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しおりを挟むヴァージルはケイトの家が営む店に入り、ライラもそれに続く。ケイトの両親はヴァージルとライラの顔を見てにっこりと笑う。
「あら、今日は二人一緒なんだね」
「うん、さっきそこでヴァージルに捕まっちゃったの」
「あらまあ……ライラちゃんも大変ねえ。リアムもいい男だけど、ヴァージルもいい男だからねぇ……可愛いといろいろ大変なんだね」
「そういうんじゃないよ、おばさん。ヴァージルは友達」
「……だってさ、ジル! フラちまったねぇ!」
あははっと豪快に笑う赤毛のケイトの母に、ヴァージルは面倒臭そうな顔をする。
「僕にも好みがあるんだよ、おばさん……ライラみたいなのを相手にしていたら、疲れて堪らないから願い下げ」
「ヴァージル、酷い……」
恨みがましい目でヴァージルを見ても、彼は眠たそうな顔を崩さず「そんなことより、なにか作ってよ」と話を逸らす。
そんなライラとヴァージルのやりとりを楽しそうに聞いていた女将は「はいよ」と言って厨房に向かった。
適当な場所に座り、ヴァージルと向かい合うと、彼は眠たそうな目をライラに向けた。
「ねえ、ライラ。いつまでここに居座るつもり?」
「それはもちろん、リアムを口説き落とすまでよ」
「それなんだけどさあ……本当にリアムが勇者なの? リアムは火の魔法しか使えないし、瞳の色だって青じゃない」
「あなたまで、わたしのことを疑うの?」
「当たり前でしょ。現実にリアムは歴代の勇者の特徴に当てはまってないんだからさ」
「……」
はっきりと言ったヴァージルにライラは黙り込んだ。
ヴァージルの言うことはもっともだと思う。だけど、ライラはリアムこそが勇者であると思うし、その自分の直感を信じている。
「ヴァージル、わたしは聖女だわ。聖属性魔法は……まだ上手く使えないけれど、それ以外の魔法は粗方使える。そのわたしがリアムが勇者だと言った。それで十分じゃない?」
「君が聖女であることは否定しないよ。だけど、僕には君が私心でリアムを勇者だと思いたいように見える」
「違う。わたしは確かにリアムが好きだけど、そういうんじゃないの。それにリアムは……」
ライラは一度言葉を止める。そして、きょろきょろと周りを見て、小さな声で言う。
「……リアムは火以外の属性も使えるはずだわ」
小声ながらもきっぱりとそう言い切ったライラに、ヴァージルは目を見開いた。そして、真剣な顔をする。
「それは……確かなこと?」
「うん。どうしてリアムがそれを隠しているのか知らないけれど……ずっとね、リアムから魔法を感じるの。なんの魔法かはわからないんだけど」
ヴァージルは感じない? とライラが聞き返すと、彼は静かに首を横に振った。
「いや……僕は感じない。ということは……僕の扱える水、風、闇以外の魔法が使われているんだな」
考え込むようにヴァージルが腕を組む。
「……なんでヴァージルが使える属性以外ってわかるの?」
きょとんとして聞き返したライラにヴァージルは呆れた顔をしたが、やがて小さく諦めたように「ああ……」と呟いた。
「そっか……聖女はそういうの鈍いんだっけ」
「どういう意味?」
「別に悪口を言ったわけじゃないよ。君は全属性の魔法を扱えるから、どの魔法を均等に感知できる。でも、普通は自分の使える属性以外の魔法は、ほんの少ししか魔力を使わないやつは感知し辛いんだ。自分の属性魔法だったら、僅かな魔法でも感知することが可能なんだけど」
「へえ……そういうものなんだ。知らなかった」
「まあ、そうだろうね」
興味無さそうにヴァージルが呟いたところで、食事が運ばれてきた。
「お待たせ。今日の朝食だよ」
厚切りのパンはこんがりと焼けていて、その上には薄切りのカリカリベーコン、とろりと溶けたチーズ、目玉焼きが乗せられている。
木でできた小さめほボウルには色とりどりの生野菜と、この店秘伝のドレッシングがかけられて、まるで黄金の川のように野菜たちの上で輝いていた。
そして優しい香りのオニオンスープが、腹ぺこだったライラの胃を刺激した。
「わあ……! 美味しそう!」
「『美味しそう』じゃなくて『美味しい』んだよ、ライラちゃん。たんとお食べ」
「うんっ! いただきます!」
「いただきます」
まずはトーストからガブリとかぶりつく。ベーコンの塩っけと、パンの甘さがちょうどいい。目玉焼きの黄身は半熟で、ぱっくり割るととろりとした中身が飛び出て、それを絡めるとまた違ったマイルドな味になって美味しい。サラダも優しいドレッシングの味と野菜との相性が抜群だった。そして、オニオンスープも香り通りの優しい味つけで、胃に染みる。
夢中になって食べていると、あっという間に食べ終わった。満たされたお腹を撫でていると、いつの間にやらヴァージルも食べ終わっていたらしく、ライラの知らないうちにコーヒーを頼んで飲んでいる。
「ヴァージルばっかりずるい!」
「はいはい。そう言うと思って君の分も頼んどいたよ」
「こっちがライラちゃんの分さ」
そう言って女将が渡してくれた物を受け取る。「熱いから気をつけて」という助言で、ライラはふうふうとコップに息を吹きかけて冷まし、恐る恐る一口を飲む。
