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陽だまりを抱いて眠る
【終章】陽だまりを抱いて眠る
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実の母親の葬儀で自殺を企てた喪主――
いくら葬儀が非日常の世界とはいえ、そのような暴挙に出た客など前代未聞もいいところだろう。厳重注意は受け入れて然るべし、下手をすれば履行契約の取り消しを言い渡されても文句は言えない問題行動であった。未遂で済んだとはいえ、音喜多さんに発覚した時点で、私は葬儀の中止も覚悟していた。
が――しかし、結果的に葬儀は滞りなく執り行われた。
あのあと音喜多さんは言葉どおり、まるで何事もなかったかのように淡々と葬儀の準備を進めていた。ここで仮に中止や延期となったところで、結局は母を送り出せる身内が私ひとりしかいない以上、問題の先送りになるだけだから致し方なし、といったところだったのだろう。
私自身も、彼女と対峙したときは興奮状態で分別を失っていたものの、我に返ったあとは次第に元の落ち着きを取り戻し、葬儀に臨めるだけの精神状態にまでは回復することができた。そして以降、互いに口に出さずとも、今回のことは暗黙の了解として私たち二人の間だけでひっそりと消化されることとなった。
葬儀は昨夜の通夜と同様、時間の許す限り絶やすことなく香を炊きつづけた。母には、心の中でひたすらに謝った――生前、寄り添ってあげられなかったこと。きちんと供養してあげられなかったこと。そして……母の死を利用して、愚かしい真似を犯しかけたことに。
母の遺体は予定通り、都内の民営火葬場で荼毘に付された。
遺骨を収めた骨壺は桐箱に入れられ、その上から白い覆いが被せられる。
それをもって母の葬儀は、その全行程が滞りなく終了した。
両手で骨壺を慎重に抱えて、火葬場を後にしようとした、そのとき――
短いクラクションが、私の気を引くように二回、鳴った。
音のしたほうを見やると、駐車場の一画に白の軽自動車が。運転席からこちらへ手を振る人物は、私がそれに気付いたとみると、速やかに車をまわし私の前へと横付けする。
助手席のドアウィンドウが下がる。視線を下げて中を伺うと、運転席の音喜多さんが「乗って」と、横に身を乗り出した。
「……帰りの送迎を頼んだ覚えは、ないんですけど」
言うと、彼女はどこか砕けた調子で「いいから、遠慮しないで」と半ば無理矢理、私を助手席に招き入れた。
不承不承に指示に従い、シートベルトを掛けて骨壺の桐箱を膝上に抱える。
軽自動車はかなり年季が入っており、寝台車と違ってお世辞にも快適な乗り心地とは言えなかった。社員が営業で乗り回すための代物だと割り切って使っているのだろう。たしかに、こちらが遠慮するようなものでもなさそうだ。
咳き込むようなエンジン音とともに、身体の重心が後ろへ引かれる。
しばらくのあいだ、車内には沈黙が流れていた。しかし、それを「気まずい」と感じていたのは、どうやら私だけのようだ。音喜多さんは、どこ吹く風といった様子で軽やかにハンドルを捌いている。
葬儀の進行中に纏っていた凛々しさとは、また違った一面がその横顔に垣間見えた。
信号待ちのあいだ、彼女はおもむろにポケットをまさぐると、どこからともなく個包装のお菓子を取り出し、こちらへと差し出す。菊の花輪を象った最中だ。
「――これ、ほんとうはお寺様用のなんですけど、あまってたから持ってきちゃいました。よかったら、食べません?」
「……いえ、けっこうです」
やっぱり、この期に及んで今朝のことを取り沙汰する気は彼女にはないようだ。
気遣いはありがたかったが、その飄々とした態度がちょっとだけ鼻について、私はなんとなく彼女に突っかかってみたくなった。
「音喜多さん、なんだか昨日よりだいぶ疲れてますね」
「あら。そう見えます?」
