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第3話 婚約者ができました?
ep.20
しおりを挟む「あー……面白かった……」
うっすら涙を浮かべて言ったユーグをギロリと睨む。なにが面白かったのか、わたしにはさっぱりわからない!
「そんなに怖い顔しないでよ。さ、着替えしようか」
にこにことして言ったユーグに、ぎょっとする。
「ちょ、ちょっと待って……? もしかして、あなたが着替えを手伝うつもり?」
「ん? その通りだけど。ほら、今のボクは可愛いメイドさんだから、なにも問題ないでしょ?」
自分で可愛いって言うなぁ! 実際、可愛いのが悔しいのだけど。
……って違う、違う。可愛いとか可愛くないとか、今はそんなことはどうでもよくて、問題は可愛いメイドの格好をしているユーグの性別だ!
「見た目は女の子だけど、あなたは男でしょ!? これって結構問題だと思うのだけど!」
「そうかなあ」
ユーグ不思議そうに首を傾げたあと、にこりと笑う。
「まあ、安心してよ、リディ。ボクはキミの裸を見たところでなにも思わないし、変な気になることは絶対ないからさ」
……この台詞のどこに安心しろと言うのだろう。
というか、わたしに失礼じゃない? これって女としての魅力全然感じないから自惚れるなよって言われているようなものじゃない?
「……幼児体型って言いたいの?」
「え? リディは幼児体型じゃないでしょ? ほら、胸だってちゃんとあるし、おしりもあるし……一般的な男性はちゃんと反応すると思うよ」
「それで慰めているつもりなの?」
全然、嬉しくないんですけど!
むすっとするわたしに、ユーグはにんまりと嫌な笑みを浮かべる。
「……なに? リディはボクに意識してほしいの? お望みならば、ボクがリディに男を教えてあげようか?」
耳元で囁くように言うユーグに、ぞわりと鳥肌がたった。
その声がいつになく低く艶があって、初心なわたしは顔を真っ赤にして首を横に振るので精一杯だった。
「冗談だよ、冗談。ボクはいろんなところに潜入しているから、ご令嬢方の着替えの手伝いもよくやるんだよね。だから、あまり意識しないで」
明るくカラッとして言ったユーグにほっとすればいいのか、怒ればいいのかよくわからなくなってしまう。
揶揄うのも大概にしてほしい……心臓に悪い。
「……それに、ボク以外の奴は信用できないから、申し訳ないけどボクで我慢して」
わたしにギリギリ聞こえるくらいの声で言ったユーグの顔を見ると、真剣な顔をしていた。
ユーグ以外の人は信用できないってどういうことなのだろう。たかが着替えを手伝ってもらうだけなのに。
じっと見つめた薄桃色の瞳は揺れることなく、まっすぐにわたしを写していた。どういうことなのかさっぱりわからないけれど、ユーグは嘘をついていない。それは信じられる。
「……わかったわ。あんまり見ないでね」
「もちろん。……必要最低限しか見るなって王子サマにきつく言われてるし……」
ぼそぼそと呟いたユーグの言葉に首を傾げる。
なんでエリクにそんなこと言われているんだろう。
「じゃあ、さっさと着替えようか。あんまり待たせると王子サマに怒られちゃいそうだし」
「うん、お願い」
ユーグはにこっと笑って、わたしの荷物の中から服を引っ張り出す。
あーでもない、こーでもないと一人でブツブツ呟いている。なんだか楽しそうだ。
少ししてユーグが持ってきたのは、わたしには大人っぽすぎるかなと思うような、ワインレッドのワンピースだった。胸元大胆に開いてるんだけど、ごはん食べるだけでこんな格好する必要ある?
「ねえ、ユーグ……これはちょっと……」
「さあ、早くこれに着替えて。これなら一人で着替えられるでしょ?」
「え、うん……一人で着れるけど、これはちょっとわたしには似合わないんじゃないかなあって……」
そもそもこんなワンピース持っていたっけ?
記憶にないのだけど……。
「……ボクの見立てに文句あるわけ?」
不機嫌そうにユーグは言って、わたしにワンピースを押しつける。
「早く着替えて。ボクは後ろ向いているから」
そう言うなりユーグは後ろを向いてしまう。
どうやらわたしに拒否権はないようだ。悲しい……。
渋々と今着ているワンピースを脱ぎ、ユーグから渡されたワンピースを着る。
うわあ、イブニングドレス並みに胸元開いてるよ、これ。エリクに「なに張り切ってるの?」ってバカにされそう。
「着替え終わった?」
ユーグに言われて慌てて返事をする。
「う、うん。終わった、けれど……」
「じゃ、前向くね」
そう言ってユーグはくるりとこちらに体を向け、わたしを上から下まで見つめる。
や、やだな……なんかチェックされているみたい……。
「リディ、ちょっと触るよ」
そう言うと、ユーグはワンピースを引っ張って形を調え始めた。そして、わたしの胸元を見て、むっと顔を顰める。
え? なに?
