鋼殻牙龍ドラグリヲ

南蛮蜥蜴

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第62話 剥離

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 月の光を帯び、星屑の散りばめたような美麗な色彩を放つ無数の絹糸が、完成しかけの街の中を蛇行しながら伸びていく。 

 先端から全てを両断する金属粒子のプラズマジェットを噴出し、不思議にも標的を除く全ての物質を透過させながら、それらの絹糸は易々とドラグリヲへ追いすがる。

 対して、装甲と翼の隙間から光迅を迸らせながら走り続けていたドラグリヲは窮地に追い込まれていた。 

 己を護り、相手も護り、築き上げた街とそこで憩う命を護る。 

 意固地としか思えない綺麗な誓いを掲げたのはいいものの、常識を外れた遠隔武装によって休み無く追跡を続けられた結果、張り詰めていた精神と神経は次第に綻び、今まで冷静だった判断をおおざっぱなものへと変えていく。

 何もかもが不利なこの状況で雪兎に味方してくれたのは、肉体と等しいまでに慣れ親しんだ愛機の挙動と、首領の手によって骨の髄まで叩き込まれた経験だけ。 

 機体の手足から首と尻尾まで全身を使った大胆なバランスと、全身に配された超高出力スラスター、そして本能のように肉体に染み込んだ体捌きが、優れた兵士でも予測困難な回避機動を可能とし、雪兎を辛うじて生き延びさせていた。

 もっとも、超常的な力を持つ相手に常識内の力で抗うということが極めて困難である事実は変わりなく、万物を両断する絹糸は、やがてドラグリヲの逃げ場全てを遮るに至る。

「捕らえた、死ね!!!」
「僕は死ねない! まだやるべきことが多すぎるんだ!」

 勝利を確信したジェスターが結界を瞬時に収束させて標的を細切れにせんとすると、対するドラグリヲの全身から細かく放たれた滅却の光が破壊不能なはずの結界に穴を開け、雪兎の活路を無理矢理こじ開けさせる。

 互いの能力を惜しまず出し合い死力を尽くす両名であるが、ジェスターのフラストレーションは怨恨とはまた別の理由で一方的に溜まる一方だった。

「何の真似だクズ野郎、さっきまで撒き散らしていた炎の衣や氷の刃はどうした」
「さぁ何のことやら、僕にはさっぱり検討もつかないな」
「面白い言い草じゃ無いか、流石は死人の腐汁を啜って生きる恥知らず。 人様の傷に塩を塗り込むのが余程楽しいと見える。 ……ふざけるな!!!」

 備わった力を十全に引き出さずひたすら逃げに徹するドラグリヲの、強いては雪兎の姿を見てジェスターはひたすら激昂する。

「そうやって見た目を取り繕ったところでお前の腹は透けるように見える。“こんな死んで当然の下等相手にわざわざ度量のでかさを見せ付ける自分はなんて素晴らしいんだろう”ってな!!! 人の生き死にすら自慰に利用するクズ野郎め!!! 何でお前が!!! 何でお前がのうのうと生きてるんだ!!!」
「……さぁ、何で僕は生きているんだろうな」
「お前が散々他人の命を踏み台にしてきたからだろうがぁああああ!!!!!」

 ジェスターの絶叫が響くとほぼ同時、触手とは別に単独行動していた蚕魂の蹴りがドラグリヲを直撃すると、ドラグリヲは弾かれたゴムボールのように、周囲の地面や建築物に何度もぶつかりながら飛んでいく。 

 一見派手なダメージを受けてもおかしくない惨状だが、内部に鎮座する雪兎の表情は至って変わらず、ジェスターへの返事が滞ることはなかった。

「否定はしない、僕はたくさんの命が消えていくのをこの目で見てきた。 でも、心底喜んで人を殺したことなんて一度も無い。 あの時だって僕は、他に手段がなかったからこそ引き金を引けたんだ。 もし他に手段があったなら、僕は呉を焼こうなんて考えもしなかった」
「屁理屈を言うな! お前は自分の代わりに人が死んでいくのを内心せせら笑って見ていたんだ!!!」
「笑っていられるか! 人がただのモノに成り果てていく様を見せられて笑っていられる人間なんていない!!!」
「私の家族と未来の旦那を炭の欠片にした外道が、そんな綺麗事を吐くなぁああああ!!!」

