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第3話 婚約者ができました?
ep.21
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謎の動悸に悩まされながら、わたしはエリクとごはんを食べている。
美味しいはずなのに、なにも味がしない。エリクがなにか言っていたけど、わたしの頭にはなにも入って来なかった。
こんなの……こんなのわたしじゃない。
エリクにこんな緊張するなんて、どうかしてる。わたし、病気なんだ。絶対そうだ。あ、待って。病気だったらセルグス行けなくなる? それはいやだ。やっぱ病気はなしで。
「……あのさ」
呆れたようなエリクの口調にハッとする。
エリクは綺麗な所作でお肉を切り分けながら、口調と同じ目をわたしに向けた。
「いい加減、機械みたいな動きするのやめてくれない?」
「……へ?」
「手の動きが固い。緊張しているの、バレバレだから。もっと貴族令嬢らしく振る舞いなよ」
やれやれ、と言わんばかりにため息をつくエリクに、わたしの緊張はぽーんっとどこかに吹っ飛んで、代わりにメラメラと怒りの炎が湧き上がった。
「……わたしが緊張? どうしてエリクと一緒にいるのに、わたしが緊張しなくちゃいけないの? 自惚れないでよね!」
「へえ。じゃあ、緊張していないリディアーヌ嬢は、今まで出たメニューを言えるのかな」
ぐっ、とわたしは言葉に詰まる。
全然、覚えていない。前菜とスープを飲んだ気がするけれど、それがなにだったかまではわからない。
「言えないんだ?」
ほら見ろとエリクの目がわたしに言っている。
わたしのナイフとフォークを持つ手が震えた。
恥ずかしさからではない。怒りでだ。
「……なにか文句でも?」
開き直ったわたしに、エリクは意地悪く口元をあげる。
「とんでもない。緊張していて可愛いなと思っただけだよ」
絶対そんなこと思っていないでしょ。
腹立つなあ……!
……まあ、でも。これがいつものわたしたちのやり取りだ。
怒りも鎮火し、わたしはやっと食事の味がわかるようになる。お肉が柔らかくて美味しい。濃厚なタレもフルーティーでいいお味だ。これをわからなかったなんてもったいない。きっと前菜もスープも絶品だっただろうに。
「明後日にはセルグスに入るんだから、ちゃんとしてくれないと困るんだよ。きみはぼくの連れなんだから、外では猫被って令嬢らしくして」
「……わかってるわよ」
ぶすっとした顔で言うと、エリクが思い切り顔を顰める。
「令嬢はそんな顔しないと思うけど。すごく不細工な顔してるよ、リディ」
「うるさい! わたしは元々こんな顔なの!」
ふんっと顔を背けたわたしに、エリクは大きなため息を吐いた。
「……せっかく化粧して綺麗なのに台無しだよ。ユーグに謝ってきなよ」
そのエリクの言葉に、わたしは顔を前に戻し、エリクをまじまじと見つめた。
そんなわたしに、エリクは訝しげな顔をする。
「……なに?」
「わたし、綺麗?」
わたしの質問にエリクは意味がわからないというような顔をする。
「なに、突然」
「突然じゃないわ。エリクが言ったのよ、『化粧して綺麗』って」
エリクは眉間に皺を寄せ、しまった、という顔をした。そんなエリクに、わたしはにんまりと笑う。
「ね、わたし綺麗?」
「……ユーグの化粧が上手なんだろうね。いつもより五割増しくらいに美人に見えるよ」
「ということは、エリクは今のわたしのこと美人だって思っているってことよね」
「……」
にこにことしたわたしに、エリクはとうとう黙り込んだ。やった! エリクに勝った!
