異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―

畑野きび

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第二章:走る騎士と魔女の館

第7話 お世話係と、走る騎士

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 「こっち、ミカ、騎士いる。」

 黒い布が揺れて、魔女がそう言ったあと、部屋の外の気配が、すっと変わった。

 少しして、扉の向こうで、とん、とん、と、さっきとは違う足音が近づいてくる。  
 迷いのない、まっすぐな歩き方。

 きい、と古い蝶番が鳴き、扉が開いた。

 今度は、最初から光が一緒に入ってきた。  
 手持ちのランタンの黄色い輪が、暗い部屋の中にまるい穴を開ける。

 その真ん中に、ひとりの人影が立っていた。

 黒いワンピースと、白い前掛け。  
 胸元から裾にかけて、縦の線が一本も乱れていない。

 耳が出るくらい短く切った髪を、きっちり撫でつけてまとめていて、
 額と頬の輪郭がそのまま見える。、額と頬の輪郭がそのまま見える。  
 まつげが長くて、目の形は人形みたいに整っているのに、表情は仕事中の無表情といった感じだ。

 篝は、男か女か、一瞬迷う。  
 けれど、服装から、「たぶん女の人だ」と判断する。

 「……失礼いたします」

 澄んだ水を鳴らしたみたいな、くぐもりの少ない声だった。

 その人は、まず魔女のほうに向かって頭を下げた。

 「お呼びでしょうか、魔女様」

 「うん。騎士、拾った。走る」

 魔女は、さっきと同じ調子で、当たり前のように言う。

 「騎士は走る。」

 「そうですね。騎士はよく走ります」

 メイド服の人は、穏やかな声でうなずいた。

 「私がお教えしたことですね」

 「うん。楽しい。任せた」

 魔女は、それだけ言うと、黒い布をひらりと揺らして扉のほうへ向き直った。

 「壊さない。あとで“お呪い”するから」

 唐突にそんなことを言い残して、部屋を出ていく。  
 森の匂いが、ふっと遠ざかった。

 残されたのは、ランタンの光と、きっちりしたメイド服の人だけだった。

 「……え?」

 篝は、さっきの会話をうまく飲み込めないまま、声を漏らす。

 メイド服の人は、篝のほうへ向き直ると、改めて丁寧に頭を下げた。

 「初めまして。この館のお世話係をしております、ミカと申します」

 ランタンの光が、彼女の横顔の線をくっきり照らす。  
 整った横顔なのに、やっぱり表情が読み取れない。

 「立てますか」

 「……あ、はい。たぶん」

 答えようとした瞬間、足に力がうまく入らなくて、篝は少しよろめいた。

 すぐに、制服越しに、細い手が肘のあたりを支える感触が乗る。  
 強くはないのに、押さえられている位置がぴたりと正確で、変な安心感があった。

 ミカは、立ち上がった篝を、ランタンの光の中で一度だけじっと見つめた。

 その視線に、何か引っかかるようなものを感じる。

 「……何か、変ですか」

 思わず聞いてしまうと、ミカは瞬きを一度だけしてから、首をかしげた。

 「いえ。ただ、一点だけ確認をしておきたくて」

 声は落ち着いている。  
 次の問いは、篝にはだいぶ唐突に聞こえた。

 「魔女様のことは、どのように見えていらっしゃいましたか?」

 「……え?」

 魔女、という単語に、さっきの黒い布の人影が浮かぶ。

 篝は言葉を選びかけて、うまくまとめられないまま、正直に口にした。

 「こわい……こわいは、こわいんですけど。  
  でも、その、全部が嫌って感じでもなくて……」

 自分でも何を言っているのか分からなくなって、変なところで区切れてしまう。

 「ええと、学校で、みんなが怖いって言ってた絵本があって。  
  その森の奥にいる人に、ちょっとだけ似てるなって、思いました」

 ――学校、って言って通じるのかな。

 言ってから、そんなことを少しだけ考える。

 ミカは、しばらく黙って篝の顔を見ていた。

 ランタンの光が、その瞳の中で静かに揺れる。

 「……なるほど。森の中にいる人に、近い印象なのですね」

 小さく復唱してから、ミカは視線をわずかに落とした。

 「お話の細かいところまでは分かりませんが、なんとなく、雰囲気は想像できました」

 それがどういう意味なのかを考える前に、彼女は淡々と続ける。

 「……やはり魔女様は、そういう方をお好みになることが多いようです」

 「お好み」という言い方に、篝はうまく返事ができない。  
 どこかの見えない棚に、自分がぽん、と置かれたみたいな感覚だけが残る。

 ミカは、それ以上は掘り下げず、仕事の口調に戻した。

 「では――次にすることに移りましょう」

 「……次?」

 篝が聞き返すと、ミカは、ほんの少しだけ姿勢を正した。

 「走っていただきます」

 「……はい?」

 あまりにも自然に言われて、篝は思考が止まる。

 「走る、ですか」

 「はい。この部屋の外の廊下で、少しだけ」

 ミカは、ごく事務的な調子のまま、説明を続けた。

 「先ほど、立ち上がられたときに少しふらついておられましたので。  
  今、どの程度お体を動かしてよいか、確認させていただきます」

 それは、それなりに筋が通っているように思えた。

 篝がまだ戸惑っていると、ミカは一拍置いてから、もうひとつ理由を足した。

 「それに」

 ランタンの光の中で、彼女はまっすぐ篝を見る。

 「こちらの世界で“騎士”という役目を持つ方は、とてもよく走ります。  
  私が知っている騎士の方が、いつもそうしておられました」

 さっきの魔女との会話が、そこでひとつにつながる。  
 ――さっき言っていた「教えた」は、このことなんだ。

 篝がそう思うのとほとんど同時に、ミカは少しだけ自分で納得したようにうなずいた。

 篝は、喉の奥で小さく息を飲む。

 「……走れなかったら、どうなるんですか」

 自分の口から出た質問に、自分でびくっとする。  
 ミカは、ほんのわずかに首をかしげた。

 「その場合は、“騎士”としては不適切と判断されますので」

 そこで一度だけ言葉を切り、淡々と続ける。

 「別の扱いを、魔女様が改めてお決めになるはずです」

 それだけだった。

 「別の扱い」という、余計な想像がいくらでもできる言い方だけが残る。

 「……分かりました。やってみます」

 言ってから、自分でも「変な返事だな」と思う。
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