「わかりますよ。寝不足でしょう。昨日の夜は、どこで何を?」
「私ですか? ……映画を見てましたけど、それが何か?」
「……朝まで、ずっと?」
「かもしれませんね」
見え見えの嘘だ。彼女は命の恩人ではあるが、私の計画を邪魔してくれた憎い相手でもある。ちょっとくらい、やり返してやれ。
「……音喜多さん。嘘つくの下手だって言われません?」
「――と、いいますと?」
「映画を見てたなんて嘘。本当は夜中に会館に戻ってきて、私が変な気を起こさないか一晩中見張ってたんでしょう」
そう。彼女は夜中のあいだに私を発見したはずだ。だって、私にブランケットを掛けてくれたのは、きっと彼女なんだから。朝に出勤したあとだったなら、その場で起こしてくれたはずなのだ。
しかし――私がしたり顔でそれを指摘するや、彼女は意地悪く目を細めて
「それはどうでしょう。私、嘘をついた覚えなんてありませんよ? だって……映画を流してたのは本当ですけど、それをどこで見ていたかまでは言ってないでしょう?」
と鼻で笑った。
「いじわる」
「どうも」
「屁理屈おんな」
「ありがとうございます」
それきり車内は、ふたたび沈黙に包まれる。
ときどき揺れる振動で、桐箱の中の骨壺がカタカタと音を立てた。
「――ぜんぶ、無駄に終わっちゃったな……」
つい、ひとりでに言葉が漏れてしまった。
誰に言ったわけでもないが、それを受けて音喜多さんが横目に視線を送る。
「なぜ、そうお思いに?」
「だって――そうでしょう? ……今回の葬儀。私のせいで何もかも全部、中途半端に終わっちゃって……母もきちんと供養されなかっただろうし、それに私だって――」
――死に損なってしまったんだから。
すると何を思ったか、彼女は唐突に質問を投げかけた。
「高槻さん。お葬式って、誰のためにあげるものだと思います?」
お葬式は誰のために? それは当然――
「――死んでしまった人のため、じゃないんですか?」
「もちろん、それはそうなんですが――」
言って、彼女はゆっくりと間をもたせながら言葉を紡いだ。
「――私の個人的な意見としては、お葬式は『遺族がご自身のためにあげる式』でもあると思うんですよ」
「遺族自身の……私が、『私のためにあげる式』ってこと?」
正面を見据えたまま、彼女がうなずく。
「お葬式の内容って、人によって様々でしょう? 予算を掛けて絢爛なお式をする人もいれば、やむなく直葬にする人もいる。……でも、お金の掛け方で供養のされ方に違いがどう出るかだなんて、生きている私たちにはどうやっても知る術がないじゃないですか。そんなことに気を揉んでも、詮無いことだと思いません?」
「そう、でしょうか……そうかもしれませんけど」
答えを濁す私に、音喜多さんは優しく諭すように笑いかけた。
「死者は語らずして、その身をもって最後にひとつの『教え』を遺すのだと言われています。故人が成仏できたかどうかも大事なことではありますが、真に重要なのは……身近な人の死を通して、遺された側がそこから何を学んだのか、ということではないでしょうか」
何を学んだか……おかあさんが、最後に私に教えてくれたこと――か。
私はそれを聞いて、昨夜のことを思い返していた。
泣きながら我を忘れて母の身体を抱きしめていたことを。父を失った日に、母が私にそうしたように――
「お葬式は『別れの儀式』であるとともに……愛する人がいなくなったあとの世界へ、次の一歩を踏み出していくための『決意の儀式』でもあります。それこそが、お葬式というものの本質であると、私は思うんです。
高槻さん。ご自分では気付いていないかもしれませんが、昨日までと比べて、その顔つきはだいぶ穏やかになって見えますよ。――いまのあなたを見ていると……今回の葬儀はそれだけで、私には充分、意義のあるものであったと思えます」
そう、かな……。私、なにか変われたのかな――
無意識に、窓に映った自分と目が合う。そこから目線を少し上げてみると、その向こうには抜けるような青空で綿雲が気持ちよさそうに浮かんでいた。