もしかして、初勝利じゃないだろうか。ぎゃふんと言わせたと言ってもいいかもしれない。
むふふ、と笑うわたしに、エリクは眉間に皺を寄せ寄せてわたしを見ていたけれど、不意にふっと笑う。
「化粧すれば、ね。ユーグはどんな魔法を使ったんだろうね? 本当にユーグは優秀だ」
さすがエリク。転んでもただでは起きない男。
わたしを褒めるのではなく、ユーグを褒めることにしたらしい。素直に認めればいいのに。
まあ、素直に認められてもきっとわたしは不気味に思うのだろうけど。
「……そうね。ユーグは本当にすごいと思う。このワンピースも、わたしには似合わないんじゃないかしらって思ったのだけど、着てみると意外と合っていてびっくりしたわ。とってもセンスがいいのね」
素直にユーグを褒めると、エリクは少し不機嫌そうな顔をする。
なんで? ユーグを先に褒めたのはエリクなのに。
「……ぼくは似合うと思っていたけど」
「え?」
エリクの言っている意味がわからなくてきょとんとしたわたしに、エリクはぶすっとして言う。
「聞いてないの? 今回のリディが着る服、全部ぼくが用意したんだけど」
「えっ」
聞いていない! 父さまも母さまもユーグも、そんなこと言ってなかった!
通りで見覚えのない服だと……そうか、これ、エリクが用意してくれたんだ……。エリクの言葉から察するに、選んだのもエリクなんだろう。
目を見開いて固まったわたしになにを思ったのか、エリクは静かに立ち上がった。
「食べ終わったし、部屋に戻ろう」
「う、うん」
ちゃっかりとデザートも完食していたわたしは、エリクの言葉に従って立ち上がる。
そしてそのまま、部屋までエスコートされた。
「じゃあ、おやすみ、リディ」
「う、うん……」
さっきからわたし、「うん」しか言っていない。
もっとなにか言わなくちゃいけないのに、上手く声が出ない。
もじもじするわたしにエリクは小さく笑い、背を向ける。
だめだ。このままエリクを行かせたら、だめ。
エリクほどではないけれど、意地っ張りなわたしはこの機会を逃すと、きっとお礼を言えずじまいになってしまう。
服のこともそうだし、この旅行のことだってまだお礼を言っていない。今言わないと、だめだ。
「エリク!」
わたしは背を向けたエリクの服の袖を引っ張り、彼を引き止める。
エリクは少し驚いた顔をして振り返った。
「リディ?」
「あの……あの、ね」
言え。ちゃんと言うのよ、リディ!
ここで負けたら女が廃る! たった五文字を言うだけ。簡単でしょう? ユーグにだって簡単に言えるのだからエリクに言えないはずがない。さあ、お礼を言うんだ!
「あの……その……えっと、ね……」
たった五文字。されど五文字。「ありがとう」となかなか言えないでいるわたしを、エリクは不思議そうに見つめる。
「あ……ありがと……」
「……なんのお礼?」
消え入るような声で、やっとの思いで言えた五文字……いや、正確には四文字だったけれど、そのお礼の言葉に、エリクは心底不思議そうに首を傾げた。
微かに眉間に皺が寄っている。きっと考えても本当にわからなかったのだろう。
「だから……今回のこの旅行に連れて行ってくれたことと、あと服を用意してくれたお礼」
そう言うと、エリクは目を見開いた。
そしてふいっと顔を背けて言う。
「……別に、この旅行に関してはリディに助けてもらわなきゃならないし、ぼくの都合でもあるから、服はそのお詫びみたいなものだよ。リディが気にする必要はない」
「うん。でも、セルグスに行けるのは嬉しいし、エリクに服を用意してもらえたのも、嬉しかったの。だから、エリクはわたしのお礼を素直に受け取ればいいのよ」
そう言ったわたしを、エリクはちらりと見る。
どこか気まずそうなエリクの顔に、わたしは首を傾げた。
「……気持ち悪くないの?」
「気持ち悪い? なにが? あ、エリクの余所行きの態度のこと?」
「……違う」
今の話の流れでなんでそうなるの、と呆れたように言われるのが解せない。だってそれ以外に思いつかないのだもの。
「ぼくの態度が気持ち悪いというのはあとでゆっくり尋問として……」
え? 尋問? わたし、そんなにまずいこと言った?
