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第1話 婚約破棄騒動に巻き込まれました
ep.7 エリク
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気が重たくても、兄上からの呼び出しには応えなければならない。
笑顔のミシェルに見送られながら、渋々とぼくは兄上の執務室へ向かう。
ミシェルの家、マンブール子爵家は、兄上の手がかかった家だ。
もともと諜報活動を得意としてきた家系であるが、ミシェルの父である現マンブール子爵はそれを悟られせないために、兄上の指示で起業し、今や知る人ぞ知る資産家に成り上がった。
ちなみに、起業は兄上の指示だが、実際に会社を動かしているのはマンブール子爵である。彼はノリノリで「私は諜報よりも商売の才能があったのかもしれんなあ」と、せっせと稼いでいるらしい。
そんな父親の代わりに、息子と娘が諜報活動に力を入れている。
ミシェルと彼女の兄であるセザールは兄上の子飼いの諜報員である。
今はぼくの目的のために、ミシェルとマンール子爵家の力をぼくは借りているのだ。
その目的はゆくゆくは兄上のためにもなることであるため、兄上はぼくに力を貸すのに積極的だ。
力を貸す以外にも、口うるさく、まるで母親のようなことまで言ってくるので、ぼくは兄上が苦手だ。
……それが罪悪感からだとわかっているから、余計にそう思うのだろう。
兄上の執務室に着き、ノックをすると、すぐに「入れ」と返事があった。
そして部屋に入ると、椅子に座って書類を読んでいる兄上の姿があった。
兄上は髪の色はぼく同じだが、瞳の色は違う。兄上の瞳の色は明るいエメラルドグリーンだ。容姿も兄上は男らしい好青年といった風で、中性的だと言われるぼくとは似つかない。
兄上は書類から視線を外し、ぼくを見ると微笑む。
「意外と早かったじゃないか、エリク」
「……遅いといつも文句を言うのは兄上ではありませんか」
「そうだったか?」
不思議そうに首を傾げる兄上にぼくは呆れた視線を向ける。その仕草もすべてわざとだとぼくにはわかっている。
そんなぼくの視線を受け、兄上は「まあ、座れ」と席を勧めてくるので、ぼくはそれに従い、適当な席に腰を下ろす。
そのぼくの前に兄上は席を移し、真面目な顔をして話し出した。
「おまえを呼び出したのは他でもない。例の組織の幹部だと思われる彼についてだ」
「そうだと思っていました」
「彼の逃走ルートは判明したか?」
「いえ、未だ不明です。マンブール家が必死に洗い出しています」
「……そうか。内通者についての情報は?」
「そちらも不明です」
「そうか……予想通り、手強いな」
「……不本意ながら、その通りですね。幹部の彼については、恐らくは変装の達人……少女に化けられるくらいですから、看守の誰かと入れ替わっていた可能性も高いかと」
「演技力も相当高かったと聞く。彼の足取りを追うのは難しいだろうな」
悩ましげに腕を組んで呟いた兄上に、ぼくは頷く。
きっと、彼の足取りを追うことはできない。そんな予感がする。
「……ひとまず、下っ端の団員だけを捕まえられただけでも良いとしよう。これで奴らもしばらくは派手な動きはできないだろうからな」
「そう、ですね……」
ぼくは歯切れ悪く頷く。
なぜなら、今回のことも暁暗の計画に含まれていたのでは、という気がしてならないからだ。
なんの確証もない、予感めいたもの。だが、不思議とぼくのこういう勘は当たるのだ。
だが、ただひとつだけ疑問に思うのは、なぜ、幹部の彼はわざと捕まったのか、ということだ。
なんらかの目的があっての行動のはずだが、その目的がわからない。
彼が逃走したことで、この王宮内に彼らの仲間である内通者がいることが判明した。それが誰かは現状ではわからないが、内通者がいることをこちらに知られるのはあまりよろしくないことなのではないだろうか。
もしくは、それを知られることよりも重要な目的だった? いや……内通者が誰かバレることがないという確証があるから、だろうか。
考えれば考えるほど、彼の行動の意味がわからなくなる。
組織のことを考えれば、彼がわざと捕まることは得策とは言い難いのに。
「……とにかく、しばらくはおまえもゆっくりと休むといい」
「はい、ありがとうございます」
「寝る間も惜しんで彼らのことを探るのは体に良くない。おまえは成長期なのだから、もっとしっかりと食べ、しっかりと寝ろ。体が資本だぞ」