「ちょっと寂しいかな……ねえ、リディ。自分で胸に手ぇ突っ込んで、寄せてよ」
「え、ええ!?」
「ほら早く」
な、なんだか今日のユーグは厳しい……。
わたしは言われた通りにユーグに背を向けて、胸をぎゅっと寄せた。そのお陰で、かろうじて谷間ができる。うん、かろうじて。
「こ、これでいい……?」
「うーん……本当はもっと寄せたいところだけど、ボクが触るわけにもいなかないし、妥協してあげる」
触っていいなら、もっと盛るけど、と言ったユーグに首を横に振る。ユーグに胸を触られるなんてとんでもない!
「次は髪と化粧だね。ふふ、ボクの腕の見せどころだ」
ユーグは不敵な笑顔を浮かべ、わたしを椅子に座らせると、わたしの顔を弄りだした。
いつの間にか用意していたお湯でわたしの顔を洗い、化粧水などをペタペタと付ける。そして丁寧に化粧を施していく。
そのときのユーグの顔は真剣そのもので、楽しそうだった。こういうの、好きなのかな。
そんなに時間をかけずに化粧を終え、ユーグは次にわたしの髪の毛を弄り出す。慣れた手つきで髪を編み込んで、一つにまとめると、にっこりと笑った。
「……うん、可愛い。さすがボク」
最後の台詞、いらないと思うのだけど。
半眼になりながら、ユーグに手渡された鏡を覗くと、そこには美少女がいた。
え? だれ?
「ねえ、ユーグ。この鏡変なんだけど」
「変なのはキミの頭だけだから安心して」
「いやだって、すごい美少女が写っていて、わたしの顔が写らないなんておかしいでしょう?」
「おかしいのはキミの頭だってば」
にこにこと楽しそうにユーグは答える。
「鏡に写っているのは、ボクによって可愛くなったキミ。ああ、でも変装レベルのことはしてないから。ちょっと化粧しただけ」
「嘘だあ……」
ぽかんとすると、鏡の中の美少女もぽかんとする。
……え? これ、本当にわたし?
言われて観れば、髪の色も瞳の色もほくろの位置もわたしと同じ……ユーグの化粧技術すごい! さすが変装の達人!
「すごい! わたし、こんなに可愛くなれるのね!」
「ボクにかかればこれくらい当然だよ」
誇らしげに言うユーグを尊敬の目で見つめる。
初めてユーグのこと尊敬した。ユーグは美少女の神様だ。すごい。
「じゃ、エリク王子を呼んで来るね。きっと待ちくたびれてるだろうから」
あと、この靴履いて、と言ってユーグは部屋を出ていく。わたしはユーグの言う通りに靴を履いて、そわそわらとした。
エリクは今のわたしを見たらなんて言うかな。
驚くかな。それとも、いつも通りに意地悪を言うかな。……うん、意地悪なこと言われそう。「誰?」とか、「化粧ってすごいね」とかなんとか言われそう。
そんなことを考えていると、ノックの音がして、わたしは少し緊張して返事をする。
「リディ、夕飯を食べに……」
エリクの台詞が不自然に止まる。
恐る恐るエリクを見ると、エリクが固まっていた。
目を見開いて、わたしを凝視するエリクの視線が痛い。な、なんだろう……似合ってないのかな。わたしは美少女になったと思ったんだけど……。
「……エリク?」
固まったまま動かないエリクに話しかけると、エリクは慌てて顔を反らした。
予想とは違うエリクの反応に、わたしは戸惑う。
「……わたし、やっぱり変、かな?」
大人っぽいワンピースも、この化粧も、わたしには分不相応だったのかもしれない。
そう思うと、落ち込んでしまう。
「……変じゃない」
不意に聞こえたエリクの台詞に、わたしはぱっと顔をあげる。
すると、エリクがいつなく優しく微笑んでいて、わたしの心臓がバクンバクンと音を立てる。
「──綺麗だよ、リディ」
初めて聞いたかもしれない、エリクの褒め言葉に、わたしの顔に熱が集まるのを感じる。
エリクの顔が見ていられなくて、思わず俯いたわたしに、エリクが腕を差し出す。
「夕飯食べに行こう。お腹空いたんでしょ?」
なんだか余裕なエリクの台詞に腹が立つ。
わたしだけドキドキしているみたい。そんなのずるい。
でも、だからといってエリクの腕を取らないわけにもいかず、わたしは「うん」と頷いてエリクの腕に手を置く。
エリクにエスコートされて歩いていると、ひょっこりとユーグが顔を出し、ドヤ顔をしていた。
そんなユーグの顔に気が抜けて、こっそりと隣のエリクの顔を見ると、顔には全然出てないのに、耳がすごく赤いことに気づいた。
ドキドキしていたのはわたしだけじゃなくて、エリクも同じだった。
それが嬉しくて、ちょっとだけこそばゆい。
エリクと一緒にいるのに、全然安心なんかできなくて、ドクンドクンと暴れる心臓にわたしは戸惑う。
わたし、どうしちゃったんだろう。
エリクなのに。あのエリクなのに、どうしてこんなに緊張しているんだろう。
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