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第3話 婚約者ができました?
ep.17
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「リディアーヌ嬢はいつも笑顔だね」
ローランさまが、優しい笑みを浮かべて、不意にそんなことを言う。
なんだか急に恥ずかしくなって、わたしはもじもじとしてしまう。
「……そう、ですか? わたし……子どもっぽい?」
「君はいつも明るくて、眩しい。無邪気で愛らしい人だと、私は思うよ」
君の笑顔を見ると、私も元気になれる。
けれど、そう言ったローランさまの顔がまともに見られなくて、わたしは思わず顔を背けた。
こんなふうに褒められることに、わたしは慣れていない。
エリクやユーグはわたしをバカにしてくるだけで、褒められることなんてなかった。
ああ……わたしの周りにいる男性はなぜこうも意地悪なのだろう……みんなローランさまの爪の垢を煎じて呑めばいいのに。
「あ、ありがとうございます……」
「私はあまり体が丈夫ではないから……少しだけ、君が羨ましいよ」
「ローランさま……」
儚げな表情を浮かべるローランさまに、わたしはなんて言葉をかければいいのかわからず、戸惑う。
ローランさまは生まれつき、お体の弱い方だったのだという。よく熱を出しては寝込み、窓から同年代の子どもたちが遊んでいる様子を眺めていたのだと。
大人になってそれも大分少なくなり、領地から王都に出てきたはいいけれど、慣れるまでは寝込みがちで、現在はようやく慣れてきて、こうして外に出かけることできるようになった。
「……ああ、ごめんね。リディアーヌ嬢を困らせるつもりはなかったのだけど……」
わたしの戸惑いに気づいたローランさまが、申し訳なさそうに眉をさげる。
わたしはそれに静かに首を横に振る。
「そろそろ、行こうか。今日は私の我儘に付き合ってくれてありがとう」
「いえ。お誘いいただけて、嬉しかったです。それに、とても楽しかった」
「それなら、誘った甲斐があった」
緩く微笑んだローランさまに、わたしも同じように微笑み返す。
こういうささやかな時間が、とても好きだと思う。
愛しさがあるわけじゃない。ただ、このゆっくりと流れるひとときがとても好ましくて、まるで川のせせらぎを聞いているかのような気分になる。
この穏やかな時間がずっと続けばいいのに、と思った。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
家に戻ると、ユーグがヘラリとした笑みを浮かべて出迎えてくれた。
もちろん、周りには誰もいないことは確認済みだろう。そのあたりは抜かりないのがユーグだ。
「おかえり、リディ」
「ただいま! ユーグが出迎えてくれるなんて珍しいわね……なにかあったの?」
「うーん……なにかあったというよりも、これから起きる、と言うべきかな」
「はい……? どういうこと?」
「まあ、とにかく旦那さまに会いなよ。きっとリディにとっても悪いことではないと思うから」
「……ふーん……わかったわ。父さまが呼んでいるのね?」
「そういうこと」
ほら、お嬢さま、早くお行きよ、とユーグが笑う。
ユーグにお嬢さまと呼ばれるのは慣れない。
いや、慣れないというよりも、バカにされている感じがして落ち着かない、と言った方が正しいかもしれない。
ニコニコとしているユーグの横を通り抜け、父さまがいると思われる執務室へ向かう。
父さまの用事ってなんだろう。ユーグは悪い話じゃないと言っていたけれど……本当かな?
ユーグを疑いながら父さまの執務室を訪ねると、父さまはわたしを見て微笑む。
「父さま、わたしを呼んでいると伺ったのですが、なんのご用でしょう?」
「ああ。リディ……隣国のセルグス王国へ行ってみないか?」
「セルグス王国へ……? それはもちろん行きたいですけれど、いったい突然どうして……?」
「実は、近々エリクさまが隣国に行く予定があるらしく、それにぜひリディも一緒に、とお誘いがあったのだ」
「エリクが……?」
昨日も会ったけれど、エリクはそんなこと一言も言ってなかった。
もう、言ってくれてもいいのに……! 本当にエリクったら意地悪なんだから……!