「わかっています」
「わかっているなら、きちんと実行しろ」
やっぱり出た兄上の母親モードにうんざりとする。
こういうときの兄上は、適当な返事では満足してくれないうえに、きちんと返事をするまで延々と健康うんぬんの話をし出すのだ。
兄上はこんなふうにぼくにお節介を焼くのは、ぼくが担っている〝仕事〟に負い目を感じているからなのだろう。
本来ならば兄上が引き受けるべき仕事。それをぼくが担っているのは、結局はぼくの我が儘なのであって、いずれは兄上に戻るのだから気にする必要はないのに、真面目な兄上は気にしてしまうのだろう。
ぼくが担っているのは裏の仕事。
人様に堂々と自慢できないような仕事をぼくは請け負っている。
暁暗についてのことも、その仕事の一環……いや、暁暗についてこそ、ぼくがこの仕事を請け負っている理由なのだ。
ぼくがこの仕事を担う理由。
それは父上に初めて言った我が儘──リディと結婚したいから、臣籍降下させてほしい、と願ったことから始まった。
ぼくの計画では、クラヴリー伯爵の一人娘であるリディと結婚して婿養子になり、クラヴリー伯爵家を継ぐことになっている。そのためには王子の身分が邪魔だ。
特に王子の身分がこだわりはないし、なによりぼくはいろいろといわく付きの王子だ。そんな王子なんていなくなった方が国のためにもなるだろう。
だから、王子の身分を捨てようと、父上に願い出た。
それを聞いた父上は、渋い顔をした。
しかし、ぼくが本気で言っているのだと知ると、いくつか条件を出してきた。
そのうちのひとつが『暁暗について調べること』である。そして、可能と判断したならば暁暗を壊滅させること。
それを達成するために、ぼくは敢えて裏の仕事を引き受けることにしたのだ。
「最近はきちんと実行していますよ。リディもうるさいし……」
兄上の次にうるさいのがリディだ。
ちゃんとご飯食べなさいだの、寝なさいだのと言って、最終的には「だからエリクはもやしなのよ」などと言う。
見た目はもやしみたいな体型かもしれないが、きちんと筋肉はついている。ぼくは着痩せするタイプなのだと言っても、リディは信じてくれない。
かといって裸を見せるわけにもいかず、リディの誤解は一向に解けない。
「そうか、リディアーヌ嬢が……良い幼馴染みを持ったなあ、エリク」
「そうですね」
「そこは否定しないんだな……」
苦笑して言った兄上に、ぼくは真面目に頷く。
ぼくはリディに救われているのだ。否定なんてするわけがない。
「そういえば……リディアーヌ嬢の理想の王子さまは見つかったのか?」
兄上にはリディが理想の王子さまを探していることを、腹立たしさのあまり、うっかり口を滑らせてしまっていた。こんなことをリディに知られたら面倒なことになる。そのため、知らないふりをしていてほしいと兄上には頼んである。
「そんなもの、見つかるわけがないでしょう。あんな事件があったのに」
「それもそうだな……ん? ちょっと待て、エリク。まさか、おまえ……」
ぎょっとした顔をしてぼくを見つめた兄上に対し、心外だなと思う。
まさか、リディの理想の王子さま探しを邪魔したいがあまりに事件を起こした、とでも思ったのだろうか。
「あの事件は偶然ですよ、兄上。そんな裏工作なんてしません」
「そ、そうか……そうだよな。疑ってすまなかった」
ほっとした顔をして謝った兄上に、ぼくは頷く。
「ええ、そんなことしなくても、リディの言う理想の王子さまなんて、見つかるわけがないのですから」
「……どういうことだ?」
「冷静に考えて見てください、兄上。リディの言う理想の王子さまの条件に当てはまる人間がいるとお思いですか。かなり厳しい条件ですよ」
リディより背が高くて、頭が良くて、格好良くて、少し意地悪だけどときどき優しくて、鍛えているようには見えないけど鍛えていて、強い人。
そんな条件が当てはまる人物がいるだろうか。
「それは……まあ、確かにそうかもしれないが……いないとも言い切れないだろう」
「いませんよ、そんな相手。仮にいたとしても──ぼくが振り向かせるのが先です」
にっこりと笑って言い切ったぼくに、兄上は引きつった笑みを浮かべた。
そしてなぜか「可哀想なリディアーヌ嬢に幸あれ……」とリディの幸福を祈りだした。
兄上は時折よくわからない行動をするな。
「……おまえのそういうところが、私は羨ましいよ……」
「どういう意味ですか、兄上」
「そのままの意味だ」
そういうところとはどういうところだろう?