「熱くない……それに、甘くて美味しい!」
「そりゃあ、ココアだからね」
「ココア……これがココア……いつものホットミルクかと思った……」
茶色の飲み物をまじまじと見つめる。確かに、ヴァージルがいつも飲むコーヒーは黒っぽいけれど、これは薄い茶色だ。香りもまるでチョコレートみたいに甘い。
「たまには違うのもいいんじゃないかと思ってね。気に入ったかい?」
「うん!」
勢いよく頷くと、女将はそりゃよかったと笑って、別の客の元へ向かう。
「君は味覚も子どもだなあ」
ふふっと楽しそうに笑ったヴァージルにライラはムッとする。
「『味覚も』ってどういうこと? 『も』って!」
「そのままの意味だけど?」
「そんなこと言って、ヴァージルとわたし、歳はそんなに変わらないでしょ! それに、見た目はわたしの方がお姉さんだもん」
「……見た目の話はしないでくれる?」
ヴァージルの顔が引き攣る。彼は自分の童顔を気にしているのだ。それに、ライラはべーっと舌を出し、立ち上がる。
「ちょっと、どこ行くの」
「リアムのとこ!」
「君も懲りないねえ」
ヴァージルの呆れた声を後ろで聞きながら、女将に「ごちそうさまです!」と声をかけて、お金を置いて店を出る。
そして再びリアムの家を訪れる。恐る恐る店の中を覗き、ケイトの姿がないことを確認し、ほっとする。店の奥を覗き込むと、リアムの父であるモーガンがいて、ライラに気づくとリアムを呼んだ。
怪訝そうな顔をして父を見たリアムがライラに気づき、顔を顰めた。
「本当に懲りねえな、あんた」
「……うん、ごめんなさい」
頷いて謝ったライラに、リアムは意外そうな顔をする。そして、にっと意地悪く笑う。
「……なんだ、諦める気になったのか?」
「それはないけど……」
ないのかよ、とリアムは呆れたように言ったあと、俯いているライラをじっと見て、ため息を吐いた。
「店の中に居られても迷惑だ。こっち来い」
リアムはライラの手首を掴み、引っ張る。それにライラは続き、店の奥に作業場の椅子に座らせた。
「……で、なんでそんならしくないわけ? 朝はいつも通りだっただろ」
「わたし、らしくない?」
「ああ。いつものウザさはどこいった?」
素っ気ないリアムの言葉に、そんなにウザかっただろうかと落ち込む。
しゅんと項垂れたライラに、リアムは再びため息を吐く。
「本当にどうしたんだよ、あんた」
「うん……わたし、ケイトさんとリアムの邪魔してたのかなあと思って、反省しているの」
「は……? ケイト? なんであいつの名前が出てくるんだよ?」
「だって、ケイトさんはリアムの許嫁なんでしょう?」
「はあ?」
なにを言っているんだと言わんばかりに顔を顰めたリアムは、少ししてなにかに思い至ったようで「あのバカ……」と小さく呟いた。
「許嫁の周りをわたしみたいなのがうろうろしていたらいい気分じゃないよね……でも、わたしはリアムを説得しなくちゃいけないし……」
ぼそぼそと呟くライラの前にリアムは仁王立ちをした。
「ケイトは俺の許嫁じゃない」
「え……? でも、ケイトさんはそう言って……」
「あいつが勝手に言っているだけだ。俺とあいつはただの幼なじみ。それ以上でもそれ以下でもない。ったく……そんなくだらないことでいちいち落ち込むな、鬱陶しい」
わかったらあっち行け、と言ってライラに背を向けたリアムのあとを追いかける。
「で、でも、リアムはケイトさんのこと好きなんじゃ……」
「だから、あいつは幼なじみで、それ以上でもそれ以下でもないって言ってんだろ」
「じゃあ、わたしは遠慮しなくていいの?」
「それとこれとは話が別だ」
俺にまとわりつくな、と冷たくあしらうリアムに、ライラはにっこりと笑って抱き着いた。
「リアム大好き! わたしの勇者になって!」
「うっぜぇ……ならないっての」
リアムの腰あたりに抱き着くライラを退かそうと、頭をぐりぐりと押さえつけられたが、ライラはニコニコと笑ってぴったりとくっつく。
そんなリアムとライラのやり取りを黙って見ていたモーガンは呆れた顔し、リアムに言い放った。
「……おめえら、うるさいから外出てろ。商売の邪魔だ」
逞しい体のモーガンにリアムとライラはあっという間に店の外に放り出され、呆然とする。
「ちょっ、親父!?」
「店はオレ一人で十分だ。おまえはどっか行ってろ」
そう言い捨てて、ピシャリとドアを閉められる。
「……な、なんで俺まで……」
「元気出して、リアム!」
愕然とした様子のリアムを励まそうとライラが声をかけると、ギロッと睨まれた。
「誰のせいだと思ってるんだよ! ああ……もうっ」
苛立たしそうにリアムが髪をわしゃわしゃと乱暴に掻き、唐突に歩き出す。
「どこ行くの?」
「どこでもいいだろ。ついてくんなよ」
「そんなつれないこと言わないで。わたしも付き合うわ!」
「いい。むしろ迷惑だから、来んな」
「照れなくてもいいのに」
「照れてねえよ」
顰めっ面をしたリアムの少し後ろについて歩くライラに嫌そうな顔をしたが、言っても無駄だと判断したのか、ライラを無視することにしたようだった。
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