1 / 15
第一章:黒い子猫と転生面接
第1話 白い部屋
しおりを挟む
箱で選別。今日は、少し面白い子。
目を開けたとき、最初に見えたのは、白だった。
天井も、壁も、床も、まっさらな白で塗りつぶされている。
蛍光灯みたいな光はあるのに、どこに灯りがついているのか分からない。
病院、ではないと思う。
消毒液の匂いはしない。
周防篝《すおうかがり》は、しばらくのあいだ、ただ瞬きを繰り返していた。
体を動かそうとして、ようやく自分が椅子に座っていると気づく。
学校の椅子より少し大きくて、背もたれがやけにしっかりしている。
目の前には、同じような椅子がもう一脚と、そのあいだに白い机。
進路面談のときに使うレイアウトに、どこか似ている。
「……?」
冬の夕方。
赤信号。
ライトの光と、冷たい空気と、足もとの影。
その手前までは思い出せるのに、その先にあるはずのものが、うまく形にならない。
「お目覚めになられましたか」
不意に、声がした。
篝は、反射的に顔を上げる。
さっきまで誰も座っていなかったはずの向かいの椅子に、いつのまにか誰かがいた。
落ち着いた色のスーツに、少しゆるめに締めたネクタイ。
黒板の前に立っていても違和感のなさそうな、若い男の先生に見えるが、目元や輪郭はどこか中性的で柔らかい。
「突然のお呼び立てになってしまい、申し訳ありません。
ここは、前の世界での生活を終えられた方に、次の行き先をご案内するためのお部屋です」
前の世界。
生活を終えた。
次の行き先。
ひとつひとつの単語は理解できるのに、うまく現実とは結びつかない。
「えっと……」
口を開いたものの、続きがうまく出てこない。
自分が何を質問したいのか、まだ言葉になっていない。
向かいの存在は、篝の様子を責めるでもなく、少しだけ首をかしげた。
「順番にお話しさせていただきますね。
まず、周防篝さんは、前の世界でのお身体のほうを、すでに離れていらっしゃいます」
さらっと、「死んでいる」と同じ内容を告げられた。
それなりにショックなことのはずなのに、涙が出る感じではなかった。
頭のどこかで、「やっぱりそうか」とも思っている。
赤信号。
ライトの光。
冷たい空気。
思い出そうとすると、また同じところで記憶が途切れる。
「ご家族や、学校でのことについても、順番に整理していくことはできますが……。
今はまず、周防さんご自身のご希望と、前の世界で大事にされていたものを、うかがえればと思っています」
ご希望。
大事にしていたもの。
進路希望調査票の文言に、どこか似ている。
「……これ、進路指導、みたいなものですか」
ようやく出てきた言葉は、それだった。
向かいの存在は、少しだけ目を細める。
「そう感じていただくと、分かりやすいかもしれません。
次に向かっていただく世界や、そこで担っていただく役目について、
いくつかの選択肢をご案内しながら、私との対話を通して相談していく場になります」
誰かが喜びそうな話だな、とは思う。
篝は、自分の手のひらを見下ろした。
指先も、爪も、制服の袖口も、いつも通りに見える。
「……本当に、私は死んだんですか」
確認してみてから、自分でも少し変な質問だと思う。
さっき説明されたばかりなのに、身体に違和感がないから、頭がうまく理解できていない。
`「はい。前の世界でのお身体のほうは、すでに役目を終えられています」`
返ってきたのは、最初と同じ結論だった。
声の調子は変わらない。
それでも、「役目を終えた」という言い回しだけは、妙に耳に残る。
「どのように亡くなられたかといった詳しい事情の確認は、いったん後回しにいたします。
まずは、周防さんが前の世界でどのようなことを大事にされていたかを教えていただき、
それを共有したうえで進めていければと思います。ゆっくりで構いませんよ」
「……大事だったもの、ですか」
自分で繰り返してみても、すぐには何も出てこない。
向かいの存在は、篝が黙り込んでも急かさなかった。
「はい。前の世界で、周防さんが『これは守りたい』と感じていたものについて、教えていただければと思います。
ささいなことでも、構いません」
その問いかけに、ようやく「大事だったもの」という言葉が、篝の中で定位置を見つけはじめる。
守りたい、と感じていたもの。
家族とか、友だちとか、将来の夢とか。
そういう「模範解答」は、分かっている。
でも、本当に自分がそう思っていたかと言われると、自信がない。
篝は、そっと視線を落とした。
白い机の天板には、鉛筆の跡ひとつない。
誰かが落書きした跡も、傷も、欠けた角もない。
教室の机とは、似ているようでどこか違う。
守りたい、という言葉にだけ、心のどこかがかすかに引っかかった。
それが何なのかを探るように、篝はゆっくりと息を吐いた。
目を開けたとき、最初に見えたのは、白だった。
天井も、壁も、床も、まっさらな白で塗りつぶされている。
蛍光灯みたいな光はあるのに、どこに灯りがついているのか分からない。
病院、ではないと思う。
消毒液の匂いはしない。
周防篝《すおうかがり》は、しばらくのあいだ、ただ瞬きを繰り返していた。
体を動かそうとして、ようやく自分が椅子に座っていると気づく。
学校の椅子より少し大きくて、背もたれがやけにしっかりしている。
目の前には、同じような椅子がもう一脚と、そのあいだに白い机。
進路面談のときに使うレイアウトに、どこか似ている。
「……?」
冬の夕方。
赤信号。
ライトの光と、冷たい空気と、足もとの影。
その手前までは思い出せるのに、その先にあるはずのものが、うまく形にならない。
「お目覚めになられましたか」
不意に、声がした。
篝は、反射的に顔を上げる。
さっきまで誰も座っていなかったはずの向かいの椅子に、いつのまにか誰かがいた。
落ち着いた色のスーツに、少しゆるめに締めたネクタイ。
黒板の前に立っていても違和感のなさそうな、若い男の先生に見えるが、目元や輪郭はどこか中性的で柔らかい。
「突然のお呼び立てになってしまい、申し訳ありません。
ここは、前の世界での生活を終えられた方に、次の行き先をご案内するためのお部屋です」
前の世界。
生活を終えた。
次の行き先。
ひとつひとつの単語は理解できるのに、うまく現実とは結びつかない。
「えっと……」
口を開いたものの、続きがうまく出てこない。
自分が何を質問したいのか、まだ言葉になっていない。
向かいの存在は、篝の様子を責めるでもなく、少しだけ首をかしげた。
「順番にお話しさせていただきますね。
まず、周防篝さんは、前の世界でのお身体のほうを、すでに離れていらっしゃいます」
さらっと、「死んでいる」と同じ内容を告げられた。
それなりにショックなことのはずなのに、涙が出る感じではなかった。
頭のどこかで、「やっぱりそうか」とも思っている。
赤信号。
ライトの光。
冷たい空気。
思い出そうとすると、また同じところで記憶が途切れる。
「ご家族や、学校でのことについても、順番に整理していくことはできますが……。
今はまず、周防さんご自身のご希望と、前の世界で大事にされていたものを、うかがえればと思っています」