ぼくが不思議に思って何度問いかけても、兄上ははぐらかすだけできちんと教えてくれなかった。
笑顔のミシェルに見送られながら、渋々とぼくは兄上の執務室へ向かう。
ミシェルの家、マンブール子爵家は、兄上の手がかかった家だ。
もともと諜報活動を得意としてきた家系であるが、ミシェルの父である現マンブール子爵はそれを悟られせないために、兄上の指示で起業し、今や知る人ぞ知る資産家に成り上がった。
ちなみに、起業は兄上の指示だが、実際に会社を動かしているのはマンブール子爵である。彼はノリノリで「私は諜報よりも商売の才能があったのかもしれんなあ」と、せっせと稼いでいるらしい。
そんな父親の代わりに、息子と娘が諜報活動に力を入れている。
ミシェルと彼女の兄であるセザールは兄上の子飼いの諜報員である。
今はぼくの目的のために、ミシェルとマンール子爵家の力をぼくは借りているのだ。
その目的はゆくゆくは兄上のためにもなることであるため、兄上はぼくに力を貸すのに積極的だ。
力を貸す以外にも、口うるさく、まるで母親のようなことまで言ってくるので、ぼくは兄上が苦手だ。
……それが罪悪感からだとわかっているから、余計にそう思うのだろう。
兄上の執務室に着き、ノックをすると、すぐに「入れ」と返事があった。
そして部屋に入ると、椅子に座って書類を読んでいる兄上の姿があった。
兄上は髪の色はぼく同じだが、瞳の色は違う。兄上の瞳の色は明るいエメラルドグリーンだ。容姿も兄上は男らしい好青年といった風で、中性的だと言われるぼくとは似つかない。
兄上は書類から視線を外し、ぼくを見ると微笑む。
「意外と早かったじゃないか、エリク」
「……遅いといつも文句を言うのは兄上ではありませんか」
「そうだったか?」
不思議そうに首を傾げる兄上にぼくは呆れた視線を向ける。その仕草もすべてわざとだとぼくにはわかっている。
そんなぼくの視線を受け、兄上は「まあ、座れ」と席を勧めてくるので、ぼくはそれに従い、適当な席に腰を下ろす。
そのぼくの前に兄上は席を移し、真面目な顔をして話し出した。
「おまえを呼び出したのは他でもない。例の組織の幹部だと思われる彼についてだ」
「そうだと思っていました」
「彼の逃走ルートは判明したか?」
「いえ、未だ不明です。マンブール家が必死に洗い出しています」
「……そうか。内通者についての情報は?」
「そちらも不明です」
「そうか……予想通り、手強いな」
「……不本意ながら、その通りですね。幹部の彼については、恐らくは変装の達人……少女に化けられるくらいですから、看守の誰かと入れ替わっていた可能性も高いかと」
「演技力も相当高かったと聞く。彼の足取りを追うのは難しいだろうな」
悩ましげに腕を組んで呟いた兄上に、ぼくは頷く。
きっと、彼の足取りを追うことはできない。そんな予感がする。
「……ひとまず、下っ端の団員だけを捕まえられただけでも良いとしよう。これで奴らもしばらくは派手な動きはできないだろうからな」
「そう、ですね……」
ぼくは歯切れ悪く頷く。
なぜなら、今回のことも暁暗の計画に含まれていたのでは、という気がしてならないからだ。
なんの確証もない、予感めいたもの。だが、不思議とぼくのこういう勘は当たるのだ。
だが、ただひとつだけ疑問に思うのは、なぜ、幹部の彼はわざと捕まったのか、ということだ。
なんらかの目的があっての行動のはずだが、その目的がわからない。
彼が逃走したことで、この王宮内に彼らの仲間である内通者がいることが判明した。それが誰かは現状ではわからないが、内通者がいることをこちらに知られるのはあまりよろしくないことなのではないだろうか。
もしくは、それを知られることよりも重要な目的だった? いや……内通者が誰かバレることがないという確証があるから、だろうか。
考えれば考えるほど、彼の行動の意味がわからなくなる。
組織のことを考えれば、彼がわざと捕まることは得策とは言い難いのに。
「……とにかく、しばらくはおまえもゆっくりと休むといい」
「はい、ありがとうございます」
「寝る間も惜しんで彼らのことを探るのは体に良くない。おまえは成長期なのだから、もっとしっかりと食べ、しっかりと寝ろ。体が資本だぞ」
「わかっています」
「わかっているなら、きちんと実行しろ」
やっぱり出た兄上の母親モードにうんざりとする。
