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第2話 幼馴染みが行方不明になりました
ep.11 エリク
しおりを挟むしまった、油断した──。
そうモノローグで語る本の中の登場人物は多い。
気が緩んでいて、気を取られていて……などなど、それに対する言い訳も大概は同じもの。
しかも、そんな言い訳をする登場人物のほとんどが作中ではキレ者と称される人物なのだ。
ぼくから言わせれば、あらゆる可能性を考えて大なり小なり対策をするべきだ、と思う。頭のキレる者と褒めそやかされているくらいだから、それくらいは余裕だろう。
なんて甘い考えのやつらなんだ、どうしてこれがキレ者なんだ、とツッコミながら話を読み進める。
もちろん、それが物語を進めるために必要なスパイスであることは重々に承知しているが、だからといって、それならしょうがないと笑い飛ばせるような心を、残念ながらぼくは持っていなかった。
まあ、作者に直接言わず、心の中でツッコミをしているだけなのだから、誰に迷惑をかけるわけではないのでいいだろう。
つまり、ぼくがなにを言いたいのかといえば、今のこの状況──監禁されているのは、想定内のできごとだ、ということだ。
だから、きつく手足に縛られた紐も、猿ぐつわも隠し持っていた道具で切り、いつでもて動ける状態にしてある。
もちろん、パッと見ただけではわからないようにしてあるが。
ぼくが連れて来られた場所は、恐らく王都の郊外だろう。王宮から多少距離のある場所にあると思われる。
連れ去れたとき、目隠しをされていたため、詳しい場所はわからないが、歩かされた感じや、今いるこの部屋を見る感じ、大方どこかの富豪の隠れ家、といったところではないだろうか。
ぼくが今いる部屋は、地下にあるのだと思う。
どことなく空気が淀んでいるし、風もない。部屋には窓もなく、ぼくが来るまでろくに使っていなかったのか、埃とカビの臭いが鼻につく。
部屋の外には見張りが二人ほどついているようだ。
どうやってここから逃げようかと考えていると、不意に部屋の扉が開く。
そして、ぼくが取り逃した幹部の少年が、ヘラヘラとした笑みを浮かべて現れた。
「──ヘマしちゃったねぇ、王子サマ?」
場違いな明るい声でやつは話しかける。
にこにこと人好きしそうな笑みを浮かべているが、こいつはその笑顔のまま人を殺せる、そんな人種だ。
「ヘマ? このぼくが?」
「おやおや、王子サマにとって監禁されることはヘマにならないのかな? 高貴な御方の考えることはボクにはわからないなあ」
「……その胡散臭い笑顔はやめろ。用件を言え」
「ありゃ、怒っちゃった? 怒られせるつもりはなかったんだけど……」
「用件を言え」
「おーこわいこわい……はいはい、ボクの用件を言いますよっと。──ねえ、王子サマ。ボクと取り引きをしない?」
「取り引きだって……?」
やつの言葉に胡乱げな目を向ける。
それに対し、やつは笑顔を崩さない。
「なに、簡単な取り引きさ。ボクはキミをここから出してあげる。その代わりに、キミはボクの協力者になる──ね? シンプルなものでしょ?」
「……きみの目的はなんだ?」
なぜわざわざ組織の幹部である彼が、ぼくにそんな取り引きを持ちかける? それで彼になんのメリットがあるというのだろう。
取り引きというのは、双方にメリットがなければ成立しないものだ。持ちかけた方はできるだけ自分に有利な条件を相手に呑ませようとし、逆もまた然り。
そして双方の利益になるように調整をしていき、丸く収める──これが通常の取り引きだ。
しかし、彼の取り引きはどうだろう。
確かにぼくにとってメリットのある取り引きには違いない。ここからどう逃げようかと算段を考えていたところだったから、まさに渡りに船の提案だ。
だが、ぼくが彼の協力者になることが、どうして彼のメリットになる?
王子としてのぼくにはあまり価値がない。これは悲観的になっているわけでも、自虐しているわけでもなく、ただの事実だ。
まず、ぼくの後ろ楯となる家が存在しない。
そのため、ぼくは王位継承権も低く、これといった役職に就いているわけでもない。だから、ぼくに擦り寄ってもあまり旨みはない。
国の中枢に組み込んでいるわけではないぼくを通じてこの国を乗っ取ることも、不可能に近い。
「ボクの目的は、キミと一緒さ」
「ぼくと同じ……?」
「そう。ボクの目的は──この組織を壊滅させること。それだけだ」
表情を消し去り、そう告げた彼の目は、爛々と輝いていた。
……ああ、ぼくはこの目を知っている。
なにかを失い、誰かをこの世から消し去りたいほど憎んでいる─── そんな、憎しみの炎が彼の瞳には宿っていた。
「……わかった。きみの取り引きに応じよう」
彼になにがあったのかは知らないけれど、彼は組織の中枢に組み込みながら、その組織を心底憎んでいる。
そしてそれは、ぼくも同じだ。
敵の敵は味方とも言うし、現在のぼくと彼の目的は同じなのだとしたなら、彼と手を組むことによって組織の情報を手に入れやすくなる。
もちろん、彼の言っていることがすべて嘘という可能性も捨てきれない。
彼はまるで息を吐くように嘘をつける人種だろう。
さまざまな人を欺き、騙し合い、ときには命を奪う影の世界ともいうべき場所で生きてきた人物。
そんな人物の言うことを百パーセント信じられるかと聞かれたら、頷けないのも確かだった。
だが、あの憎しみに満ちた瞳は、見間違えようもない。彼が誰かを殺したいほど憎んでいることは、少なくとも信じられる。
問題はそれが〝誰か〟ということなのだが……。
「じゃあ、取り引き成立だね、王子サマ。改めて──ボクの名前はユーグ。これからよろしく」
「ああ……よろしく」
差し出された手を取る。
ぼくよりほんの少し小さな手。恐らく、ユーグと名乗った彼はぼくよりも年下なのだろう。
「今の時間は見張りも手薄だ。さあ、行くよ、王子サマ」
「……今すぐ?」
「この機会を逃すと、キミの命の保証ができないんでね。それに……キミを助け出すって約束したし」
「〝約束した〟……?」
いったい、誰と?
