わたしの理想の王子さま~婚約破棄騒動から始まる災難の日々~

増田みりん(旧みりんこ)

文字の大きさ
27 / 41
第3話 婚約者ができました?

ep.26

しおりを挟む
 朝食を食べ終わる頃には、いつものわたしたちに戻っていた。それは、ユーグが一緒だったからかもしれない。

「ねえねえ、エリク」
「なに?」

 いつものように、いつもとは違うソファに座っているエリクの隣に座り、話しかける。

「今日はなにするの?」

 夜会は明日。こうしてのんびり読書なんてしているくらいなのだから、きっと今日はエリクの予定という予定はないとみた。
 こうしてずっと部屋に篭っているのは退屈だ。だから、ぜひとも、この機会にセルグスの王都を見てみたい!

 そんなわたしの思惑に気づいたのか、エリクは眉間に皺を寄せた。

「……もうすぐ来るんじゃない」
「来る? なにが?」

 きょとんとしたわたしに、エリクが簡潔に言う。

「案内」
「案内……?」

 エリクの言葉が短すぎてよくわからない。
 きっとそれはエリクは意図してやっていることで、実際にその案内がなにかを教える気はないのだろう。

 たぶん、もうすぐわたしをどこかに案内してくれる人が来る、ということなのだとは思うけど……どこに案内してくれるのだろう。それくらい、教えてくれてもいいのに。

 なんとなく、エリクは嫌そう。
 わたしを案内してくれる場所が不満なのか、それともその案内をしてくれる人が不満なのか、それはよくわからないけれど、エリクはわたしが出かけることを望んでいないのだと思う。

 そういえば、きな臭い動きがあるとかなんとか言っていたな……それとなにか関係あるのだろうか。

 そんなことを考えていると、ノックの音がした。
 それにユーグが反応し、対応してくれる。
 少しして、ユーグとは別の足音が聞こえた。

「殿下、お客様です」
「うん、ありがとう。今日はよろしくお願いいたします、フレンツェル伯爵」

 エリクは立ち上がり、軽く頭を下げた。
 わたしもそれに倣い、軽く会釈をしながら、エリクがフレンツェル伯爵と呼んだ人を見た。

 彼はわたしたちよりもいくつか年上というくらいの、比較的若い男性だった。たぶん、十歳も離れていないだろう。
 艶やかな短めの黒髪、サファイアのような青い瞳。パッと見てもまじまじ見ても、とてもよく整った顔立ちをしている。
 切れ長の目がエリクを見つめ、少し視線を下げる。

「いえ。良い案内人となれるかどうかはわかりませんが、今日はよろしくお願いいたします」

 素っ気ない口調で答えた彼の表情は変わらない。
 エリクとは違う系統の美形だ。まるで人形みたい。
 青い瞳はとても冷たそうで、取っつきにくそうな人だな、と思った。外面の良いエリクとは対称的だ。

「……リディ、今日はフレンツェル伯爵が王都を案内してくれることになっているんだよ」
「そうなの? 初めまして、フレンツェル伯爵さま。リディアーヌと申します。今日はよろしくお願いいたします!」

 にこっと元気に挨拶をすると、伯爵さまはわたしに視線を移し、表情を変えないまま挨拶をした。

「ヴィンフリート・フレンツェルと申します。よろしくお願いいたします」

 優雅に挨拶をする伯爵さまに、ぼうっとしてしまう。わあ! 素敵! お手本みたい!
 それに気づいたのか、エリクがむっとした顔をして小声で言う。

「リディ、伯爵は結婚しているから」
「とても美しい方ですものね。ご結婚していて当然だわ。奥さまも美人さんなのかしら?」
「……明日の夜会で会えるでしょ」

 どこかがっくりしたように言ったエリクにわたしは首を傾げた。

「どうしたの?」
「いや……なんかバカみたいだと思って……」
「誰が?」
「……もういいよ。早く行こう」

 そう言ってエリクはわたしに手を差し出す。脱力した様子のエリクを不思議に思いながら手を置く。
 伯爵さまはそんなわたしたちのやり取りを、やはり変わらない顔で眺め、「では、ご案内いたします」と言って歩き出す。

 エリクはそのあとに続いたので、わたしも自然とそれに続く形になる。

「いってらっしゃいませ」

 にこっとわたしたちを見送るユーグに、わからないくらいに小さくエリクが首を振る。
 それにユーグは小さく頷く。

 ……なに、今のやりとり。
 まるで思いが通じあった恋人みたい。

 なんとなく釈然としないものを感じていたわたしだけど、馬車に乗り込んで王都を案内してもらうとそれもコロッと忘れた。

「ここが時計塔です。建国当初に建てられたもので、王都の象徴とも呼べる建造物です」

 ゆっくりと走る馬車に乗りながら、伯爵さまがそんなふうに王都の有名な建物、場所を説明てくれる。
 淡々と、しかし丁寧に、その名前の由来だとか、昔あった出来事だとかを混じえて教えてくれて楽しい。その説明はとてもわかりやすくて、頭の良い方なのだと思った。エリクも似たようなところがある。

 時計塔のあとはこれといった名所や建物がないらしく、伯爵さまはむっつり黙り込んだ。
 外面だけは良くて社交的に振る舞っているエリクも、なぜだかあまり言葉を発せず、街並みをぼんやりと眺めている。

 ……ここはわたしが、この場の空気をなんとかするしかあるまい。
 いや、特別気まずいとかではなくて、もっとこう、どうせなら楽しくわいわいしながら観光したい。ただそれだけなのだけど。

 どんな話題がいいかな。伯爵さまも、エリクも楽しい話題……うーん、思いつかない……。
 エリクはまあ、置いといて、伯爵さまともう少しフレンドリーになるべきだよね、わいわいするためには。
 それなら、話題はひとつしかない!

