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第2話 幼馴染みが行方不明になりました
ep.12
しおりを挟む王宮に来てから、今日でちょうど三日。
「エリクを助けに行く」と宣言したユーグは、あれからちょくちょくわたしのところにやってきて、くだらない話をして帰っていく。
エリクを助けるのではなかったのかと聞くと、「今は準備中。ちゃんと動いているから安心してよ」とヘラリと笑う。
いつも思うのだけど、ユーグはどうやって王宮に潜入しているんだろう……気づいたら椅子に座っていたりするし。
それを聞いても「企業秘密」とか言って教えてくれなかった。
「喜びなよ、リディ。今日の夜に作戦決行だ」
「……本当?」
「ホント、ホント。明日にはエリク王子に会えるよ」
嬉しい? と尋ねたユーグに、わたしは頷いた。
「エリクに会ったら、文句言うんだから……エリクのバカ、なに捕まっているのよって」
怒ってみせるわたしに、ユーグは楽しそうに笑う。
「ははっ! リディらしいね。会ったらいっぱい思っていることを言えばいいさ」
「もちろん、そうするわ!」
力強く頷いたわたしに、ユーグは薄桃色の瞳を和らげて見つめる。
「……大丈夫だよ。今のところ、王子サマは怪我なんてしていないし、元気だから」
いつになく優しくそう言ったユーグに、わたしは目を丸くし、うっかり涙が溢れそうになるのを堪えた。
やだなぁ……ユーグに見透かされちゃうなんて。本当は、不安で不安で仕方ないことを。
今は怪我をしてなくても、脱出するときとか、この瞬間にだって怪我を負っているかもしれない。
きっとわたしは、エリクの姿を見るまで、安心することはないのだと思う。
「……うん。ありがとう、ユーグ」
ユーグの台詞で不安がなくなったわけではないけれど、気遣ってくれるその優しさで、心が少しだけ軽くなった気がする。
ユーグは少し目を見開いたあと、苦しそうな表情をした。
それも一瞬の出来事で、瞬きの間にその顔はいつもの胡散臭い笑顔になる。
ユーグにお礼を言うと、いつもそんな表情をする。
初めは気のせいかなと思っていたけれど、お礼を言うたびにそんな表情をするから、きっとこれは気のせいなんかじゃない。
どうしてユーグはそんな表情をするのだろう。
お礼を言われることなんてよくあることで、今まで一度も言われたことがないわけでもないはずなのに。
だけど、そんな踏み込んだ問いができるほど、わたしとユーグは親しいわけでも、信頼し合っているわけでもないから、聞くに聞けない。
「……リディは、さ。もう少しボクを疑うといいよ」
「え? 十分疑っているつもりだけれど……」
ユーグのことなんて全然信用していないし、今日、作戦を決行するというのだって疑わしく思っている。
わたしはユーグが約束を守ってくれるまで、彼のことを信用なんてしない。
「疑わしい相手に礼なんて言うべきじゃないと思うけど」
「ちょっとなにが言いたいのかわからないけれど……疑わしい相手であっても、嬉しいと思ったらお礼を言うのが当たり前でしょう? わたしはユーグに気遣ってもらえて嬉しかった。それがたとえわたしを信用させるための嘘であっても、わたしが嬉しいと思ったことは嘘じゃないもの」
「……ボクには、リディの言っていることがよくわからないよ」
どこか悲しい目をしてそう言ったユーグに、わたしはなんて言うべきか悩んだ。
そのわたしの戸惑いが伝わったのか、ユーグは困ったように笑う。
「いや……『言っていることがよくわからない』はちょっと違うかな。正確には、『どうしてそう思えるのかよくわからない』だ」
「……わたしの考え方は、おかしい?」
「キミは普通なんじゃない? おかしいのは、わからないボクの方なんだと思うよ」
他人事のようにそう言ったユーグは、どこか危うい感じがした。
たとえるなら、しゃぼん玉みたい。ふわふわと飛んで、触れるとすぐに消えてしまう……そんな儚さがあるような気がする。
その危うさは、エリクにも感じているもので、もしかしたら二人は似ているのかもしれない、と思った。
「じゃあ、ボクはそろそろ行くよ。約束、ちゃんと守ってよね」
そう軽口を叩いて、ユーグはいつものように窓から飛び降りて消えた。
ユーグが消えた窓を少しの間見つめて、わたしはふうと息を吐く。
どうにもユーグのことを放っておけない。
エリクに似ていると思ったからなのか、それとも時折浮かべる寂しげな瞳のせいなのか、それはよくわからないけれども。
このまま彼と別れてしまうのは、危ない気がする。
ユーグとはまだ親しいといえる仲ではないけれど、こうして関わっている人が、なんだか危ういように感じているのに知らんぷりをするのは、心が痛む。
これがただの気のせいだったならいいけれど、もし気のせいなんかじゃなく、なにかでユーグが辛い目に遭ったことを知ったら、きっとわたしは後悔する。
……仕方ない。わたしや周りの人たちに迷惑をかけない限り、しばらくユーグに付き合ってあげよう。
といっても、わたしにできるのはお喋りをするくらいなものだけど、その時間が少しでも彼の心安らぐものになるのなら、彼とお喋りするのはやぶさかでない。
