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初めての遠征〜救出〜
到着
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2頭の馬が魔法の煙を追い、森の中を駆けてゆく。
蹄を軽快に鳴らす馬を操るのは、もちろんヴェルトとディックである。
愛する人を助けたい。その一心で、日の出から日没まで走り続けてきた。そして今日、ついに目的地にたどり着く事になる。
「……何だい、あの洋館は」
視界に入った洋館を睨みながら、ヴェルトはディックに訊ねる。
「恐らく、貴族か商人が建てた別荘だろうな……俺の魔法はこの屋敷を指し示している。ここにダーティとカイラがいるはずだ」
「なら近くに山賊が潜んでいるかもしれないね。ここからは歩いて行こう」
蹄の音で気付かれる事を恐れた2人は、ゆっくりと馬を停止させた。
辺りを警戒しながら、ヴェルトとディックは屋敷へ向かう。近付くに連れて、アジトの全貌が明らかとなる。
所々壊れており、新しい木の板で修復された跡がある。誰かが住んでいるのは確実だ。
修理が雑だ。大工が見れば発狂するに違いない。
正面扉を挟むように、不潔な山賊が2人並んで立っているのが見えた。
槍を手にしているが……油断しているようだ。見張りのうち1人が大きな欠伸をした。
ヴェルトとディックは、咄嗟に木の陰に隠れる。
「どうする?」
声を低くしたディックに訊ねられる。
「このまま突撃するか? それとも、暗殺者みてえに1人ずつ減らすか?」
「後者の方が良いだろうね」
ヴェルトは迷いなく答える。
「突撃したら、すぐに侵入した事に気付かれる。それに、もしカイラ君やダーティを人質にとられれば僕らは何もできなくなるからね」
「……そうだな」
ディックがメガネを掛け直した。
「だが、あの2人は速やかに倒した方が良いだろうな。俺に任せてくれ」
「わかった。このまま待ってるよ」
ディックの姿が黒い霧に包まれ、消えてしまった。恐らくこれが夢魔の瞬間移動なのだろう。
少しして、山賊どもの頭上に黒い霧が立ち込めた。その中から現れたディックが魔法を唱える。
「『スリープ』」
山賊共の頭を柔らかな光が包み込む。途端に奴らが地面に倒れ込み、大きなイビキを掻き始めた。
翼を翻したディックが、風を起こしてふわりと着地する。
ヴェルトは剣の柄頭に手をやりながら、ディックの元へ近付いた。
「ぐぉお~~…………」
気持ち良さそうに大口を開けて寝る山賊共。奴らの顔を見ていると、強烈な殺意が湧いてきた。
可愛いカイラを自分の手から引き剥がした奴ら。到底許せるはずがない。
その気持ちはディックも同じらしい。鋭い双眸に危険な光を宿しており、仰臥する者共を睨んでいる。
「うるさい奴らだね。どうする? このまま息の根を止めるかい?」
「あぁ。散々俺らをコケにしやがったんだからな」
2人は武器を取り、そして……。
***
指先を赤いナニカで濡らしたヴェルトとディックは、屋敷に入って辺りを見回した。
窓から日の光が差し込んでいる。しかし、嵌められた鉄格子に遮られて、古びた床に縞模様を描いている。
宙にホコリが舞っていて、積もったホコリで足跡がくっきりと残されている。
床板の隙間から、青々とした雑草が顔を覗かせているのに、山賊どもは気にならないようだ。
なんと閉鎖的な空間なのだ。そのうえ不潔極まりない。
キレイ好きという訳ではないヴェルトも、眉を顰めてしまう。
(カイラ君、ずっとこんな所にいたのかい? 病気になんか……なってないよね?)
「俺は魔法を追って、ダーティを探しに行く。きっと、カイラもすぐ近くにいるだろう」
とディックに提案される。
「じゃあ、僕は帰り道の安全を確保する為に、山賊共を1人ずつ消す」
「あまり騒ぎ過ぎるなよ」
「分かってるって」
こうして、2人は別れた。
***
避難経路を確保するべく、ヴェルトは闇に潜んだ。
(なんか……懐かしいな、人を待ち伏せてるこの感じ)
かつての恋人フロイがまだ生きていた頃の事。金を稼ぐ為に、がむしゃらだった頃の記憶。
嫌な事を全て思い出しそうになり、ヴェルトは頭を横に振った。
すると、遠くから下卑た男共の笑い声が聞こえた。
ヴェルトは咄嗟に曲がり角に身を潜めた。
「……ったくよォ、親父、カンカンだったぜェ」
「ちび助しか売れなかったなんてなぁ」
(……ちび助? カイラ君の事か?)