「どうだろう、リディ。エリクさまのお誘いに乗ってみるか?」
「ええ、もちろん! セルグス王国にはわたし、一度行ってみたかったの!」
「そうか。では、そのように返事をしておく」
「ありがとうございます、父さま!」
「お礼はエリクさまに言うんだよ」
はい、と元気に頷き、父さまの執務室を出る。
自分の部屋に戻るまでのわたしの足取りは、いつなく軽い。憧れのセルグス王国に行けることになって、舞い上がっているのが自分でもわかる。
セルグス王国はとても豊かな国。自然が多く、食べ物がすごく美味しいところ。その国民性も真面目で穏やかな人が多いと聞く。
かの王国で施された細工はとても繊細で美しく、我が国の婦女子からの人気も高い。特に、セルグス王国製のオルゴールはとても素晴らしいのだとか。
そんなお隣の国に、一度旅行に出かけてみたかった。きっとエリクはそのわたしの願いを知っていて、誘ってくれたのだろう。
なんだかんだ言って、エリクは優しいから。きっとこの前心配かけたお礼で、こっそりと掛け合ってくれたに違いない。照れ屋だから、自分からは言えなかったんだと思う。もしくは、一人で行くのが寂しかったのかもしれない。
本当にエリクったらしょうがないんだから!
ルンルン気分で中庭に差しかかると、エリクの綺麗な金髪が見え、わたしは方向転換した。
そして、抜け足差し足でエリクに近づき、目を塞ぐ。もっとも、エリクはいつも通り前髪で顔を隠していたから、目の位置はわたしの勘だ。
「えーりくっ!」
「……本が読めないんだけど」
ため息をつかんばかりに言ったエリクに、わたしは笑顔を崩さない。
いつもなら「なによ、その言い方は?」とムッとするところだけれど、今日のわたしは機嫌が良い。それに、エリクのお陰でセルグスに行けるのだもの。これくらいで怒ったりはしない。
「ふふふ。ごめんね?」
にこにこと笑いながら手を退けて謝ったわたしを見て、エリクは思い切り眉を寄せた。
「リディが素直に謝るなんて……すごく気持ち悪いんだけど」
「……どういう意味?」
少し眉がピクリと動いてしまったけれど、なんとか笑顔を保つ。
これくらいで怒ってはだめ。耐えなくては!
「そのままの意味。日頃のぼくに対する態度を思い出してごらんよ。今日は槍でも降るのかな」
それは、わたしがいつも怒っている、ということ? ねえ、そういうこと?
……いやいや、落ち着きなさい、リディ。怒るためにエリクのところに来たわけではないのよ。
わたしは心を落ち着かせるために一度深呼吸をし、にっこりと微笑む。
「……そんなことより、父さまに聞いたわ。エリク、セルグス王国に行くのでしょう?」
「ああ……もう聞いたの、それ。なるほど……だから今日のリディは不気味なくらいご機嫌なんだね」
一人で納得したふうのエリクに、再びわたしの頬が引きつる。
不気味なくらいご機嫌ってなに。
本当にエリクってば、いつも一言多いんだから……!
「……エリクはその一言余分なところ、なんとかした方がいいと思うわ」
「ご忠告どうも。……で? そんなことを言うためにぼくのところに来たわけじゃないでしょ?」
さすがエリク。わたしのことをよくわかっている。
その通りだ。文句を言うために来たわけではない。エリクに聞きたいことがあったから、方向転換して来たのだ。
「……どうしてわたしを連れて行ってくれるの? 国のご用事で行くのでしょう? それなのに、わたしが一緒に行っていいの?」
お礼を言う前に、これだけは確認したかった。
エリクはこの国の王子さま。公務というものがもちろんあって、今回の件もその公務関連で行くのだろう。
それなのに、王族とはなんの縁もないわたしがついて行ってもいいのだろうか。ただエリクの幼馴染みだからというだけで、一緒に行ってもいいのだろうか。
もちろん、国王さまの許可はちゃんといただいているのだとは思う。
それでも、エリクの口からきちんと説明して、一緒に行っても大丈夫だと、言ってほしかった。
「そんなことか」
エリクは小さくふっと笑う。
そんなことってエリクは軽く言うけれど、わたしにとってはすごく大事なことだ。
文句を言おうと口を開くと、その前にエリクが喋りだした。
「もちろん、リディが一緒に行っても大丈夫だよ。なにせきみはぼくの──」
ごくり、と知らず知らずのうちに唾を飲み込む。
ぼくの……なに? なにをエリクは言うつもりなの?