あわあわしているわたしに、エリクは上目遣いをして言う。
「勝手に服を用意したりして……引かなかった?」
いつになく不安そうなエリクの様子が意外で、わたしはきょとんとする。
「どうして? だって、エリクがわたしのために用意してくれたものでしょう? なにを企んでいるのかと疑ったりはするかもしれないけれど……でも、喜びはしても、気持ち悪いとか、引いたりなんてしないわ」
今回はなんのお礼かわかっているし、素直に嬉しく思っただけだ。まあ、びっくりはしたけれど。
あと、エリクがそんなことを気にするのも意外だ。
いつもなら「ぼくがわざわざ用意してあげたんだから感謝してほしいくらいだよ」くらい言いそうなものなのに。
「……ふーん。なら、いいけど」
素っ気ないけど、どこか安心したようにエリクは言った。
変なエリク。今日のエリクは本当に変。
まあ……わたしも人のこと言えないくらい、変だった自覚はあるけれど。旅行のせいかな。いつもと違う環境だから、ちょっとドキドキしちゃうっていう……そういうの、まったく要らないんだけど。
「明日も早いから、寝坊しないように」
「わかっているわ。子どもじゃないのよ」
エリクとは年が一つしか違わない。それなのに子ども扱いされるのは遺憾だ。
むう、とするわたしにエリクはいつもの意地の悪い笑みを浮かべた。
「──おやすみ、リディ。良い夢を」
エリクの顔が近づいたかと思うと、左頬に温かいものが触れて、わたしはハッとしてエリクから離れる。
頬を押さえて口をぱくぱくさせるわたしを見て、エリクは満足そうな顔をする。そして、顔を真っ赤にさせているわたしを置き去りにして部屋に戻ってしまう。
な、なに……? 今、わたしエリクにキスされた……?
今までわたしからエリクの頬にキスをすることはあっても、その逆はなかった。
どういう心境の変化だろう。やっぱり今日のエリクは変!
ずっとこのまま突っ立っているわけにもいかず、わたしは部屋に入って、服が皺になるのも構わずにベッドに寝転がった。
どうしてだろう。頬へのキスなんてただの挨拶なのに、エリクが触れたところが熱い。
エリクも変だけど、わたしも変。でも、わたしが変なのはエリクのせいだ。
──どうか、わたしを変にしないで。これ以上、心を乱さないで。
祈るように、枕に火照った顔を押しつけた。
美味しいはずなのに、なにも味がしない。エリクがなにか言っていたけど、わたしの頭にはなにも入って来なかった。
こんなの……こんなのわたしじゃない。
エリクにこんな緊張するなんて、どうかしてる。わたし、病気なんだ。絶対そうだ。あ、待って。病気だったらセルグス行けなくなる? それはいやだ。やっぱ病気はなしで。
「……あのさ」
呆れたようなエリクの口調にハッとする。
エリクは綺麗な所作でお肉を切り分けながら、口調と同じ目をわたしに向けた。
「いい加減、機械みたいな動きするのやめてくれない?」
「……へ?」
「手の動きが固い。緊張しているの、バレバレだから。もっと貴族令嬢らしく振る舞いなよ」
やれやれ、と言わんばかりにため息をつくエリクに、わたしの緊張はぽーんっとどこかに吹っ飛んで、代わりにメラメラと怒りの炎が湧き上がった。
「……わたしが緊張? どうしてエリクと一緒にいるのに、わたしが緊張しなくちゃいけないの? 自惚れないでよね!」
「へえ。じゃあ、緊張していないリディアーヌ嬢は、今まで出たメニューを言えるのかな」
ぐっ、とわたしは言葉に詰まる。
全然、覚えていない。前菜とスープを飲んだ気がするけれど、それがなにだったかまではわからない。
「言えないんだ?」
ほら見ろとエリクの目がわたしに言っている。
わたしのナイフとフォークを持つ手が震えた。
恥ずかしさからではない。怒りでだ。
「……なにか文句でも?」
開き直ったわたしに、エリクは意地悪く口元をあげる。
「とんでもない。緊張していて可愛いなと思っただけだよ」
絶対そんなこと思っていないでしょ。
腹立つなあ……!