 配慮もクソもない馬鹿正直過ぎる返答を続ける雪兎への怒りが顕現したかのように、蚕魂の全身から派手に放射される無数の鋼糸と金属粒子。 

 それらがドラグリヲの堅い防御をすり抜けてコックピットに到達すると、ジェスターの抑えきれない怒りがこれでもかとばかりに雪兎自身へと叩き付けられた。

「くっ……!」

 易々と体内に侵入した鋼糸が激しく蠢く度に、雪兎の全身から迸った鮮血がコックピット中に撒き散らされる。

「ううっ……!!!」
「どうした、痛いと言え! 苦しいと言え! 僕が殺した愚民と同じように、跡形も残さず殺して下さいと言ってみろ!」
「いやだね……、死んでいった人達の名誉の為にも……、そして貴女の心の為にも……、そんな惨くて酷いことは言えない……」
「まだ言うか! そこまでして自分に憐憫を垂れたいかぁ!!!」
「僕はただ……、貴女の憤りを少しでも晴らしてやりたいだけなんだ……」
「だったら……、だったら今すぐ死ねよ! お前の存在そのものが私の苦しみなんだよ!」

 全身の穴という穴から血を垂れ流しながらも必死に声を絞り出す雪兎の様子を見て、ジェスターは一瞬息を呑むも、すぐさま悲鳴のような怒声を上げながら乱暴に糸を手繰った。 

 雪兎の体内で歪に成長を遂げた鋼糸がサディスティックに従い、激痛に耐えかねた雪兎の身体が弓なりにしなりながら激しく跳ねる。

 戦闘やまともな問答すら挟まず、ジェスターの思うがままに打ち寄せる激痛の波が、雪兎の全てを蹂躙する。

 これはもう戦いなどではなく、ただ一方的で凄惨な拷問だった。 

 皮を剥がされ、筋組織を引き裂かれ、眼球を突かれては、骨を折られる。

 中世の魔女狩り以上に惨たらしい暴力の螺旋は、雪兎が事切れるまで続くかと思われた。

 感情の昂りのあまり、ジェスターが雪兎の身体を使ってコックピット中の壁を殴打し尽くすまでは。

 雪兎の頭によってメインモニターがかち割られた瞬間、ドラグリヲに備わった全ての機能が復旧し、コックピットに侵入していた鋼糸の全てが焼き落とされ、無に還る。

「何っ!?」
『人様の厚意に甘えて蛮行を働くのは楽しかったですか? 聡明なご家族と共に死ぬべきだった野蛮人様』
「カルマ……どうして……?」
『奴が貴方を甚振る弾みで私を封じていたストッパーが外れてくれました。 これも気まぐれな神とやらの思し召しでしょう』

 動くはずがないものが動いている事実を咄嗟に受け入れられず、雪兎は血でうがいをしながら手を伸ばすも、流血のあまりに視力を一時的に奪われ、無意識に明後日の方角へ必死に手を伸ばす。

 そんな雪兎をカルマは液状化させた身体の中へ包み込んで保護してやると、雪兎に代わってそのままドラグリヲのコックピットに座わった。

『さて、公明正大に行われた裁判の結果を一方的に反故にし、人類の敵と手を取り合った貴女の罪は重い。 何か思い残すことは?』
「たかが機械の分際で人間相手に説教とはおこがましいな。 流石はクズの連れだ。傲慢で、身勝手で、それでいて理不尽だ」
『私が理不尽ですって? 私がユーザーに対して干渉出来る仕事は、算出されたデータを伝えて可能性を提示し、委ねることだけ。 その事実を無視して私を非難するなど馬鹿げています』

 冷徹に慈悲も無く、カルマはただ淡々と観測した事象を並べ立てていく。

 稚拙な知性で論理武装したつもりでいるジェスターを問答無用に叩き潰す為に。

『それに、貴女が所属していた都市防衛部隊のメンバーも貴女自身に仰っていたはず。 彼らが死力を尽くして何とか得られた結果がこれだったのだと』
「黙れ黙れ! 私はそんな戯れ言受け入れない! 私がそのクズの立場だったのなら、もっと上手くやれていたはずだ!!!」
『……その言葉、しかと聞かせて頂きました。 ならば望み通り、その地獄へ貴女の精神を連れて行って差し上げましょう』
「駄目だ……カルマやめろ……」

 ジェスターとカルマの問答が続く中、カルマが何を画策しているか悟った雪兎が必死に声を絞り出して止めようとするも、カルマは一切聞き入れない。

『対獣生体兵器統合思念掌握体ダンタリオン起動。 これより該当戦闘記録の再生と流し込みを開始。 受け取り先はジェスター、貴女の脳内です』
「な……!?」

 ジェスターがカルマの宣告を聞いた瞬間、その意識は強制的にカルマが形成した電脳世界へ引き摺り込まれる。 

 臓物のような地面が周辺を覆う、深い常磐色の霧の底へと。

「何だ!? ここは一体何処だ!」
『ここは、ユーザーが苦渋の決断を下す直前の呉を再現した箱庭。 貴女が偉そうなことをほざいたのでわざわざ当時の状況を再現して差し上げましたよ。 貴女の言い張ることを証明して頂くために。 もし無責任に吐き捨てた言葉を現実のものに出来たのなら、ユーザーへの復讐を認めて貴女をこの空間から解放することをお約束します』

 いつの間にか蚕魂のコックピットから降ろされていたジェスターの困惑を尻目に、カルマは徹底して慇懃無礼に振る舞いながら、丁寧に毒霧に包まれた大通りを指し示す。 

 するとそこには、脳の髄まで毒に蝕まれたジェスターの身内が、同じく毒に蝕まれた大勢の同胞と共に棒立ちとなっていた。 頭の先から足の指先まで爛れた肌を剥き出しにしたそれらは、汚物をボタボタと垂れ流し、知性の感じられない奇声と呻き声を上げつつ、身体中を下品に掻きむしりながら、ただ虚ろな瞳で真っ暗な空を見上げている。

「何……これ……」

 最早言葉として認識出来ない異音を羅列しながら動物のように徘徊する両親と恋人の姿を見て、ジェスターはただ絶句する。 

 言葉では知っていた。 しかし事実を受け入れることがどうしても出来なかった。 

 毒に冒された呉の人間に残された道が、人間的知性を破壊する毒を運ぶキャリアとして、死ぬまで地上を彷徨い続ける未来しかなかったことを。

『おやぁどうしました? 貴女なら問題なく救えるんですよね? 不可逆的な知性の崩壊をさせられた人々の全てを、尊厳のある人間として。 さぁさどうぞ存分にお救いになって下さいな、貴女の大切な家族とやらを。 ……それともなにか? 今さら出来ないとは言いませんよね? あれだけユーザーを好き勝手に罵り、嬲り倒した貴女が、そんな無責任なこと恥ずかしくて言えませんよねぇ?』

 安全な場所から無責任な言動を繰り返した報いだとばかりに、カルマは小躍りしながらジェスターを煽りに煽り倒す。 

 当時最前線で雪兎や馳夫、そしてテレサと共に現実を直視したからこそ出来る的確で容赦ない口撃。 

 やがて、カルマはそれに対して返事がないことを悟ると、心底失望したとばかりにジェスターに軽蔑の眼差しを浴びせながら述べる。

 安易に口を滑らせた愚者に、一切の慈悲無き死の鉄槌を。

『あぁそうですか出来ませんか、ならば貴女が辿る末路は一つ。 このままユーザーが行った介錯の再現に巻き込まれ、精神的な死を迎えるだけです』
「そんな……いや……」
『ご安心を、現実世界に遺される貴女の健康な肉体は健全な臓器バンクに寄付され、人を救うことに使われます。 骨の欠片に至るまで人の役に立てて死ねるなんて、素晴らしく光栄なことでしょう?』