ヴェルトは聞き耳を立てる。
「しかし、ダーティも運のねェ野郎だよ。逃げられねえようにするってんだから……」
「しかもそれをゲースに任せたんだったか? ハッ! 戻ってくる頃にゃあ、ただのオモチャになってるかもなァ」
こっちに来る。
ヴェルトは懐に忍ばせているダガーを取り出した。襲撃には、ダガーの方が向いていると判断した為である。
山賊がこの角で曲がるパターンと、真っ直ぐ進むパターンの2通りで、それぞれ制圧する方法を考える。
奴らがヴェルトに気付く事なく通り過ぎてゆく。
今だ。
ヴェルトは曲がり角から飛び出した。
1人の不用心な男の背中に飛び付き、ダガーで喉元を掻っ切った!
2人目の山賊が武器を手に取るより先に死体を投げ飛ばしたヴェルトは、山賊を床にねじ伏せた。
「ヒッ……!」
「大声でも出してごらんよ? すぐにお友達と再会できるだろうね」
ダガーの刃を山賊の喉に当てがったヴェルトは、軽口を叩いて微笑んだ。
血で汚れたヴェルトの姿は、まるで悪魔のよう。
「ねぇ。ちび助……カイラ君をどこへやったのさ」
ヴェルトは冷静な口調で訊ねる。
「ひ、ひぃいっ……!」
恐れを知らぬ山賊といえど、やはり自分の命は惜しいらしい。
「わ、わかった、わかった。知ってる限りで言うから、俺だけは助けてくれ」
と山賊は話し始める。
「商人だ。商人に売ったんだ。馬車でここまで来ていたから、舗装された道しか通れねェはずだ。どこに売りに行くのかは本当に知らねェ」
「……ふーん」
「な、なぁ? 全部話したぜ。解放してくれるよな? 迷惑かけないように、こっそり出てくからさ——」
命乞いをする山賊の首を、ヴェルトは容赦なく掻っ切った。
助けるなんて一言も言ってなかったのに、ベラベラと話してくれて助かった。
ゆらりと立ち上がったヴェルトは、小さな溜息を吐く。
(マズい、カイラ君は既にここにいないんだ……! 早く助けに行かないと!)
と来た道を戻ろうと踵を返したヴェルトは、数歩だけ歩いて立ち止まる。
『しかし、ダーティも運のねェ野郎だよ。逃げられねえようにするってんだから……』
『しかもそれをゲースに任せたんだったか? ハッ! 戻ってくる頃にゃあ、ただのオモチャになってるかもなァ』
あまりに不穏な会話だった。
殺される事はないのだろうが……もう2度と、ステージに立てなくなる体にされるのだろう。
(いや……いや! 他人なんてどうでもいいんだ。カイラ君さえ助かってくれれば……!)
昔、そう誓ったじゃないか。もう2度と、大切な人を失わないようにって。
それなのに……。
ヴェルトは忌々しげに舌打ちを打つと、屋敷の更に奥へと進んで行った。
蹄を軽快に鳴らす馬を操るのは、もちろんヴェルトとディックである。
愛する人を助けたい。その一心で、日の出から日没まで走り続けてきた。そして今日、ついに目的地にたどり着く事になる。
「……何だい、あの洋館は」
視界に入った洋館を睨みながら、ヴェルトはディックに訊ねる。
「恐らく、貴族か商人が建てた別荘だろうな……俺の魔法はこの屋敷を指し示している。ここにダーティとカイラがいるはずだ」
「なら近くに山賊が潜んでいるかもしれないね。ここからは歩いて行こう」
蹄の音で気付かれる事を恐れた2人は、ゆっくりと馬を停止させた。
辺りを警戒しながら、ヴェルトとディックは屋敷へ向かう。近付くに連れて、アジトの全貌が明らかとなる。
所々壊れており、新しい木の板で修復された跡がある。誰かが住んでいるのは確実だ。
修理が雑だ。大工が見れば発狂するに違いない。
正面扉を挟むように、不潔な山賊が2人並んで立っているのが見えた。
槍を手にしているが……油断しているようだ。見張りのうち1人が大きな欠伸をした。
ヴェルトとディックは、咄嗟に木の陰に隠れる。
「どうする?」
声を低くしたディックに訊ねられる。
「このまま突撃するか? それとも、暗殺者みてえに1人ずつ減らすか?」
「後者の方が良いだろうね」
ヴェルトは迷いなく答える。
「突撃したら、すぐに侵入した事に気付かれる。それに、もしカイラ君やダーティを人質にとられれば僕らは何もできなくなるからね」
「……そうだな」
ディックがメガネを掛け直した。
「だが、あの2人は速やかに倒した方が良いだろうな。俺に任せてくれ」
「わかった。このまま待ってるよ」
ディックの姿が黒い霧に包まれ、消えてしまった。恐らくこれが夢魔の瞬間移動なのだろう。
少しして、山賊どもの頭上に黒い霧が立ち込めた。その中から現れたディックが魔法を唱える。
「『スリープ』」
山賊共の頭を柔らかな光が包み込む。途端に奴らが地面に倒れ込み、大きなイビキを掻き始めた。
翼を翻したディックが、風を起こしてふわりと着地する。
ヴェルトは剣の柄頭に手をやりながら、ディックの元へ近付いた。
「ぐぉお~~…………」
気持ち良さそうに大口を開けて寝る山賊共。奴らの顔を見ていると、強烈な殺意が湧いてきた。
可愛いカイラを自分の手から引き剥がした奴ら。到底許せるはずがない。
その気持ちはディックも同じらしい。鋭い双眸に危険な光を宿しており、仰臥する者共を睨んでいる。
「うるさい奴らだね。どうする? このまま息の根を止めるかい?」
「あぁ。散々俺らをコケにしやがったんだからな」
2人は武器を取り、そして……。
***
指先を赤いナニカで濡らしたヴェルトとディックは、屋敷に入って辺りを見回した。
窓から日の光が差し込んでいる。しかし、嵌められた鉄格子に遮られて、古びた床に縞模様を描いている。
宙にホコリが舞っていて、積もったホコリで足跡がくっきりと残されている。
床板の隙間から、青々とした雑草が顔を覗かせているのに、山賊どもは気にならないようだ。
なんと閉鎖的な空間なのだ。そのうえ不潔極まりない。
キレイ好きという訳ではないヴェルトも、眉を顰めてしまう。
(カイラ君、ずっとこんな所にいたのかい? 病気になんか……なってないよね?)
