ドレスを汚し、それどころか置いて帰るなど、何を考えているんだ!」
「足を痛めているのだから、そのようにふるまうべきだと思ったもので……不可抗力です」

 反省の色のないと言って、鞭が振るわれる。庇った腕の袖が切り裂かれ、肉が抉れ、滴った血が絨毯を汚す。
 ちょっとした仕置きとは違う、力任せの鞭。怒りのままに振るわれるそれは、惨たらしい傷を私の体に刻む。
 赤くなる程度のものとは違う痛みとしびれに、涙がにじむ。覚悟していたけど、痛いものは痛い。

「――これに懲りたら、もう二度と勝手な真似をするな!」

 肩で息をしながら鞭を机に置く父に、私はうなだれたまま、何も返さない。
 腕に刻まれた傷は、きっと治っても痕を残すだろう。貴族令嬢ならば――自らの体を大切に大切に扱う彼女たちなら――とうてい許容できない傷痕。

 だけど私は、自らの目的のためならこの程度は我慢できる。失われていないのなら、傷なんてどうでもいい。
 そう思ってしまう私はやはり、クラリスとは違う。きっと元々、私はこういう人間だったのだろう。


 そして翌日、当然のようにシリルが私を訪ねてきた。不快そうに歪んだ顔に、怒りに満ちた瞳。ここにもひとり、怒りのまま行動する人がいる。
 もしかしたらセリーヌは、人の感情を掻き立てる天才なのかもしれない。

「昨日のあれはなんだ……! あんな、戯言をよく言えたものだな!」
「……愛しているという言葉を、戯言だとおっしゃるのですか」
「当たり前だろう! お前のそれは愛ではない。ただの執着だ! 本当に愛しているというのなら、相手の幸せを願うものだろう。間違っても、義妹を虐げたりはしない!」

 だからクラリスは、自ら命を絶とうと決めた。本当に、彼のことを愛していたから。

「……そうおっしゃるのでしたら、話すことはありません」

 くるりと背を向けて歩き出した私の腕を、シリルが掴む。逃がさないとばかりに、力任せに。
 だけどそこには、何度も腕で受けた鞭の痕がある。

「っ……」

 はっとしたようなシリルの顔は、大げさに歪んだ私の顔のせいか、それとも白い袖を染めた赤色のせいか。
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