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第一章:黒い子猫と転生面接
第3話 守る役目
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絵本の魔女。火を抜かれた標本を抱く子。
向かいの存在は、すぐには答えなかった。
わずかに視線を落としてから、丁寧に言葉を選ぶように口を開く。
「……本来であれば、私からそのままご案内していくところなのですが」
何かまずいことでも言っただろうか、と一瞬だけ不安になる。
思い当たる節はないのに、先生に名指しで呼ばれたときみたいな落ち着かなさが、首筋のあたりにじわりと残った。
「周防さんの、交差点での『あの黒いネコだけは』という行動は、
こちらでも軽くは扱えない出来事として受け止めています」
少しだけ、胸の奥が冷える。
「ですので、この先の“役目”に関わるお話については、
私よりも上の決定権を持つ窓口から、ご案内させていただきます。
いったん、接続を切り替えてもよろしいでしょうか」
「……接続」
何をどう切り替えるのかは、よく分からない。
篝がよく分からないままうなずくと、向かいの存在は、ほっと息をつくように小さく会釈した。
「ありがとうございます。少々、お待ちください」
その言葉とほとんど同時に、白い部屋の光が、ほんのわずかに揺れた気がした。
蛍光灯でも窓でもない、どこからともなく降りてくる光が一瞬だけざらつき、すぐに元の滑らかさに戻る。
瞬きをして、もう一度、向かいを見た。
さっきまでそこにいた「若い先生」は、もういなかった。
同じ背もたれの椅子に、別の誰かが座っている。
落ち着いた色の衣服であることは変わらないのに、スーツとも制服とも言い切れない、時代の分からない装いだ。
顔立ちも年齢も、「男の人」か「女の人」かと問われても、ひとことで言い切れない。
輪郭の線だけははっきりしているのに、見れば見るほど、どこにも特徴が引っかからない。
さっきまでの「クラスにいたら女子が騒ぎそうな先生」とは、まるで別人だった。
「初めまして、周防篝さん」
声は、先ほどよりも少し低く、抑揚も少ない。
それでも、丁寧さだけは崩さない話し方だった。
「先ほどまで対応していた者から、引き継ぎを受けています。
この先のお話は、こちらの窓口からご案内いたしますね」
さっきまでの「先生」が消えて、その代わりに、
教科書の挿絵に出てくる“神様”のイメージを、そのまま静かに座らせたような存在が、向かいにいる。
いきなり担当が格上げされたみたいで、何をどう評価されたのか、まったく心当たりはない。
向かいの存在は、篝の様子を一度だけ確かめてから、ほんのわずかに姿勢を正した。
「そんなに身構えなくて大丈夫ですよ。
先ほどまでのお話の続きとして、少しだけ先の可能性を一緒に見ていくだけです」
「……ああ、はい」
少しだけ肩に入っていた力が抜ける。
特別扱いされているような、されていないような、微妙な居心地の悪さだけが残った。
「先ほどのご質問──『どういう役目か』という点について、お答えしていきます」
胸の奥で、さっき抑えられたはずのざわつきが、また少しだけ形を取り戻す。
「周防さんが、あの場面で実際に選び取られた行動に合わせるなら……そうですね、
困っている方や、誤解されやすい立場の方のそばに立って、
その場で届く範囲で動いていただく役目、というものを、こちらからはおすすめしたいと考えています。
世界によっては、“守り手”や“番人”に近い呼び名で語られることもあります」
役目、という単語に、再び細かなざわめきが走る。
「手の届く範囲」という言い回しに、交差点の景色が一瞬だけフラッシュバックする。
腕の中の小さな重さと、ライトの光と、ブレーキの音。
篝は、無意識に指先に力を込めていた。
白い机の天板が、さっきよりも冷たく感じられる。
守り手。
番人。
言葉だけ聞けば、どこか現実味の薄い、物語の中の役の名前みたいだ。
けれど、さっきの交差点の映像と重ねてしまうと、急に体温を持った言葉にも思えてくる。
「……」
向かいの声を半分だけ聞きながら、別の場面が浮かぶ。
村はずれの森。
黒いマントに、大きな帽子。
村人に怖がられながらも、こっそり子どもを助けてしまう、森の奥の魔女。
幼い頃に何度もめくった絵本のページだ。
魔女は、子どもを助けたことを自慢しない。
誰も見ていないところで、当たり前のように手を差し出す。
それでも村人には怖がられて、誤解されて、森の奥でひとりで暮らしている。
夜になって灯りが落ちたあと、
ページの端で、魔女が誰にも見えないところでそっと泣いている絵があった。
その絵を見たときの、どうにもできない苦しさのようなものが、
今の胸の奥の感覚に、薄く重なっていく。
――ああいう人を、守らなきゃいけないんだろうな。
子どもだった自分は、たぶん、そう思った。
それが、ずっと変なかたちのまま残っている。
向かいの存在は、篝の視線がわずかに揺れたのを確認してから、静かに言葉を継いだ。
「周防さんは、その物語を何度も読み返してこられています。
“怖がられながらも誰かを守ろうとする、森の奥に住む方”のお話ですね」
言葉の並びが、自分の中でめくっていたページと妙に重なっている気がして、
背筋のあたりが一瞬だけひやりとした。
「こちらでいくつか想定している役目は、その物語の構図と重なる部分が多いのではないか、と考えています」
その違和感がはっきりした形になる前に、
また絵本の中の場面のほうへ意識が引き戻される。
言われてみれば、その通りだと思う。
誤解されて、怖がられて、
それでも守りたいもののそばに立つ存在。
その物語を好きだった自分と、