「音喜多さん――」
「なんでしょう」
「――最中……ひとつ、いただけますか?」
差し出した手を見て――喜んで、と彼女が微笑む。
「ひとつでいいんですか? 二つでも、三つでも、お好きなだけどうぞ」
まるで童謡みたいに、彼女がポケットを叩くたびに最中が飛び出すのが可笑しくて、つい二人して声をあげて笑ってしまった。
「じゃあ、せっかくだから……二つ、もらっちゃいます」
ぱりり、と音を立て最中にかぶりつく。
そういえば私、昨日から何も食べてなかったっけ。
空腹がほどよく満たされて、おかげで少しだけ元気が湧いてきた。
気持ちは相変わらず、募る不安や後悔に圧し潰されそうになるけれど……いまの私なら、そこから這いずってでも前に進んでいける気がする。
そうだ。しっかりしろ、幸――
大好きな父は死に、母もまた逝ってしまった。四十九日が過ぎれば、母は父の待つお墓へと入ることになる。それを管理できる者は、もう他にいないんだ。おまえが頑張らなくてどうする。
私が、守るんだ――
大好きな二人が眠る安息の地を、私は生涯を賭して守り抜いてみせる。
たとえ自分が孤独のまま寂しく人生を終えたとしても、同じお墓に入るときには、せめて胸を張って会いにいきたいと――強く、そう思った。
膝に抱えた母の遺骨を、ぎゅっと抱きしめる。
火葬されたばかりの遺骨はまだ仄かに熱を帯びており、桐箱を通して膝上にその温もりが伝わってきた。
私にはそれが、まるで陽だまりのような優しい暖かさに感じられて……こうしていると――なんだか、とても眠たくなってきた。
かくん、と首が落ちそうになって、慌てて飛び起きる。
「す……すみません、つい……」
「かまいませんよ」
船を漕ぎ始めた私を見て、緩やかに速度が落とされていく。
そして――
「着いたら、起こしてあげます」
その一言を聞いたら、なんだか途端に安心してしまって――
私はつい、うとうと――
してしまって――
気付かぬうちに――
ほんとうに、ひさしぶりに――
ぐっすりと、眠っていた――
(了)
いくら葬儀が非日常の世界とはいえ、そのような暴挙に出た客など前代未聞もいいところだろう。厳重注意は受け入れて然るべし、下手をすれば履行契約の取り消しを言い渡されても文句は言えない問題行動であった。未遂で済んだとはいえ、音喜多さんに発覚した時点で、私は葬儀の中止も覚悟していた。
が――しかし、結果的に葬儀は滞りなく執り行われた。
あのあと音喜多さんは言葉どおり、まるで何事もなかったかのように淡々と葬儀の準備を進めていた。ここで仮に中止や延期となったところで、結局は母を送り出せる身内が私ひとりしかいない以上、問題の先送りになるだけだから致し方なし、といったところだったのだろう。
私自身も、彼女と対峙したときは興奮状態で分別を失っていたものの、我に返ったあとは次第に元の落ち着きを取り戻し、葬儀に臨めるだけの精神状態にまでは回復することができた。そして以降、互いに口に出さずとも、今回のことは暗黙の了解として私たち二人の間だけでひっそりと消化されることとなった。
葬儀は昨夜の通夜と同様、時間の許す限り絶やすことなく香を炊きつづけた。母には、心の中でひたすらに謝った――生前、寄り添ってあげられなかったこと。きちんと供養してあげられなかったこと。そして……母の死を利用して、愚かしい真似を犯しかけたことに。
母の遺体は予定通り、都内の民営火葬場で荼毘に付された。
遺骨を収めた骨壺は桐箱に入れられ、その上から白い覆いが被せられる。
それをもって母の葬儀は、その全行程が滞りなく終了した。
両手で骨壺を慎重に抱えて、火葬場を後にしようとした、そのとき――
短いクラクションが、私の気を引くように二回、鳴った。
音のしたほうを見やると、駐車場の一画に白の軽自動車が。運転席からこちらへ手を振る人物は、私がそれに気付いたとみると、速やかに車をまわし私の前へと横付けする。
