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「リアム! 勇者になって!!」

 会うなり抱き着いてきたそれを、リアムはげんなりしながら引き剥がす。

「断る。そう、何回言えば気が済むんだよ、あんたは……」

 引き剥がされたそれ──ライラは、亜麻色のさらさらとした背中あたりまである髪を二つにリボンで結び、珍しいアメジストのような瞳を持った少女だ。

 齢は十六だと聞いている。特殊な白いローブとお揃いの白い衣服を見にまとい、黙っていれば美少女だが、その言動が幼いため、その魅力は半減以下になっている。
 ライラはまるで子どものように頬を膨らまし、リアムを見る。

「リアムがうんと言ってくれるまで何回でも言うわ!」

「しつこいな。俺は勇者なんかじゃねえって言ってるだろ」

「あなたが勇者よ。わたし、わかるもの。勇者と聖女は対なのよ。ひと目見ただけでこう、ビビッと来たんだから。だからリアムが勇者で間違いないわ!」

「それが勘違いだっての。邪魔だから離れろよ。仕事ができん」

 ぶうぶう、と文句を言うライラを無視し、仕事の準備に取り掛かる。

 リアムの家は代々鍛冶屋を営んでいる。リアムが住む町、シュミートは鉱山が近いためか、鍛冶屋を営んでいる家が多い。リアムの家は武器──剣を主に扱っている。家を継ぐリアムは、日々父親に扱かれて剣を打っていた。

 剣を打つのに大切なのは、火加減だ。鉱石の持つ長所を活かした剣を作るためには、その最適切な温度まで上げた炎が必要となる。そのため、鍛冶屋の息子は火の魔法を使いこなせるのが理想的だ。そして幸いなことに、リアムは火の魔法が扱えた。

 色温度の見極めは、工程によっても違う。それぞれの適切な色合いを目で覚え、火に入れるタイミングを測る。

 細工場に入り、昨日打ち上げたものをチェックする。傷がないか、溶接が失敗していないかと確認していると、ライラが横にやってきて、ニコニコとしながら話しかけてくる。

「ねえねえ。それ、リアムが作っている剣?」
「そうだけど」

 素っ気なく答えながら確認し、問題がないことを確かめて立ち上がる。そのあとを、まるで鶏の雛のようにライラがついてくる。リアムの作業の邪魔にならないギリギリの範囲にいるライラをスルーし、作業をすることにした。

 今、リアムが作っているのは両刃の剣だ。片手で使えるくらいのサイズのものにするつもりだった。先ほど確認したものを手に取り、センという道具を使って余分な部分を削り、両刃剣の形に整えていく。キン、と金属同士の擦れる嫌な音を聞きながら、慎重に、丁寧に削る。

 満足のいく形になったら、火を起こす。火の魔法を使い、炎の温度をぐんぐんとあげていく。

「ねね、わたしも手伝おうか?」

 目をキラキラさせて、すっかりその存在を忘れていたライラが言う。

「いらね。というか、あんたいつまでここに居座る気だよ」
「わたしが風を起こしてあげる! その方が早く温度あがるもんね。よしっ」

 リアムの話をまったく聞かず、ライラは腰にぶら下げていた杖を入れる用のポシェットを開ける。その中にはちらっと見ただけで五本以上は杖が入っているように見えた。

「これでもわたし、聖女だから! 魔法なら任せて!」
「だから、いらないって……そもそも、聖女さまが俺なんかのために軽々しく魔法を使うなよ……」
「リアムのためだからこそ、使うんだよ? リアムはわたしの勇者だもの」

 呆れてなにも言えなくなったリアムを気にせず、ライラは気の抜けた「ていっ」という声をあげて杖を振るう。すると、火の下から小さな風が起こり、炎が強まっていく。暗い赤から、明るい橙に炎の色が変わる。

 吹子を使って時間をかけてあげるそれを簡単にやってのけたライラに、リアムは感心した目を向ける。

「へえ……すごいな」
「でしょ! わたし、魔法はすごいの!」

 ニコニコと嬉しそうに言うライラは軽く振るった杖を見て、悲しそうに眉を下げた。

「どうした?」
「うん……杖、まただめにしちゃったなあと思って」

 仕方ないんだけど、と言いながらポシェットに杖を戻そうとするライラに、リアムは手を差し出す。

「貸して」
「え?」
「直せるかもしれないだろ。見てやるよ」

 ライラはぽかんとした顔をしてリアムを見て、首を小さく横に振った。

「いいよ、気にしないで。いつものことだもの」
「いいから、貸してみろ」

 リアムは半ばひったくるようにライラから杖を奪い、まじまじと杖を見た。
 その杖は一番大事な魔法石と呼ばれる、魔法を補う石が物の見事に真っ二つに割れていた。これでは直しようがない。

「……すげえな。どうやったらこんなふうに壊れるんだ?」

 思わず感心したように呟いたリアムに、ライラは恥ずかしそうな顔をして、リアムから杖を奪い返した。

「わたしの魔力が多すぎて、杖が受け止め切れないんですって。わたしに合う魔法石が見つからなくて、今のところ杖は使い捨てなの。細かい魔法じゃなければ、杖がなくても使えるんだけど……」

 悲しそうな顔をして言ったライラに、リアムは「ふうん」と適当に相槌を打つ。

「聖女さまも大変なんだな」
「そう思うなら、わたしのために勇者に……」
「ならねえ」

 すかさず答えたリアムに、ライラはむうとむくれた。

「ケチ!」
「なんとでもいえ。邪魔だからあっち行ってろ」

 しっしっ、とライラを追い払うように手を振るリアムに、さらにライラは顔を膨らます。

「リアムの威張りんぼ! 傍若無人! 鬼畜! 悪魔!」
「はいはい」

 適当に頷くと、ライラがさらに呻いた。

「うぅ……! お手伝いしてあげたのに……」
「あんたが勝手にやっただけだろ。俺は頼んだ覚えはない。本当に邪魔だから、外出てろ」

 そう言ってリアムはライラを細工場から追い出す。ライラがなにやら喚いていたが、全部無視した。

 しばらくはわあわあと騒ぐライラの声がしていたが、やがてその声もしなくなり、リアムは深く息を吐いた。

「……傍若無人はあんたの方だろ。すっかり約束を忘れやがって」

 ──ああ、腹が立つ。リアムはあの時の約束を果たすために、必死になっているというのに。

「今度こそは、親父に認めてもらえる物を造る」

 リアムは自分に気合を入れるためにそう呟き、窯の炎に向き合った。
 すべては、十年前にした少女との約束を果たすため。そのために、リアムはひたすらに剣を打つ。
 
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