あの交差点で足を踏み出した自分とを、ひとつの線で結ばれてしまったような気がした。
それは、救いのようでもあり、罰のようでもあった。
向かいの存在は、すぐには答えなかった。
わずかに視線を落としてから、丁寧に言葉を選ぶように口を開く。
「……本来であれば、私からそのままご案内していくところなのですが」
何かまずいことでも言っただろうか、と一瞬だけ不安になる。
思い当たる節はないのに、先生に名指しで呼ばれたときみたいな落ち着かなさが、首筋のあたりにじわりと残った。
「周防さんの、交差点での『あの黒いネコだけは』という行動は、
こちらでも軽くは扱えない出来事として受け止めています」
少しだけ、胸の奥が冷える。
「ですので、この先の“役目”に関わるお話については、
私よりも上の決定権を持つ窓口から、ご案内させていただきます。
いったん、接続を切り替えてもよろしいでしょうか」
「……接続」
何をどう切り替えるのかは、よく分からない。
篝がよく分からないままうなずくと、向かいの存在は、ほっと息をつくように小さく会釈した。
「ありがとうございます。少々、お待ちください」
その言葉とほとんど同時に、白い部屋の光が、ほんのわずかに揺れた気がした。
蛍光灯でも窓でもない、どこからともなく降りてくる光が一瞬だけざらつき、すぐに元の滑らかさに戻る。
瞬きをして、もう一度、向かいを見た。
さっきまでそこにいた「若い先生」は、もういなかった。
同じ背もたれの椅子に、別の誰かが座っている。
落ち着いた色の衣服であることは変わらないのに、スーツとも制服とも言い切れない、時代の分からない装いだ。
顔立ちも年齢も、「男の人」か「女の人」かと問われても、ひとことで言い切れない。
輪郭の線だけははっきりしているのに、見れば見るほど、どこにも特徴が引っかからない。
さっきまでの「クラスにいたら女子が騒ぎそうな先生」とは、まるで別人だった。
「初めまして、周防篝さん」
声は、先ほどよりも少し低く、抑揚も少ない。
それでも、丁寧さだけは崩さない話し方だった。
「先ほどまで対応していた者から、引き継ぎを受けています。
この先のお話は、こちらの窓口からご案内いたしますね」
さっきまでの「先生」が消えて、その代わりに、
教科書の挿絵に出てくる“神様”のイメージを、そのまま静かに座らせたような存在が、向かいにいる。
いきなり担当が格上げされたみたいで、何をどう評価されたのか、まったく心当たりはない。
向かいの存在は、篝の様子を一度だけ確かめてから、ほんのわずかに姿勢を正した。
「そんなに身構えなくて大丈夫ですよ。
先ほどまでのお話の続きとして、少しだけ先の可能性を一緒に見ていくだけです」
「……ああ、はい」
少しだけ肩に入っていた力が抜ける。
特別扱いされているような、されていないような、微妙な居心地の悪さだけが残った。
「先ほどのご質問──『どういう役目か』という点について、お答えしていきます」
胸の奥で、さっき抑えられたはずのざわつきが、また少しだけ形を取り戻す。
「周防さんが、あの場面で実際に選び取られた行動に合わせるなら……そうですね、
困っている方や、誤解されやすい立場の方のそばに立って、
その場で届く範囲で動いていただく役目、というものを、こちらからはおすすめしたいと考えています。
世界によっては、“守り手”や“番人”に近い呼び名で語られることもあります」
役目、という単語に、再び細かなざわめきが走る。
「手の届く範囲」という言い回しに、交差点の景色が一瞬だけフラッシュバックする。
腕の中の小さな重さと、ライトの光と、ブレーキの音。
篝は、無意識に指先に力を込めていた。
白い机の天板が、さっきよりも冷たく感じられる。
守り手。
番人。
言葉だけ聞けば、どこか現実味の薄い、物語の中の役の名前みたいだ。
けれど、さっきの交差点の映像と重ねてしまうと、急に体温を持った言葉にも思えてくる。
「……」
向かいの声を半分だけ聞きながら、別の場面が浮かぶ。
村はずれの森。
黒いマントに、大きな帽子。
村人に怖がられながらも、こっそり子どもを助けてしまう、森の奥の魔女。
幼い頃に何度もめくった絵本のページだ。
魔女は、子どもを助けたことを自慢しない。
誰も見ていないところで、当たり前のように手を差し出す。
それでも村人には怖がられて、誤解されて、森の奥でひとりで暮らしている。
夜になって灯りが落ちたあと、
ページの端で、魔女が誰にも見えないところでそっと泣いている絵があった。
その絵を見たときの、どうにもできない苦しさのようなものが、
今の胸の奥の感覚に、薄く重なっていく。
――ああいう人を、守らなきゃいけないんだろうな。
子どもだった自分は、たぶん、そう思った。
それが、ずっと変なかたちのまま残っている。
向かいの存在は、篝の視線がわずかに揺れたのを確認してから、静かに言葉を継いだ。
「周防さんは、その物語を何度も読み返してこられています。
“怖がられながらも誰かを守ろうとする、森の奥に住む方”のお話ですね」
言葉の並びが、自分の中でめくっていたページと妙に重なっている気がして、
背筋のあたりが一瞬だけひやりとした。
「こちらでいくつか想定している役目は、その物語の構図と重なる部分が多いのではないか、と考えています」
その違和感がはっきりした形になる前に、
また絵本の中の場面のほうへ意識が引き戻される。
言われてみれば、その通りだと思う。
誤解されて、怖がられて、
それでも守りたいもののそばに立つ存在。
その物語を好きだった自分と、
あの交差点で足を踏み出した自分とを、ひとつの線で結ばれてしまったような気がした。
それは、救いのようでもあり、罰のようでもあった。
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