助手席のドアウィンドウが下がる。視線を下げて中を伺うと、運転席の音喜多さんが「乗って」と、横に身を乗り出した。
「……帰りの送迎を頼んだ覚えは、ないんですけど」
言うと、彼女はどこか砕けた調子で「いいから、遠慮しないで」と半ば無理矢理、私を助手席に招き入れた。
不承不承に指示に従い、シートベルトを掛けて骨壺の桐箱を膝上に抱える。
軽自動車はかなり年季が入っており、寝台車と違ってお世辞にも快適な乗り心地とは言えなかった。社員が営業で乗り回すための代物だと割り切って使っているのだろう。たしかに、こちらが遠慮するようなものでもなさそうだ。
咳き込むようなエンジン音とともに、身体の重心が後ろへ引かれる。
しばらくのあいだ、車内には沈黙が流れていた。しかし、それを「気まずい」と感じていたのは、どうやら私だけのようだ。音喜多さんは、どこ吹く風といった様子で軽やかにハンドルを捌いている。
葬儀の進行中に纏っていた凛々しさとは、また違った一面がその横顔に垣間見えた。
信号待ちのあいだ、彼女はおもむろにポケットをまさぐると、どこからともなく個包装のお菓子を取り出し、こちらへと差し出す。菊の花輪を象った最中だ。
「――これ、ほんとうはお寺様用のなんですけど、あまってたから持ってきちゃいました。よかったら、食べません?」
「……いえ、けっこうです」
やっぱり、この期に及んで今朝のことを取り沙汰する気は彼女にはないようだ。
気遣いはありがたかったが、その飄々とした態度がちょっとだけ鼻について、私はなんとなく彼女に突っかかってみたくなった。
「音喜多さん、なんだか昨日よりだいぶ疲れてますね」
「あら。そう見えます?」
「わかりますよ。寝不足でしょう。昨日の夜は、どこで何を?」
「私ですか? ……映画を見てましたけど、それが何か?」
「……朝まで、ずっと?」
「かもしれませんね」
見え見えの嘘だ。彼女は命の恩人ではあるが、私の計画を邪魔してくれた憎い相手でもある。ちょっとくらい、やり返してやれ。
「……音喜多さん。嘘つくの下手だって言われません?」
「――と、いいますと?」
「映画を見てたなんて嘘。本当は夜中に会館に戻ってきて、私が変な気を起こさないか一晩中見張ってたんでしょう」
そう。彼女は夜中のあいだに私を発見したはずだ。だって、私にブランケットを掛けてくれたのは、きっと彼女なんだから。朝に出勤したあとだったなら、その場で起こしてくれたはずなのだ。
しかし――私がしたり顔でそれを指摘するや、彼女は意地悪く目を細めて
「それはどうでしょう。私、嘘をついた覚えなんてありませんよ? だって……映画を流してたのは本当ですけど、それをどこで見ていたかまでは言ってないでしょう?」
と鼻で笑った。
「いじわる」
「どうも」
「屁理屈おんな」
「ありがとうございます」
それきり車内は、ふたたび沈黙に包まれる。
ときどき揺れる振動で、桐箱の中の骨壺がカタカタと音を立てた。
「――ぜんぶ、無駄に終わっちゃったな……」
つい、ひとりでに言葉が漏れてしまった。
誰に言ったわけでもないが、それを受けて音喜多さんが横目に視線を送る。
「なぜ、そうお思いに?」
「だって――そうでしょう? ……今回の葬儀。私のせいで何もかも全部、中途半端に終わっちゃって……母もきちんと供養されなかっただろうし、それに私だって――」
――死に損なってしまったんだから。
すると何を思ったか、彼女は唐突に質問を投げかけた。
「高槻さん。お葬式って、誰のためにあげるものだと思います?」
お葬式は誰のために? それは当然――
「――死んでしまった人のため、じゃないんですか?」
「もちろん、それはそうなんですが――」
言って、彼女はゆっくりと間をもたせながら言葉を紡いだ。
「――私の個人的な意見としては、お葬式は『遺族がご自身のためにあげる式』でもあると思うんですよ」
「遺族自身の……私が、『私のためにあげる式』ってこと?」
