3 / 20
獣除け珈琲
しおりを挟む
とある日の早朝、ラミスが後ろ手を組みながら、クレナに声をかけた。
「良いモノができたから、クレナちゃんにあげる」
「……何これ? 香水?」
ラミスの手に握られていたのは、中に黒い液体の入った透明なガラス瓶。
「ううん、この中には動物除けの珈琲が入ってるの。クレナちゃん、朝から晩まで色々と警戒して神経をすり減らしてるみたいだから、少しでも楽させてあげようと思って徹夜で作った」
「あたしが一人で朝から晩まで警戒せざるを得ないのは、あんたが引きこもってばかりで当番制を拒否してるせいだけどね」
クレナがジトリとした視線を向けると、ラミスは肩をすくめながら言った。
「まあまあ、そう怒らないで。これを使えば、そんなお悩みなんて一気に解決するから」
「一気に解決って何? この珈琲があれば、動物に襲われなくなるとか?」
「その通り。けど、動物を遠ざける類のものではないよ。強いて言うなら、動物が従いたくなる香り……上位の動物に似た香りを放つことで、一般の動物の横を素通り出来るようになるという寸法」
「発想は面白いと思うけど、獣臭い珈琲ってなんか嫌ね。それに、従いたくなる香りっていうのも少し不安だわ。どうせなら、動物が逃げ出す感じの香りの方が良かったんじゃない?」
顎に手をあてガラス瓶を眺めるクレナに、ラミスは落ち着いた口調で説明した。
「確かに、私も最初はその方向で研究を進めてたよ。けど、縄張りを追われた動物が行き着く先に人が住んでたら大変なことになるでしょ? 私の中に、辛うじて残っている人の心が『それは危険だ』と思いとどまらせてくれたの」
「姉に人の心が辛うじてしか残っていないという事実に、困惑を隠しきれないんだけど……」
「安心して。クレナちゃんが私の面倒を見てくれてる間は、人を殺めたりしないと思うから」
「待って。あんた、あたしがいなくなったら人を殺めるの?」
「……私が他人に興味ないの、クレナちゃんもよく知ってるよね?」
瞬間、場に沈黙が走る。
クレナは目を逸らしながら、ラミスに尋ねた。
「と、とりあえず試してみようかしら。これ、飲めばいいのよね?」
「うん、何も考えずグイッといっちゃって。味は、はっきり言って酷いから」
「とても珈琲職人の言葉とは思えないわね。これから、カフェ経営でやってくつもりなんだから少しはプライドとか見せなさいよ」
「試してみて売り物になりそうなら、ちゃんと味も改良していくよ。あっ、それと間違ってもユニさんの口に入らないよう注意してね。動物自身が飲んじゃうと、香りで自分が強くなったと勘違いして、ファンキーな歩調になっちゃうから」
「なんだか、興味をそそられる言葉が出てきたわね。けど、了解。ユニさんから離れて飲むわね」
クレナは覚悟を決めて珈琲を飲み干し、嘔吐してから幌馬車を出発させた。
それ以降、双子の前に動物が立ちふさがることは一切なくなった。
「凄いわ。ありえない不味さだったけど効果は絶大ね。まさか、道の真ん中に居座ってる動物が、端に避けてくれるなんて……」
「見て、クレナちゃん。あのオオカミっぽい動物、私たちが通り過ぎた後もジッと見つめて、中には服従のポーズを示してる奴もいる」
珈琲の効き目は確かだった。
しかも、一度の使用で効果は三日ほど持続する。
これは、クレナの疲労を軽減させるのに大いに役立った。作戦、大成功である。
――しばらく経って、双子の乗った幌馬車は小さな集落へ到着した。
長旅を終え、軽い足取りで宿へ向かう双子の耳に、どこからか男たちの話し声が聞こえてくる。
「おい、聞いたか? なんでも最近、動物が群れをなして何かを追うように、この集落へ向かって来てるらしいぜ」
「なんだそりゃ。本当かよ?」
「噂によると何者かが集落を襲わせるために、わざと動物を誘導してるんだとか」
「そいつは許せねえな。犯人を見つけたら即刻、火炙り確定だな」
クレナは顔を青くして立ち止まると、ラミスに尋ねた。
「ねえ、これって……」
「うん、きっと私たちについてきちゃってる」
「水で洗えば、香りって落とせるかしら?」
「……たぶん」
次の瞬間、どちらが言い出したわけでもなく、双子は近くの井戸に向かって駆け出していた。
「良いモノができたから、クレナちゃんにあげる」
「……何これ? 香水?」
ラミスの手に握られていたのは、中に黒い液体の入った透明なガラス瓶。
「ううん、この中には動物除けの珈琲が入ってるの。クレナちゃん、朝から晩まで色々と警戒して神経をすり減らしてるみたいだから、少しでも楽させてあげようと思って徹夜で作った」
「あたしが一人で朝から晩まで警戒せざるを得ないのは、あんたが引きこもってばかりで当番制を拒否してるせいだけどね」
クレナがジトリとした視線を向けると、ラミスは肩をすくめながら言った。
「まあまあ、そう怒らないで。これを使えば、そんなお悩みなんて一気に解決するから」
「一気に解決って何? この珈琲があれば、動物に襲われなくなるとか?」
「その通り。けど、動物を遠ざける類のものではないよ。強いて言うなら、動物が従いたくなる香り……上位の動物に似た香りを放つことで、一般の動物の横を素通り出来るようになるという寸法」
「発想は面白いと思うけど、獣臭い珈琲ってなんか嫌ね。それに、従いたくなる香りっていうのも少し不安だわ。どうせなら、動物が逃げ出す感じの香りの方が良かったんじゃない?」