ご希望。
大事にしていたもの。
進路希望調査票の文言に、どこか似ている。
「……これ、進路指導、みたいなものですか」
ようやく出てきた言葉は、それだった。
向かいの存在は、少しだけ目を細める。
「そう感じていただくと、分かりやすいかもしれません。
次に向かっていただく世界や、そこで担っていただく役目について、
いくつかの選択肢をご案内しながら、私との対話を通して相談していく場になります」
誰かが喜びそうな話だな、とは思う。
篝は、自分の手のひらを見下ろした。
指先も、爪も、制服の袖口も、いつも通りに見える。
「……本当に、私は死んだんですか」
確認してみてから、自分でも少し変な質問だと思う。
さっき説明されたばかりなのに、身体に違和感がないから、頭がうまく理解できていない。
`「はい。前の世界でのお身体のほうは、すでに役目を終えられています」`
返ってきたのは、最初と同じ結論だった。
声の調子は変わらない。
それでも、「役目を終えた」という言い回しだけは、妙に耳に残る。
「どのように亡くなられたかといった詳しい事情の確認は、いったん後回しにいたします。
まずは、周防さんが前の世界でどのようなことを大事にされていたかを教えていただき、
それを共有したうえで進めていければと思います。ゆっくりで構いませんよ」
「……大事だったもの、ですか」
自分で繰り返してみても、すぐには何も出てこない。
向かいの存在は、篝が黙り込んでも急かさなかった。
「はい。前の世界で、周防さんが『これは守りたい』と感じていたものについて、教えていただければと思います。
ささいなことでも、構いません」
その問いかけに、ようやく「大事だったもの」という言葉が、篝の中で定位置を見つけはじめる。
守りたい、と感じていたもの。
家族とか、友だちとか、将来の夢とか。
そういう「模範解答」は、分かっている。
でも、本当に自分がそう思っていたかと言われると、自信がない。
篝は、そっと視線を落とした。
白い机の天板には、鉛筆の跡ひとつない。
誰かが落書きした跡も、傷も、欠けた角もない。
教室の机とは、似ているようでどこか違う。
守りたい、という言葉にだけ、心のどこかがかすかに引っかかった。
それが何なのかを探るように、篝はゆっくりと息を吐いた。
0
あなたにおすすめの小説
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~
eggy
ファンタジー
もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。
村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。
ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。
しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。
まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。
幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。
「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。
神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜
シュガーコクーン
ファンタジー
女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。
その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!
「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。
素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯
旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」
現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。
王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~
しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。
それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること!
8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。
どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ!
「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」
かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。
しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。
「今度こそ、私が世界を救って見せる!」
失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!
剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。
イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。
小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで
越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。
国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。
孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。
ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――?
(……私の体が、勝手に動いている!?)
「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」
死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?
――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる