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第一章

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 目が覚めると、枕元に使い魔のフクロウがいた。
「……おはよう、レディ」
『おはよう、今日も辛気臭い顔してるわね』
気位の高い白フクロウは、気取った仕草で羽繕いすると、ぴょんとベッドから降りた。
『ごはんができてるわよ』
「……え?」
聞き返すと、レディは振り返ってもう一度言った。
『新しい家政夫が朝ごはんを作ってくれてるわ。早く下に降りて食べなさい』




 ドノヴァンは昨日のうちに、明らかにゴミと分かるものは外に出し、使い魔に掃除道具の場所を教えてもらい、全ての窓を開け放って埃を叩き出していた。魔道具と思われるものには触れていない。触ってはいけない場所には使い魔が警告を出してくれる。
 キッチンの調理場と食料棚を掃除してある程度使えるようにした。裏に井戸があり、水は確保できたので、手持ちの携帯糧食で食事をとった。暖炉の前に自分の寝床を作り、自前の毛布を敷いて床に寝た。屋根があるだけありがたい。
 翌日、日の出とともにドノヴァンは起床した。夜の間、トカゲが暖炉の番をしてくれていて、ドノヴァンが起きたのを見て火の勢いを強めた。寝ている間も火のおかげで暖かく、膝の違和感も和らいだ。ドノヴァンは黙って薪を足してやる。
 ドノヴァンは井戸で水を汲み、顔を洗うと街へ下りた。自分の食料の確保が主な目的だが、雇い主が何か食べるなら家政夫として料理をしなくてはならない。
 塩漬け肉、乾燥させた豆、玉ねぎやじゃがいもなどを買って戻ると、ドノヴァンは簡単なスープを作り、パンを炙った。
 自分の分の食事を済ませ、掃除に取りかかる。すべてのカーテンを外し、外に干して埃を叩き出した。ゴミを集めて勝手口のわきに積み上げておく。箒で天井の埃と蜘蛛の巣を落とし、テーブルを磨き、窓を磨き、最後に無心に床を磨いていると、人の気配がして顔を上げた。
 まず車椅子が目に入った。どういう原理か、車輪はわずかに床から浮いている。
 車椅子に乗った青年は、顔色が悪く痩せこけていて、ぼさぼさの金髪は肩まで伸びている。良く言えばほっそりしていて、顔の造りも端正だが、ドノヴァンの目には栄養失調の側面が強く映った。
「……おまえ、名前は?」
かすれた声が尋ねた。ドノヴァンは立ち上がり、服の埃を払った。
「ドノヴァンです。家政夫の仕事を紹介されて来ました」
青年は大広間を見回した。たった一晩で、廃墟のようだった空間はすっかり様変わりしていた。窓からはやわらかい冬の光が差し込み、大きなテーブルは磨き上げられ、暖炉は火吹きトカゲが番をして部屋を暖めている。青年は少し呆れたような調子で言った。
「まだ雇うとも言ってないのに、よく働くな」
「この仕事ぶりを見て、私を雇わない選択肢があると?」
ドノヴァンが眉ひとつ動かさずに答えると、青年は瞬きをして、決まり悪そうな顔をした。
「……空き部屋は好きに使っていい。僕の部屋には入るな。適当に金を渡すから、そこから仕事に必要な分を使って、残りは好きにしていい」
ごはんは?と青年が言うので、ドノヴァンはスープを温め直すためにキッチンへと向かった。




 雇い主の名前はウルクスといった。本名ではなく、魔法使いとしての呼び名らしい。
 ウルクスは食に興味がなさそうだったが、出されたものは綺麗に食べた。その後とくに話すこともなく部屋に戻っていったので、ドノヴァンは掃除を再開した。
 大広間の床を磨き上げるのに昼までかかった。昼食にスープの残りとパンを食べる。二階に上がってウルクスの部屋をノックしたが、朝が遅かったので昼はいらないという答え。ドノヴァンは空き部屋の掃除に取りかかった。
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