こういうときの兄上は、適当な返事では満足してくれないうえに、きちんと返事をするまで延々と健康うんぬんの話をし出すのだ。
兄上はこんなふうにぼくにお節介を焼くのは、ぼくが担っている〝仕事〟に負い目を感じているからなのだろう。
本来ならば兄上が引き受けるべき仕事。それをぼくが担っているのは、結局はぼくの我が儘なのであって、いずれは兄上に戻るのだから気にする必要はないのに、真面目な兄上は気にしてしまうのだろう。
ぼくが担っているのは裏の仕事。
人様に堂々と自慢できないような仕事をぼくは請け負っている。
暁暗についてのことも、その仕事の一環……いや、暁暗についてこそ、ぼくがこの仕事を請け負っている理由なのだ。
ぼくがこの仕事を担う理由。
それは父上に初めて言った我が儘──リディと結婚したいから、臣籍降下させてほしい、と願ったことから始まった。
ぼくの計画では、クラヴリー伯爵の一人娘であるリディと結婚して婿養子になり、クラヴリー伯爵家を継ぐことになっている。そのためには王子の身分が邪魔だ。
特に王子の身分がこだわりはないし、なによりぼくはいろいろといわく付きの王子だ。そんな王子なんていなくなった方が国のためにもなるだろう。
だから、王子の身分を捨てようと、父上に願い出た。
それを聞いた父上は、渋い顔をした。
しかし、ぼくが本気で言っているのだと知ると、いくつか条件を出してきた。
そのうちのひとつが『暁暗について調べること』である。そして、可能と判断したならば暁暗を壊滅させること。
それを達成するために、ぼくは敢えて裏の仕事を引き受けることにしたのだ。
「最近はきちんと実行していますよ。リディもうるさいし……」
兄上の次にうるさいのがリディだ。
ちゃんとご飯食べなさいだの、寝なさいだのと言って、最終的には「だからエリクはもやしなのよ」などと言う。
見た目はもやしみたいな体型かもしれないが、きちんと筋肉はついている。ぼくは着痩せするタイプなのだと言っても、リディは信じてくれない。
かといって裸を見せるわけにもいかず、リディの誤解は一向に解けない。
「そうか、リディアーヌ嬢が……良い幼馴染みを持ったなあ、エリク」
「そうですね」
「そこは否定しないんだな……」
苦笑して言った兄上に、ぼくは真面目に頷く。
ぼくはリディに救われているのだ。否定なんてするわけがない。
「そういえば……リディアーヌ嬢の理想の王子さまは見つかったのか?」
兄上にはリディが理想の王子さまを探していることを、腹立たしさのあまり、うっかり口を滑らせてしまっていた。こんなことをリディに知られたら面倒なことになる。そのため、知らないふりをしていてほしいと兄上には頼んである。
「そんなもの、見つかるわけがないでしょう。あんな事件があったのに」
「それもそうだな……ん? ちょっと待て、エリク。まさか、おまえ……」
ぎょっとした顔をしてぼくを見つめた兄上に対し、心外だなと思う。
まさか、リディの理想の王子さま探しを邪魔したいがあまりに事件を起こした、とでも思ったのだろうか。
「あの事件は偶然ですよ、兄上。そんな裏工作なんてしません」
「そ、そうか……そうだよな。疑ってすまなかった」
ほっとした顔をして謝った兄上に、ぼくは頷く。
「ええ、そんなことしなくても、リディの言う理想の王子さまなんて、見つかるわけがないのですから」
「……どういうことだ?」
「冷静に考えて見てください、兄上。リディの言う理想の王子さまの条件に当てはまる人間がいるとお思いですか。かなり厳しい条件ですよ」
リディより背が高くて、頭が良くて、格好良くて、少し意地悪だけどときどき優しくて、鍛えているようには見えないけど鍛えていて、強い人。
そんな条件が当てはまる人物がいるだろうか。
「それは……まあ、確かにそうかもしれないが……いないとも言い切れないだろう」
「いませんよ、そんな相手。仮にいたとしても──ぼくが振り向かせるのが先です」
にっこりと笑って言い切ったぼくに、兄上は引きつった笑みを浮かべた。
そしてなぜか「可哀想なリディアーヌ嬢に幸あれ……」とリディの幸福を祈りだした。
兄上は時折よくわからない行動をするな。
「……おまえのそういうところが、私は羨ましいよ……」
「どういう意味ですか、兄上」
「そのままの意味だ」
そういうところとはどういうところだろう?
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