そう問う前に彼は鍵を壊し、早く外に出るようにと促す。
彼に案内されるままに進み、人の気配を避けながらなんとか建物の外へ脱出する。
すると、ユーグが振り返り、にこっと笑った。
「ボクはここまで。もう少し先に進むと、キミのお兄サマたちが手配した騎士たちと合流できるはずさ」
「……それも、きみが手配を?」
「そうそう。王子サマがここにいるっていう情報をとある伝手を使って流したんだ。きっとすぐに動くだろうと思っていたけど、まさかこんなに早く動くとはね……」
キミってアイされているね、と言う彼にぼくは「そうでもない」と素っ気なく答える。
それについて、彼は特には追及せず、ただ困ったように笑い、「じゃ、ボクはやることがあるから」と去ろうとする。
「……待て。きみは今からなにをするつもりだ?」
「……この屋敷を燃やすよ。国にバレた時点でここは用なしだから。下手に残すのは、やつらのやり方じゃない」
「仲間がまだいても?」
「それがやつらのやり方さ。失敗したら死あるのみ……そもそも、王子サマを捕まえることなんて命じてなかったのに勝手に動いた挙句に、ここを特定されたんだ。死んで当然だね」
冷えきった口調でそう言ったユーグに、「きみが情報を漏らしたんだろう」なんて野暮なことは言えなかった。
きっと彼らは裏切られるのなんて日常茶飯事なのだ。情報が漏洩することを警戒して対策を考えなかった彼らが悪い、ということなのだろう。
それでも、普通は幹部であるユーグが裏切るなんて想像もしなかったに違いない。
だからといって、自分を捕らえたやつらに同情なんてしないけれど。
「ボクからも質問。ねえ、王子サマ。ボクが来なかったら、どうやって脱出するつもりだったの?」
「……見張りのやつらからある程度の情報を聞き出したあと、機を見て鍵を奪って逃走するつもりだった。こう見えて、武術には覚えがあるからね」
「あー……確かに。あのとき食らった蹴りは痛かったなぁ……まだ痣残っているんだけど」
恨みがやしく言われたが、ぼくはフッと鼻で笑う。
あれは完全なる自業自得だ。リディに手を出すユーグが悪い。
「……じゃあ、そろそろボクは行くよ」
「ああ……助かった」
「取り引きだからね。これから王子サマにはガンガン協力してもらうから、覚悟しといて」
冗談混じりに言う彼を見送ろうとし、一つだけ気になったことを思い出した。
「ねえ、ユーグ」
「なに?」
「きみのその瞳の色は……本物?」
そう問いかけると、ユーグはすっと目を細めた。
そのとても冷めた眼差しに、ぼくの考えは当たっているのだと確信した。
「そうだけど……それがなにか?」
「いや、気になっただけだから、特に気にしなくていい」
「……ふーん、そう。じゃあ、本当に行くから。またね、王子サマ」
──キミの可愛いお姫さまによろしく。
そう告げて、彼は闇夜に溶けていった。
「……淡い桃色の瞳、ね……」
夜明けの空にあるような、そんな色の瞳だった。
その瞳に彼の生い立ちと、どうして組織を恨んでいるのかも、想像がつく。
「まあ、どうでもいいけど。……リディ、心配しているかな……」
きっとリディのことだ。
ぼくの姿を見るなり「どこに行っていたのよ!」と怒ってくるだろう。
そんなリディに、なんて言い訳をしようか。
捕まる前に、『暁闇』の下っ端に怪しい動きがあると情報を掴んでいたため、もしぼくが帰ってこなかったら、リディに危害が及ばないように手配をしてほしいと兄上に頼んだから、大方の事情はリディに説明しているだろう。
……参ったな。
逃げ出す算段を考えるよりも、リディへの言い訳を考える方が難しそうだ。
そんなことを考えながら、ぼくは兄上の騎士たちと合流すべく足を動かす。
そしてそれからそんなに時間を経たずに、ぼくの捕まっていた屋敷が火事になったという話を、後日聞いたのだった。
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