「──ぼくの壁になってもらうのだから」
「……かべ?」
わたしがエリクの壁になる……?
いったいどういうこと……?
「いつもセルグス王国に行って夜会に参加すると、ご令嬢方がすごくてね……相手をするのもそろそろ限界だ。だから、リディにはぼくの壁になってもらうことにしたんだ。きちんとぼくの壁になってよね」
偉そうに言ったエリクに、わたしはぽかんとしてしまった。
わたしを連れて行ってくれる理由はそれ、なの? 心配かけたお詫びとかではなく? エリクの壁になるため……?
ちょっと前までエリクに感謝していた自分を殴りたい……。
そうだわ。エリクはこういうやつだった! それをうっかりと忘れて、良い方に考えてしまった自分が情けない……!
「と、いうわけだから。きみは気兼ねなくついてくればいいんだ。父上にも許可はもらったし、リディは夜会のときだけぼくに付き合ってくれれば、あとは好きにしてくれて構わない」
「あっそ……安心したわ……」
「元気ないけど、どうしたの? さっきまであんなにご機嫌だったのに」
「わかってるでしょ……わたしの元気がなくなった理由」
「さあ。ぼくには見当もつかないな」
そう言うなり、エリクは本に視線を落とす。
通常運転なエリクにわたしはがっくりとしてしまう。
どんな理由にしたってセルグスに行けるのは嬉しいし、夜会以外は好きにしていいとも言っていた。
その言葉に甘えよう。お土産たくさん買って、ミシェルやローランさまに渡そう。
夜会だけ付き合えばいいのだから、それ以外はわたしがエリクを振り回そう。いつも振り回されているのだから、それくらいしたって罰は当たらないはすだわ。
わたしは気持ちを切り替え、旅行の準備に取りかかるため、自分の部屋に戻った。
そしてはた、と気づく。
──エリクにお礼を言うのを忘れた!
……うん、また今度でいいか。エリクにはよく会うし、次に会ったときにでも言えばいい。
たとえ連れて行ってもらう理由が壁になるためだったのだとしても、セルグスに行けて嬉しいことには変わりないのだから。
エリクにはいつでも会える──そう思っていたのだけど、わたしが次にエリクに会えたのは、旅行の当日だった。
ローランさまが、優しい笑みを浮かべて、不意にそんなことを言う。
なんだか急に恥ずかしくなって、わたしはもじもじとしてしまう。
「……そう、ですか? わたし……子どもっぽい?」
「君はいつも明るくて、眩しい。無邪気で愛らしい人だと、私は思うよ」
君の笑顔を見ると、私も元気になれる。
けれど、そう言ったローランさまの顔がまともに見られなくて、わたしは思わず顔を背けた。
こんなふうに褒められることに、わたしは慣れていない。
エリクやユーグはわたしをバカにしてくるだけで、褒められることなんてなかった。
ああ……わたしの周りにいる男性はなぜこうも意地悪なのだろう……みんなローランさまの爪の垢を煎じて呑めばいいのに。
「あ、ありがとうございます……」
「私はあまり体が丈夫ではないから……少しだけ、君が羨ましいよ」
「ローランさま……」
儚げな表情を浮かべるローランさまに、わたしはなんて言葉をかければいいのかわからず、戸惑う。
ローランさまは生まれつき、お体の弱い方だったのだという。よく熱を出しては寝込み、窓から同年代の子どもたちが遊んでいる様子を眺めていたのだと。
大人になってそれも大分少なくなり、領地から王都に出てきたはいいけれど、慣れるまでは寝込みがちで、現在はようやく慣れてきて、こうして外に出かけることできるようになった。
「……ああ、ごめんね。リディアーヌ嬢を困らせるつもりはなかったのだけど……」
わたしの戸惑いに気づいたローランさまが、申し訳なさそうに眉をさげる。
わたしはそれに静かに首を横に振る。
「そろそろ、行こうか。今日は私の我儘に付き合ってくれてありがとう」
「いえ。お誘いいただけて、嬉しかったです。それに、とても楽しかった」
「それなら、誘った甲斐があった」
緩く微笑んだローランさまに、わたしも同じように微笑み返す。
こういうささやかな時間が、とても好きだと思う。
愛しさがあるわけじゃない。ただ、このゆっくりと流れるひとときがとても好ましくて、まるで川のせせらぎを聞いているかのような気分になる。
この穏やかな時間がずっと続けばいいのに、と思った。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
家に戻ると、ユーグがヘラリとした笑みを浮かべて出迎えてくれた。
もちろん、周りには誰もいないことは確認済みだろう。そのあたりは抜かりないのがユーグだ。
「おかえり、リディ」
「ただいま! ユーグが出迎えてくれるなんて珍しいわね……なにかあったの?」
「うーん……なにかあったというよりも、これから起きる、と言うべきかな」
「はい……? どういうこと?」
「まあ、とにかく旦那さまに会いなよ。きっとリディにとっても悪いことではないと思うから」
「……ふーん……わかったわ。父さまが呼んでいるのね?」
「そういうこと」
ほら、お嬢さま、早くお行きよ、とユーグが笑う。
ユーグにお嬢さまと呼ばれるのは慣れない。
いや、慣れないというよりも、バカにされている感じがして落ち着かない、と言った方が正しいかもしれない。
ニコニコとしているユーグの横を通り抜け、父さまがいると思われる執務室へ向かう。
父さまの用事ってなんだろう。ユーグは悪い話じゃないと言っていたけれど……本当かな?
