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三、落花
三、落花 ②
しおりを挟む「辰紀くん、退院日が決まりましたよ」
「竜仁さん」
彼が仕事終わりに顔を出してくれるのをいつの間にか、胸を弾ませながら待っていた。
けれど担当の看護師さんたちが竜仁さんへ向ける熱い視線があまり好きではなくて、来てもすぐに庭へ連れ出していた。
彼の魅力は、アルファもベータも関係ないようだ。
きっと婚約者だった胡蝶さんって人も、素直になれないだけで彼自身に惹かれていたんじゃないのかなって。
惹かれてしまう自分が言うのは、惚気ているように思えて言わないけど。
その彼が今日は、宝石箱の鍵を持ってやってきた。
「最初の約束通り、菫さんの形見は全て君に返します」
「そんな約束してましたね。今は、貴方が持ってることに安心してました」
鍵を受け取って、どこに仕舞おうかあたりを見渡すと、彼が咳ばらいをする。
「色々と順番が前後したんですが、これを」
番届と、指輪も用意していたのに驚いた。
「君の気持ちを聞こうか悩んだのですが、まあ聞かずとも。次のヒートで分かるから、いいかなと」
次のヒートか。
医師も、完治は時間かかるかもしれないがこのまま番と過ごしていけば禁断症状も後遺症も起きにくいと言っていた。
そしてヒートの時に相手の匂いが感じられたら治ってきた証拠だよ、と。
目の前の竜仁さんも一緒に聞いていたから、番届と指輪を持って、大きな尻尾を振ってきたいしているのが伺える。
ちなみに僕は未だに彼の匂いを知らないし、番だという自覚がもてるような何かは感じたことがない。
艶酔の摂取が長かったのだから、それは代償かもしれない。
アルファと番いたくなくて食べた代償だ。
「ちなみに証拠隠滅のために、君の家は取り壊し君のご両親には、花の栽培と販売を脅して、手切れ金を渡してきました。屋敷もとっくに取り壊されています。そして偶然、私のマンションには部屋が一室空いています」
「すごい偶然ですね」
「もしかして運命かもしれないです」
悪びれもせずに言うので、笑ってしまった。
でも両親と関わらないで済むのは正直助かっている。
祖母のお葬式にも来なかったのに、形見だけは売り払うような人だ。
的な教育も、愛情ももらえなかった部分よりも、祖母を大切にしなかった部分で愛情も興味も失せている。
僕を餌に有栖川家に二度と近づかないのであれば、もう僕も会わなくて済む。
すると返事も待たずに彼が、つけていた祖母の形見の指輪を外すと代わりに翡翠色の宝石が埋め込まれた指輪を薬指にはめてくれた。
そして自分の薬指も指さすので、僕がはめる。
「帰る家がないので、運命にまかせていいですか」
「色気がない返事ですがもちろんですよ」
そういいつつも、蕩けんばかりに笑っていた。
帰ろう。本当の居場所に。きっと彼の横では色鮮やかな花が心に溢れていくにちがいないのだから。
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