呪われ少女は不幸になりたい

こめぴ

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すれ違い

13冊目『四葉の浴衣』

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 数分歩いて辿り着いたのは、かなり閑散とした公園だった。

 と言ってもここにある遊具なんて滑り台、ブランコ、シーソーくらいで、そのどれもが錆び付いて年季が入っている。小学生でも伸び伸び走り回れないくらいの小ささで、そんな空間を街灯が寂しげに照らしていた。

「ここは?」

 何も言わずついてきていた四葉がぽそりとこぼす。薄暗く、人のいない空気からかどこか体が縮こまっていた。

「穴場ってやつだな。ここなら人もいないし、ほら、花火も見えるだろ?」
「それはそうでしょうけど……暗すぎないかしら」
「まあ、そうだな……思ったよりも暗かった。ごめん」

 そうだよな、四葉は結構怖がりだった。
 下調べなんて、ここを知ったのはほんのついさっきだからできるわけがない。でも連れてきたのは俺だから、俺の責任だ。

 代わりに、というわけじゃないけど、彼女の手を握る力を少し強くする。すると彼女の体から力が抜けた。

「こっちのほうが、もしかしたら花火も綺麗に見えるかもしれないわね」

 小さくため息。そして俺の顔を見て、呆れたように笑って見せた。

「……ごめん」
「だからいいって言ってるでしょう。水流君、何かしようとしてくれるけど詰めが甘い時が多いから、もう少し頑張ってくれると嬉しいわ。ほら、座りましょ?」

 今度は俺が四葉に手を引かれる番だった。

 なんだろう、穴があったら入りたいというか、とにかく恥ずかしかった。
 見透かされている感じも、いつも四葉に上手をいかれてるような感じも。

 小さな公園の隅にある、小さな二人がけのベンチ。他の遊具と違いこれは使ってる人がいるのか、錆びだらけなんてことはなかった。

 汚いわけでもない。俺も四葉もそこに腰を下ろすと、「ふぅ」と二人揃って息を吐く。

 時計を見ると、五五分。花火が始まるまであと五分だ。

 夏前という中途半端な季節だからか、鳴いている虫もいない。周囲にあるのは、ただ少し生暖かい風に吹かれ、木の葉がざわざわと揺れる音だけだった。

 そんな中、「そういえば」と四葉が口にする。

「よくこんな場所知ってたわね。こんな場所、この辺りに住んでる人でも知らないでしょう」
「あー……まあ、な」

 公園の荒れ具合から、あまり人が来ていないことも、手入れがされていないことも予想できる。確かにカップルが来る場所としてはどうなのかと思うけど、花火を見るためなら別に気にならない。

 つい俺は言葉を濁して視線を逸らした。
 自分から恥をかきにいく趣味はない。

「……なるほど、彩乃さん。ちがう?」
「…………そうです」

 まあ、四葉なら勝手に予想するって思ってたけど。

 さっきのメッセージは彩乃からのものだった。位置情報を添付して、『ここにいく! あ、あと私が教えたって言わないよーに!』と言われたのだ。ビシッ! とこちらを指差すスタンプも添えて。

 別に指摘されて否定することはしない。でもあたかも自分が知ってるように振る舞っておいてバレるのはなかなか恥ずかしかった。

 俺の内心を知ってか知らずか、四葉は楽しそうにクスクス笑っている。

「ふふふ、人から教えてもらった場所に行ったら思ってたのと違ったって、なんだか……」
「ダサいか? 悪かったな」
「不貞腐れないの。あなたらしいってことよ」

 そういうと四葉は、いつもの昼時のようにコテンと俺の肩にもたれかかる。

 それは褒めてるのか貶してるのかどっちなんだ。

 少し早足になる鼓動を、そんな思考でごまかした。四葉の柔らかい感触や体温は、いつまで経っても慣れない。悪寒はもう感じないけど。


 会話もひと段落。それを見越したかのように、ヒュルルルルと口笛のような音が鳴る。

 空気を揺らす破裂音。
 そこを中心に大きく夜空に広がる光の粒。

「始まったな」

 一発、また一発と打ち上がれば、平凡な夜空を赤、緑、黄色など色鮮やかに書き換えていく。それに合わせて遠くから歓声が聞こえた。
 大きな傘が開き、かと思えばその光一つ一つが破裂。パラパラと地上に降り注ぐ、光の雨。さらに、ドドドドドンと連続で打ち上がり、いくつもの花が重なって開くそれは紫陽花みたいだった。

 隣からした、息を飲むような声。
 横に目をやると、四葉が大きく目を見開いて空を見つめていた。いろんな花火が上がり、赤、緑、黄と夜空が変わるたびに、彼女の頬はさまざまな色に変化していく。

「どうだ、四葉?」
「……」
「俺も久しぶりに見たけど、やっぱりいいな」
「……」
「四葉?」

 返事がない。どうしたんだろうと、首を傾げると。

「――花火って、こんなに綺麗なのね」

 感情がそのまま口から出たような、とても穏やかな声。

 レンズの奥、黒真珠のような瞳がキラキラ輝いて見えるのは、花火が反射してるからだろうか。

 この色鮮やかな夜空の雰囲気にそのまま溶け込んだような彼女に、俺は何も言えなくなる。

「水流君、連れてきてくれてありが――ふふ、どうしてこっちを見てるのかしら。花火、見ないの?」
「え、ん!? ああ、花火、花火見ないとな!」

 つい見惚れているのを気がつかれたかと、誤魔化すように俺は前を向いた。四葉も俺に続いてまた花火に視線を向ける。でも俺はつい、横目で四葉を見てしまうのだ。

 いつも無表情な彼女が、その表情を柔らかいものに変えて遠くを見つめるその姿。それは俺の胸の内を満足感で満たしてくれるものだった。話を聞くという、本来の目的が達成できてなくても。

