退役軍人ドノヴァンと、ゴミ屋敷の魔法使い

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第二章

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「あら!?」
遊びに来たマチルダが、ドノヴァンを見るなり声を上げた。彼女は、車椅子で階下に降りてきたウルクスに目をやり、またドノヴァンを見た。
「あんたたち……あら、そうなの……あらぁ……」
ドノヴァンとウルクスを交互に見ながら、マチルダは口元に手を当てている。
「おめでとう、と言ったらいいのかしらね」
ドノヴァンは訳も分からずにいたが、ウルクスは決まり悪そうに黙り込んでいる。
「お見通しよ、ウルクスの魔力がドノヴァンに流れてるのが見えるもの」
ドノヴァンは、ウルクスの表情の意味がわかって、一緒に決まり悪くなった。マチルダはからからと笑った。
「ドノヴァン、ずっとウルクスと一緒にいてくれるんだね。安心したわ」
そしてウルクスの正面に立って、上から下まで眺め回した。
「ウルクス、あんた魔力の巡りが良くなってる」
「うん、まあ」
「具体的に、どうなっているんですか?」
ドノヴァンは食い気味に尋ねた。マチルダはふむふむと頷きながらウルクスを検分する。
「全身に満遍なく魔力が流れてるわ。足にも。以前は澱みがあったけど、血の巡りも悪い子だから仕方ないと思ってた」
ドノヴァンは、こらえきれない喜びが顔に溢れ出すのを感じた。
「腕の運動と、足の屈伸を毎日しているんです」
「まあ……出不精のこの子が」
ウルクスは仏頂面をして黙っている。その方が早く終わると分かっているからだ。
「きちんと足に魔力が流れてる。きっと足を強くしてくれるよ」
マチルダは言った。



 マチルダと話した日から、ドノヴァンはいっそう真剣に取り組み始めた。魔力の調子がいいのは確かなので、ウルクスは好きなようにさせた。
 夏の盛りが来た。生き物たちは短い夏を精一杯に謳歌し、庭には緑が溢れた。
 ドノヴァンに連れられ、ウルクスは庭の木陰に敷かれた毛布の上に座っていた。ドノヴァンが作ったサンドイッチを食べ、淹れたての温かい紅茶を飲む。ドノヴァンが手入れした庭を太陽が輝かせている。木陰は風が通って涼しく、二人は黙って庭を眺めた。
 ふいに気になって、ウルクスは口を開いた。
「ドノヴァンお前、家族は?」
ドノヴァンは驚いた顔をした。
「興味がありますか」
「あったら何だよ」
「いや、そういった他人の事情に興味が無さそうなので」
「無いけど、お前のはあるよ」
ウルクスの言葉に、ドノヴァンは嬉しそうに顔をほころばせた。
「家族はどうしているか分かりません。口減らしのためにはした金で軍に入れられて、戻ってきたら家がなくなっていた」
「そうか」
ウルクスは頷いた。
「ウルクスは?」
「僕の親は物心ついた頃にはいなかった。足が悪いから捨てられたんだろう。孤児院を転々として、拾ってくれたのが師匠だ」
ウルクスは紅茶を口に含んだ。
「幸い、僕には魔力があり、魔法の才能もあった。師匠は僕の足が悪いことなんか気にせず、マチルダと同じように僕を扱ってくれたよ。この屋敷は、元々は師匠のものだったのを貰ったんだ」
「お師匠さんは、今は……」
ドノヴァンが気遣わしげに聞いたので、ウルクスはにやりと笑った。
「まだピンピンしてるよ。世界中の魔法を知りたいとか言って、飛び回ってる。今はどこにいるやら」
「そうですか、よかった」
ウルクスは寝転がり、草木の匂いを吸い込んだ。
「師匠が親で、マチルダが姉のようなものだったから、血の繋がった家族がいなくても気にしたことはなかった。でも……」
ドノヴァンは黙って聞いている。
「お前と魔力で繋がってから、この百年で初めて、独りじゃないんだと思ったよ」
ウルクスは素直に言った。しばらくしてもドノヴァンが黙っているので、ウルクスはドノヴァンを見上げた。ドノヴァンは静かに涙を堪えていた。
「……私もです」
ウルクスは笑った。
「何泣いてる」
ドノヴァンが覆いかぶさってきて、ウルクスは両腕を広げた。背中に腕が回り、強く抱き締められる。ドノヴァンは感情の波が去るまでそうしていた。落ち着くと、ドノヴァンはウルクスの顔じゅうに口付けを落とした。ウルクスは笑う。
「愛しています」
ドノヴァンは言った。風が吹き、木々のこずえがサラサラと音を鳴らす。ウルクスは木漏れ日に目を細めた。
「僕も、愛してるよ」
ドノヴァンはウルクスをかき抱き、情熱的な口付けを浴びせた。ウルクスはそれに応えながら、どうしようもない欲求が胸の内から突き上げてくるのを感じた。
「ああ、ドノヴァン、待て、待ってくれ」
ドノヴァンの熱い唇に翻弄され、ウルクスは息も絶え絶えに止めた。
「嫌でしたか」
「そうじゃない、そうじゃなくて……」
ウルクスは唸り、しかし欲求に負けて言った。
「その、お前と『交わり』たい、もう一回」
ドノヴァンがものすごい形相をして、ウルクスを抱えあげた。
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