 死を眼前に突き付けられ、瞠目するジェスターをゴミを見るような目で見下げながら、カルマは言葉短くイヤミを吐き付けると、ジェスターだけを残して消滅寸前の電脳世界を後にした。 

『さようなら、無責任で愚劣極まりない傍観者様。 貴女の愉快な死に様は未来永劫私が覚えておいて差し上げましょう』
「いや……、誰か……誰か助けて!!!」

 死を目前として平静を装える人間などいない。 それは幾つもの死線を潜ったジェスターでさえも同様であり、まるで暴漢に襲われた小娘のように怯えながら、ジェスターはその場に頭を抱えてへたり込む。 

 死という圧倒的な絶望に心を押し潰され、彼女の精神は電脳空間の消滅より先に自壊しようとしていた。

 ――その時だった。

「大丈夫だ、貴女は絶対に死なせない。 たとえ僕の命を賭してでも貴女は必ず生かして帰す。 あの時見捨てざるを得なかった人達の魂の安寧の為にも」
「え……?」

 意志を持つ言葉を発することが出来る存在が、誰一人としていなくなった暗闇の底に突如響く穏やかな声。 

 それに惹かれてジェスターは無意識のうちに手を伸ばすと、暗闇から伸びてきた白銀に輝く手がジェスターの柔らかな手を力強く握り、現実世界への帰還を促した。

 ――瞬間、ジェスターの意識はあるべき場所へと帰り、いつの間にか正面装甲を破られて風通しの良くなっていたコックピットの中で目覚める。

「何だったんだ、今のは……」

 まだ夢の中にいるような朦朧とした感覚の中、ジェスターは慎重にゆっくりと身を起こそうとするも、手首から感じていた謎の刺激の正体を目の当たりし、呆然とする。

 ジェスターの細い手首に甘く刺さっていたのは、下手な刃物より鋭く強靱な白銀の爪。 その持ち主である雪兎が、ジェスターのすぐそばで前のめりに倒れ込んでいた。

「お前、一体何を!?」
「呉を焼き払う原因になった劇毒のDNAを参考に、新しく生成した薬剤を打ち込んだ。 危険な賭けだったが、貴女の様子を見るにやってみる価値は十分にあったようだ……」

 全身をボロ雑巾よろしくズタボロにされながらも、唯一動く左腕だけを駆使して無事一仕事を終えた雪兎の声色は、先ほどと比べて一段と明るく優しい。

 死んでいない方が不自然な程の重傷を負わされて尚、真摯な眼差しを向け続ける雪兎に対し、無意識のうちに困惑を通り越して恐怖すら浮かび始めるジェスター。 

 そんな彼女の考えを見透かしたかのように、雪兎は傷ついたジェスターの手に血まみれの己の手を添えて、全身を脱力させる。

 刹那、ジェスターの意識内に獣血を介して雪兎との間に超自然的な繋がりが生まれ、互いの深層意識に刻まれた人生の記録が共有され始めた。 

 生まれと育ち、挑戦と挫折、出会いと別れ、そして希望と絶望の全てが。

 偶然得た超常の力の対価だと言わんばかりに、傷付き失ってきた雪兎の半生を垣間見て、ジェスターは胸の内で燻っていたものがゆっくりと立ち消えていくのを感じる。 

 両親、恩人、上司、そして護ると誓った小さな命との永遠の別離。

 その果てに響く、必死になって泣き叫ぶ悲痛な女の子の声。

「お願いだからお兄ちゃんを殺さないで!」というどこまでも無垢な願いが、ジェスターの心を貫いた。

「そうか真継……、お前は私がそこに至るよりずっと前からそこにいたんだな……」

 雪兎との繋がりが自然と絶たれ、意識が現実空間に帰還したジェスターは人知れず独り言ちる。

 まるで憑き物が落ちたかのように、人間らしい表情を取り戻した彼女は、ボロボロになった雪兎の身体を甲斐甲斐しく支えてやると、自らが刻んだ傷を余さず探し当て、急いで治療を施してやる。