顎に手をあてガラス瓶を眺めるクレナに、ラミスは落ち着いた口調で説明した。
「確かに、私も最初はその方向で研究を進めてたよ。けど、縄張りを追われた動物が行き着く先に人が住んでたら大変なことになるでしょ? 私の中に、辛うじて残っている人の心が『それは危険だ』と思いとどまらせてくれたの」
「姉に人の心が辛うじてしか残っていないという事実に、困惑を隠しきれないんだけど……」
「安心して。クレナちゃんが私の面倒を見てくれてる間は、人を殺めたりしないと思うから」
「待って。あんた、あたしがいなくなったら人を殺めるの?」
「……私が他人に興味ないの、クレナちゃんもよく知ってるよね?」
瞬間、場に沈黙が走る。
クレナは目を逸らしながら、ラミスに尋ねた。
「と、とりあえず試してみようかしら。これ、飲めばいいのよね?」
「うん、何も考えずグイッといっちゃって。味は、はっきり言って酷いから」
「とても珈琲職人の言葉とは思えないわね。これから、カフェ経営でやってくつもりなんだから少しはプライドとか見せなさいよ」
「試してみて売り物になりそうなら、ちゃんと味も改良していくよ。あっ、それと間違ってもユニさんの口に入らないよう注意してね。動物自身が飲んじゃうと、香りで自分が強くなったと勘違いして、ファンキーな歩調になっちゃうから」
「なんだか、興味をそそられる言葉が出てきたわね。けど、了解。ユニさんから離れて飲むわね」
クレナは覚悟を決めて珈琲を飲み干し、嘔吐してから幌馬車を出発させた。
それ以降、双子の前に動物が立ちふさがることは一切なくなった。
「凄いわ。ありえない不味さだったけど効果は絶大ね。まさか、道の真ん中に居座ってる動物が、端に避けてくれるなんて……」
「見て、クレナちゃん。あのオオカミっぽい動物、私たちが通り過ぎた後もジッと見つめて、中には服従のポーズを示してる奴もいる」
珈琲の効き目は確かだった。
しかも、一度の使用で効果は三日ほど持続する。
これは、クレナの疲労を軽減させるのに大いに役立った。作戦、大成功である。
――しばらく経って、双子の乗った幌馬車は小さな集落へ到着した。
長旅を終え、軽い足取りで宿へ向かう双子の耳に、どこからか男たちの話し声が聞こえてくる。
「おい、聞いたか? なんでも最近、動物が群れをなして何かを追うように、この集落へ向かって来てるらしいぜ」
「なんだそりゃ。本当かよ?」
「噂によると何者かが集落を襲わせるために、わざと動物を誘導してるんだとか」
「そいつは許せねえな。犯人を見つけたら即刻、火炙り確定だな」
クレナは顔を青くして立ち止まると、ラミスに尋ねた。
「ねえ、これって……」
「うん、きっと私たちについてきちゃってる」
「水で洗えば、香りって落とせるかしら?」
「……たぶん」
次の瞬間、どちらが言い出したわけでもなく、双子は近くの井戸に向かって駆け出していた。
10
あなたにおすすめの小説
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
追放料理人とJKの異世界グルメ無双珍道中〜ネットスーパーは最強です〜
音無響一
ファンタジー
わーい、異世界来ちゃった!
スキルスキル〜何かな何かな〜
ネットスーパー……?
これチートでしょ!?
当たりだよね!?
なになに……
注文できるのは、食材と調味料だけ?
完成品は?
カップ麺は?
え、私料理できないんだけど。
──詰みじゃん。
と思ったら、追放された料理人に拾われました。
素材しか買えない転移JK
追放された料理人
完成品ゼロ
便利アイテムなし
あるのは、調味料。
焼くだけなのに泣く。
塩で革命。
ソースで敗北。
そしてなぜかペンギンもいる。
今日も異世界で、
調味料無双しちゃいます!
異世界と地球がダンジョンで繋がった ー異世界転移者の私ー
白木夏
ファンタジー
2040年の初春、突如として地球上の主要都市に謎のダンジョンが出現した。
その特異性は明らかで、人口密集地を中心に出現し、未開の地には一切現れないという法則性を帯びていた。
人々は恐怖に震えつつも、未知なる存在に対する好奇心を抑えきれなかった。
異世界転移した最強の主人公のほのぼのライフ
主人公はあまり戦ったりはしません。
異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件
さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ!
食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。
侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。
「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」
気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。
いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。
料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる