✘✘令嬢、脱兎のごとく!~テンセイシャ狩りから始まる没落喜劇~

森羅 唯

文字の大きさ
14 / 17

第14話 どうして魔法見せてくれないの?

しおりを挟む
 表通りの賑わいを避けるように、路地裏で息を殺す四つの影。
 酒場を出た私たちは腐敗したゴミの匂いにまぎれながら、ターゲットの男性が店から出てくるのを待っていた。

 ジノスが壁にもたれ掛かりながらニーナに尋ねる。

「ニーナ、準備はいいか?」

「はい、いつでも行けます!」

 自信満々に語るニーナの姿を見て、不安感が増すのは何故だろう?
 今からでも誰か別の人に……いや、ここまで来たんだ。腹を決めてニーナに任せよう。

 ピリピリとした緊張感の中、マリーカが腰のポケットから手のひらサイズの小瓶を取り出した。
 彼女は取り出した瓶の蓋をねじると、中身を取り出しニーナの耳にねじ込む。

「耳、失礼するわよ」

「ひゃあっ!? なんですかなんですか!?」

「今、あんたの耳に小型の魔物を一匹放り込んだわ。あたしたちの声を伝えるのに必要だから、勝手に取り出すんじゃないわよ」

「わ、分かりました! なんかムズムズしますが、そういうことなら我慢しますね!」

 心の底から、囮役にならなくて良かったと思う。
 耳の中で謎の生物が蠢いているなんて、私なら気持ち悪くて歩くことすらままならないかも。

 マリーカが先ほどとは別の瓶を取り出し、今度は中身を自分の口に放り込む。

「あー……もしもーし。どう、ニーナ聞こえてる?」

「おお、聞こえます聞こえます! なるほど、こういう感じですか!」

 どうやら、マリーカが口に放り込んだ魔物からニーナの耳の中の魔物へ音が届くらしい。
 動物愛護の概念がある世界ならちょっとした問題になりそうな絵面だけど、魔物はそもそも動物扱いじゃないのかな?

「それじゃあニーナ、気を付けてね」

「はい!」

 ……ニーナの耳の中にチラッと見えたミミズみたいな魔物が死ぬほど気持ち悪い。





 ターゲットの男性が店を出たのは、それから数分後のことだった。
 私たちは男性の十歩ほど後ろにニーナ、そこからさらに三十歩ほど後ろに残りの三人という布陣で追跡を行う。

「そういえば、さっき昏睡させるって言ってたけど一体どうやるの?」

「ああ……こいつを使うのよ」

 マリーカは腰のポケットに手を突っ込むと、中から腕の長さほどある細い筒を取り出した。
 さっきの瓶もポケットから取り出してたけど、中身は一体どうなってるんだろう。

「……何これ?」

「吹き矢よ」

「吹き矢? あの、口に咥えてピュッて吹く奴?」

「そうそう、ピュピュッと吹く奴よ」

 どうして、微妙に言い方を変えてきたんだろう。
 しかし、そんなことよりもずっと気になる点が一つ。

「えっと、魔法は?」

「使わないわよ?」

 私はムッと唇を尖らせる。

「なんか……正直、ガッカリだよ」

「はあ?」

「はっきり言って場違いだよ。この世界観に対してその筒は場違い」

「あんたが何を言ってるのか、さっぱりなんだけど……」

 マリーカは額に手を当てて、私に白い目を向けた。

「ここって魔法が珍しくもなんともないファンタジー世界だよね? 加えて、あなたは魔王だよね? これだけの要素が揃っておいて、どうして魔法見せてくれないの?」

「別に魔法って進んで人に見せるようなものじゃないし」

 魔王なんてふざけた肩書を恥ずかしげもなく名乗っているくせして、どうしてそこだけ変に奥ゆかしいんだ。
 魔王なんだから魔法使おうよ。魔法要素なくしちゃったら、それもうただの王だよ。

「私、あなたが作戦を説明してる時、結構ワクワクしてたんだよ。『魔王が昏睡状態にさせる手段ってどんなだろう?』って」

「そんなこと言われても知らないわよ」

「百歩譲ってさ、剣とか弓とか使うならまだ分かるよ。なんで吹き矢なの?」

「そんなの、目立たないからに決まってるでしょ。こんな街中で露骨に武器なんて振り回してたら、一発で守衛が飛んでくるわよ」

「そんな現実的な理由、魔王の口から聞きたくないよ」

「あんた、さっきから何言ってんのよ?」

 自分でも、おかしなテンションになっているのは理解している。
 けど、私としてはすでに見る気満々。
 映画で例えるなら、着席してコーラとポップコーンを脇に設置し終えた段階だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...