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陽だまりを抱いて眠る
【二】ささやかな、計画
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電話を受けた翌日――
積もり積もった日頃の疲れに、堪らず悲鳴をあげる身体の訴えに反して、私は結局、ベッドに横たわったまま一睡もすることができなかった。
明け方の青い静寂の中で、白んでいく空をぼんやり眺める。気付けば、部屋にはいつしか朝陽が差し込んでいた。
警察から再度、連絡があったのは九時ごろだっただろうか。監察医の到着はお昼過ぎになる、とのことだった。
手配した葬儀屋にもその旨を伝えておくようにと担当刑事から仰せつかったので、私は仲介役となって、昨晩依頼した葬儀屋に迎えの時間を改めて連絡する。
葬儀屋の寝台車には、母といっしょに私も乗せてもらえるそうだ。
遺体の帰り先まで向かうための車が私には無かったので、帰りはお言葉に甘えるとして、警察署までの往きは電車を使うことにした。
指定された時間に警察署へと赴く。受付で担当刑事の名を告げると、通された先の部屋で遺体引き渡しの手続きを済ませることになった。
私はそこで刑事ドラマさながらの取り調べを受け――なんてことはなく、遺留品などの確認をごく簡単にしたくらいで、あっさりと手続きは終了してしまった。
母の死因にも事件性は認められず、死体検案書も問題なくその場で発行された。検案書に記載された「直接的な死因」の欄には心疾患とあった。死後、二日が経過していた。
手続きを終え、ロビーにひとり、取り残される。
溜息は零れ落ちたそばから、目の前をせわしなく行き交う雑踏に踏みつけられて、跡形もなく消えていく。
やがて、タイル張りの床を見つめる視界の片隅に、ぴかぴかに磨き上げられた黒い革靴の先端が不意に映りこんだ。
視線を上げた先にいたのは、オールバックで髪を撫でつけた恰幅の良い壮年の男性と、眼鏡をかけた神経質そうな男性の二人組。揃いの黒スーツ。
胸元の名札には「瀬古葬祭店」――
私の依頼した葬儀屋だ。目が合うと誰からともなく「どうも……」と頭を下げる。
私が部屋で手続きをしている間に、搬送準備はすでに整っていたらしい。
二人は例によってお悔やみの言葉を述べたのちに、母を乗せた寝台車へと私を案内した。
「こちらのお車です。どうぞお乗りください」
駐車場の一画に停められている寝台車はシルバーのミニバンで、緑ナンバーであること以外は、パッと見には普通の乗用車と区別がつかなかった。
無知な私は、てっきり車両後部にお神輿が乗っかっているような黒塗りの霊柩車で迎えに来るものと思っていた。しかし後から聞くところによると、それは葬儀場から火葬場へと送り出すときの「宮型霊柩車」と呼ばれるもので、昨今ではその「宮型」ですらあまり使われることはないのだという。
スライドドアを開けると、運転席の後ろ、つまり車両の右半分は座席が取り払われており、そこにはストレッチャーの上でシーツに包まれた母の遺体が横たわっていた。
二人組の葬儀屋は、眼鏡の男性が運転手となって、もう一人が助手席に身体を捩じ込む。私は、助手席の後ろ――母のとなりに乗ることになった。
「お母さまのお帰り先はどちらになりますか?」
運転席から覗く横顔が、私にそう尋ねる。
どちら――と、言われましても……。
答えあぐねていると運転手が、遺体の帰り先は「自宅にお連れするか。もしくは葬儀会館の霊安庫で火葬当日までお預かりするか」のどちらかだと教えてくれた。
なるほど。でも、火葬当日まで何日も自宅に置いておくのは難しい。私がいま住んでいるマンションはもってのほか。実家のほうも母しか住んでいないので、遺体だけを独りで残しておくわけにもいかないだろう。葬儀屋さんに預かってもらうしか選択肢がない。
「――かしこまりました。では、葬儀の担当をさせていただく係の者が会館で待機しておりますので、霊安室にご安置したのちに、応接室にて担当者とお打ち合わせをして頂きますようお願いいたします」
担当者が別で待機している――ということは、この人たちは搬送だけのお手伝いということか。二人のどちらかが葬儀の担当者になるものと思っていたけど、どうやら一件の葬儀を執り行うまでにはセクションごとに分業体制になっているようだ。
エンジンが静かにかかり、滑り出すように寝台車が発進する。ここから葬儀会館までは三十分ちょっとで着くらしい。
走行中、私は背もたれに身体を深く預けて、窓の外を流れる景色だけを見つめていた。
緩やかに過ぎ去っていく街の景観とともに、母の記憶が脳裏をかすめていく。
それと同時に、この空虚な人生の暗澹たる行く末にも、不安だけがしんしんと降り積もっていく。
