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二、開花

二、開花 ⑳

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 竜仁さんは僕を抱きかかえ助手席に乗せると、小さく嘆息した。
「ちょっとだけ失礼するね」
 僕に見せるかと違い、露骨に嫌そうな顔で踵を返すと、黒塗りの高級車の方へ向かった。

 すると車の中から黒髪が美しい女性が出てきた。すぐにお付きの男性が日傘を取り出し彼女の横で差す。
 腰まで伸びた黒髪は太陽に煌めき、海の風にさらわれるたびに優しく揺れている。
 控えめな化粧にも関わらず、大きな瞳に小さく赤く咲くような唇。
 深々と竜仁さんに頭を下げる仕草もどこか気品があって、美しい女性だった。
「この数日、お会いできなくて寂しかったです」
「わざわざ探してくれたのですか。胡蝶さん」
 彼女がちらりと車の方を見ると、彼が僕を背で隠した。
 二人の声はドア一つでは消えない。でも、竜仁さんは僕と彼女が接触しないように遠ざけたように思えた。
 やはり僕が、オメガだからかな。
 竜仁さんと話している女性も、アルファだろうな。堂々としていてこの世界は自分の物だと主張している。
 典型的なアルファの特徴を持っているので、潜在的に苦手な部類だ。

「貴方から美並家の者に接触したと聞いて心配して探していましたの。……心も頭も貧しそうなベータでしたが、はした金をよく貸してほしいって来ていたでしょう」
 父と母の事だろう。そこまで蔑まれた行為をする両親に恥ずかしくて居た堪れなくなる。
 決して尊敬できるような親ではなかったから。
 僕の両親の話を、花に止まった蛾のように場違いで汚らわしいものだと楽しそうに例え、日傘をさすお付きの者もそれを聞いて笑っている。
「ああ。でも大丈夫ですよ。貴方には関係ありませんし」
「婚約者なのでもっと頼ってくださっていいんですよ」

 婚約者?
 驚いて花束から隠れて目で追ってしまった。
 胡蝶さんと呼ばれている美しい女性は、微笑んでいる。が、竜仁さんは作り笑いも止めて、冷たい目をしている。
「祖父が亡くなってからはただの口約束になってしまった関係です。もう誰もその話はしていないですよ」
「でも貴方みたいに外国の血が混じって、本家の血を汚してしまった以上、有栖川家の私と結婚した方がこの先はいいでしょう。私なら、完璧ですよ」

 ああ。
 イタリア人である祖母の本さえも読めない、イタリア語も学べない環境がなんとなくわかるような気がした。
 こんな嫌味を言われるならば、本家は一ミリも隙を見せられないわけか。
 隙を見せられない中で、うちの両親の金の無心は、さぞ目の上のたん瘤だったろう。
 外国の血。政略結婚。本家と分家。
 うんざりしてしまう言葉だ。優しい彼が冷たい目になるほど、腐った言葉。
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