ユーグは意外と流行に敏感で、いろんなことを話してくれるから、聞いていて飽きないんだよね。
信頼できるかどうかは別として、ユーグと他愛のない話をするのは楽しかった。
不安な気持ちを、少しの間だけでも忘れることができた。
──そう、認めがたいことではあるけれど、わたしをあんなに怖い目に遭わせたユーグのことが、嫌いではない。
だからきっと、ユーグがわたしのと約束を破ってエリクを酷い目に遭わせたら、裏切られたと感じるのだろう。
それをエリクに言ったら「本当にリディはどうしようもないバカなお人好しだよね」と呆れられそうだけれど、それがわたしなんだから仕方ない。
「エリクとユーグが会ったらどんなふうになるのかなぁ」
ユーグはへらへら笑って、エリクはムスッとしていそう。そしてそんな二人の仲をわたしが取り持つ。
そんな光景がありありと浮かんできて、わたしは一人でくすりと笑った。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
その夜、うちよりもふかふかなベッドで、うとうととしていると、コンコンと窓が叩かれる音がして目が覚めた。
ぼんやりとしたまま目をこすり、寝間着の上にストールを羽織って窓に近づいて開けると、そこにはユーグが立っていた。
「ユーグ……? どうしたの?」
「リディにいち早く報告しなくちゃと思ってさ。夜遅くにごめんね?」
いつものようにヘラヘラと笑うユーグを、わたしはじっと見つめる。
「エリクを……助けてくれたの?」
「明日か明後日には会えると思うよ。安心した?」
そう問いかけてきたユーグに、首を横に振る。
するとユーグは苦笑した。
「ありゃあ……まだボクは信用されていないのか。頑張ったのになぁ……」
少しだけしょぼんとして言うユーグに、わたしはふんと鼻を鳴らす。
「エリクの姿を見るまでは信じないわ。あなたは悪い人だもの」
「リディははっきり言うなぁ……」
ユーグはポリポリと頭をかく。
そのユーグの様子に気を良くしたわたしは、目を釣りあげて怒っているふりをしていたのを解いて、にっこりと笑う。
「……ありがとう、ユーグ。エリクを助けてくれて」
「……」
お礼を言ったわたしに、ユーグは虚をつかれた顔をしたあと、からかうように「王子サマの姿を見るまでは信じないんじゃなかったっけ?」と言う。
「信じないわ。でも、ユーグが本当にエリクを助けてくれた可能性もあるのだし、なにより本人が助けたって言っているのだもの。だから一応、ね……それに、お礼は何度言っても悪いものではないのだし」
「……本当にキミは……」
ユーグはなにかを言いかけて、やめる。
そのあとには、どうしようもないお人好しとか、そんなような言葉が続くのだろう。
「まあ、明日にはボクが約束を果たしたってわかるから、楽しみにしててよ。そして、キミにも約束を果たしてもらうから」
「わかったわ」
にっこり笑って答えたわたしを、不意にユーグが引っ張り、わたしはユーグの小柄な体に吸い寄せられる。
そのとき、ふわりとなにかが焦げた匂いがした。
「ユーグ……?」
「ボクは忠告したよね。もっとボクを疑えって。──夜中に尋ねてきた男を部屋に招くなんて、貴族のご令嬢が不用心すぎる。これじゃあ、なにをされても文句は言えないね?」
「……」
ユーグの声が、とても近い。
いつもよりも至近距離で聞こえるユーグの声に、ぞわりとする。それが嫌悪感からなのか、それとも違うのもなのか、わからない。
すぐ近くにあるユーグを見あげると、感情の読めない顔をしていて、その薄い桃色の瞳はどこか虚ろだった。
「ユーグは……わたしに酷いことをしたいの?」
「そうだなあ……そうするのも楽しいかもしれないとは思っている。ボクは自分で思っているよりもキミを気に入っているみたいでね……キミを手に入れられたら、この先楽しく過ごせる気がするんだ」
ユーグは、くすりと嫌な笑みを溢す。
それが、とても芝居かかっているように思えて。まるで──わたしに嫌われるためにやっているように思えて、悲しいのを通り越して腹が立った。
「……嘘つき」
「は……?」
キッと睨んで言ったわたしに、ユーグが戸惑う。
「ユーグは嘘つきよ。心にもないことを平気で言うんだもの。だからわたしは、あなたのことを信用しないのよ」
「心にもないこと……? ボクは全部本気だよ?」
「それも嘘だわ。あなたはなにひとつ本気で言っていることなんてない。わたしは簡単には騙されないんだからね!」
そう言った瞬間、ユーグの手の力が緩む。
その隙を狙ってユーグの腕の中から逃げ出し、あっかんべをする。
「悔しかったら、エリクと再会したときに出てきなさいよ。そうしたら、あなたとの約束はちゃんと守ってあげるし、ちょっとは信用してあげる。それまでは、ユーグの言うことなんて信じてあげないんだから!」
おやすみなさい! と捨て台詞のように挨拶をし、呆然としているユーグを残してわたしはベッドに戻る。
あー、言いたいことを、すべて言えてスッキリした!
気分爽快になったわたしは、そのまま気持ち良く夢の世界に旅立てたのだった。
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