そんなときだった。
私が今回の計画を思いついたのは、まさにそのときだったのだ――
(つづく)
積もり積もった日頃の疲れに、堪らず悲鳴をあげる身体の訴えに反して、私は結局、ベッドに横たわったまま一睡もすることができなかった。
明け方の青い静寂の中で、白んでいく空をぼんやり眺める。気付けば、部屋にはいつしか朝陽が差し込んでいた。
警察から再度、連絡があったのは九時ごろだっただろうか。監察医の到着はお昼過ぎになる、とのことだった。
手配した葬儀屋にもその旨を伝えておくようにと担当刑事から仰せつかったので、私は仲介役となって、昨晩依頼した葬儀屋に迎えの時間を改めて連絡する。
葬儀屋の寝台車には、母といっしょに私も乗せてもらえるそうだ。
遺体の帰り先まで向かうための車が私には無かったので、帰りはお言葉に甘えるとして、警察署までの往きは電車を使うことにした。
指定された時間に警察署へと赴く。受付で担当刑事の名を告げると、通された先の部屋で遺体引き渡しの手続きを済ませることになった。
私はそこで刑事ドラマさながらの取り調べを受け――なんてことはなく、遺留品などの確認をごく簡単にしたくらいで、あっさりと手続きは終了してしまった。
母の死因にも事件性は認められず、死体検案書も問題なくその場で発行された。検案書に記載された「直接的な死因」の欄には心疾患とあった。死後、二日が経過していた。
手続きを終え、ロビーにひとり、取り残される。
溜息は零れ落ちたそばから、目の前をせわしなく行き交う雑踏に踏みつけられて、跡形もなく消えていく。
やがて、タイル張りの床を見つめる視界の片隅に、ぴかぴかに磨き上げられた黒い革靴の先端が不意に映りこんだ。
視線を上げた先にいたのは、オールバックで髪を撫でつけた恰幅の良い壮年の男性と、眼鏡をかけた神経質そうな男性の二人組。揃いの黒スーツ。
胸元の名札には「瀬古葬祭店」――
私の依頼した葬儀屋だ。目が合うと誰からともなく「どうも……」と頭を下げる。
私が部屋で手続きをしている間に、搬送準備はすでに整っていたらしい。
二人は例によってお悔やみの言葉を述べたのちに、母を乗せた寝台車へと私を案内した。
「こちらのお車です。どうぞお乗りください」
駐車場の一画に停められている寝台車はシルバーのミニバンで、緑ナンバーであること以外は、パッと見には普通の乗用車と区別がつかなかった。
無知な私は、てっきり車両後部にお神輿が乗っかっているような黒塗りの霊柩車で迎えに来るものと思っていた。しかし後から聞くところによると、それは葬儀場から火葬場へと送り出すときの「宮型霊柩車」と呼ばれるもので、昨今ではその「宮型」ですらあまり使われることはないのだという。
スライドドアを開けると、運転席の後ろ、つまり車両の右半分は座席が取り払われており、そこにはストレッチャーの上でシーツに包まれた母の遺体が横たわっていた。
二人組の葬儀屋は、眼鏡の男性が運転手となって、もう一人が助手席に身体を捩じ込む。私は、助手席の後ろ――母のとなりに乗ることになった。
「お母さまのお帰り先はどちらになりますか?」
運転席から覗く横顔が、私にそう尋ねる。
どちら――と、言われましても……。
答えあぐねていると運転手が、遺体の帰り先は「自宅にお連れするか。もしくは葬儀会館の霊安庫で火葬当日までお預かりするか」のどちらかだと教えてくれた。
なるほど。でも、火葬当日まで何日も自宅に置いておくのは難しい。私がいま住んでいるマンションはもってのほか。実家のほうも母しか住んでいないので、遺体だけを独りで残しておくわけにもいかないだろう。葬儀屋さんに預かってもらうしか選択肢がない。
「――かしこまりました。では、葬儀の担当をさせていただく係の者が会館で待機しておりますので、霊安室にご安置したのちに、応接室にて担当者とお打ち合わせをして頂きますようお願いいたします」
担当者が別で待機している――ということは、この人たちは搬送だけのお手伝いということか。二人のどちらかが葬儀の担当者になるものと思っていたけど、どうやら一件の葬儀を執り行うまでにはセクションごとに分業体制になっているようだ。
エンジンが静かにかかり、滑り出すように寝台車が発進する。ここから葬儀会館までは三十分ちょっとで着くらしい。
走行中、私は背もたれに身体を深く預けて、窓の外を流れる景色だけを見つめていた。
緩やかに過ぎ去っていく街の景観とともに、母の記憶が脳裏をかすめていく。
それと同時に、この空虚な人生の暗澹たる行く末にも、不安だけがしんしんと降り積もっていく。
そんなときだった。
私が今回の計画を思いついたのは、まさにそのときだったのだ――
(つづく)
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