ユーグを疑いながら父さまの執務室を訪ねると、父さまはわたしを見て微笑む。
「父さま、わたしを呼んでいると伺ったのですが、なんのご用でしょう?」
「ああ。リディ……隣国のセルグス王国へ行ってみないか?」
「セルグス王国へ……? それはもちろん行きたいですけれど、いったい突然どうして……?」
「実は、近々エリクさまが隣国に行く予定があるらしく、それにぜひリディも一緒に、とお誘いがあったのだ」
「エリクが……?」
昨日も会ったけれど、エリクはそんなこと一言も言ってなかった。
もう、言ってくれてもいいのに……! 本当にエリクったら意地悪なんだから……!
「どうだろう、リディ。エリクさまのお誘いに乗ってみるか?」
「ええ、もちろん! セルグス王国にはわたし、一度行ってみたかったの!」
「そうか。では、そのように返事をしておく」
「ありがとうございます、父さま!」
「お礼はエリクさまに言うんだよ」
はい、と元気に頷き、父さまの執務室を出る。
自分の部屋に戻るまでのわたしの足取りは、いつなく軽い。憧れのセルグス王国に行けることになって、舞い上がっているのが自分でもわかる。
セルグス王国はとても豊かな国。自然が多く、食べ物がすごく美味しいところ。その国民性も真面目で穏やかな人が多いと聞く。
かの王国で施された細工はとても繊細で美しく、我が国の婦女子からの人気も高い。特に、セルグス王国製のオルゴールはとても素晴らしいのだとか。
そんなお隣の国に、一度旅行に出かけてみたかった。きっとエリクはそのわたしの願いを知っていて、誘ってくれたのだろう。
なんだかんだ言って、エリクは優しいから。きっとこの前心配かけたお礼で、こっそりと掛け合ってくれたに違いない。照れ屋だから、自分からは言えなかったんだと思う。もしくは、一人で行くのが寂しかったのかもしれない。
本当にエリクったらしょうがないんだから!
ルンルン気分で中庭に差しかかると、エリクの綺麗な金髪が見え、わたしは方向転換した。
そして、抜け足差し足でエリクに近づき、目を塞ぐ。もっとも、エリクはいつも通り前髪で顔を隠していたから、目の位置はわたしの勘だ。
「えーりくっ!」
「……本が読めないんだけど」
ため息をつかんばかりに言ったエリクに、わたしは笑顔を崩さない。
いつもなら「なによ、その言い方は?」とムッとするところだけれど、今日のわたしは機嫌が良い。それに、エリクのお陰でセルグスに行けるのだもの。これくらいで怒ったりはしない。
「ふふふ。ごめんね?」
にこにこと笑いながら手を退けて謝ったわたしを見て、エリクは思い切り眉を寄せた。
「リディが素直に謝るなんて……すごく気持ち悪いんだけど」
「……どういう意味?」
少し眉がピクリと動いてしまったけれど、なんとか笑顔を保つ。
これくらいで怒ってはだめ。耐えなくては!
「そのままの意味。日頃のぼくに対する態度を思い出してごらんよ。今日は槍でも降るのかな」
それは、わたしがいつも怒っている、ということ? ねえ、そういうこと?