「伯爵さま」
「はい」

 伯爵さまの氷のような瞳にわたしが写る。
 わあ、綺麗な瞳だなあ……わたしもこんな普通の榛色ではなくて、エリクや伯爵さまみたいな色の瞳が良かったなあ……。

「伯爵さまはご結婚されているのですか?」

 わたしの質問に、わずかに伯爵さまの眉間に皺が寄った。その瞳に警戒するような色がある。
 ……あれ? わたし、話題の選択間違えた……?

 ちらりとエリクの方を見たが、エリクは我関せずと先ほどと変わらず街並みを眺めている。
 少しはわたしを助けてくれてもいいのに! エリクのバカ! わたしはニコニコ笑っていればいいって言ったのはどこのどいつだ!

「……ええ、少し前に」
「そうなのですね! 奥さまはどんな方ですか?」

 ニコニコと笑みを浮かべて問いかけると、伯爵さまは少し考え込むように腕を組んだ。
 わくわくして回答を待つわたしの脇をエリクがそっと肘で突く。

「ちょっと、リディ……」
「なに?」

 こそこそと小声でエリクが話かけてくる。
 きょとんとしてエリクを見ると、エリクは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「フレンツェル伯爵の奥方は借金の形として嫁がれたんだよ……」
「えっ! 借金の形!?」

 驚いて思わず大きな声を出してしまい、わたしは慌てて口を手で塞いだけど、もう遅い。
 エリクは「あーあ……やっちゃった」と言わんばかりにわたしを見ている。
 ど、どうしよう……! 見てないで助けて、エリク……!

 おろおろとしながらエリクに助けを求めるように視線を送ると、くすりと笑い声が聞こえた。
 えっ、と顔を向くと、わたしとエリクの正面に座る伯爵さまが笑っていた。

 に、人形が笑った……!

「……すみません。お二人の仲の良さが微笑ましくて」
「はあ……」

 別に仲なんて良くないけど。わたしとエリクはただの幼なじみだし。
 ……あっ。この国では婚約者ってことになっていたんだった……いけない、忘れるところだった。

「俺と妻は確かに借金の形、という名目での婚姻でしたが……仲は、まあそこそこ良いと思いますよ」
「へえ……」

 あっ、違う。思わず素で答えちゃった!

「そっ、そうなのですね。素敵なことですね!」

 うふふっと笑って誤魔化す。
 誤魔化されていない感がすごいけど、まあ気にしない。

「俺にはもったいないくらいの妻です。明るくて、前向きで……この通り、俺は表情があまり豊かではなく、口数も多くないのですが、こんな俺を慕ってくれる妻には感謝しています」

 そう言った伯爵さまは、とても優しいお顔をされていた。きっと、奥さまのことがすごく好きなんだろうな。

 ……いいな。わたしも、結婚したらこんなふうに人に言ってもらいたい。
 ちらりと隣のエリクを見ると、エリクと目が合って、思わず目を逸らした。
 な、なんだろう……胸がどきどきしてきた……伯爵さまの奥さま愛に当てられたのかな。

「とても素敵な奥さまなのですね」
「はい。リディアーヌ嬢と歳が近いので、会ったときは仲良くしてもらえたら嬉しいです」
「こちらこそ! 奥さまにお会いできるのを、楽しみにしております」

 にこっと笑うと、伯爵さまも微かに笑い返してくれた。
 わあ、美形の微笑みの破壊力すごい……! なんかどきどきしてきた……。

 ぽわんと伯爵さまに見惚れていると、伯爵さまが苦笑を漏らした。
 不思議に思って首を傾げると、急にエリクに抱き寄せられて、エリクの服しか見えなくなる。

「エリク……?」
「リディのバカ」
「え? なんで?」
「バカだからだよ。本当にどうしようもないバカ。……だから、嫌だったんだよ……」

 ブツブツとエリクがなにか文句を言っている。
 理解不能だし、理不尽極まりない。

 文句を言ってやりたいけど、思いの外、エリクの力が強くて動けない。
 悔しい……でも、エリクの腕の中は安心できる。

 そのうち、ブツブツと文句を言っているエリクの声が子守唄に聞こえてきて、わたしはうつらうつらとした。
 昨日、あまり寝れなかったからなあ……。

「いい、リディ。きみはぼくの婚約者なんだからね?」
「うん」
「他の男に見惚れちゃだめ」
「うん……」
「……ねえ、聞いてる?」

 聞いてる、聞いてる。
 でもちょっとだけ眠いから、またあとにしてほしい。

「本当に……どうしようもないんだから、リディは」

 呆れたようなエリクの声がして、優しくわたしの頭を撫でたような気がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...