「水流君は花火はよく見るのかしら」
「俺、友達ほとんどいないって忘れてないか?」
「あら、友達はいなくても恋人はいるでしょう」
「その恋人といつか行きたいなとは思ってたんだよ」
「ふふ、そう。なら叶ってよかったわね」

 空を眺めながらの、いつも通りのんびりとした会話。この空気感が心地よかった。

 いつかの屋上で四葉に聞かれたことが蘇る。

『水流君は今、幸せ?』

 普段から幸せかどうかなんて大層なことを考える人はそういないと思う。俺もそうだ。だからあの時は、答えることができなかった。

 でも今なら、思える。これが幸せなのかな、なんて。

 だからこそ。

「呪い、解かないとな」
「……何か言ったかしら」
「いや、なんでもない」

 今の四葉は側から見れば幸せそうに見える。

 もしかしたら、幸せと感じることがないくらいに夢中なら大丈夫なのかもしれない。
 そうだ、思えば四葉から言われた例は、全て幸せな出来事の後に死んでいた。初めてキスをした時もそうだ。

 でも、だからどうということはないけど――

「ねえ、水流君」

 思考を遮るように、不意に四葉が口にした。

「最近、呪いについて調べてるでしょう」
「――!?」

 つい勢いよく四葉の方を向いた。彼女は花火を見たまま、頬を様々な色に変化させていた。

 というのも、彼女から呪いのことについて話題に出してきたことが、遊園地から今まで一度もなかったのだ。
 むしろ触れるのを嫌がっていた節さえある。聞けば渋々答えてくれるが、自分からは話さない。

 気がつけば彼女の表情も、いつものそれに戻っている。感情が読めず、じっと四葉を見つめる。

「……ああ、調べてる」
「どうしてそんなことを?」
「どうして……?」

 チクリと嫌な感情。

 そんなの、当たり前じゃないか。俺は四葉の彼氏で、四葉を助けたいと思うのは当たり前じゃないか。
 そんなことってなんだよ。

 なんだか、自分の気持ちを疑われたような気がした。四葉がこちらを見てないから余計に。

 だから俺は、はっきりと、真っ直ぐ、彼女に向かって告げる。


「四葉を、死なせたくないから」


 本当はもっといろいろある。死なせたくない理由も、死んで欲しくない理由も、解きたい理由も。でもなんとなく、だらだら言いたくなかった。

 疑うのなら、彼女に届くように、まっすぐ。それが通じてか、彼女の瞳がこちらを向く。

「死なせたく、ない?」
「ああ、死なせたくない。絶対に死なせない。だから、呪いを解きたいんだよ」
「そう……」

 ドンドンとなる花火の音が、やけに遠くに感じる。しかし四葉の顔は変わらず照らされ続けているから、きっとそれは勘違い。

 何を返すのか。何か考えるようにじっと地面を見つめる四葉を待つ。

 すると数分もたたないうちに、彼女は自嘲気味に笑ってみせた。

「ねえ、水流君。あなたって結構わかりやすいから、何を思ってそう言ってるのか、私はわかってるつもりよ」
「……ああ。四葉は鋭いから、別にそれは驚かない」
「その上で言うわ」

 そこでようやく彼女はこちらを向いた。体ごと、真っ直ぐ俺を見つめる。ここで逸らしちゃダメだと俺も見つめ返す。でも彼女の視線はやけに弱々しかった。

「確かにそれは『良いこと』。きっと誰が聞いてもあなたの行動に賛同するかもしれない。でもね、それがどれだけ『良いこと』だったとしても、それは私にとって――」


 ――ドン!!!


 今までで一番の爆音を伴って、夜空に最も巨大な花が咲いた。空の暗闇が、まるで昼間のように照らされる。

 遠くで湧き上がる歓声。パラパラと続く小さな破裂音。

 極彩色に照らされながら、彼女は――笑っていた。

 今にも泣き出しそうな、悲壮、困惑、そして歓喜が入り混じったような。

 そんな思わず見惚れてしまう笑みを携え。


「とても残酷なことなのかもしれないわね」


 彼女は、そう言った。

「…………は?」

 理解ができなかった。理解が追いつかなかった。
 彼女が口にした『残酷』。それが何に対してなのか、誰に向かってなのか。それを探そうとするも、頭が動いてくれない。

 頭が殴られたような衝撃というのはきっとこんな感じを言うのだろう。グラグラと揺れて、満足に思考が働かなかった。

 だから一人眉をひそめ、ぽかんと口を開け、間抜けな顔をしてしまう。

 しかし彼女はそんな俺に対して軽口を叩くこともなく、ただ笑みを引っ込めて立ち上がった。

「花火、終わっちゃったわね」
「…………」
「もう夜も遅くなってきたわ。花火も見たし……帰りましょう?」

 ベンチに座ったままの俺を見下ろす四葉。さっきまでの表情はもうない。いつも通り、無表情な四葉だった。

 だから俺は余計にわからなくて。

「ほら、何をしてるの? 行きましょう?」
「あ、ああ……」

 訳がわからないまま、四葉の後ろを追うようにしてその場を後にした。
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