……いやいや、落ち着きなさい、リディ。怒るためにエリクのところに来たわけではないのよ。
わたしは心を落ち着かせるために一度深呼吸をし、にっこりと微笑む。
「……そんなことより、父さまに聞いたわ。エリク、セルグス王国に行くのでしょう?」
「ああ……もう聞いたの、それ。なるほど……だから今日のリディは不気味なくらいご機嫌なんだね」
一人で納得したふうのエリクに、再びわたしの頬が引きつる。
不気味なくらいご機嫌ってなに。
本当にエリクってば、いつも一言多いんだから……!
「……エリクはその一言余分なところ、なんとかした方がいいと思うわ」
「ご忠告どうも。……で? そんなことを言うためにぼくのところに来たわけじゃないでしょ?」
さすがエリク。わたしのことをよくわかっている。
その通りだ。文句を言うために来たわけではない。エリクに聞きたいことがあったから、方向転換して来たのだ。
「……どうしてわたしを連れて行ってくれるの? 国のご用事で行くのでしょう? それなのに、わたしが一緒に行っていいの?」
お礼を言う前に、これだけは確認したかった。
エリクはこの国の王子さま。公務というものがもちろんあって、今回の件もその公務関連で行くのだろう。
それなのに、王族とはなんの縁もないわたしがついて行ってもいいのだろうか。ただエリクの幼馴染みだからというだけで、一緒に行ってもいいのだろうか。
もちろん、国王さまの許可はちゃんといただいているのだとは思う。
それでも、エリクの口からきちんと説明して、一緒に行っても大丈夫だと、言ってほしかった。
「そんなことか」
エリクは小さくふっと笑う。
そんなことってエリクは軽く言うけれど、わたしにとってはすごく大事なことだ。
文句を言おうと口を開くと、その前にエリクが喋りだした。
「もちろん、リディが一緒に行っても大丈夫だよ。なにせきみはぼくの──」
ごくり、と知らず知らずのうちに唾を飲み込む。
ぼくの……なに? なにをエリクは言うつもりなの?
「──ぼくの壁になってもらうのだから」
「……かべ?」
わたしがエリクの壁になる……?
いったいどういうこと……?
「いつもセルグス王国に行って夜会に参加すると、ご令嬢方がすごくてね……相手をするのもそろそろ限界だ。だから、リディにはぼくの壁になってもらうことにしたんだ。きちんとぼくの壁になってよね」
偉そうに言ったエリクに、わたしはぽかんとしてしまった。
わたしを連れて行ってくれる理由はそれ、なの? 心配かけたお詫びとかではなく? エリクの壁になるため……?
ちょっと前までエリクに感謝していた自分を殴りたい……。
そうだわ。エリクはこういうやつだった! それをうっかりと忘れて、良い方に考えてしまった自分が情けない……!
「と、いうわけだから。きみは気兼ねなくついてくればいいんだ。父上にも許可はもらったし、リディは夜会のときだけぼくに付き合ってくれれば、あとは好きにしてくれて構わない」
「あっそ……安心したわ……」
「元気ないけど、どうしたの? さっきまであんなにご機嫌だったのに」
「わかってるでしょ……わたしの元気がなくなった理由」
「さあ。ぼくには見当もつかないな」
そう言うなり、エリクは本に視線を落とす。
通常運転なエリクにわたしはがっくりとしてしまう。
どんな理由にしたってセルグスに行けるのは嬉しいし、夜会以外は好きにしていいとも言っていた。
その言葉に甘えよう。お土産たくさん買って、ミシェルやローランさまに渡そう。
夜会だけ付き合えばいいのだから、それ以外はわたしがエリクを振り回そう。いつも振り回されているのだから、それくらいしたって罰は当たらないはすだわ。
わたしは気持ちを切り替え、旅行の準備に取りかかるため、自分の部屋に戻った。
そしてはた、と気づく。
──エリクにお礼を言うのを忘れた!
……うん、また今度でいいか。エリクにはよく会うし、次に会ったときにでも言えばいい。
たとえ連れて行ってもらう理由が壁になるためだったのだとしても、セルグスに行けて嬉しいことには変わりないのだから。
エリクにはいつでも会える──そう思っていたのだけど、わたしが次にエリクに会えたのは、旅行の当日だった。
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