素直になれない番たち

ねこセンサー

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 ――土曜日。
 
 いつもの『報告会』の会場は、また加奈子からの指定で決まった。
 
 『雨天以外だったら、昔遊んだお稲荷様で集合』
 
 そんな本日のお天気は――曇天。
 
 幼いころ近所の皆で遊んだお稲荷様は、住宅街の隅の、緩やかな山の中腹にあった。
 
 お社までの道の途中で、一人暮らしのおばあちゃんがやっている小さな駄菓子屋もあったので、子供たちは道中お菓子を買い込んで、お稲荷様の広大な敷地へと遊びに行った。ちょっとした探検もかねているので、皆の疲労回復アイテムとして駄菓子は必需品だった。
 
 住宅街のはずれなので、車のとおりも少ない。それでいて、街灯もちゃんとついていたし、薄暗い森のような危ないところも少なかったので、親たちもそこで遊ぶとなれば容認していた。何よりお稲荷様の神主様が子供好きで、境内で遊ぶのを喜んで受け入れてくださっていたので、そういう裏事情もあったのだが。
 
 都市開発や農地縮小、地方過疎化のあおりがまだ緩やかだったこの地域では、地域の緩やかな結束は未だ健在で、子供たちは地域で見守る風潮だった。休耕地、空き地などで子供たちが遊んでいても、多少のものであれば住民は目をつぶり、それとなく家族に知らせたりしていた。そんな穏やかな地域だった。
 
 そんな秘密(?)の場所のひとつとして、お稲荷さんの境内も機能していた。子供好きな神主さんは、境内の掃除をしながら子供たちを見守り、ときに一緒に遊んだりしていた。神主は自治会でも役員を長年勤め上げていたので、子供たちの顔はみな良く知っていた。
 
 当時のことを懐かしく思い出しながら、裕貴はお稲荷様の境内に足を踏み入れる。
 
 あの子供好きだった優しい神主は、数年前に代替わりしていなくなってしまったが、境内は相変わらず昔と変わらぬ静けさで裕貴を迎え入れた。この遊び場はどちらかというと平日の子供たちのたまり場だったので、土曜の今日は訪れる人も無く、静かだった。
 
 緩やかだとはいえ、山中に位置するため石段の数は比較的多い。清掃が行き届いているので、苔も無くごみも落ちていない石段をゆっくりとあがっていると、最上段で座り込んで景色を眺めている加奈子を見つけた。
 
 今日は少し肌寒かったためか、薄いベージュのスプリングコートを着込み、七分袖のシャツに細めのデニムのパンツをはいている。山道対策なのか、今日はパンプスではなく桜色のスニーカーをはいていた。
 
 ぼんやりと目の前の風景を見ていた加奈子は、石段を上がってくる裕貴に気づくと、軽く片手を挙げて挨拶した。
 
 「時間通りだね。この間はどうもありがとうね」
 
 「別に。俺のものでもないし届けるのは当たり前だろう」
 
 どっこらしょ、と石段の隅に座り込む加奈子の隣に少しスペースをあけて座り込む裕貴を見て、一瞬加奈子は寂しそうな顔をしたが、すぐに表情を切り替えて目の前の穏やかな風景に視線を戻した。
 
 「ここ、いいところだね。来るのもそんなにきつくないし、静かだし眺めもいい」
 
 「そうだなあ。ここはガキのたまり場だったからなあ。駄菓子屋のばーちゃんが店をたたんだから、だいぶここには来なくなった奴は多いだろうけど」
 
 そっかー、と加奈子は目の前を見つめたまま首肯した。
 
 「…わたし、ここのことは知識としては知ってるんだけど、来た記憶は無くてね。…この範囲は、カナのだから」
 
 加奈子がここに呼びつけた目的をなんとなく察して、裕貴は頷いた。
 
 「お前がああなったあと、ここに来る奴もだいぶ減ったからな。…大丈夫なのか?」
 
 気遣わしげに伺われて、加奈子は思わず苦笑する。
 
 「まぁ…ね。正直そのときはまだわたしはいないので、複雑なんだけども。…ここであいつに声を掛けられて、連れて行かれたんでしょ」
 
 「…ああ」
 
 当時を思い出して声色が暗くなる裕貴に、加奈子は肩を軽くたたいて見せた。
 
 「過去は変わらない。まぁちょっと個人的には嫌な気持ちもあるけどね。カナの怯えを若干感じる。…でも、少しずつこういうこともやっていかないといけないからね…つき合わせて悪いわね」
 
 いや、と裕貴は首を振った。加奈子は未だに目の前に広がる生まれ故郷を眺めたままだ。
 
 自分が知らない、トラウマ発祥の地。加奈子は何を今思うのだろうか。裕貴は、今ですらここにいるだけで心が鷲掴みにされるような苦しさを覚えているというのに、隣の彼女は平静を装っているようで、その表情からは何の意思も読み取れない。
 
 ふと、裕貴は加奈子が首に下げたネックレスを握り締めているのに気づいた。裕貴の視線に気づいた加奈子は、ばつが悪そうな顔をした。
 
 「ああ、これ?…アメジストの原石、らしいけど。お守り」
 
 彼女は苦笑して、手のひらで握り締めていたものを開いて見せた。手の中には、紫水晶のポイントといわれる原石が、ゆるく編まれた麻紐でくるまれている。
 
 「…バイト先の、お客さんが。天然石アクセサリー作っててね。あげるって、くれたんだ」
 
 「そうなんだな」
 
 「うん。…アメジストは、不安を取り除くいい石だからって。宝石でもないから、受け取って頂戴って押し付けられて、そのまま」
 
 「そっか。お前、大事にされてるなあ」
 
 「あそこ、若い人あまりこないからね。マスコット代わりみたいなもんだよ」
 
 加奈子はふっと笑った。
 
 「いいバイト先みたいで、良かったなあ」
 
 「まあね。あんたも来る?若い男の子なんてきっと歓迎されるよ?」
 
 頼りなさ気だった加奈子の表情は、徐々に生き生きとしてきた。そのことに若干安堵しながら、裕貴はしかめ面をした。
 
 「やだよ、おもちゃにされんだろ」
 
 「ばれたか」
 
 加奈子が噴出したのを見て、裕貴も釣られて一緒になって笑った。
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