異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―

畑野きび

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第一章:黒い子猫と転生面接

第4話 守り手の類と、自分で選ぶ名

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棚。札より、よく燃える。

 しばらくのあいだ、白い部屋には細い沈黙だけが落ちていた。

 「……その立ち位置って、具体的には何をするんですか」

 自分でも、思っていたよりまっすぐな問い方だった。

 「先ほどのお話と近いのですが……」
 「困っている方や、誤解されやすい立場の方のそばにいて、
  『助けたほうがいい』と周防さんが判断したときに、その分だけ手を伸ばしていただく。
  こちらからお願いしたいのは、そのような在り方です」

 淡々とした説明のはずなのに、「周防さん」という呼びかけだけが、やけに近く響く。

 「大げさなことをお願いしたいわけではありません」
 「周防さんの目に入る範囲で、『これは放っておきたくない』と思った相手にだけ、歩み寄っていただく。
  まずは、そのくらいのイメージで大丈夫です」

 「手の届く範囲」という言い方に、交差点の景色がまたちらつく。
 腕の中の小さな重さと、ライトの光と、ブレーキ音の気配。

 「……あの絵本の、森の奥の“魔女さん”みたいな立場は、ここではどう扱われてるんですか」

 気づけば、口が先に動いていた。

 向かいの存在の目が、わずかに見開かれる。

 「昔読まれていた、森の奥に住む方のお話ですね」

 「はい。誤解されて、怖がられて、それでも人を助ける“魔女さん”です」

 はっきりと言い切る。

 「世界が違えば呼び名は変わりますが、こちらから見ると“守り手”と“騎士”、
  そして周防さんの“魔女さん”は、同じ類の在り方です」

 守り手。
 騎士。
 ――森の奥の魔女。

 さっき思い出した絵本と、胸の奥で静かにつながる。
 助けても、怖がられて、森の奥でひとりになる魔女の姿が浮かぶ。

 「そういう立ち位置の人って、だいたい、周りから浮きますよね」

 向かいの存在は、短く瞬きをした。

 「そうですね。落ち着いた居場所を持ちにくいことが、多いかもしれません」

 言い方はやわらかいのに、「多いかもしれません」のところだけ、妙に現実的に聞こえる。

 「……そういう人たちのことを、ここではどう見てるんですか」
 「“いいことをしてる”って思ってるのか、“困った動き方だ”って思ってるのか」

 向かいの存在は、ひと息おいてから答えた。

 「私は“えらい神様そのもの”というより、行き先と在り方の分かれ道に立つ、“導き手”のひとりです」
 「ここで好悪の印を押すことは、私には許されていません」

 きれいに整った逃げ道だ。
 篝は、机の端に視線を落とす。

 向かいの存在は、自分でもそれが逃げ口上だと分かっているように、少しだけ目線を落としてから、言葉を継いだ。

 「それでも──誤解されやすい場所にいながら、
  それでも誰かを守ろうとする行いそのものについては、こちらでもきちんと敬意を向けています」

 「絵本に出てくるような人も、ですか」

 「はい。周防さんが昔から心を動かされてきた、その物語の方も含めて、です」

 魔女さんも、黒いネコも。
 自分の中では、ずっと同じ場所に並んでしまっている。

 「……さっきの在り方って、その“守り手”とか、“騎士”のどれか、ってことですよね」

 話を元の線路に戻すように、篝は問い直した。

 向かいの存在は、今度ははっきりとうなずく。

 「そうですね。そのあたりの類のひとつ、と受け取っていただければ大丈夫です」
 「その在り方は、周囲の“当たり前”から外れて見えやすいのです。
  そのせいで、『扱いにくい』と受け取られることが多くなります」

 それは、褒め言葉とも警告ともつかない言い方だった。

 ――世界のほうの都合。

 そんな言葉が、頭のどこかをかすめる。

 交差点で足を踏み出したとき、篝が見ていたのは、
 世界のバランスでも多数派の流れでもなく、ただ一匹のネコだけだった。

 「……つまり、私がやりたがっていることは、
  そっちから見ると扱いづらいってことなんですね」

 篝は、なるべく平板な声でまとめた。

 向かいの存在は、少しだけ目を伏せる。

 「周防さんが“扱いづらい”というよりも……そうですね」
 「周防さんのような動き方と、受け止める側の仕組みが、まだうまく噛み合っていないあたりだ、と考えています」

 責任の位置を、ほんの少しだけ周囲の側に寄せる言い方だった。

 「そのため、周防さんのような方にどんな位置をご案内するかについては、
  こちらも、少し慎重に選ばざるをえません」

 慎重――。
 つまり、簡単に「これが向いています」とは言えない、ということだ。

 「……だったら、最初からあまり触れないでおいてくれたほうが、親切だったかもしれませんね」

 冗談の形をしているのに、笑う気配は自分の中にほとんどなかった。

 向かいの存在は、わずかに眉を下げた。

 「周防さんが、あの場でどう動かれたかは、こちらとしても見過ごせない出来事でした」
 「そこを伏せたまま別の位置をご案内するほうが、かえって不誠実だと感じたのです」

 筋の通った答えだ。
 ――誠実ではあるけれど、優しくはない。

 篝は、その感想を胸の奥だけにしまい込み、相手の次の言葉を待った。

 「……ひとつだけ、こちらの事情について補足させてください」

 「先ほども少し触れましたが、私は『世界そのもの』ではありません。
  行き先と在り方の分かれ道に立つ、“導き手”のひとりです」

 「だから、あの交差点での“その後”も、ここでは言えないんですね」

 篝が先にまとめると、向かいの存在は小さくうなずいた。

 「はい。今この場で、私の口から『こうでした』と決めてしまうことはできません」

 さっきから何度か聞かされた制限を、短く言い直しただけだ。
 それでも、その目は一瞬だけ、申し訳なさそうに伏せられていた。

 「その代わりに──と言ってよいか分かりませんが」

 向かいの存在は、改めて篝をまっすぐ見た。

 「どこに立っていただくかを、こちらだけで決めるつもりもありません」
 「周防さんの言葉をうかがいながら、一緒に位置を決めていきたいと考えています」

 「望んでる、かどうかなんて……」

 篝は、口の中だけでつぶやいた。
 交差点で走り出したとき、自分は「望んで」動いたわけではない。
 気づいたら、もう足が動いていた。

 「先ほどお話しいただいた黒いネコのことや、
  そのとき周防さんの内側で重なっていた“森の奥の方”のイメージは、
  周防さんが何を『守りたい』と感じておられるのかを知るうえで、大事な手がかりです」

 森の奥の人――。
 その言い換えに、篝はわずかに目を細めた。

 「……今の私にできるのは、『正しい/正しくない』という印を押すことではありません」
 「むしろ、周防さんご自身に『自分はどうありたいか』を言葉にしていただくための、目安となる線を引くことです」

 引かれた線の上に、自分の足をどこまで置くのか。
 決めるのは、こちら側だと告げられている。

 「その一環として、おうかがいしたいことがあります」

 「こちら側では、周防さんに担っていただく位置を、短い名前で記録します」
 「ですが、周防さんの中で、その位置をどのように呼びたいかまでは、こちらからは決められません」

 ――どう呼びたいか。

 交差点、黒いネコ、森の奥の家。
 それらがひとつの線の上に並んでいる感覚だけは、ずっと前からあった。

 「よろしければ、その点について、周防さんの言葉をお聞かせいただけますか」
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