正面を見据えたまま、彼女がうなずく。
「お葬式の内容って、人によって様々でしょう? 予算を掛けて絢爛なお式をする人もいれば、やむなく直葬にする人もいる。……でも、お金の掛け方で供養のされ方に違いがどう出るかだなんて、生きている私たちにはどうやっても知る術がないじゃないですか。そんなことに気を揉んでも、詮無いことだと思いません?」
「そう、でしょうか……そうかもしれませんけど」
答えを濁す私に、音喜多さんは優しく諭すように笑いかけた。
「死者は語らずして、その身をもって最後にひとつの『教え』を遺すのだと言われています。故人が成仏できたかどうかも大事なことではありますが、真に重要なのは……身近な人の死を通して、遺された側がそこから何を学んだのか、ということではないでしょうか」
何を学んだか……おかあさんが、最後に私に教えてくれたこと――か。
私はそれを聞いて、昨夜のことを思い返していた。
泣きながら我を忘れて母の身体を抱きしめていたことを。父を失った日に、母が私にそうしたように――
「お葬式は『別れの儀式』であるとともに……愛する人がいなくなったあとの世界へ、次の一歩を踏み出していくための『決意の儀式』でもあります。それこそが、お葬式というものの本質であると、私は思うんです。
高槻さん。ご自分では気付いていないかもしれませんが、昨日までと比べて、その顔つきはだいぶ穏やかになって見えますよ。――いまのあなたを見ていると……今回の葬儀はそれだけで、私には充分、意義のあるものであったと思えます」
そう、かな……。私、なにか変われたのかな――
無意識に、窓に映った自分と目が合う。そこから目線を少し上げてみると、その向こうには抜けるような青空で綿雲が気持ちよさそうに浮かんでいた。
「音喜多さん――」
「なんでしょう」
「――最中……ひとつ、いただけますか?」
差し出した手を見て――喜んで、と彼女が微笑む。
「ひとつでいいんですか? 二つでも、三つでも、お好きなだけどうぞ」
まるで童謡みたいに、彼女がポケットを叩くたびに最中が飛び出すのが可笑しくて、つい二人して声をあげて笑ってしまった。
「じゃあ、せっかくだから……二つ、もらっちゃいます」
ぱりり、と音を立て最中にかぶりつく。
そういえば私、昨日から何も食べてなかったっけ。
空腹がほどよく満たされて、おかげで少しだけ元気が湧いてきた。
気持ちは相変わらず、募る不安や後悔に圧し潰されそうになるけれど……いまの私なら、そこから這いずってでも前に進んでいける気がする。
そうだ。しっかりしろ、幸――
大好きな父は死に、母もまた逝ってしまった。四十九日が過ぎれば、母は父の待つお墓へと入ることになる。それを管理できる者は、もう他にいないんだ。おまえが頑張らなくてどうする。
私が、守るんだ――
大好きな二人が眠る安息の地を、私は生涯を賭して守り抜いてみせる。
たとえ自分が孤独のまま寂しく人生を終えたとしても、同じお墓に入るときには、せめて胸を張って会いにいきたいと――強く、そう思った。
膝に抱えた母の遺骨を、ぎゅっと抱きしめる。
火葬されたばかりの遺骨はまだ仄かに熱を帯びており、桐箱を通して膝上にその温もりが伝わってきた。
私にはそれが、まるで陽だまりのような優しい暖かさに感じられて……こうしていると――なんだか、とても眠たくなってきた。
かくん、と首が落ちそうになって、慌てて飛び起きる。
「す……すみません、つい……」
「かまいませんよ」
船を漕ぎ始めた私を見て、緩やかに速度が落とされていく。
そして――
「着いたら、起こしてあげます」
その一言を聞いたら、なんだか途端に安心してしまって――
私はつい、うとうと――
してしまって――
気付かぬうちに――
ほんとうに、ひさしぶりに――
ぐっすりと、眠っていた――
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