「俺は魔法を追って、ダーティを探しに行く。きっと、カイラもすぐ近くにいるだろう」
とディックに提案される。
「じゃあ、僕は帰り道の安全を確保する為に、山賊共を1人ずつ消す」
「あまり騒ぎ過ぎるなよ」
「分かってるって」
こうして、2人は別れた。
***
避難経路を確保するべく、ヴェルトは闇に潜んだ。
(なんか……懐かしいな、人を待ち伏せてるこの感じ)
かつての恋人フロイがまだ生きていた頃の事。金を稼ぐ為に、がむしゃらだった頃の記憶。
嫌な事を全て思い出しそうになり、ヴェルトは頭を横に振った。
すると、遠くから下卑た男共の笑い声が聞こえた。
ヴェルトは咄嗟に曲がり角に身を潜めた。
「……ったくよォ、親父、カンカンだったぜェ」
「ちび助しか売れなかったなんてなぁ」
(……ちび助? カイラ君の事か?)
ヴェルトは聞き耳を立てる。
「しかし、ダーティも運のねェ野郎だよ。逃げられねえようにするってんだから……」
「しかもそれをゲースに任せたんだったか? ハッ! 戻ってくる頃にゃあ、ただのオモチャになってるかもなァ」
こっちに来る。
ヴェルトは懐に忍ばせているダガーを取り出した。襲撃には、ダガーの方が向いていると判断した為である。
山賊がこの角で曲がるパターンと、真っ直ぐ進むパターンの2通りで、それぞれ制圧する方法を考える。
奴らがヴェルトに気付く事なく通り過ぎてゆく。
今だ。
ヴェルトは曲がり角から飛び出した。
1人の不用心な男の背中に飛び付き、ダガーで喉元を掻っ切った!
2人目の山賊が武器を手に取るより先に死体を投げ飛ばしたヴェルトは、山賊を床にねじ伏せた。
「ヒッ……!」
「大声でも出してごらんよ? すぐにお友達と再会できるだろうね」
ダガーの刃を山賊の喉に当てがったヴェルトは、軽口を叩いて微笑んだ。
血で汚れたヴェルトの姿は、まるで悪魔のよう。
「ねぇ。ちび助……カイラ君をどこへやったのさ」
ヴェルトは冷静な口調で訊ねる。
「ひ、ひぃいっ……!」
恐れを知らぬ山賊といえど、やはり自分の命は惜しいらしい。
「わ、わかった、わかった。知ってる限りで言うから、俺だけは助けてくれ」
と山賊は話し始める。
「商人だ。商人に売ったんだ。馬車でここまで来ていたから、舗装された道しか通れねェはずだ。どこに売りに行くのかは本当に知らねェ」
「……ふーん」
「な、なぁ? 全部話したぜ。解放してくれるよな? 迷惑かけないように、こっそり出てくからさ——」
命乞いをする山賊の首を、ヴェルトは容赦なく掻っ切った。
助けるなんて一言も言ってなかったのに、ベラベラと話してくれて助かった。
ゆらりと立ち上がったヴェルトは、小さな溜息を吐く。
(マズい、カイラ君は既にここにいないんだ……! 早く助けに行かないと!)
と来た道を戻ろうと踵を返したヴェルトは、数歩だけ歩いて立ち止まる。
『しかし、ダーティも運のねェ野郎だよ。逃げられねえようにするってんだから……』
『しかもそれをゲースに任せたんだったか? ハッ! 戻ってくる頃にゃあ、ただのオモチャになってるかもなァ』
あまりに不穏な会話だった。
殺される事はないのだろうが……もう2度と、ステージに立てなくなる体にされるのだろう。
(いや……いや! 他人なんてどうでもいいんだ。カイラ君さえ助かってくれれば……!)
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