……まあ、でも。これがいつものわたしたちのやり取りだ。
怒りも鎮火し、わたしはやっと食事の味がわかるようになる。お肉が柔らかくて美味しい。濃厚なタレもフルーティーでいいお味だ。これをわからなかったなんてもったいない。きっと前菜もスープも絶品だっただろうに。
「明後日にはセルグスに入るんだから、ちゃんとしてくれないと困るんだよ。きみはぼくの連れなんだから、外では猫被って令嬢らしくして」
「……わかってるわよ」
ぶすっとした顔で言うと、エリクが思い切り顔を顰める。
「令嬢はそんな顔しないと思うけど。すごく不細工な顔してるよ、リディ」
「うるさい! わたしは元々こんな顔なの!」
ふんっと顔を背けたわたしに、エリクは大きなため息を吐いた。
「……せっかく化粧して綺麗なのに台無しだよ。ユーグに謝ってきなよ」
そのエリクの言葉に、わたしは顔を前に戻し、エリクをまじまじと見つめた。
そんなわたしに、エリクは訝しげな顔をする。
「……なに?」
「わたし、綺麗?」
わたしの質問にエリクは意味がわからないというような顔をする。
「なに、突然」
「突然じゃないわ。エリクが言ったのよ、『化粧して綺麗』って」
エリクは眉間に皺を寄せ、しまった、という顔をした。そんなエリクに、わたしはにんまりと笑う。
「ね、わたし綺麗?」
「……ユーグの化粧が上手なんだろうね。いつもより五割増しくらいに美人に見えるよ」
「ということは、エリクは今のわたしのこと美人だって思っているってことよね」
「……」
にこにことしたわたしに、エリクはとうとう黙り込んだ。やった! エリクに勝った!
もしかして、初勝利じゃないだろうか。ぎゃふんと言わせたと言ってもいいかもしれない。
むふふ、と笑うわたしに、エリクは眉間に皺を寄せ寄せてわたしを見ていたけれど、不意にふっと笑う。
「化粧すれば、ね。ユーグはどんな魔法を使ったんだろうね? 本当にユーグは優秀だ」
さすがエリク。転んでもただでは起きない男。
わたしを褒めるのではなく、ユーグを褒めることにしたらしい。素直に認めればいいのに。
まあ、素直に認められてもきっとわたしは不気味に思うのだろうけど。
「……そうね。ユーグは本当にすごいと思う。このワンピースも、わたしには似合わないんじゃないかしらって思ったのだけど、着てみると意外と合っていてびっくりしたわ。とってもセンスがいいのね」
素直にユーグを褒めると、エリクは少し不機嫌そうな顔をする。
なんで? ユーグを先に褒めたのはエリクなのに。
「……ぼくは似合うと思っていたけど」
「え?」
エリクの言っている意味がわからなくてきょとんとしたわたしに、エリクはぶすっとして言う。
「聞いてないの? 今回のリディが着る服、全部ぼくが用意したんだけど」
「えっ」
聞いていない! 父さまも母さまもユーグも、そんなこと言ってなかった!
通りで見覚えのない服だと……そうか、これ、エリクが用意してくれたんだ……。エリクの言葉から察するに、選んだのもエリクなんだろう。
目を見開いて固まったわたしになにを思ったのか、エリクは静かに立ち上がった。
「食べ終わったし、部屋に戻ろう」
「う、うん」
ちゃっかりとデザートも完食していたわたしは、エリクの言葉に従って立ち上がる。
そしてそのまま、部屋までエスコートされた。
「じゃあ、おやすみ、リディ」
「う、うん……」
さっきからわたし、「うん」しか言っていない。
もっとなにか言わなくちゃいけないのに、上手く声が出ない。
もじもじするわたしにエリクは小さく笑い、背を向ける。
だめだ。このままエリクを行かせたら、だめ。
エリクほどではないけれど、意地っ張りなわたしはこの機会を逃すと、きっとお礼を言えずじまいになってしまう。
服のこともそうだし、この旅行のことだってまだお礼を言っていない。今言わないと、だめだ。
「エリク!」
わたしは背を向けたエリクの服の袖を引っ張り、彼を引き止める。
エリクは少し驚いた顔をして振り返った。
「リディ?」
「あの……あの、ね」
言え。ちゃんと言うのよ、リディ!
ここで負けたら女が廃る! たった五文字を言うだけ。簡単でしょう? ユーグにだって簡単に言えるのだからエリクに言えないはずがない。さあ、お礼を言うんだ!
「あの……その……えっと、ね……」
たった五文字。されど五文字。「ありがとう」となかなか言えないでいるわたしを、エリクは不思議そうに見つめる。
「あ……ありがと……」
「……なんのお礼?」
消え入るような声で、やっとの思いで言えた五文字……いや、正確には四文字だったけれど、そのお礼の言葉に、エリクは心底不思議そうに首を傾げた。
微かに眉間に皺が寄っている。きっと考えても本当にわからなかったのだろう。
「だから……今回のこの旅行に連れて行ってくれたことと、あと服を用意してくれたお礼」
そう言うと、エリクは目を見開いた。
そしてふいっと顔を背けて言う。
「……別に、この旅行に関してはリディに助けてもらわなきゃならないし、ぼくの都合でもあるから、服はそのお詫びみたいなものだよ。リディが気にする必要はない」
「うん。でも、セルグスに行けるのは嬉しいし、エリクに服を用意してもらえたのも、嬉しかったの。だから、エリクはわたしのお礼を素直に受け取ればいいのよ」
そう言ったわたしを、エリクはちらりと見る。
どこか気まずそうなエリクの顔に、わたしは首を傾げた。
「……気持ち悪くないの?」
「気持ち悪い? なにが? あ、エリクの余所行きの態度のこと?」
「……違う」
今の話の流れでなんでそうなるの、と呆れたように言われるのが解せない。だってそれ以外に思いつかないのだもの。
「ぼくの態度が気持ち悪いというのはあとでゆっくり尋問として……」
え? 尋問? わたし、そんなにまずいこと言った?
あわあわしているわたしに、エリクは上目遣いをして言う。
「勝手に服を用意したりして……引かなかった?」
いつになく不安そうなエリクの様子が意外で、わたしはきょとんとする。
「どうして? だって、エリクがわたしのために用意してくれたものでしょう? なにを企んでいるのかと疑ったりはするかもしれないけれど……でも、喜びはしても、気持ち悪いとか、引いたりなんてしないわ」
今回はなんのお礼かわかっているし、素直に嬉しく思っただけだ。まあ、びっくりはしたけれど。
あと、エリクがそんなことを気にするのも意外だ。
いつもなら「ぼくがわざわざ用意してあげたんだから感謝してほしいくらいだよ」くらい言いそうなものなのに。
「……ふーん。なら、いいけど」
素っ気ないけど、どこか安心したようにエリクは言った。
変なエリク。今日のエリクは本当に変。
まあ……わたしも人のこと言えないくらい、変だった自覚はあるけれど。旅行のせいかな。いつもと違う環境だから、ちょっとドキドキしちゃうっていう……そういうの、まったく要らないんだけど。
「明日も早いから、寝坊しないように」
「わかっているわ。子どもじゃないのよ」
エリクとは年が一つしか違わない。それなのに子ども扱いされるのは遺憾だ。
むう、とするわたしにエリクはいつもの意地の悪い笑みを浮かべた。
「──おやすみ、リディ。良い夢を」
エリクの顔が近づいたかと思うと、左頬に温かいものが触れて、わたしはハッとしてエリクから離れる。
頬を押さえて口をぱくぱくさせるわたしを見て、エリクは満足そうな顔をする。そして、顔を真っ赤にさせているわたしを置き去りにして部屋に戻ってしまう。
な、なに……? 今、わたしエリクにキスされた……?
今までわたしからエリクの頬にキスをすることはあっても、その逆はなかった。
どういう心境の変化だろう。やっぱり今日のエリクは変!
ずっとこのまま突っ立っているわけにもいかず、わたしは部屋に入って、服が皺になるのも構わずにベッドに寝転がった。
どうしてだろう。頬へのキスなんてただの挨拶なのに、エリクが触れたところが熱い。
エリクも変だけど、わたしも変。でも、わたしが変なのはエリクのせいだ。
──どうか、わたしを変にしないで。これ以上、心を乱さないで。
祈るように、枕に火照った顔を押しつけた。
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