「これは……」
「お前の再生能力なら、この程度の処置でも短期間で完治に至れるだろう」

 コックピットの外から入り込んできた絹糸を巧みに操り、体表から臓器に至るまで刻まれた全ての傷を丁寧に縫い上げ、止血を行うジェスター。 

 そんな彼女の様子とは裏腹に、雪兎は罪悪感に悶えるように顔を顰めながら声を絞り出す。

「貴女が僕の記憶を見たように、僕も貴女の記憶を見た。 だから僕は、貴女に殺されても仕方が無い存在であることを知っている。 ……なのに何故?」
「勘違いするなよ真継、私はお前がやったことを絶対に忘れないし分かり合おうとも思わない。 ただ私は、お前の事情を把握し然るべき態度を示しただけだ」

 力無く項垂れる雪兎の顎を掴み、無理矢理目線を合わさせながら、ジェスターは新たに得た持論を淡々と雪兎に浴びせる。 

 引き裂かれた繭の仮面から覗く大きな瞳の奥には、先ほどまで抱いていた一直線に突き刺さるような憎悪の念はなく、代わりに憐憫や諦観といった複雑な感情が坩堝のように渦巻いていた。

「もうお前に用はない、狼藉者はさっさと消えるさ。 そして二度と会うこともあるまい」
「そうか……、ならせめて最後に教えてくれ。 貴女の本当の名前を」

 治療を終え、そっけなく蚕魂の再起動を開始したジェスターに、雪兎は何気なく問いかける。 

 その問いが意外だったのか、彼女は無意識のうちに眦を緩めると、自らの胸に手を当てて問いに応える。

「いいだろう、生涯その名を胸に刻むといい。 私の名前は……」

 胸を張ってそこまで言葉を紡いだ瞬間、ジェスターの表情が前触れも無く瞬間的に引き締まる。

「なんだ……、いきなりどうし……!」

 突然ジェスターが黙り込んだことを不審に思い、雪兎が声をかけるも、代わりに飛んできたのは強烈な蹴り。 

 予期せぬ攻撃に対応しきれず、雪兎はコックピットの向こう側で座り込んでいたドラグリヲの内部へ問答無用に蹴り飛ばされた。

「ぐっ!? いきなり何をするんだジェスター!?」

 せっかく和解出来たと思った矢先の攻撃に焦りを隠せず、雪兎はコックピットから身を乗り出して大声で叫ぶ。 

 だがその声がジェスターに届くよりも先に、上空から突然落下してきた物体によって、ジェスターを体内に収めたままの蚕魂は元の形が残らないほど滅茶苦茶に踏み潰され、完全に粉砕された。

「……え?」

 まるで紙くずのように全てを踏み砕かれた蚕魂の残骸を呆けたような表情で見つめながら雪兎は絶句するも、新たに現れた漆黒の立方体と形容するべき謎の機体は、悪意の矛先をすぐさま雪兎へと向け、問答無用でドラグリヲを都市の外へと突き飛ばす。

『コンバットプログラム再起動。 オートリペア急速修繕開始。 生体リアクター及び本体リアクターのシンクロ再開』

 音速を越えて吹き飛ばされたドラグリヲの中でカルマが機体の復旧を急ぐ最中、雪兎はようやく正気を取り戻すと、両手が砕けんばかりに拳を握りながら半狂乱になって叫ぶ。

「ジェスターどうして! どうして僕を庇ったんだ!?」

 分かり合えたかは分からない。 

 それでも、ようやく気持ちに一区切りをつけられたであろう彼女がどうして死ななければならなかったのかと、雪兎は突如叩き付けられた理不尽に憎しみを露わにしながら、追撃を行ってくる漆黒の機体に視線を向ける。

 カルマのアーカイブにも記録がない、所属不明の謎の機体。

 それは、下品な殺気を絶えず垂れ流しながら、金属が軋んだような奇声を上げた。

 これから行われる残虐な宴の始まりを、心底喜ぶかのように。
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